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「シェウル君は、今8歳なんだっけ?」
3人でひとしきり遊んで、木陰に腰を下ろして熱のこもった体を風に当てる。
夏の風は少し温かったけれど、汗だくになった肌には心地よかった。
かくれんぼも、鬼ごっこも久しぶりだったけれど楽しかった・・・。
ちなみに、どちらもこの世界で親しまれている遊びなので、やったことがなかったのはリオン君だけで、ルールさえ分かれば、あとはひたすら遊ぶのみだった。
・・・リオン君からしたらシェウル君はお兄さんみたいなものだから、遊んでもらっていた、というのが正しい表現なのかも知れないけれど。
「はい」
私の問いかけに、はきはきとシェウル君が答えた。
リオン君が、離れた場所にいる母親達に手を振っている。
大人2人はパラソルつきのテーブルセットで、優雅にお茶を楽しんでいるようだ。
あのセット、見たことがないけれど・・・もしかして白の皆がわざわざ運んできたのだろうか。
2人の会話が弾んでいることを願うばかりだ。
私は、シェウル君に質問を続けた。
「8歳かぁ・・・あれ、そういえば、今日は学校は?」
この国では、6歳になると学校に入学する。それから6年間の義務教育が始まるのだ。
そのあたりは私のいた国と、そう変わらない。
その6年間で何をするのかは知らないけれど、学校を卒業したら職人に弟子入りしたり、家業を継ぐ修行する、という選択肢が定番なのだそうだ。
もしくはお金に余裕があって、もっと勉強したい場合は、それぞれ目指す分野の学校に通うという道もあるらしい。
専門分野の学校は入学の条件になる年齢がないので、働いてお金を貯めてから通う、という人もいるようだけれど・・・。
ちなみに、リオン君のお兄さんであるオーディエ皇子が在籍している王立学校は、王立というだけあって国の将来を担うような人材を育成するのだそうだ。
外国からの留学生も、少なくないらしい。
その王立学校に関しても詳しい内容は知らないけれど、団長やキッシェさんも通っていたという話を聞いたことがある。
王立学校を卒業した後は、団長やキッシェさんのように、騎士団に就職して騎士になったり病院勤務になったり・・・要するに、専門職や公務員が就職口ということになるのだろう、と勝手に想像しているけれど・・・概ね間違ってはいないと思う。
私の質問に、少年はやはりしっかりした口調で答えた。
「赤ちゃんの時から北の別荘にいたので、そこの近くの学校に通ってました。
もし皇子様の遊び相手になったら、王都の学校に通うことになるって、母上が」
「そうなんだ・・・あっちのお友達と離れさせちゃったんだね。ごめんね」
大人の事情で転校させてしまうようなものだ。
表情を翳らせた私に、目の前の少年ははにかんで首を振った。
「王都に来るのも、とっても楽しみにしてたんです。
皇子様もかわいいし、もっと一緒に遊びたいと思いました」
まだ8歳だというのに、ずいぶんと物分りの良い子だ。
心の中で感心する。
そして、草の上をぴょんぴょん跳んでいるバッタを見つめていたリオン君に話しかけた。
「ねえ、リオン君。
次に会う時は、シェウル君と何して遊びたい?」
「んー・・・」
バッタを目で追いかけるのをやめて、しばらく考えるそぶりを見せるリオン君。
ほどなくして、目を輝かせた。
「鬼ごっこ!」
「そっか」
小さな皇子様は、鬼ごっこがよほどお気に入りらしい。
「お友達がシェウル君に決まったら、いろんなことして遊ぼうね」
私が小さく返したのを聞き届けると、嬉しそうに頷いてから、またバッタを目で追い始める。
そして、シェウル君を振り返ると、少し遠慮がちに話しかけた。
「お兄ちゃん・・・バッタ、捕まえられる・・・?」
可愛いお願いに、少年は笑顔で頷く。
「うん、ちょっと待ってて!」
「それじゃ、そろそろお母様たちのところに戻ろうか」
声をかけて立ち上げると、バッタ捕りに夢中になっていた子ども達が顔を上げた。
2人とも、顔中に不満が溢れているけれど、今日はあくまで顔合わせ。
大人の都合で申し訳ないと思いつつも、もう一度声をかけて立ち上がるように促すと、2人は渋々といった様子で捕まえたバッタを放した。
「また一緒に遊べるように、お母様たちにお願いしてみようね」
『はぁーい』
少しの間に仲良くなった2人は、私の言葉に一緒に返事をしたのだった。
そして、手を繋いだ2人の後ろを歩きながら、その並んだ背中を眺める。
ふと、風に乗って鼻歌が聞こえてきた。
・・・なんだか、どこかで聞いたことのあるような・・・。
感じた疑問は、リオン君が「ははうえーっ」と叫んで走り出したのを追ううちに、どこかへ消えていってしまった。
母親達のそばに戻ると、リオン君はすぐにレイラさんに抱きついた。
早速お兄さんとの次の約束を取り付けたいようだ。
シェウル君も、シェイナさんにリオン君と何をして遊んだか話をしている。
懸命に伝えようとする我が子を見つめる彼女は、とても優しい目をしていた。
それが微笑ましくて、こちらまで頬が緩んでしまう。
ちらっと見れば、側に控えていたバードさんも、私のように和んでいるのを見つけて、なんだか嬉しくなった。
お庭での対面からほどなくして、私はレイラさんの自室へ戻ってきていた。
はしゃぎすぎたのか、リオン君は楽しみにしていたおやつを取りに行くことも出来ないまま、こてんと寝てしまった。
子守たる者、子どもが寝てしまっては仕事にならないので、レイラさんとお茶を飲むことになったのだけれど・・・。
ふいに、レイラさんが口を開いた。
「そういえば、夜会の日にちが決まったそうです。
・・・明後日ですって」
「明後日・・・?!」
・・・それはまた急な・・・。
驚いて固まっていると、彼女はお茶をひと口含んでから笑顔を浮かべる。
「ええと・・・本当はもっと前から決まっていたんですって。
でもあの、皆さんお伝えするのを忘れていたみたいです・・・」
困った人達ですねぇ、なんて悪びれた様子もなく微笑まれては言葉が出ない。
・・・私は子守だから、誰の目にも留まることはないだろうと思うけれど・・・。
小さくため息をついて、私は頷いた。
「・・・そうですか・・・」
せっかく白の侍女さんが淹れてくれたお茶だから、と私もひと口含んで、思い出した。
「そういえば、働き始めてすぐにオーダーしていただいた制服は、いつ頃から使用する
予定なんでしょう?」
「あら、そういえばまだでしたね。
うーん・・・もうちょっと待ってみましょうか。たくさんお願いしましたし」
どうやら制服はもうしばらくお預けらしい。
それなら、じゃぶじゃぶ洗える夏服をもっと買い足しておかないといけないだろう。
今日の子どもたちの遊びっぷりを見ている限り、着替えを持ってきておかないと、体が冷えて風邪を引いてしまいそうだ。
「・・・分かりました」
考えながら返事をした私に、彼女は言う。
「ええと、今日のことなんですけれど・・・子ども達はどうでしたか?」
「そうですね・・・」
慎重な物言いの彼女に、私も記憶を辿りながら答えを探す。
そして、子ども達のやり取りを聞いていても、特に問題も感じなかった・・・それどころか、シェウル君が弟の面倒を見るお兄ちゃんのようで、見ていて安心出来たのを思い出した。
「・・・大丈夫だと思いますよ。
最後の方は、リオン君がシェウル君のこと、お兄ちゃんて呼んでましたし・・・」
それを聞いたレイラさんは、ほっと胸を撫で下ろしたのだろう、肩の力を抜いて背もたれに体重を預けるようにして息をついた。
レイラさんも日中横になることも多いのに、今日は少しの時間とはいえ歩き回ったのだ。自覚はないかも知れないけれど、きっと疲れているだろう。
「よかったぁ・・・それじゃあ、あとで陛下にも伝えてみますね」
「ちょっと疲れちゃいましたね・・・」
案の定、ほっとした途端に力の抜けた様子のレイラさんは呟いた。
見れば顔色があまりよくない。
レイラさんの言葉を聞いた白の侍女さんが、すかさず「お休み下さい」と、レイラさんを立ち上がらせた。
侍女さんの手に支えられたレイラさんと目が合ったかと思えば、彼女は私に言った。
「もうリオンは夕方まで起きないと思いますし、今日はここまででいいですよ。
明日もお願いしますね」
疲れているだろうに、思いのほかしっかりした口調に内心驚きながら、私はこくりと頷いた。
「わかりました。
ゆっくり休んで下さいね。リオン君によろしくお伝え下さい」
レイラさんは私の言葉にゆっくり頷くと、支えられたまま寝室に入っていった。
・・・今日の業務が終了してしまった。
バードさんは、もともと護衛なので交代が来るまでこの部屋で待機だ。
私は少し暇そうに佇んでいる彼に、お疲れさまです、と頭を下げて部屋を出た。
そうして思わぬところで仕事が打ち切りになった私は、突然降って湧いた空き時間をどうするか考えながら、王宮の廊下を歩いていた・・・。




