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図書館からの帰り道、突然現れた団長が、私の手を引いて歩く。

私は、その横顔をつぶさに観察しながら、隣を歩いていた。

久しぶりだと感じるほど離れていたわけではないのに、不思議な気持ちが湧き上がってくる。

私の手を包む、ひとまわり、ふたまわりも大きな手を見る。

人の温もりが、こんなにも身体に染み入るものなのかと、感心してしまう。

私の温もりも、この人の手に溶け出していればいいな、とも思う。

それが半ば祈りにも似ているような気がした私は、なんとも言えない温かい気持ちになって、思わず頬が緩んだ。

すると、頭上から声がかけられる。


「ミナ」

柔らかい、温度のある声。

この声が耳に馴染んでいるのを、私はもう知っている。

「ん・・・?」

見上げつつ小首を傾げれば、彼がこちらを見て微笑んでいた。

少しの間会っていないと、必要以上に優しくしてくれるらしい。

「夕食を振舞ってくれる約束は?」

「・・・覚えてますけど、振舞うってほどのことは・・・。

 それに買出ししてないから、今作ったら、簡単なものになっちゃいますよ?」

買出しは、団長が戻って来てからでもいいかと高を括っていた。

「・・・それでいい。

 特別なことをして欲しいわけじゃない」

期待感に満ちた瞳が即答したまま、私をじっと見つめていた。

これは間違いなく、断ったら不機嫌スイッチを押してしまうのだろう。

私は、部屋の冷蔵庫の中身を思い出す。

「じゃあ私の部屋に寄って、必要そうな食材をシュウの部屋に持って行きます?

 そっちの部屋に残ってる物があれば、それも使い切って・・・」

了解を得るつもりで彼を見返せば、ふたつ返事で頷いてくれた。

繋がれた手に、心なしか力が込められた気がした私は、咄嗟にその深い緑の瞳から逃げるようにして視線を逸らす。

今さらになって、私は彼の大きな手の存在を意識してしまったのだ。

そして、この手を解くことの出来ない自分と向き合って、途方に暮れた。


それからしばらく手を繋いだまま、いろいろと話をしながら歩いていると、向こうから走ってくる人影が視界に入った。

・・・どうやら、騎士団の制服のようだけど・・・。

目を凝らして見ていると、隣から呟きがこぼれた。

「・・・来たか」

どこか苦々しい声色が気にかかって横顔を見上げたけれど、彼はじっと前を見据えている。

私もそれに倣って近づいてくる人影を見ていると、あ、と気づいた。

「ノルガ・・・!」

彼も怪我もせずに戻って来ることが出来たのだと知って、内心でほっと息を吐く。

すると、突然繋がれた手に痛みがはしって立ち止まった。

「・・・痛っ・・・?!」

突然身に降りかかったことに驚いて手を繋いでいる団長を見上げて、彼が不機嫌を絵に描いたような表情をしていることに気づく。

咄嗟に手を引くけれど、更に力を入れられて手首が取れるのではと不安になった。

「・・・他の奴の名を呼ぶな」

バリトンの声が、オクターブ低くなって唸り声に聞こえる。

私はその威嚇に似た言葉を受けて、一瞬だけ息を飲んだ。

・・・温もりがどうとか思っていたのに、今はこの手が死神の大鎌に見える・・・。

「・・・いやでも、会話に必要な名詞だから、そういうわけにも・・・・」

勇気を持ってそう反論すれば、彼は沈黙した。

これはきっと、渋々納得した、ということなのだろう。

眉間のしわが、それを雄弁に語ってくれているのを、私は見逃さない。


「ミイナちゃーん!」

走り寄ってくる様子は、まさに大型犬そのものだ。

・・・どうしてあの子には尻尾がないんだろうか・・・。

彼は手を振りつつ私達の目の前まで来ると、はぁっ、と呼吸を整えて喋りだした。

「ただいま!

 デートのお誘いにきたよ!」

ちらっと、彼の視線が私と団長の手に注がれた。

私は微笑みで隠しているけれど、繋がれた手は、しばらく前からじんじんと痛む。

・・・咄嗟に取った行動だと、こうも力加減が出来ないものか・・・。

「おかえり。

 無事に帰ってこれて、よかったね。

 ・・・でもごめん、話はまた今度でもいい?」

「・・・えー・・・。

 ・・・やだ!」


一瞬の沈黙を破った彼の台詞を聞いた団長が、すかさず彼に向かって言い放った。

「キッシェが、お前と斬り合いをしたいと待っているぞ。

 とっとと行ってこい」

それを聞いたノルガは、不満げな悲鳴を上げた。

「ええええ?!

 嘘でしょ団長、今さっき帰ってきたばっかりなのに・・・!

 遠方の巡回が、どんだけ激務か知ってるでしょ・・・?!」

激務、と聞いてから彼の表情をじっくり観察すると、確かに目の下にはクマがあるようだし、顔色も良くないような気がしてきた。

「・・・大丈夫ノルガ・・・?」

思わず気遣うと、横から団長が口を挟む。

「問題ない。

 疲れて見えるのは、日が沈んできたせいだ」

そして、団長は完全に悪役顔を晒しつつ、にやりと口角を上げた。

それを見ていたノルガは、ひぃっ、と小さな悲鳴を上げる。

「・・・お前には、貸しが1つあったな」

「・・・鬼、悪魔、大魔王ーっ!」

散々な呼び名をぶつけられた彼は、それでも機嫌が良いことを隠そうともせず、ほんの少し強めに私の手を引く。

ノルガの悲痛な叫びを背中で聞きながらも、私は彼の横顔を見ていた。

「・・・だいまおう・・・」

思わず漏らしてしまった呟きを、彼は綺麗に鼻で笑ってくれた。






必要そうな食材と、今日買ってきた焼き菓子を詰めた籠を、よいしょ、と持ち上げる。

どれだけ食べるのかが分からないからと、多めに見繕ったら重くなってしまった。

・・・部屋、片付けておいて正解だったな。

仕事の日は、どうしても掃除や整理整頓が難しいところがある。今日が休日でよかった。

そんなことを考えていると、ふいに背後に気配を感じて振り返った。

団長が、何か言いたそうに立っているのを見て、声をかける。

「・・・どうか、しました・・・?」

その様子に違和感を感じて、尋ねた。

彼は、眉間にしわを寄せて口を開いて、私の目の前に紙袋を突き出す。

かさり、と紙が音を立てて、言葉を紡ぐ前の一瞬、彼の瞳が揺れた、ように見えた。

「ベッドサイドに置いてあったが・・・。

 病院に、行ったのか」

彼が持ってきたのは、王立病院で処方してもらった薬の袋。

「・・・ええ」

肯定した私は、そっと彼の手から袋を取り上げて、キッチンの隅に置いた。

窺うような、咎めてもいるような声色と眉間のしわの割りに、心配してくれているのが分かると、こちらも申し訳ない気持ちになる。

なんとなく目を伏せると、彼の大きな手が、私の頬に触れた。

その温もりが、ゆっくりと私の肌に溶けてゆく。

あまりに心地よくて、目を閉じそうになってしまう自分を叱咤した私は、彼を見つめて、努めて明るく言った。

「・・・少し前に、頭痛がして。 

 でも、もう今は薬も必要ないくらい元気です」

ジェイドさんに連れて行ってもらったことは、余計な心配をかけそうだから黙っておこう。

「・・・」

本当に、何ともないんです・・・と付け足す私を、彼は無表情に見ていた。

私は少しだけ話題を逸らそうと、別のことを口にする。

「あ、それから、リュケル先生に会いました」

彼の眉がぴくん、と跳ね上がる。

不機嫌スイッチが入るかと思いきや、意外と彼は落ち着いていた。

「奴か。

 ・・・何もなかったか?」

もしかしたら、団長もリュケル先生とは顔見知りで、あの手のつけようもない幼児性には慣れているのかも知れない。

・・・だから、私の代わりにピアスを返しにいってくれたのかも・・・。

私がそんなことを思っている間も、彼はまだ、手を離そうとしない。

あまりに自然に触れられていて、全く気にならなくなっていた自分に驚く。

そして気づいたら、一度合わせた目が、もう逸らせなくなっていた。

・・・どうしよう。アンと話したせいか、心がざわついて仕方ない。

「・・・ええ、特に何も。

 ・・・や、ちょっとびっくり、しましたけど・・・。

 黒い石のピアス、改めて断ってきました」

「・・・そうか」

彼が、いくらか穏やかな声で頷いた。

そっと、空いている方の手で、私の持っていた籠を持ってくれる。

重みが浮いて消えてゆく感覚に、おかしな喪失感を感じてしまうのは何故なんだろう。

それから解放された手が、いつからそうだったのか、少し痛む。

そして、その一瞬に囚われてしまった私を、壊われものを扱うように、真綿でくるむように、団長の片腕が囲った。

目の前に彼のオリーブ色の詰襟があって、汗やほこりの混じった匂いが鼻をくすぐると、否応にも密着していることを実感してしまう。

どれだけ洗濯していないのだろうとか、この制服が血で汚れたりしないといいなとか、真夏は暑いんじゃないかとか、そんなことばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。

顔が熱くならないのは、恥ずかしさよりも別の何かが自分の背後に潜んでいるような気持ちになってしまったから。

あまりにも腕が優しく触れるから、なんだか背中が物足りなくて不安になってしまう。

どうしてそんな風に、触れられないものを扱うように私のことを抱きしめるのだろう。


胸が高鳴ってもいいのに、私はどこか冷静なまま、身を任せていた。








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