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シュウに促されてやって来たのは、またしても円卓の間だった。

そこに辿り着くまでの廊下は、予想通りに針のむしろ。

話題の2人が一緒に歩いていることに、それほどまでに興味をそそられるのだろうか。

夜会明けだから、まだ人が多いのも運が悪かったのだとは思うけれど・・・。

いっそのこと聞こえる声で話してくれてたら、もっと気が楽なのに。

ざわざわと耳から断片的に入る、チューニングのずれたラジオの音のような、ものすごく不快な音に感覚がかき乱されるのだ。


イライラを隠さない私は、彼に背を撫でられながら円卓の間に入る。

するとジェイドさんとヴィエッタさん、それからディディアさんがいて、私達を待っていたようで、3人の視線がこちらに向けられた。

今日は陛下は別の仕事があるのか、この場にはいない。

なんとはなしに私も彼らに視線を投げたら、ジェイドさんと目が合った。

空のように真っ青で綺麗なのに、何の感情も映し出さない瞳が、ただ強く私を見ている。

あまりに強く射抜かれて、昨日のことが走馬灯のように蘇ったけれど、静かにシュウの手が私の肩に置かれて、その感触に心が凪いでいった。

一瞬、私の脳裏を横切った光景を、彼も同じように見ていたのかも知れないなんて、ひやりとしたけれど、そんなはずはないと思い直す。

どうも居心地が悪いと、相手の所作に敏感になるようだ。

そして、ジェイドさんから視線を外したら外したで、昨日彼の見せた痛々しい表情を思い出して胸が締め付けられた。

こんなふうに気持ちを向けるのは、この一度だけ。

優先順位をつけることを選んだ私には、これ以上近寄る権利はないと思うから。

「・・・ではヴィエッタ、あなたは白の本部へ。

 今日はあなたに団を任せますから、宜しく頼みますね」

傍から見れば、ただ固まっているだけの私達3人をよそに、白の百合と薔薇は何やら仕事の話をしていたようだ。

気づけばヴィエッタさんが部屋を出ようと歩き出すところだった。

彼女はディディアさんの言葉にしっかり頷いたあと、私を睨み付ける。

均整のとれた顔立ちに睨まれると、なんだか神々しさすら感じてしまって、思わず頭を下げて謝ってしまいそうになった。

そして一層強く、私を睨み付けたと思えば、ぷいっ、と顔を背ける彼女。

そのまま大好きな兄への挨拶もせずに部屋から出て行き、最後には、ばたんっ!とものすごい勢いでドアが閉められた。

彼女、お兄様であるジェイドさんが大好きなのだ。お兄様のことなら何でも知っているのだ。

私は夜の外出を控えようと心に誓って、呼吸を整えた。





終わりの塔。

真っ白なレンガが隙間なく積み上げられた塔が、真っ直ぐに空に向かって伸びている。

所々に小さな四角い穴が開いていて、そこから時折手が出たりして・・・。

塔を中心に草原が広がっていて、円形に広がった草原の外、有刺鉄線が塔をぐるっと囲んで張り巡らされている。

有刺鉄線の内側に入る時に、門で厳重なチェックを受けた。

私はただの子守だから当然だとしても、補佐官を筆頭に、蒼と白の団長ですら、ボディチェックと陛下が一筆したためた書類を要求されたのには驚いた。

この塔を管理するのは、3つの団から選ばれた騎士たちなのだそうだ。

管理する側の人員に偏りがあると、終身幽閉されている塔の囚人とよからぬ事をしでかす可能性が増してしまうから、と。

いろいろ見聞きして、とんでもない所に来てしまったと後悔したけれど、それなりの理由があって連れて来られたのだろうと腹を括った。

そして、私には塔に入る前に聞いておきたいことがあった。

「あの、ディディアさん・・・」

3人の中で一番まともに会話して、分かりやすい答えをくれそうな彼女を呼び止める。

他2名はそれに気づいているのかどうなのか、絶妙な距離感を保ったまま塔の入り口をくぐっていこうとしていた。

彼女も同じように塔の中へ入ろうとしていたけれど、くるっと振り向いてくれる。

白百合は、どこに咲いていても白百合だ。

「どうしました?気分でも?」

私が怖気づいているのが分かっていたのか、気遣わしげに首を傾げる彼女。

それを首を振って否定して、私は尋ねた。

「いえ、えっと、私、ここに何しに来たのか、まだよく分かってなくて・・・。

 すみません。史料が紛失した件で、調査に加わるようにって・・・」

そう、私は図書館と王族の歴史に関する史料が紛失したのを調査するために、白と紅の調査要員に加わるように、と昨日言われたのだ。

なのになぜ、一般人が絶対に入ることの出来ないという、終わりの塔に来ているのか。

「・・・蒼鬼殿や補佐官殿から、何も?」

向き合って静かに問い返される。

私が黙っているのを肯定と受け取った彼女は、沈痛な面持ちでため息を吐いた。

そして、男2人が入っていった塔を見遣ってから、私に向き直る。

「・・・いい大人が、何をしているんだか・・・。

 あなたがここに来たのは、史料の紛失にマートンが関与していると睨んでいるからです。

 特に図書館の史料は、渡り人に関するものですから、可能性が高いですね。

 まぁ・・・基本的にあなたが調査に加わる必要はないのですが・・・。

 あなたのために、マートンと話す場所を設けようとしているのでしょう」

・・・必要もないのにここにいるだなんて、そんなことを言われたら、私は一体どうしたらいいんだろうか。

まして、私のために、なんて言われたら・・・。

・・・これじゃただの小娘の我侭が、無理に通されているだけじゃないか。

ここで引き返して、いつものように子守の仕事に戻った方がいいのかも知れない。

思案しているうちに、彼女が再び口を開いた。

「補佐官殿も、蒼鬼殿も、あなたが可愛くて仕方ないんでしょうね」

「・・・え、えぇ?」

幻聴かと思って聞き返した私を、彼女がくすくす笑う。

そびえ立つ白い塔を背に、なんだか変な光景だ。

ここはそんな、楽しい場所ではないはずだ。

「30を超えた男が2人で、あなたの気持ちを拾い上げようとしているんですよ。

 どんな小さな呟きも聞き漏らさないように、常に気を配っている様子が、どれほど

 滑稽なことか・・・長く2人を見てきたので、とても面白いんです」

「・・・お、面白いって・・・」

なんだか私も一緒くたに面白がられているようで、全く面白くない。

「あの2人は、あなたに好かれたくて仕方ないのですよ。

 ・・・補佐官殿と昨日何があったのかは知りませんが・・・」

声を落とした彼女が、ほんの少し迷いを見せる。

その様子は、白百合と称される憧れの的とは程遠い、普通のお姉さんだった。

昨日と言われて、反射的に胸が軋む。

「・・・見ていれば分かります。

 あなたが、どちらを選んだのか・・・」

他意はないと分かっているのに責められているように感じられて、私は俯くしかなかった。



塔の中は、螺旋状に階段が伸びていて、ひとつのフロアにひと部屋、という造りになっていた。

私がディディアさんの後に続いて中に入った時には、彼らはすでに階段を上っていった後だったようで、その姿は全く見えない。

2人で、一体どんな空気の中行動を共にしているのだろうか、などと要らぬ心配をしてしまう。

そうこうしているうちに、ディディアさんがゆっくりと階段を上っていくのに遅れないよう、私も続いて階段を上がる。

最初のフロアにたどり着くと、白い壁にぽっかり浮かんだ鉄製のドアが、ガンガンと叩かれ始めた。

完全な不意打ちに、体がびくつく。

思わず息を飲んだ瞬間に、小さな悲鳴に似た声が漏れた。

それを聞いたディディアさんが、私のことを勢い良く振り返る。

「・・・え?」

その様子が鬼気迫っていて、更に思わず声が漏れた。

その間も鉄が叩かれて歪む音が、辺りに鳴り響いていて、私は自分の声ですら聞き取ることが出来なかったのだけれど。

ぴた、とドアを叩く音が止んだ。

「・・・?」

不可解すぎて、ドアを凝視する。

覗き穴しか付いていないドアの向こうの気配が、蠢いているような気がした。

その刹那。

「あまぁい匂いがするなぁ」

少年でもなく、老人でもない、男の声が響いた。

ねっとりと、空気を淀ませるような、一言で表すなら不快な声。

「・・・男の匂いと混じり合って、食べごろの女の匂いだ・・・」

完全に危ない種類の人間の気配に、私は言葉を失ってただ立ち尽くす。

すぐ目の前にいたディディアさんも、何かを言おうとした体勢のまま硬直していた。

鉄のドアが隔てているとはいえ、気配そのものが地を這って私の足元を絡めとろうとしているような、おぞましい感覚に支配される。

「声に体、首筋や背中も甘いけど・・・いちばん甘いのは・・・」

気持ちの悪い声が、もっと気持ちの悪いことを呟いた。

ねっとりと卑猥なことを呟きながら、きっと何かを想像しているのだろう。

時折意味不明な忍び笑いが入る。

足を動かしたいのに、顔を背けたいのに、何かの呪いでもかけられたかのように、体が言うことをきいてくれない。

ああ、本格的に気分が・・・。

いよいよ吐き気を感じた時だ。

何度も感じた浮遊感に、私は胸を撫で下ろす。

「行くぞ、ディディア」

「はいはい」

そして私ではなくディディアさんに声をかけるのを聞いて、私は顔を上げた。


「あれは、強姦殺人魔だ」

「うん、それは大体想像出来た・・・」

彼が私を横抱きにしながら、すいすいと階段を上っていく。

・・・もしかしたら、私が自分で歩くより早いんじゃないだろうか。

いや、今日は体がぎっしぎしなだけで・・・。

後ろから、ディディアさんがついてきているのが見えた。

もしかして、私が凡人速度で歩いていたから、合わせてくれていたのか。

「恋人や夫と体を重ねたばかりの女性を狙って強姦したあと、その首から下を喰っていた」

「・・・ぅっ・・・」

具体的な内容を聞いて、今度こそ吐き気を感じた。

それをこの状況で言う必要があるのか。

助けにきてくれたはずなのに、なぜ追い詰められたのか意味が分からず、私は何も言えないまま吐き気と戦う。

「この塔には、そういった危ない奴らが収容されている。

 いちいち構っていては、体がもたない。

 お前には、最上階に収容されたマートンと話をするという役目があるだろう」

「でも、」

いつもの甘さが感じられない彼の横顔に、私は少しの寂しさを感じてしまう。

「それは、私の我侭を聞いただけだって・・・」

ディディアさんから聞いたことを思い出して、小さな声で反論した私を、彼が鼻で笑った。

視界がどんどん上の方へ上がってゆく。

フロアを移るたびに鉄のドアが叩かれたけれど、もう気にならなかった。

「お前の我侭?

 ちがうな。お前が渡り人であることを、俺たちが利用しようとしているだけだ」

「・・・どういう・・・」

言われたことがよく分からなくて、私は首を捻る。

すると彼は無表情になって教えてくれた。

「マートンは、意識を取り戻してからずっと黙っているらしい。

 夜会の夜、紅の団長が聞き取りにやってきた時には、全く言葉を発しなかったそうだ。

 ・・・奴は渡り人に固執している。だから、面識もあるお前がいれば、何かしら

 反応するだろうと睨んでいるらしい」

「・・・そっか・・・」

利用されていると聞いたのに、私の心は凪いでいた。

働き出した頃は、そんなのゴメンだ、なんて思っていたけれど、人は変わるものらしい。

手の届く範囲の人達の役に立てるなら、それでもいいと思えるようになった。

「じゃあ・・・」

まだ無表情の彼に言う。

もしかしたら、私を利用しようという考えに、彼の方が憤っているのかも知れない。

「聞き出したいこと、ジェイドさんに教えてもらわないと」



「いいですか、危険を感じたら、絶対に、彼から離れて下さいね。いいですね?」

ジェイドさんが目の前で幼子に言い聞かせるように繰り返す。

最上階についた私達を待っていたジェイドさんは、やはり何の感情も映し出さない瞳で、私を見据えていた。

こうなって当たり前だと思うのに、やはり壁を感じて胸が軋む。

それでも、と意を決して、マートン先生に何を聞けばいいのか、と話しかけた。

・・・ら、こうなった。

どうやら、昨日の一件で別人のようになってしまったわけではないらしい。

もちろんそれもあるようだけれど・・・それに関しては、彼が口を開いてから30種類くらいの表現を用いた上で謝られ続けた。もうよく分からないし洗脳されそうだったので止めてもらった・・・とにかく私を利用して、軽蔑されるのを恐れてあからさまに様子がおかしかったのだそうだ。

昨日の一件でも十分すぎるほど、軽蔑の対象になりませんかね・・・と、会話の途中でぼそっと呟いたら、彼は壮絶に艶やかに微笑んだ。

しかも「ミナだって、まんざらでもなかったでしょう?」だなんて、私の頬を撫でながら言うものだから、否応なしに顔に熱が集まってしまって。

・・・生々しい場面を思い出させるのはやめて欲しい・・・。

もちろん、その間隣で私の肩を抱いていた蒼鬼が、角が生えるくらいに不機嫌オーラを撒き散らしていたのは、言うまでもない。

そして最終的には男2人で睨み合って、ディディアさんが肩を竦めていた。




場違いなじゃれ合いが終わって、やがて、緊張と沈黙が私達の間に流れ始めた。

言葉ひとつでシェウル君を消滅に追いやった彼が、このドアの向こうにいる・・・。








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