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「あっついねぇ」

レストランを出ると、じりじりとした日差しが私達を待ち構えていた。

アンがハンカチでぱたぱたと顔を扇ぐ。

外に立っているだけでも、じっとり汗ばんでくるようだ。

「ご馳走になっちゃってゴメンね」

「ううん、院長が持たせてくれたお金だから」

どちらが支払いをするか押し問答した末に、院長の名前が出て、私が折れてしまった。

万が一、私に出会うようなことがあれば、ぜひ美味しいものを食べてくるように、と言い聞かせられて街に出てきたというのだ。

どんな万が一の備えなのだろうか。

アンの話によると、院長が王都に用事があって、今日から数日間滞在する予定なのだそうだ。

仕事に関しては、さっぱり分からないと彼女は言うけれど・・・孤児院の経営で、何か問題でもあったのだろうか。

食料に関しては、近くの農園や牧場からの寄付があったと思うのだけれど・・・。

・・・仕送り、した方がいいかな。初任給が入ったらになるけれど。

それにしても、王都へ来るなら手紙でもくれればいいのに。

自分も手紙を出していないことを棚に上げて、心の中で院長を詰ってしまう。

とにかく、院長はせっかくだからと、アンを社会見学がてら王都へ連れてきたらしい。

彼女は王都にやって来るのは、2回目なのだそうだ。

彼女自身は、今回は王都へ来ても用事があるわけではないので、院長とホテルへチェックインしてから早々に散策しようと部屋を出てきたというわけだ。

最初に感じた大人っぽさは、かわいい服を着て、化粧をしているからなのか。

それとも・・・・・・?


「ああ、いないいない」

彼氏でも出来たのかと尋ねれば、即座に否定された。

・・・その言葉に棘を感じるのは何故なんだろう。

あることが思い当たって、軽い気持ちで聞いてみた。

「え、でも、蒼の騎士団で、誰だか知らないけど、一緒に食堂で・・・?」

あれ、どうなったの?と言外に含ませれば、やはり彼女はご立腹で。

「あんなの知らないわよ!」

・・・ああやっぱり地雷だった・・・。

この暑さのなか、メラメラと怒りに燃える彼女は、静かに思い出の彼に向かって呪いの言葉のようなものを紡いでいる。

・・・辺りの気温が5℃くらい上がった気がする・・・。

「何があったの・・・?」

恐る恐る声をかけてみても、アンは完全に据わった目をこちらに向けるだけだった。

仕方なく怒りが薄れるのを待っていると、ぽつりと彼女が言った。

「・・・いいの。もう忘れる」

「大丈夫なの・・・?」

彼女は泣いてはいない。俯いてはいるけれど。

そして、頷いて顔を上げた。

「あたしが馬鹿だった!

 ・・・この経験を活かすべく、ミーナ!」

「はい?!」

急に両肩をつかまれて、声が裏返る。

久しぶりにこの子のペースに巻き込まれて、楽しいやら、ついていけないやら。

そんな私をよそに、彼女は目を輝かせて言った。

「騎士でも事務官でも何でもいいから、誰か紹介して!」

・・・私にもアンの前向きさを分けて欲しいと、いつも思う。






あまり遅くなっては院長が心配するから、と話すアンとはレストランの前で別れて、私は一旦寮へ戻ってきていた。

せっかく院長と2人で王都に来ているのだから、夕食を3人で・・・と提案したものの、アンがホテルの名前を覚えていないそうなので、明日にでも、寮の私の所へ予定を伝えに来てくれるそうだ。

上手く都合がつけば、久しぶりに院長にも会える。

思わぬ幸運に、荷物はかさばったけれど、帰り道の足取りは軽かった。

窓の外の空を見上げれば、日が傾き始めている。夕暮れが近い。

・・・すいぶん長いこと、アンと喋っていたみたいだ・・・。

そういえば、あのじりじりとした暑さが少し和らいできたようにも感じる。

配る予定のお菓子を置いて、ひと息ついたところで、外が騒がしいことに気づいた。

「・・・なんだろ・・・?」

首を捻って窓から身を乗り出してみるが、特に変わったところはない。

火事でも起きたのかと思ったけれど、気にしなくても大丈夫そうだ。

そう結論付けて、手早く身なりを整える。

とりあえず、図書館に史料を読みに行くことにしよう。

・・・せっかく差し入れも買ってきたことだし。






「お疲れさまでーす・・・」

小声でカウンターに近づくと、ぱっと顔を上げて応える人物が1人。

その人は、にかっと気持ちのいい笑顔を浮かべてくれた。

「ミーナ!」

「こんにちはキッシェさん」

初めて来た時でこそキッシェさんとしか接することがなかったけれど、ここ数日通う間に他の職員さん達とも、ぽつぽつと会話するようになっていた。

お堅い人達が多いものと勝手なイメージを持っていたけれど、物静かながらも話してみると皆さん優しいことがすぐに分かって、今では史料のためだけじゃなく、図書館に通うこと自体が楽しくなっていた。

カウンターに紙袋を乗せて、中にいる職員さんたちにも声をかける。

「差し入れ持ってきたよ。

 ・・・皆さんも、よかったらどうぞ」

すると、一様に皆さん笑顔で会釈をしてくれた。

もちろんキッシェさんは大喜びだ。

「気が利くねぇ、ありがとう!」

彼は鼻歌交じりに紙袋から中身を取り出すと、同僚さん達に配ってまわった後、自分の分をしっかり口に運びつつ、カウンターに戻ってきた。

・・・利用者の目につく場所で食べて、大丈夫なのかな。

そんなことを思いつつ、その口元をじっと見つめる私の視線に気がついたのか、彼は手をぱたぱたさせながら言う。

「だいじょーぶ。

 利用者はほとんどいないし。

 オーディエ皇子が帰ってきたみたいで、ひと目見たいミーハーちゃん達が、どどっと

 王宮の外庭に押し寄せてるみたいなんだよね。

 そっちにお客さんもっていかれちゃってるみたいでさー」

「そんなに嬉しそうに言うことじゃないでしょうに」

そんな彼を呆れ半分で見ていると、その奥で職員さん達まで差し入れにぱくついている様子が目に入ってきた。

・・・喜んで貰えたらなら、よしとするべきか。





そびえ立つ本棚の間を縫うように歩いて、渡り人の史料の前まで辿り着く。

もう何度も通っているから、ここまでは迷わずに来れるようになった。

目当ての本棚の前に、カウンターから借りてきた椅子を置いて本を探す。

完全網羅して出来る限り多くの情報を集めようと思っている私は、本棚の端から端までのローラー作戦を実施しているのだ。

「今日はここからか・・・」

1冊、2冊と今日中に読めそうな分だけを手に取っていく。

今のところ私しか、ここ一帯の本の閲覧を許可された人間はいないようなので、前回読んだ本の隣に栞を挟ませてもらっているから、本を探す手間が省けて助かる。

そして、今日も椅子に腰掛けてひたすら本を読もうと、深呼吸をした。


「これもかぁ・・・」

今日開いた本には、どの年に、何人の渡り人がやって来たのかが記されていた。

ここに最初に来た時に目を通した本にも、その日からほぼ毎日通って目を通した幾冊の本にも、転入届けや住民票のような内容ばかりが記されていたのを思い出す。

・・・史料って、渡り人の人数管理のための記録のことなのかな・・・。

自分でも頑張って読み進めているとは思うけれど、読んでも読んでも、私の知りたい情報が出てくる気配がないのが辛いところだ。

せめて背表紙に何か書いてくれていたら、もう少し楽だと思うのに・・・。

読んでみないと内容が全く分からないのは、とても不便だ。

こうなるのは分かっていたし、私の望むような情報が簡単に得られるなんて思ってなかったから、多少のことは流せると思っていたのだけれど・・・。

ちょっと疲れたな、と思った途端に、ため息が漏れた。

ぱたん、と本を閉じて椅子に深く沈みこむ。

「んんんーっ」

本を読んで固まった体を伸ばして、ひとつ欠伸をした。

・・・ダメだ、今日は集中出来そうにない・・・。

なんだか、そわそわする。

早々に諦めて、本を元の場所に戻した。

すると、キッシェさんがこちらに向かって歩いてくるのが視界に入った。


「今日は閉店しまーす」

彼はこちらに歩いて来ながら、機嫌良く言った。

「・・・えっ?

 もうそんな時間?」

彼の言葉に耳を疑う。

まだまだ閉館までは時間があると思っていた私は、思わず声を上げてしまった。

それほど集中していたとも思えず怪訝な顔をした私に、彼は手を振る。

「あ、違う違う。

 今日はもう、ミーナしか利用者いなくてさ。

 白の本部から、閉館してもいいって通達が来たんだ」

「そっか、じゃあ丁度良かったかも。

 私もなんだか集中できなくて・・・。

 今日は切り上げようか、迷ってたとこなの」

立ち上がって、本を元に戻して栞を挟んでいると、呆れの入り混じった声が背後からかかる。

「・・・ほんとに全部読むつもり?」

「うーん・・・この棚じゃないとは思うんだけど・・・。

 見落としがあっても嫌だから。急いでるわけでもないし・・・ね」

曖昧に微笑んで振り向くと、彼も仕方ないな、というふうに笑ってくれた。

・・・曖昧という言葉は、私には優しいと思う。


それから、キッシェさんが椅子を運んでくれると言うのでお願いして一緒にカウンターに戻ると、すでに閉館作業は終わっていたようで、職員さん達と連れ立って図書館を出ることになった。


外に出てみれば、すでに日が暮れていて、昼間よりも過ごしやすくなっていた。

風が心地良くて、思わず深呼吸してしまう。

職員さん達は、それぞれ明日のシフトについて話しているようで、私は先に帰ろうかと、明後日の方を見ながら考えていた。

すると、ふいに声をかけられて振り返る。

「あのー、」

「・・・何でしょう・・・?」

声をかけてきたのは、職員さんの1人。

名前も知らない男の人だけれど、銀縁の眼鏡をかけていて、いつも机に向かって事務仕事を黙々とこなしている人だ。

・・・それくらいの印象しか持っていない彼から話しかけられて、私は小首を傾げた。

「せっかく早く仕事が終わったんで、皆で飲みに行こうって話してて・・・。

 それで、もし良かったら、一緒にどうかなと思って」

こうして面と向かって言葉を交わそうとするのも、初めてなのではないかと思う。

良く見ると幼い雰囲気が漂う中にも、私と同年代のような気がして、どう言葉を並べたらいいものかと困ってしまった。

「・・・えっと・・・」

声をかけてきた彼を一瞥した私は、その後ろで、キッシェさんがニヤニヤと人の悪い顔をしているのが目に入った。

他の職員さん達はというと、私を見て固まっているようだ。

・・・なぜ?

周囲の様子に違和感を感じつつも、とりあえず目の前の彼に答えなければ、と視線を戻して・・・けれど、どう返せば角が立たないのか思案していると、彼は更に言い募った。

「・・・仕事中は話せないから、この機会に仲良くなれたら、と思って・・・。

 最近良く来るから、ちょっと気になってたんだ。

 その、黒い髪も綺麗だなって、ずっと思ってて・・・。

 今なら蒼鬼も留守だし・・・どうかな」

虫の音が、その一瞬の沈黙を埋める。


その時だ。

バリトンの、声が響いた。


「ミナ」


私と眼鏡の彼の、ほんの数メートル横。

・・・いつの間に。

「だん・・・シュウ!」

団長が片手を腰に当てて、立っていた。

「あ、蒼鬼・・・」

呆けたように、眼鏡の彼が呟くのを聞いた私は、ちらりと視線を投げる。

その彼は、もはや私の返事など聞く気がないのか、団長を見上げて固まっていた。

それを鼻で笑った団長は、私を見ると言い放つ。

「迎えに来た」

「・・・え?」

私は自分の口から呆けた声が漏れるのを聞いた瞬間に、団長に手をとられて歩き出していた。


「キッシェ!」

「なあにエル!」

団長の声に、普段聞かないようなキッシェさんの大声が届く。

「もうすぐノルガが来る。

 思う存分、斬り合っていいぞ。

 ・・・ああ、真剣は勘弁してやってくれ。かなり疲弊している」

「りょーかーい!」

団長に手を引かれながら振り返れば、笑いをこらえたような、楽しいのを抑えきれないような表情をしたキッシェさんが、こちらに向かって手を振っていた。

職員さん達が、固まったまま私を見ている。

・・・皆さんは団長が近づいて来ているのを見て、固まっていたんですね・・・。




突然現れて驚かされたけれど、大きな怪我もなく戻って来たようで、内心ほっと息をつく。

数日ぶりに見上げた横顔は、少しやつれたような、疲労の色が濃いような・・・。

どこか機嫌が良さそうに見えるのは、私が頬を緩めているからだろうか。







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