28
・・・どんな言葉を返したらいいものか・・・と絶句した私を、ジェイドさんはやはり微笑んで見つめている。
その表情は余裕に満ちているというか、悠々と構えているというか、からかっているんだか本気なんだか私のような小娘には分からないカオをしているというか・・・。
上手くこの場を切り抜ける言葉が見つからずに、私は困り果てていた。
何しろ目の前の彼は、直接ではないにしろ、私の上司にあたるのだ。
男として見る、という言葉の意味を、私は考えていた。考え抜いているのだけれど、どうしても真意が掴めずに右往左往している。
相手の言葉の意味ですら慎重に選ばないといけないような、デリケートな問題は今の私の手に負えるとは到底思えなかった。
下手な受け答えをして、まかり間違って機嫌を損ねた上に解雇でもされたら、と想像して背筋が凍りつく。
団長に面倒を見てもらった仕事である上に、いろいろな方から謝罪の言葉をいただいてもいるので、一生懸命務めたいと思っていた矢先なのだ。
途方に暮れれば、病院の中の空調が意外に効いているのに気づいて、思わず腕をさする。
彼はそんな私を見て何を思ったのか、目を細めた。
「困らせたいわけでは、ないんです」
そして再び、私の頬に触れる。
さっきは温かいと思ったその手が、今は体温を失っているように感じられた。
その手にやんわりと顔を上げられて、彼と目が合う。
ひとつ、息をゆっくり吐いたその表情には、何かに観念したような色が見え隠れしていた。
「私も戸惑っているんです」
「え・・・?」
またしても、言われた言葉の意味が掴めない私は、つい聞き返してしまった。
気に障りはしないだろうかと、はっとして顔が凍りつくのが分かる。
緊張感を漂わせた私に向かって苦笑すると、彼は話し出した。
「なんというか、この年になるまで仕事に没頭せざるを得ない生活だったのもので。
なんせ不良陛下のお守りも兼ねた補佐官業ですからねぇ・・・」
「・・・はぁ・・・」
「女性にかまけている時間なんて、ほとんどなかったんですよ。
寄ってくる人は男女問わず、紅の侍女に排除させていましたし」
遠い目をしたり、ため息をついたりして、彼が話す。
・・・枯れた生活をしてきたんですね・・・。
彼自身が苦笑いしているのを見てしまったら、私が失礼な感想を抱いてしまっても許されるような気がした。
「・・・それもあって、あなたの出現は本当に新鮮でした。
赤点陛下でも、陛下は陛下。それを指差してしまうところも、面白かった・・・」
・・・私が失礼なのは百も承知だけれど、ジェイドさんも大概失礼だと思う。
私が生温かい眼差しを向けてしまったのを、彼はくすくすと笑って済ませてくれる。
こんなふうにまともに会話をするのは、子守初日以来だ。
「例の試験の翌朝、子守を辞退したいと言われた時・・・。
あの時は、衝動的にあなたを引き止めてしまったんです」
向こうにあるものを見ているかのような、遠い目をしている彼に、私は小首を傾げた。
「・・・それ、本当は引き止めるつもりはなかった、ってことですか・・・?」
無意識に気持ちが表情に出てしまっていたのか、彼が苦笑しながら私の頬に触れている親指を動かし始める。
「そんな顔しないで・・・。
エル・・・蒼鬼殿にね、言われました。
・・・彼女が辞退を申し出たら、聞き届けてやって欲しい。
・・・話が白紙になったら、彼女を蒼の本部へと送り届けて欲しい、とね」
彼の言葉が耳に落ちてきて、ゆっくりと上下に動く親指が、温かい軌跡を描いていくのと同時に、私は自分の感情が凪いでいくのを感じていた。
「・・・団長が・・・」
彼はどこまでも面倒見が良いらしい。
私は温かいものが広がっていくのを感じて、そっと息を吐いた。
ありがとう、と言いたい相手が遠くにいるのは、少し寂しいものだ。
「でもね、」
ジェイドさんの声がして、私は我に返る。
いつの間にか思考の海に沈んでいた視線を上げれば、目の前で私を覗き込もうとしている彼の姿があった。
「あなたの口から、辞退の申し出が出そうになった時、咄嗟に引き止めていたんです。
・・・ちょっとだけ、強引だったことも認めますけれど・・・」
「結構、強引でした・・・」
思わず零した私に、彼はまた苦笑する。
「そうですね、強引でした。
・・・でも、本心から残ってもらいたかった」
「・・・えっと・・・」
甘い眼差しを向けられて戸惑っていると、彼が言葉を並べ始める。
「不謹慎ですけれど、あなたが倒れるところに居合わせて良かった。
・・・おかげで、こうして触れることが出来た・・・」
熱を孕んだ声色が耳の奥まで突き抜けて、頭が沸騰にしそうになる。
私は必死に目を逸らそうとするけれど、頬に添えられたままの大きな手が、それを許してくれそうになかった。
青い目で射抜かれて、私はなんとか呼吸する。
・・・もう、何も言わないで欲しい。身がもたない。
「・・・あの・・・」
別の話題に切り替えようと口を開くけれど、吐息がかかりそうなくらいの距離に彼の顔が近づいてきて、喉元まで出かかった声がせき止められる。
「・・・けれど・・・ダメですね」
・・・もう、息も出来なくなりそうだ。
そう思った瞬間、とどめのひと言が投げられた。
「満足するどころか・・・もう、自分のことを見て欲しいと思っている」
至近距離で投げられた言葉に、心臓がひときわ大きな音を立てた。
目の前の綺麗な空に吸い込まれそうな感覚に陥る。
・・・今は、その重力に身を任せるわけにはいかないのに。
そう頭のどこかで呟いて、彼から目を逸らそうとした瞬間、両手で頬を挟まれた。
・・・むにゅ。
「いひゃいれふ」
・・・力加減が、おかしいと思います。
「・・・本当に。
なぜこんな色気も何もない、13も年下で、世界規模の迷子に・・・」
私の頬を思い切り潰したまま、肩を落とすジェイドさん。
・・・何に気落ちしているのだろうか。
・・・というか、それではジェイドさんは今年37歳ということに・・・。
「・・・でも不思議ですね、そんな風に冷静に考える自分と、」
落としていた肩を元に戻して、私の目を覗き込む彼。
目が合ってしまうと、否応なしに鼓動が跳ね上がる自分がいた。
一瞬、恥ずかしいと感じる心が解放されていたからか、余計に恥ずかしくなって顔に熱が集まるのを感じてしまう。
「他のことは何も考えずに、あなたを甘やかしたいと思う自分がいる」
頬が潰れて変な顔になっていた私を覗き込んで、堪え切れなかったのか、ふふっと笑ってから手を離してくれる。
解放された頬は、とても熱かった。
痛みのせいなのか、それとも慣れない大きな手のせいなのか。
鼓動も速いし、顔も熱い。声が震えてしまいそうだ。
「・・・ねえ、ミナ」
耳慣れない声が、私の名を呼んだ。
この世界に渡ってきてからというもの、長い間、正しい名前を呼んで欲しいと願ってきたはずなのに、いざ呼ばれたら感情がさざめく。
それは、収まる場所が見つからないのか、私の意識の中を行ったり来たりしていた。
もう彼の手が頬から離れたというのに、顔が固定されて目を逸らすことが出来なかった。
「私はあなたに好意があるみたいです」
真っ直ぐな言葉を向けられて、きゅうっ、と胸のあたりが掴まれたようになる。
痛みを伴う感覚に、私は思い切り戸惑ってしまった。
視線が彷徨って、なかなか彼の姿を捉えられない。
私がやっとの思いで呼吸を整えて「何を言ってるんですか」なんて、軽やかな声を絞り出そうとしたところで、彼は一瞬表情を消して、こちらに手を伸ばした。
いつもほんのり笑みを浮かべている彼の無表情は、どこか怖い。
その雰囲気に反射的に体を強張らせた。
すると、一瞬のうちにその両腕で強張った体が包まれる。
「・・・やっ・・・」
咄嗟に零れ出た言葉は、彼の胸に吸い込まれていった。
返事の代わりに、腕の力が増す。
見た目よりも厚い胸板から、彼の鼓動の音が伝わってくる。
抵抗しようと思わなかったのは、何故だか彼の両腕が少しだけ強張って、震えていたから。
それが何を意味するのかは知らないけれど、今はこうしていた方が良い気がしたのだ。
頭の芯が少しずつ冷静さを取り戻していって、私はそっと彼の様子を窺う。
そんなことをしているうちに、私には、この行為が全く艶っぽくないと思えた。
静寂の中、彼の鼓動の音に耳を澄ませる。
とくん、とくん、という音の合間に、どこからか鳥のさえずりや、人の声が聞こえてくる。
一体どれくらいの時間が経ったのだろう、ふいに、彼が大きく息をついた。
そして腕に力を込める。
「・・・体に、違和感は・・・?」
熱を持て余していた時とは違う、硬さのある声。
間近で聞いているからなのか、これは本当に彼の声なのかと思ってしまった。
「・・・あ、はい・・・すっきり爽快です」
「よかった、本当に」
そう言ってから、彼はやっと体を離してくれたけれど、相変わらず私の両の頬を包む。
・・・私の頬は、そんなに触り心地が良いのだろうか。
そんなことを思いながらも、彼の真剣な声の意味が分からずに、首を傾げる。
「・・・いいですか。
次に体調を崩したり、頭痛や眩暈がしたら必ず私に言うように。
・・・この際蒼鬼殿でも構いませんが、とにかく、」
ばたんっ!
びくぅっ!
話の途中で突如響いた音に、肩をそびやかすようにして、体が硬直する。
ジェイドさんは少しだけ体を動かして、後ろを振り返っていた。
その顔は見えないけど、驚くようなことが起こったわけではなさそうだ。
そろーっと体をずらして、ジェイドさんの影から音のした方を覗き見れば、そこには良く知った人が立っていた。
肩で息をしながら。
「ミイナに触るな変態!!」
「あなたに言われたくないですねぇ。付き纏いの常習犯さん」
コツコツと品の良い靴音を立てて、その人は近づいてきた。
ジェイドさんが腰を上げて、その人に対峙する。
そして、2人がぎゃんぎゃんと・・・片方が喚いて、それをジェイドさんがさらっと流しているだけだ・・・言い合い始めた。
2人は知り合いなのだろうか。
疑問は浮かぶけれど、ここで発言をすると、面倒なことになりそうだから黙っておくことにして、私は2人を観察する。
・・・ここは病院なんだけどなぁ・・・などと一般人らしく心配したところで、今さらながら周囲に人の気配がないことに気づいた。
目が覚めてから目まぐるしい展開に翻弄されて、全く周りを見る余裕などなかった私は、ゆっくりと辺りを見回してみる。
そして初めて、私の寝ていた病室が個室だったらしいことを知った。
・・・どうりで静かだったわけだ。
しかしそれなら、2人のことは放っておいても大丈夫だろう。個室なのだから、多少の喧騒は許されるのではないだろうか。
もちろん、度を越したら絶対に許されないと思うけれど。
2人は、もはや私のことは目に入っていないようで、私はこっそり観察することにする。
白衣を着ているところは見慣れた姿だけれど、振る舞いが別人のようだ。
一緒に列車に乗るまでは、同性のつもりで接してきた相手が、ジェイドさんと男性らしさを彷彿とさせる言葉遣いで言い合っているのが耳に馴染まない。
やがて、2人が言い合っているのを眺めていた私は、はっと我に返った。
その勢いのままに、ささっと髪を纏めなおして辺りを見回す。
・・・今から戻れば、午後の仕事には復帰できるはずだ。
掛けられている天体盤を確認した私は、ベッドを降りようとして下ろした足に体重をかけたところで、ぎし、と軋んだ音を立ててしまう。
すると、そこまで言い合っていた2人の顔が、一斉に私に向いた。
「ミナ、」
「ミイナ、」
ほぼ同時に言葉が出て、顔を見合わせる2人。
またしても険悪な雰囲気が漂い、慌てて口を挟んだ。
「お、お元気そうですね、リュケル先生」
すると、リュケル先生は照れくさそうに頬を掻いて頷いた。
ジェイドさんは眉根を寄せて、そんな彼の様子を横目で見ている。
「・・・今は、王立病院で働いてるんですか?」
「うん、僕、一応この病院に籍を置いているからね。
ちなみに、運ばれてきた君を診察したのも僕だよ~」
嬉しそうに話す彼に戸惑いを覚えた私は、居心地の悪さを隠すように曖昧に頷いた。
助けてもらった恩を棚に上げて、先生に治療されたことを残念に感じてしまう。
どうしても列車の中で極端に近づいてきた彼の様子が、脳裏に蘇ってしまうのだ。
・・・元気になった途端、現金なものだと自分でも思うけれど・・・。
すると彼は「忘れてた」と早口でつぶやいて、紙切れを取り出す。
「ミイナ、これ薬の処方箋ね。
頭痛薬出しておくから、痛むようだったら飲んで」
いろいろな思いが駆け巡るけれど、治療してもらったことには心の中で感謝しながら、紙切れを受け取って、お礼を言う。
そして思い出した。
「あの、診察代って、どうしたら・・・?」
この世界に来てから医者にかかることがなかった私は、全くそういった知識がない。
向こうの世界では、初診と月初めは保険証を出して下さい、と病院に書いてあった気がする。
・・・もし高額な費用がかかるものだったら、どうしたら・・・。
ちらついた不安が表情に出ていたのだろう、リュケル先生がにやりと笑った。
その隣でジェイドさんが大きなため息と共に、額を押さえて肩を落としている。
「ミイナ、この世界ではね、医療費がすっごい高いんだよ。
でも、僕は可愛い君のために肩代わりしてあげることも、やぶさかではない。
・・・言いたいこと、わかるよね?」
そこはかとなくセクシャルな発言をにやにやしながら言われて、私は唖然としてしまった。
いや、決して真に受けているわけではない。
「・・・最っ低・・・」
「変態ですね」
2人で冷たい視線を送れば、先生がたじろいだ。
「ひどいなぁ、ちょっとふざけただけなのにー」
「診察代は心配要りませんよ。騎士団所属の者は、コインを見せれば免除されます。
侍女職にはあまり必要ないのですが、仕事中の騎士たちには怪我がつきものですから。
診察代も、給与の一部として国が負担することになっているんですよ」
頬を膨らませた先生の横で、ジェイドさんが穏やかに説明してくれて、私は頷いた。
「そうなんですか。
私、公務員になれて良かったです」
「・・・こうむいん、って何です?」
とても綺麗なジェイドさんの顔で、あまりに間抜けな声を出すものだから、私は思わず噴出してしまった。
「そういえば、コレ、あいつに返されたんだけど」
ほんの少しだけ和んだ空気を破って、先生はポケットから何かを取り出した。
私は何気なく視線を投げて、彼の手のひらに乗せられた物を視界に入れる。
それは、黒い石のついたピアス。
王都に出てくる時に、列車の中で先生がくれたものだった。
・・・そういえば、団長が返してくるって・・・。
すっかり忘れていたことを、私は頭の隅でぼんやりと思い出した。
けれどそれも一瞬のことで、記憶の大部分を占めるのは、その時の彼とのやり取りだ。
「・・・えと、」
思い出して顔を熱くした私は、言葉を探しながら口を開く。
先生はそんな私を強い目で見つめて、言葉を遮った。
「あいつが、取り上げたの?
ミイナが、返そうと思ったの?」
きらきらと、黒い石が照明にあてられて煌く。
その輝きが、なんだか真っ直ぐに向かってきて、私の胸に突き刺さるようで目を逸らした。
こういう雰囲気は、苦手だ。
こんな平々凡々とした、この世界にあっては適齢期もいいところの女子が、ノルガといいジェイドさんといい、さらにリュケル先生にまで恋愛対象として見られてしまうのは、一体何故なのか。
どう贔屓目に見ても、私は普通以外の何者でもないし、その枠から外れたいと思ったことは、一度たりともない。
私はただ、職を得て自立をして、この世界にも自分の居場所を作りたいと・・・。
刹那の間に、走馬灯のように考えが巡る。
そして、リュケル先生に向かって口を開いた。
「取り上げたのは、団長です・・・。
でも、その時止めなかったのは私です。ごめんなさい」
私の言葉を聞いた先生は、途端に眉にしわを寄せた。
きっと次の瞬間には、ぐっと堪えた彼の口から何かが吐き出されるのだろう、と想像して、私は手を握りこんだ。
それならば、何か言葉を返される前に一気に言ってしまえ、と息を吸う。
湧き上がった時に言わなければきっと、私は諦めてしまうから。
「本当はあの時、受け取るべきじゃなかったんですよね。
そのピアスは、ご自分で身につけて下さい。
気にかけてもらえて、嬉しかったです。それで十分です。
ありがとうございました」
そこまで話して、頭を下げる。
そして顔を上げると、目の前のリュケル先生はまだ顔を顰めたままだった。
ジェイドさんはその隣で苦笑いしていたけれど・・・。
「気にかけてもらうだけで十分なら、そのコインも、蒼鬼殿に返しては?」
「え・・・?」
ジェイドさんの言葉に鼓動が跳ねて、私は咄嗟に胸元に光るコインを握り締めた。
真っ直ぐな彼の視線が、私の手のひらの中のコインに注がれているような気がしてしまう。
そう感じてしまったら、喉が震えて息が苦しくなった。
「後見が蒼鬼殿であることは、すでに王宮中が知るところです。
だからもう、そのコインは必要ないのでは?」
いたって真面目な表情で、彼は言った。
きっと、本当にその通りなのだろう、と思う。
ズキン、と頭の奥の方に痛みが走って、私は瞼を閉じた。
鼓動がおかしな音を立てて、私をせっつく。
「・・・でも・・・」
・・・このコインを外す・・・?
王都に来たあの夜からは、全く考えもしなかったことだ。
確かに、私が蒼鬼の後見を得ているということが周知の事実なら、そんな私に危害を加えようだなんて輩も少ないはずだ。
もしコインを返したとしても、今度は白の騎士団のコインが私を守ってくれるのだろう。
私は皇子の子守・・・王宮に1人しかいないのだ。良くも悪くも、何かあれば浮き彫りになってしまうことは分かりきっているから、良からぬことを実行する勇気がある人間は少ないだろう。
・・・だから、後見の証と、身の安全を・・・と渡されたコインは、確かに必要ないのかも知れない・・・。
一点を見つめたまま考えていると、ふっと眩暈に似た感覚がやってくる。
瞬きを忘れてしまったから、だろうか。
目頭を揉んで何度か瞬きをする。
・・・でも、このコインは・・・。
堂々巡りをする気持ちと、体のだるさを飲み込んで、私は2人を見つめた。
「・・・団長と、約束したから・・・」
そう、約束は守らなくてはいけない。
「必要なくなった時に外してくれるって、団長が言ってたんです」
静かに紡いだ言葉が、そのまま自分の中を乱反射していく。
いつかその時がやってくるのだと、私は知っているのだ。
「・・・だから、その時までは着けておくつもりです」
騎士が相手に預けるコインの意味は、もう知っている。
・・・けれど、私の胸元にあるコインには、そんな意味は込められていない。
私は、ただ預かっているだけにすぎないのだ。
いつか、彼がこのコインを必要とする時まで。




