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どれだけ見つめ合っていたのだろう、ふとした瞬間にシュウの眉間にしわが寄った。

しかも、ものすごく、くしゃっと。


「だから・・・」

彼が呟いた。

額に当てられた手が、急に広げられたかと思うと、頭蓋骨が割れるかと思うほどの力で圧迫される。

・・・目が。目が据わっている。

「きゃ・・・わっ・・・」

頭にかけられる力と、彼の据わった目を見て、それまでの投げやりだった気持ちが一瞬で吹き飛んでしまった。

本気だとは思わないけれど、本気じゃなくても十分怖いということを知らないだろうから、誰か本人に教えてあげて欲しい。

「言っただろう、男は匂いに敏感だと」

地を這うような低い声が頭上から降り注ぐ。

不機嫌スイッチを5つくらい同時に押してしまったようだ。

「そもそも、俺も男だと、お前は理解しているか」

私の頭をがっちり鷲掴みにしたまま、魔王様が顔を近づけてくる。

ぶんぶんと必死に首を縦に振った。

・・・その凄み方、寿命が縮む・・・!

小さく萎んで投げやりだった私は、どこか隅の方へ追いやられていったらしい。

すると、心の中で絶叫している私を見ていた彼の表情が歪んだ。

西日が照らしていた部屋が、少しずつ明かりを失って薄暗くなってきている。

「・・・いや、理解してないだろ」

「えっ・・・?!」

頭をホールドされているせいか、間抜けな声しか出てこない自分が恨めしい。

「本当に・・・っ」

至近距離で言われたかと思ったら、唐突に抱き起こされた。

ぐいっと自分の頭が上がっていく感覚に、目が回りかけたところで抱きとめられる。

不機嫌スイッチが入ってるからなのか、扱いが雑だ。

それなのに、背中を支える手から伝わる体温が、頭を鷲掴みにされて時とは何かが違うぞ、と私に囁きかけていた。

それを感じ取った心が、自然と凪いでいくのが分かる。

ジェイドさんがこの距離に居た時とは、やっぱり違うんだな、なんて自嘲気味に思いながら。

「ミナ・・・」

間近で名前を呼ばれる。

「ん・・・?」

そっと返事をすれば、彼の深い緑色の瞳が歪んだ。

そしてそのまま、私の肩口に額を乗せると、大きくため息を吐く。

なんとなくそうした方がいいような気がして、私は彼の背中をそっと抱きしめた。

「シュウ・・・?」

控えめに呼べば、彼は応える代わりに回した腕に力を込める。

さっきまで魔王様だったというのに、今の彼からは幼い子が迷子になった時のような、頼りなさというか、心細さが感じられる。

時には不遜な雰囲気さえ纏う彼が・・・と考えたら、少し不安になってしまった。

そんなことを思っていた私は、きっともうジェイドさんとの間に何があったか察しているであろう彼に、きちんと話しておこうと心を決めて息を吸う。

「・・・ごめんね」

まず一言呟いた途端、彼ががばっと身を起こした。

突然動くから、私は一瞬呆気にとられてしまう。

そして我に返った時には、彼の顔が目の前にあった。

その表情はお世辞にも、蒼鬼殿、と恐れられている人と同一人物だなんて思えない。

「どういう意味だ」

今にも詰め寄ってきそうな雰囲気を纏って、彼が言葉を紡いだ。

顔が近い。

「どういう意味って・・・私が悪かった、っていう意味ですけど・・・」

「・・・」

私の言葉を聞いて、何かを考える素振りを見せる彼。

視線が彷徨って、私のところに帰ってくるまでに時間がかかる。

なんだか知らないが動揺しているようなので、このまま一気に話してしまえ、と勢いをつけて再び口を開いた。

その瞬間。

「俺は執着心が強い」

彼が考えを纏める方が早かったらしく、勢いをつけて盛り上がった私の心が、ぽき、と折られた。

そして、ふいを突かれた私の思考が止まる。

「え?あの、えぇ?」

言おうとしていたことだけが頭の中をぐるぐると回っていたから、突然「執着心」について語られても理解が追いつかない。

自分でも言うのもどうかと思うけれど、容姿・理解力・器用さ、何をとってもとにかく私は凡人レベルど真ん中だと胸を張れる。

だから、突然の言葉には咄嗟に反応出来ない造りになっているのだ。

ショート寸前の私に、彼が何故か必死さを滲ませた表情で言い募る。

「お前が他の男の匂いを纏っていると、理性が焼き切れそうになる」

必死に何を言うかと思えば、どうしようもない口説き文句がぶつけられて、私はつま先まで広がっていく熱をどうにか収めようと、呼吸を速めた。

「え、えっと、」

・・・とにかく落ち着いて、話の続きを・・・。

そう思ってもただ口ごもるばかりで、全く言葉が出てこなかった。

・・・何をしているんだ私の口。しっかり働け。

「でも衝動のまま抱けば、お前を傷つけてしまうと解りきっている」

「・・・っ」

シュウが壊れた。

いや、壊れたのは私の方か。

あからさまな言い方に、心がたじろいでしまう。

そして、私に何も言わせないとしているかのように、矢継ぎ早に言葉が降ってきた。

「傷つけたくないんだ。

 もし傷つけて心が離れたら、どうしたらいい・・・」

彼が私の頬に触れる。

それもとても苦しげな表情で。

もう、見ていられなかった。

そう感じた心が、自然に、言葉と一緒に口から飛び立っていく。

「離れない」

小さな、囁くような声だったのに、彼の耳にはしっかり入ったようだった。

目を見開いて、息を飲んだのが分かる。

「心が離れるなんて、そんなこと、絶対にない・・・」

そうだ、私の今の気持ち、そのまま言葉になって飛んでゆけ。

「絶っ対、ない」

湧き上がる気持ちを噛みしめるように言いながら、彼の瞳をひた、と見据えた。

だいじょうぶ。今なら言える。

「傷つきたくないけど、もし、傷つかなくちゃいけない時が来るなら・・・。

 その時は、シュウに傷つけられたい。

 ・・・シュウがいいの・・・」

私の言葉に、彼の見開いていた目が何度か瞬きをした。

・・・本当に、目が口以上にものを語りますね、蒼鬼さん。

「・・・シュバリエルガ・・・」

感情のままに喋ってしまったからか、羞恥心とか、照れとか、そんなものが一緒に口から出て行ってしまったようだ。

気づいた時には、ひとりの部屋で幾度となく口にした名を、彼の目を見て呟いていた。

それを聞いて驚いた彼の、この表情を、この世界で私しか知らないのだと思うと、思わずその胸に飛び込んでしまった。

予期せぬことに動じながらも、彼は咄嗟にその腕でしっかりと抱きとめてくれて。

・・・そうだ、この、自分の体がすっぽり収まる、言いようのない安心感だ。

「シュバリエルガ」

我慢出来ずにもう一度名を呼べば、今度はそれに応えるように抱きしめてくれた。

名前を呼んで、それに相手が応える・・・傍から見たら、なんて滑稽な光景なんだろう。

だけど、ここにはちゃんと意味があると私は知っている。


ジェイドさんに翻弄されていた時に私を支配していたのは、きっと、欲だ。

誰にでもある、求められたい、必要とされたい、そんな欲。

彼の色情に中てられて、求められて、心のどこかが応えたいと思ってしまった。

応えれば、どこかが満たされるような気が、自覚もなしにしていたのだと思う。

でも今なら解る。

私が欲していたのは、求められることじゃない。

ううん、求められることは大切だ。

でもそれだけじゃ駄目なのだ。私の心はきっと、それじゃ満足しない。

なんて欲深い。

・・・でもそれが、私をこの腕の中へ連れてきてくれた。

「ごめんね、私がこの世界を知らないから・・・」

どんな言葉を口にすれば、私の申し訳ない気持ちや、彼を大事にしたいと思う気持ちが伝わるかは、分からない。

ただ、思ったままを言うしか出来ない凡人には、これが精一杯だ。

「いや・・・それはもう、いい・・・」

彼が、そっと囁いた。

顔は見えないけれど、心が落ち着いているのが伝わって、思わず頬が緩んでしまう。

「名前を呼ばれるのがこれほど嬉しいものだとは・・・」

心地良いバリトンの声音が耳を打つ。

私はその響きに、身を任せて目を閉じた。

「うん・・・練習したもん・・・」

額に口付けが降ってくるのを感じながら、ふわふわとした気持ちで相槌を打つ。

「実はもう1つ、お願いがあるんだが・・・」

そう言って、彼はゆっくりとした動作で体を離した。

2人の間を急に、夜の空気がすり抜けていった気がして、なんだか物足りない気持ちになる。

穏やかな表情で、深い緑の瞳が優しく細められた。

そんなカオ、この距離でしないで欲しい。否応なしに鼓動が跳ねるじゃないか。

そして、人の気も知らない彼が私の頬をそっと撫でて、誰にも聞こえないように耳元で、そのお願いとやらを囁いた・・・。






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