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蒼の騎士団が巡回に出て、7日目の朝がきた。

日に日に照りつける太陽の日差しが強くなっていく。そろそろ夏本番の陽気になりそうだ。

病院でもらった薬は、初日以降飲んでいない。

痛みを感じた時にだけ服用する薬だというので、しばらくは様子を見ようと思う。

今日はお休みをいただいているから、病院の一件で迷惑をかけてしまった人達に配って歩くためのお菓子か何かを買いに行くことにしていた。

その後は、キッシェさんに差し入れでも持っていって、図書館で史料を漁るつもりだ。


天体盤を見上げると、太陽がすでに高い位置に昇っていることに気づく。

病院に行った日の夜は、頭痛が少しと眩暈がしたけれど、その後は夜もぐっすり眠れているし、日中も特に体調が悪くなることもなかった。

その証拠に、今だって昨日の夜ベッドに入ってから、朝になるまでが一瞬だったことに驚いているし、熟睡した後のスッキリ感がすごくある。

・・・病院に行った翌日からは、廊下で会うたびに関係者から口々に「体調はどうですか」という一言と、「我慢しないで病院へ」と言われることが続いた。

何かの標語のように、だ。誰に習ったのだろうか。

ちなみに、ジェイドさんからは過剰なスキンシップと一緒に「何か食べたいものはありますか」という完全に病人向けな台詞をいただいくことが多かった。

その度に背中がむず痒くなって、あの綺麗な瞳から溢れる甘い眼差しを正面から受け止める勇気が持てずに、曖昧に頷くばかりだ。

そして、自分では元気になったつもりだから、何でそんなに心配されるのかと疑問に思う気持ちが1周して、皆して本当は私が深刻な病気なのを隠しているのかと疑心暗鬼になったりもした。

・・・そんなわけ、ないとは思うけれど。


簡単に朝食を摂って身支度を整える。

この世界に来て髪を結い上げることにも慣れた私は、シンプルなお団子ヘアくらいなら、ぱぱっと出来るようにもなった。

向こうにいた時は、ポニーテールとハーフアップくらいしか、自分で出来なかったのに。

・・・異世界トリップって、手先が器用になるんだな・・・なんて、無意味に感心してみたりする。

「さ、行きますか」

鏡の中の自分を見つめて、誰にでもなく呟いた。

何かがすとん、と落ちてきたあの時と同じ目をした自分が、鏡の中から私を見つめ返している。

違うのは、胸元の青いコイン。

指で撫でた時に感じる、ぷっくりとした触感が好きで、日に何度も触ってしまう。

・・・手の油分で錆びたりしないだろうか、なんて。

そう思いつつも、どうにもやめられないのだ。

彼の手に返す日が来るかも知れないのに、だ。

そして今もまた、鏡の前でコインをひと撫でして部屋を出た。








「・・・あ、暑・・・」

天気が良すぎるのも困りものだ。

洗濯物がすぐ乾くのは大いに助かるけれども、私まで乾いてしまっては困る。

暑いのはある程度我慢出来るけれど、なんといっても日差しが痛いこと痛いこと。

私は黄色人種だから、まだましなのかも知れないけれど、この世界の人達は色素の薄い肌をしているようだから、日焼けしたらきっと真っ赤になって痛いだろう。

日陰を探しながら歩いていると、日焼け止めのクリームを雑貨屋さんのウィンドウに見つけて、日差しから逃げるようにして店の中に入る。

特に何を見るわけでもなく、ぐるりと店内を一周してから、最初に目をつけたクリームを手に取った。

そして、子守の仕事でも、お庭で遊ぶ機会が多いからと、1つ買っていくことにして店を出た。

歩いていると、自分の姿がそれぞれの店のウィンドウに映り込むのが視界の隅に入る。

・・・街並みに溶け込めているのか気になるなんて、きっと暑さのせいだ。


雑踏の中を歩いてしばらくすると、なんだか息苦しい気がして大きく深呼吸をした。

自分が空気に溶け込んで、足元がふわふわと地面についていないような、変な感覚もする。

もともと人ごみは得意ではなかったけれど、満員電車に乗って通勤していたし、歓楽街での飲み会だって参加していたし・・・。

じわり、と広がりかけた不安を振り払うようにして前を見据え、目的の店までひたすら歩く。

・・・病は気からだ。

そう自分に言い聞かせて、とにかく用事を済ませることを考える。

汗をかきつつもひたすら歩くと、一軒の菓子店に辿り着いた。

今日はこの店で、配って歩くためのお菓子を買うために外出したのだ。



ちりんちりん



暑い日差しに涼を運んでくれるような、風鈴に似たチャイムの音が店内に響いた。

続いて甘い匂いが、私を包む。

胸いっぱいに吸い込めば、ころん、とした女性の店員さんの元気な声が飛んできた。

「いらっしゃい!」

店内には私の他に客はおらず、彼女はにこにこと人の良い笑顔を浮かべて私を見ている。

目が合うと、一層笑みを深くした。

「たくさんあるので、ゆっくり見て行って下さいね」

私はこの一言が好きで、王都に来てからお菓子を買うのはこの店と決めている。

ここは、本当に1人でじっくり選ばせてくれるから、時間がかかっても、結局買わずに帰ることになってしまっても、居心地の悪い思いをしないで済むのだ。

優柔不断になることが多い私は、急かされると流されてしまって、結局欲しくもないものを掴んでしまったりするから。

私は笑顔で店員さんと目を合わせると、ショーケースの中のケーキや、棚に並べられた焼き菓子をじっくり吟味し始めた。

お詫びの気持ちで差し上げるものだから・・・と、目に付いた物を手に取る。

日持ちは大事だ。王宮内は時間の流れが速いから、食べる機会を逃すとあっという間に賞味期限が過ぎてしまい兼ねないだろう。

甘いものが苦手な人には申し訳ないけれど・・・と思いながら少しずつ絞っていって、結局、マドレーヌらしい形の焼き菓子を買うことにした。

「あ、それから、これも」

追加でお願いしたのは、個人的に食べたいお菓子だ。

疲れた時は甘いものが一番だと思う気持ちは、世界を越えても理解してもらえると思う。


会計を済ませて、店員さんが袋詰めしているのをなんとなく眺めていると、背後でチャイムの音が響いた。

店員さんが振り返って、声を上げる。

「あー、涼しー・・・」

後から入ってきたお客さんの邪魔にならないようにと、私はなるべく端の方へ移動する。

この店は、品物を大事に袋詰めしてくれるから、会計の後も自然と時間がかかるのだけれど、今はそれが少しもどかしい。

まだかな・・・なんて、明後日の方向を見ながら思っていると。


「ぅわっ!

 ミーナじゃない!」


女性の高い声が店内に響いた。

突然のことに体がびくっと反応して、一瞬頭の中が真っ白になる。

そして、明後日の方向から視線を戻すと、そこにはなんと、良く知った人が立っていた。


「アン・・・!」


まさか何で、という思いと、嬉しいと感じる気持ちが入り混じって、うまく言葉にならない。

それは相手も同じだったようで、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりしている。

そして彼女が、何とも表現しづらい表情になった。

それを見た私は、落ち着きを取り戻して声をかける。

「久しぶり。元気にしてた?」

「うん!」

にっこり笑った顔は、最近の私のもやもやを綺麗に吹き飛ばしてくれた。








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