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シェウル君が渡り人・・・。


冷静に考えてみても、それはほぼ確信といっていい。

孤児院にいた頃は6歳までの子ども達と一緒に生活していたけれど、向こうの世界と同じ歌は、一度だって聴かなかった。

旋律も歌詞も、遊び歌の振り付けですら、かけらも似ていなかった。

せっかくだから、向こうの世界で身につけた遊び歌を・・・と思っても、全く子ども達に楽しんでもらえなかったのは、今でも鮮明に覚えている。みんなで、ぽかんとして私を見ていた。

・・・もちろん、私の見聞きしたことが全てではないと思う。

知らないだけで、シェウル君の口ずさむ旋律が、この世界にも存在しているのかも知れない。

それでも、私の中の何かが告げているのだ。

・・・彼から、自分によく似た気配がする。


・・・こんなところに、国は違えど同じ世界の出身者がいるなんて・・・。

なんとも形容しがたい胸の高鳴りを、私は必死に抑えていた。

きっと彼自身は、自分が渡り人だということを知らないと思うのだ。

赤ちゃんの頃から北の地で暮らしてきたと話してくれたのは、つい先日のこと。

・・・ということは、彼の両親は育ての親、ということになるのか。

そしてそのことを、本人はおそらく知らずに過ごしている・・・。

そこまで考えを巡らせて、私はため息をついた。

管弦楽の音にかき消されたはずの鼻歌が、耳にこびりついて離れない。

眼下には、不思議そうに私を見上げる少年の、あどけない顔がある。きっと私が1人で難しい顔をしたり、ため息を吐いたりしているのが不思議だったのだろうけれど。

目が合えば戸惑いも何もなく微笑まれて、私も微笑を返した。

・・・この確信を真実にするには、彼の両親に尋ねるしかない。

私の仮説が正しかったとしても、それは難しいだろう。

自分の子どもの出生を問われることは、その真偽はどうあれ、決して気分の良いものではない。

しかも、相手が10の瞳だということは、団長や補佐官と同じような地位を持っているということになるのだ。

逆鱗に触れれば、こんなことになっても後見をしてくれている団長に迷惑がかかる・・・。

どう都合よく考えても、結局行き着くのはそこで、私は考えることをやめるしかなかった。




「シェウル?」

女性の声が背中にかけられて、シェウル君が振り返る。

「・・・母上!」

嬉しそうに弾む声で母を呼ぶと、シェウル君はそのまま私に手を振って、シェイナさんのもとへ駆け寄って行った。

彼を受け止めた彼女が、私のことを思い出してくれたらしく、会釈してくれる。

私もそれに倣ってから、シェウル君に手を振った。

シェイナさんが、何かを話すシェウル君に向かって厳しい顔をして、何かを伝えているのが見える。きっと、傍を離れたりしないように、とお小言を囁いているのだろう。

そして、手を繋いで歩き出す後姿を見て、やっぱり聞かない方がいいな、なんて。

少し歩いたところで2人を待っていた父親の姿が目に入ってしまったら、もう、墓場まで持っていかなくちゃ、なんて思ってしまった。

気づいたことは、まだ胸の中で跳ね回っている。それを団長に聞いてもらえたら、気持ちが楽になるのに・・・。

そこまで考えて、やたらと彼のことを思い出してしまう自分が、情けなくなった。

掘り下げて考えるとロクなことにならないので、陛下達に挨拶にくる招待客を観察することにして、私は目線を上げた。


招待客は、次から次へと訪れては挨拶をして去ってゆく。

その半数くらいが身なりの派手な人で、この国は大丈夫か、などと心配になってしまった。

貴族といえば、土地持ち金持ちなのだ。

金も土地も、自分の領地の住民に農地や資金として貸すために管理しているようなもの。

運悪く、住民を省みないような貴族の管理する土地で暮らしてしまうと、末代まで苦労すると院長が愚痴っていたのを思い出す。

けれど、そういう暮らしにくさを解決するために、紅の騎士団がいるのだ。

彼らは貴族の監視も行っているから、定期的に調査をしたりしてくれているらしい。

・・・そういえば、院長は資産運用に関しては、とても詳しかったけれど・・・。

なぜか院長のことまで思い出して、少し懐かしい気持ちに浸っていると、だんだんと人が減ってきたのを感じて内心首を捻った。

離宮に入ってから、この広間と控え室しか見ていないけれど、もしかしたら、夜会自体は別の部屋が用意されているのかも知れない。

1人で考えて納得していると、陛下がリオン君を抱き上げて、高砂から降りてきた。

そして、私の目の前でリオン君を下ろすと、淡々と告げる。

「招待客の出迎えは済んだから、リオン以外は広間へ移動することになった。

 ミーナ、リオンを頼めるか?」

正装した陛下は、いつもの4割増しで素敵だ。

思わず見とれてしまいそうになりつつも、私は頷いた。

そうだ、今は仕事ちゅうなのだ。

「はい」

「よし。バードを付ける。

 部屋に侍女や護衛たちの食事も届くはずだから、一緒に楽しむといい」

「・・・え?いいんですか?」

「ああ、今夜は特別なのだ」

言葉の最後に、にやっと口角を上げる陛下の色気は、今までに感じたことのないくらいの破壊力を持っていた。

・・・これは罪だ。











ざーっ

ざーっ

ざざーっ


右を見ても左を見ても、見渡す限り土砂降りだ。

バードさんが合流して、さあ帰ろうかという時になって、突然の豪雨に見舞われた私達3人。

時々、暗い空が光る。

ほんの少し遅れて、バリバリバリ、と空を切り裂く乱暴な音。

・・・とてもじゃないけれど、外には出れない・・・。

ため息をついて、私はリオン君を見た。

「・・・もう少し様子を見てから帰ろっか」

外の様子を見て悟っていたのか、彼はこくん、と頷く。

「私も、そうした方が良いと思いますよ。

 にわか雨だと思いますし・・・玄関ホールで待ちましょうか」

バードさんも諦めた表情で言ったので、私はリオン君のように、こくん、と頷いた。

「来る時は、月も星も良く見えるくらい晴れてたのに・・・」

「今は夏ですからね、突然雨になることも珍しくはありませんよ」

思わずぼやいた私に、バードさんが珍しく優しく言葉を添えてくれる。

「通り雨だといいんですけど・・・」

何気なく返事をして、リオン君を見遣る。

彼は彼で、床に敷かれた大理石のようなものの線を線路に見立てて遊んでいた。

子どもの方が、こういう時の暇つぶしには強いものなのか。


そして、隣に腰掛けたバードさんに、ため息を煩がられるくらいの時間が過ぎた頃だ。

それは突然やって来た。


「あのっ!」

取り乱した様子の女性が、玄関ホールに駆け込んできたのだ。

きっちり結い上げられていたはずの髪は、ややほつれが見られる。

どれだけ急いで慌てて来たのだろう。

「あ、」

そして気づいた。

取り乱した女性が、シェウル君の母親・・・シェイナさんだということに。

それにはバードさんも気づいたのか、何事かと立ち上がる。

「どうしたんですか?!」

「落ち着いて」

ほぼ同時に私達の声が重なって、顔を見合わせる。

バードさんが、ふらふらしている女性の肩を支えて、私の顔を見た。

私は頷いて、彼女に話しかける。

「どうしたんですか?

 ・・・何かあったのなら、協力しますから」

ゆっくりと伝えた言葉に、彼女が急に私に掴みかかった。

半ばぶつかってきたような体重の掛け方に、私の重心が後ろに傾く。

咄嗟にバードさんが背を支えてくれたおかげで、たたらを踏むだけで済んだ。

「なっ・・・」

「探して下さい!

 あの子を、シェウルがいないんです!!」





嫌な予感がした。

言い換えるなら、あの、手が消えかけた時のような感覚だ。

怖い、と感じる何かが、自分の内側で繁殖し始めている。


リオン君をバードさんに頼んで、私は離宮の中を駆けずり回っていた。

招待客ではないから広間には入れないので、そちらは母親のシェイナさんに任せて。

王宮ほどではないけれど、やはり王族の館だ。広い。廊下が長い。

おまけに外は雷が鳴り響いているし、窓には大粒の雨が叩きつけるし、シェウル君の名前を呼んでも、その自分の声すら聞き取りづらいような状況だ。

思うようにいかない焦りが、さらに状況を深刻に思わせる。

廊下を駆けて、手近な部屋の1つを開けようとしたら、鍵がかかっていた。

・・・ということは、部屋の中に入れる可能性はほとんどないわけだ。

それなら、とりあえず廊下を走って最初に出会った人に、聞き込むしかないだろう。

そう見当をつけて、私は廊下をひたすら走っていた。

バリバリバリ、と空を裂く音が耳を割ろうとする。

その音を聞きながら、私は胸の中で呟いた。

・・・私が渡って来ちゃった時の状況に、とっても似ているけど・・・。

院長から聞いただけだ、見たわけではない。

けれど、言い知れない恐怖感が、背中を這っているような気がして思わず立ち止まる。

・・・まさかね。

この廊下を走り抜けようとしている時に、自分が『どこか』へ渡ってしまったら・・・と思ってしまった。

・・・笑えない。

けれど今は、そんなことで怖気づいていられない。子どもの安否がかかっているのだ。

気を持ち直して廊下を進むと、うっすらと人影が見えてきた。

「やっったっ」

廊下の警護にあたっている騎士であれば、もしかしたら協力をお願い出来るかも知れない。

探しているのが10の瞳の子息だということは、関係者以外には知られない方が良さそうだから、口の軽そうな貴族には聞き込めないと思っていたところだった。

久しぶりに走ったりして、息が上がっている。

人影の前で立ち止まると、一度呼吸を整えてからゆっくりと近づいた。

暗がりの中で、一瞬、雷光がその人の顔を照らす。


「・・・しゅ、」

思わず出かけた言葉を飲み込んで、言い直した。

・・・もう私は、彼のコインを持っていないのだ。

そう自分を戒めて、言葉を紡ぐ。

「団長・・・」

目の前まで来れば、それが誰なのかがよく分かる。

・・・正装した、蒼の騎士団団長その人だ。

出来れば会いたくなかった人。

でも、気になって仕方なかった人。

いろいろな思いが浮き上がっては沈み、私は思い出した。

そうだ、自分のことは一旦置いておくべきだ。

間近で足を止めた私は、その顔を見上げた。

ほんの数日ぶりだというのに、こんなにも勇気が必要なのか。

「・・・あ、あの、」

変な威圧感に、言葉が上手く出てこない。

目の前の人は、静かに佇んでいる。

・・・もしかして、聞こえていないのだろうか・・・。

外は嵐なのだ、息を切らせた私の声など彼の耳に届いていないかも知れない。

そう思って、もう一度口を開いた瞬間。

「どうした」

・・・聞こえていたらしい。

私はひとつ頷いて、続けた。

「8歳の男の子を、探してるんです。

 ・・・見かけませんでしたか・・・?」

なんとか言葉を紡ぐと、口の中がカラカラしていた。

手のひらが汗ばんでいるのは走っていたから、だと思いたい。

彼は私の言葉を聞いて、一瞬眉間にしわを寄せると首を振った。

「いや、見ていない」

言葉が切られて、沈黙が落ちてくる。

激しく打ち付ける雨の音が、その隙間を埋めてくれていなかったら、私はきっと呼吸すら苦しくなってしまていただろう。

このまま2人でいる場面を見られるのも、彼には迷惑かも知れない。

私は彼のやって来た方を探すつもりで、軽く会釈をして言葉を紡ぐ。

「そうですよね・・・ありがとうございます。

 じゃあ、し、」

「そのドレス」

失礼します、と言いかけた私にかぶせて、彼が言う。

「よく似合っているな」

言葉を割らせることを許さないほど、彼の言葉がまっすぐに向かってきた。

「あ・・・りがとう、ございます・・・」

まさか会話をするつもりなのか、と私は面食らって半ば無意識に返事をしていた。

・・・急に、普通に話したりするから・・・。

落ち着かない両手を、胸の前で擦り合わせた。

褒められたのはドレスで、決して私ではないのだ。忘れてはいけない。

呪文のように心の中で繰り返した私は、それでも不思議と、あれだけ波立っていた気持ちが凪いでいることに気づく。

そして、意外と大丈夫なのか、と何かに納得してからは、その瞳を真っ直ぐに見つめることが出来るようになっていた。

きっと、嵐のせいで廊下が薄暗いからだ。

「・・・団長も、格好いいですよ・・・」

・・・こんなことも、素直に言える。

社交辞令にしては、あまりにたどたどしいけれど。

「・・・そうか」

「はい・・・」

ぎこちない会話が途切れて、2人とも沈黙する。

ここまでか、と半ば残念にも感じながら、私は口を開いた。

シェウル君を探し出して、シェイナさんの元へ連れて行かなくてはいけないのだ。

「じゃあ、」

「なら、」

2人の言葉が同時に飛び交った。

どちらからともなく、お互いの続きを待って黙り込む。

稲光が差し込むけれど、そんなことは気にならなかった。

ただ、緩みそうになる頬を叱咤するのに必死だった。


一刻を争うことなど、ほんの刹那、忘れてしまうくらいに。







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