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「ミーナさん?」

ディディアさんの澄んだ声で呼ばれて、はっと我に返る。

声のした方に目を遣れば、心配そうに眉根を寄せた白百合の君が、私の顔を覗き込んでいた。

・・・そうだ、皆で木陰で休憩をして・・・。


リオン君のお世話がひと段落して手を休めた途端に、マートン先生との会話がフラッシュバックして身動きが取れなくなってしまっていたらしい。

渡り人と、異世界の研究・・・。

昨日図書館で見たように、長年に渡って毎年何人かずつ異世界からの渡り人がやって来ていたとしたら、異世界を研究する学者がいても、確かにおかしくはないのだ。

けれど・・・この国で、その研究が一般に認知されていたり、評価されているようには、どうしても思えなかった。

一般とまではいかなくとも、少なくとも王宮の中枢で働いている団長達くらいは、何か知っていてもおかしくはないレベルの研究のはずだからだ。

まして、何か理由があって団長が秘密にしているとも思えない・・・。

そう考えると、彼は異端なのではないかと、ごく自然に思い至った。だから、バードさんの態度や表情がいつもと違って固かったのではないかと思えるのだ。

彼がどれほどの年月を費やして研究されてきたのかは知らないけど、史料の山を見る限りは数年やそこらで何かが解る、生易しい研究だとも思えない。

それは、あの執念を宿した目を見て、簡単に想像がつく。

・・・いくら考えてもフワフワしていて掴めないのは分かっているけど、私の第六感が絶対にマートン先生に隙を見せてはいけないと告げていた。

そして、団長が帰ってきたら、相談してみようと心に決める。


「・・・あ、はい」

いくらか間をおいてディディアさんに返事をすれば、隣に座っているリオン君も不思議そうに私のことを見上げていたのに気づく。

「・・・あ・・・すみません。

 ちょっと、ぼーっとしちゃいました・・・」

照れ隠しに、ふにゃっと笑顔を作れば、リオン君が同じように笑顔を返してくれる。

「体調が優れないのかと思いました」

ディディアさんは、小首を傾げて私の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫です。

 ちょっと疲れたのかな・・・。

 まだこの暑さに、体が慣れてないのかも知れませんね」

気をつけます、と付け加えれば、彼女も曖昧に頷いてくれた。

何か腑に落ちないというような表情だけれど、きっとこれ以上の追及はないだろう。

「ねーミミ」

横から幼い声がして、私は咄嗟に顔をそちらに向けた。

「なあに?」

汗を拭いてさっぱりした彼は、グラスを両手に抱えたまま、私に話しかけてきた。

リオン君におやつを用意しながら、彼の話を聞く。

「さっき、マートン先生となんのお話してたの?」

・・・この子は。こういう時、子どもは勘が鋭いと言うか、何と言うか・・・。

思わぬところからの追及に、私は鼓動を響かせながら喉元に力を入れて答えを紡いだ。

「これから図書館で、お勉強するんだって。

 通りかかって私達がいたから、ご挨拶に来てくれたみたい」

うまく伝わったのだろうか、リオン君は「そっかー」とおやつを受け取って食べ始める。

食欲が興味に勝ったらしく、それから彼が質問してくることはなかった。

私は、その様子を見てほっと胸を撫で下ろして、お茶をひと口含む。

相変わらず、木陰はひんやり涼しくて心地よかった。






そしてあっという間に日が沈み、私は珍しくも王族一家と共に過ごしていた。

いつもは夕食になる頃に退勤するのだけれど、今日は陛下じきじきのお誘いと、チェルニー様からの熱い要望を受けて、夕食を一緒に摂ることになったのだ。

あの「試験」以来お会いしてなかったし、改めてご挨拶するのもいいかな、と思った私は、ありがたく同席させてもらった。

・・・夕食はレイラさんの私室で、リオン君も一緒に皆で美味しいものを食べて、いろんな話をして、とても楽しかったのだけれど・・・。

リオン君が、夕食後に白の侍女と一緒に、寝室に引き上げた後のことだ。

子どもが退室すれば、大人の時間が始まる。

私は全然お酒が飲めないし、レイラさんは妊娠中だからもちろんアルコールは禁止だ。

ただ、陛下夫妻が水のようにワインを飲み干していくのを見ていると、私にも飲めるような気がしてきて思わず手が伸びそうになってしまった。


「・・・それで、」

追加でお願いしたオードブルを摘みつつ私を見た陛下が、グラスを煽る。

その姿は、もはや山賊だ。野性的な魅力にも程がある。

美味しそうに並んだ中から、1つを摘んで口に放り込んだ私は、陛下の言葉を待った。

「あいつとはどうなんだ」

陛下の言葉に、一瞬にして口の中に広がった小さな幸せが消えてゆく。

不躾にも、私のような庶民から小さな幸せを奪っていった陛下を、ジト目で見返した。

視界の隅に、チェルニー様とレイラさんが興味深そうに、身を乗り出すのが見える。

その様子に気づいた私は、内心でこっそりと息を吐いた。

「・・・あいつって、どちら様でしょうか」

「さて、どちらであったか」

冷たく聞けば、呆けた老人のような柔らかさで返してくる。

「・・・すみません、直球でお願い出来ますか・・・」

生憎、私は高貴な人たちの駆け引きが苦手なのだ。

もう試されるのもごめん被りたい。

「・・・ちゃんと聞いてもらえれば、出来る限りちゃんと答えますから・・・」

目を見てしっかり伝えれば、陛下がにやりと笑む。

「気を悪くさせてすまん。ミーナを見ると、つい苛めたくなってしまうのだ」

あまり悪かったと思っていないだろう、と言いたくなるけれど、陛下は私の雇用主でもある。

ここでへそを曲げて突っかかっていったところで、私が得をすることなどひとつもない。

仕方なく黙っていると、陛下が口を開いた。

「・・まぁ、まずはリオルレイドについて、聞かせてもらえるか?」

私に言葉を仕掛けてきた時とは打って変わって、子どもについて聞きたいと語るその瞳は、ひとりの父親のそれだ。

突然目の前に父性をちらつかせた陛下の表情は、保護者面談にやって来た、父親を思い出させる。

一国の頂点に立つ人であっても、我が子を思う姿は、世の中の父親と変わらないんだな、なんて思ってしまったら、とても好ましく目に映って、私は思わず微笑んだ。

・・・それにどこか、その表情は団長に似ているのだ。

よく考えたら従兄弟同士なのだから、当然と言えば当然だけれど。

「・・・そうですね・・・リオン君は、とっても気持ちの優しい子ですよね。

 どの種類のお勉強も、楽しんで取り組んでいますし、問題なさそうですよ。

 ・・・今は、まだ習得して技や知識を磨くというよりは、準備段階なんですよね?」

保護者の希望を叶えつつ、子どもが健やかに育つお手伝いをするのが私の仕事だ。

そんな私の言葉に、陛下は静かに頷いた。

「本格的な王族の教育を受けさせるのは、10歳くらいからか。

 そうなる前に、国と国民に愛着を持ってもらえれば、とは思う。

 体力や運動能力は、幼少の頃から鍛錬が必要だとは思っているがな・・・」

「なるほど・・・。

 ちなみに、幼少期に遊びの範囲でですけど、体をたくさん動かしておいた方が、

 のちに、体力や身のこなしに良い影響を与えることは、あちらの世界でも言われてます。

 ・・・あとは、お友達とたくさん遊べるといいんですけど」

私の発言に、チェルニー様が頷いた。

「そうですね、わたくしも子育てをして感じました。

 王族に、友人と呼べる存在がとても少ないのは、将来的に問題が生じると思います」

お酒が入っているとはいえ、国のことに関する話題になると、彼女も陛下も、とっても真剣な目をして話をする。

酔っているのは、もしかして演技なのかとも思わされるくらいだ。

「オーディエは今でこそ王立学校の友人がいますが、彼らと友人になるまでは、

 人と関わるのは大変だと、こぼしたことがありましたね」

「確かにな・・・」

何があったのかは知らなくてもいいけれど、それを聞いてやはり、人は人の中で育ってこそ、人の中で生きていく力をつけることが出来る・・・と私は思う。

これは、向こうで働いていた時の受け売りだけれど。

だから、リオン君にもお友達が必要だとは思うのだ。いつも大人たちに囲まれているから、気にはなっていた。

陛下とチェルニー様は王立学校で勉強中の長男について、あれこれ思うところがあるようで、2人で顔を見合わせて言葉少なに会話をしている。

2人は幼馴染だと聞いたことがあるし、もう連れ添ってずいぶん経つらしいので、言葉の少ない会話であっても意思疎通に不便ではないのだろう。

そして、レイラさんはそんな2人を眺めているようだった。

彼女も結構な、いわゆる天然さんなので、ヤキモチを焼くとか、そういう話でもないのだろう。

いや、彼女なりの葛藤はあるのだろうけれど、それを感じさせない挙動はすごいと思う。

彼ら3人の関係や、馴れ初めなどは全く知らないけれど、それなりに上手くやっているらしいことは、王宮の中を歩いていれば噂程度には耳に入ってくるのだ。

・・・どんな形であれ、好きな人と想いが通じるのは幸せなことだろうな、と思う。


「ところで、」

言葉を切って、もはや無言の会話になりつつあった2人を見つめる。

2人の世界も大事だけれど、今はリオン君の話をさせて欲しい。

我に返ったように、陛下もチェルニー様も私に視線をくれた。

そして私は、なんとなく蚊帳の外だったレイラさんに視線を移す。

「リオン君のお友達問題では、レイラさんの意見がとっても大事だと思うんですが、

 そのあたりはどうですか?」

王家の子どもは王家のもの、と考えるのなら、まずは陛下とチェルニー様の方針が優先されて当然なのだろうけれど、私は今まで働いてみて、親子という関係を重視しているのを感じ取っていた。

母親はレイラさんなのだ。子守を任せれた身としては、ぜひ聞いておきたい。

しかし、当のレイラさんは小首を傾げた。

「そうだな・・・、レイラ」

陛下が頷いて、レイラさんに視線を向けて言った。

「リオンは、友人と遊ぶ機会を作ってやった方が、良さそうか?」

それを聞いた瞬間、レイラさんは嬉しそうにはにかんだ。

「ええ、きっと喜ぶと思う」

「では、友人を見繕わなくてはな」

あごに手を当てて考えを巡らせる陛下と、陛下とリオン君について話をするレイラさんを、チェルニー様が優しい表情で見つめている。

親でもない私がこんな感想を抱くのも可笑しな話だけれど、リオン君を取り囲む大人たちは、しっかり愛情を注いでくれているようで、胸がじんわり温かくなる。

きっと、遊び相手もしっかり選んでくれることだろう。

さすがに自力で身を守る術を持たない子どもを、市井に出すわけにもいかないだろうから、臣下の家族か貴族の中から選ばれるのだろうとは思うけれど・・・。

用意された人員だったとしても、小さな皇子様にとって、良い出会いになることを祈るばかりだ。



「・・・それでだ」

振り出しに戻ったかのような切り出し方に、思わず身構える。

リオン君のお友達問題がひと段落したところで、陛下が再び口を開いたのだ。

その表情がなんだか意地悪なことを考えているように見えてしまって、どうしても嫌な予感が振り払えない。

「直球でお願いされたからな、訊くぞ」

条件反射のように顔を顰めれば、陛下の目が輝いた。気がする。

「我が従兄弟とは、その後どうなっている?」

その言葉に一瞬、何を言われているのか理解が追いつかなかった。

無意識に眉根を寄せてしまった私は、3人が興味深そうに見つめているのを感じて、ひっそりと息を吐く。

陛下の言葉が団長を指していると気づいたものの、何と答えるべきが考えを巡らせる。

「現在2人は、どんな関係なのです?」

ほんの刹那の間テーブルクロスを見つめていた私に、チェルニー様が問いかけた。

顔を上げてみれば、その目には、何故だか必死さが滲んでいる。

・・・私と、団長の関係か・・・。

胸の内で呟いてから、視線を宙に投げて答えた。

「・・・後見人と、被後見人ですよ」

それを聞いて、レイラさんが声を上げた。

「そんなぁっ、蒼鬼殿からコインを託されたのでしょうっ?」

・・・だから、何故そんなに悲壮感が漂うのか教えていただきたい。

レイラさんは自分で大きな声を出しておいて、リオン君が寝ていることを思い出したのか、はっと口を手で覆った。

この時間まで体調が良いのは、大変喜ばしいことだけれども。

「このコインは、信頼の証なんですよね?

 私のこと、ちゃんと後見しますっていう、約束のコイン・・・ですよね?」

彼らとの間に横たわる溝のようなものを感じて、私は思わず尋ねていた。

「・・・本当に、それだけだと思うのか・・・?」

唸るように陛下が呟く。

だから何故そんな目で私を見るのか。

このコインが、重い意味を持っているのは私にだって解る。そこまで馬鹿ではない。

孤児院の院長は驚いていたし、リュケル先生だって、このコインを見て様子が変わった。

初めてチェルニー様とレイラさんと夕食をご一緒した時だって・・・。

皆揃ってそんな反応をされたら、嫌でも何かあるのかと思うだろう。

向こうの世界で小説やアニメなどから見聞きしたことから考えると、このコインは、俗に言うところのヒロインアイテムというやつなのだろう。

それくらいは、想像がつくのだけれど、確信はない。

「・・・それだけだと思いますよ」

頭の中を渦巻いているものに蓋をして素っ気なく答えれば、陛下が少し厳しさを宿した目をして、私を見つめていた。

自分の従兄弟に関することなのだ、きっと思うところはあるだろう。

我が子にかける愛情の度合いからして、従兄弟に向ける情も深そうだ。

私は、陛下の強い眼差しに観念して、口を開く。

このまま目を瞑って過ごしていくのは、さすがに無理があるだろうし、陛下達に勘違いされたまま仕事をするのは、精神的に耐えられそうにない。

「・・・これは、私の推測ですけど・・・。

 このコインには、相手を守り抜く、とかそんな感じの意味があるんじゃないですか?

 でなければ・・・自分の真心を相手に捧げる、とか・・・」

騎士がたった1人の人に託すものだ、大方の予想はつく。

それを確認するように問えば、大きく目を見開いたチェルニー様が頷いた。

「知って、いたの?」

「まあ概ね間違ってはいないな。

 誰かを守りたいと思った時に、騎士が己の身につけるものを相手に託す。

 始まりは、主人に捧げる忠誠の証であったと聞いているが・・・。

 今では求婚する時などに、行う者が多いらしいが・・・古い習慣のようなものだ」

・・・そういえば、孤児院の院長も「古い習慣」という言葉を遣っていた。

思い出した私はひとつ、ゆっくりと息を吐く。

「・・・教えて下さって、ありがとうございます陛下」

「正しい意味を知って、こののちお前はどうする?」

まだ表情は硬いまま、陛下が私に問う。

答えを恐れているようでもあるし、怒りを抑えているようでもある。

そんな彼の様子を、2人の奥様は心配そうに見遣っていた。

問い詰められても、私が吐き出せる言葉などたかが知れている。

そして、私は静かに首を振った。

「・・・どうも、しませんよ。

 団長は最初に、コインについて本来の使い方を私に伝えませんでしたから。

 ・・・私と団長にとっては、後見の約束の証でしか、ないと思います」

「・・・そうか・・・」

唸りながらも、一応は納得してくれたようだ。

けれど願わくば、ここでの会話はお酒の力で綺麗に忘れてもらえないだろうか。

・・・お酒が飲めない私は、綺麗に忘れることなど到底出来そうにないから。






かちゃん。

「ただいまー・・・」

鍵を小物置きのつもりで置いてある小皿に乗せれば、陶器と金属のぶつかる音がした。

静寂の中、私は無造作に服を着替え、早々に寝る準備をする。

あの後の陛下は、ただの飲んだくれに成り下がって、最終的には白騎士に連れられて私室へと戻っていった。もちろんチェルニー様と一緒に。

レイラさんも、お腹が張ってきたからと、陛下の出ていく少し前に寝室へ戻って。

私は、親切にも送ってくれるという白騎士に丁重にお断りを入れて、礼を言って1人で寮に戻ってきたところだ。

水を飲んで一息ついたところで、ゆっくりと部屋を見渡す。

耳を澄ますと、遠くから街のさざめきが聞こえてくる。

そして、1枚の便箋が目に入った。


夜風がカーテンを揺らして、心地いい夏の湿った空気が腕に触れる。

吸い寄せられるようにして手に取って、静かに開いた。きれいな模様の入った、温かい手紙。

綺麗に整った字が、その中で静かに私を見つめている。

目で追って、自分でも分かるほど、口元が緩んだ。



・・・だけど。

こんな気持ちになるのに、ひとは平気な顔をして、なんとも思っていないと言える。








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