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目が覚めると頭の中はすっきりしていて、甘い夢さえ見ていた気がした。


外はまだ薄暗くて、いつもの起床時間より早く目が覚めたのだと分かる。

窓の外に人のざわめきを聞いて、耳を澄ます。

そして、ああそうか、と思い至る。

・・・今日から蒼の一団が西に巡回に行くんだ・・・。

身を起こして、少し早いけれど身支度を整えるためにバスルームに向かう。

その途中で、ふと、玄関スペースに1枚の紙切れが落ちているのに気がついた。

何だろう、と内心首を傾げながら近づくと、それがきれいな便箋であることが分かる。

そっと拾い上げて、中に書かれたメッセージに目を通したら、口元が綻んでしまった。






「えいっ」

カキンッ

「やあっ」

カキンッ


金属のぶつかり合う音に似つかわしくない子どもの声が、中庭に響く。

私は、リオン君の剣の稽古をしに、庭に出ていた。

リオン君の剣の先生は、白の副団長のヴィエッタさん。金髪碧眼の、長身美人だ。

女の私から見ても、剣を構える姿に目を奪われてしまうほど、格好良い。

こんなに素敵な彼女に男性女性問わずファンが多いのは、兄であるジェイドさんくらいにしか心を開かないことで有名で、興味をそそられることも理由の1つなのだろう。

見ていてため息が出る。

私にも剣を握るだけの力があれば、また違った生き方もあるのだろうな、なんて、望んだこともないくせに、そんなことを思ってしまった。

さて、2人が中庭のひらけた場所で稽古をしている間、私とバードさんは少し離れた場所にある、ベンチに腰掛けてリオン君の頑張る姿を見守っていた。

剣のお稽古中は、白の騎士が数人中庭に散って警護してくれているので、バードさんも少しの間だけれど腰を下ろして気を休めてもらっている。

「・・・ミーナ殿」

ふいにバードさんから声がかかる。

「何でしょう?」

この人から話しかけてくるなんて珍しい。

私は小首を傾げて相手を見た。

目が合ったバードさんは、目元に小じわを寄せて優しく微笑む。

・・・その笑顔、何度見てもドキドキしてしまいます・・・。

高鳴りそうになってしまう鼓動を抑えつつ、私は彼の言葉を待った。

「シュバリエルガは、元気にしていますか?」

「シュ・・・え?」

聞き取ることが出来ない私は、思わず聞き返してしまった。

きっと間抜けな顔をしていたのだろう、彼がぷっと吹き出す。

「・・・蒼の団長殿ですよ。彼は元気にしていますか?」

「え、あ、あぁ・・・」

言い直してもらって、やっと理解出来た私は腑に落ちないものを抱えて相槌を打つ。

・・・団長が元気かどうかを、どうして私に聞くのだろう。

とりあえず答えようと、昨日の様子を思い出す。

すると余計なことまで脳裏に蘇ってきてしまって、顔に熱が集まり始めるのを感じて俯いた。

彼が巡回している間に、かき乱されてしまった私の中のものを、もう一度整理することなど出来るのだろうか。

「・・・元気にしてると思いますよ・・・?」

ナイフが刺さったり、熱を出したりもしていたけれど、バードさんの聞きたいことは、そういうことではないのだと思う。

私は集まり始めていた顔の熱を振り切って、隣に座った彼の顔を見る。

「そうですか。それは良かった」

「はぁ・・・」

微笑んでいる彼だけれど、一体団長とはどんな関係なのだろうか。

友人としては、年が親子ほども離れているように思える。

すると、じっと見つめていた私の視線に耐えかねたのか、彼はそっと息を吐いた。

「・・・あ、すみません」

不快にさせてしまったようだと思い至った私は、必死に話題を探して、思い当たったのはやはり団長との関係だった。

彼のことを名前で呼ぶ人物が王宮の中にはほとんどいないと、本人が言っていたのを思い出したのだ。

「あの・・・、お聞きしてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

バードさんは、息を吐いたまま固くなった雰囲気を解いて、目元を和らげてくれる。

「しゅばりえるが団長とは、お友達なんですか?」

まだ上手く言えない名前を、そっと紡ぐ。

目の前の彼は、私の言葉にゆっくりと首を振った。

「いいえ、彼が最初に所属したのが、私の班だったものですから。

 今となっては団長にまで上り詰めて、もう私が心配する必要もないのですが・・・。

 どうも、年の離れた弟のように思えてしまって仕方ないのです」

そう言って、彼は優しく微笑む。

その目はきっと、当時のことを思い起こして優しく細められているのだろう。

私は、団長に優しくはない王宮の中にも、こうして温かい眼差しを向ける人がいることを知って胸の中がじんわりするのを感じていた。

「・・・そうだったんですか。

 あれ・・・?

 それじゃ、バードさんは蒼の騎士団にいたんですか?」

「ええ。

 今は白に所属していますが、以前は蒼に」

「・・・所属を替えることも、出来るんですね」

・・・団長も、白か紅に所属したら巡回に行かなくて済むのに・・・。

今はこの国の西の果てに向かっている彼に、思いを馳せる。

体調は大丈夫なのだろうか。大きなお世話だとは思うけれど。

「まず蒼で、騎士としての基本をしっかり学んでから、ですけれどね。

 己の技だけでなく、心構えもしっかり身につけるために、まずは蒼でみっちり

 しごかれるのですよ」

登竜門ということですね。

「・・・大変なんですね・・・」

頷いて聞いていると、彼がさらに続けた。

リオン君の掛け声と、ヴィエッタさんのクールな激励の声が聞こえる。

今日はずいぶん頑張っているようだ。

「ええ。特に、温室育ちの上流階級の青年達には堪えるようですが、シュバリエルガは

 名家の出身であったのに、どちらかというと庶民のようでしたよ」

「・・・そういえば、団長は陛下の従兄弟なんでしたね」

「先王陛下も陛下も、身分などに拘りのない方々ですから、私もつい忘れてしまいます」

バードさんが静かに笑った。

この人は、とても肯定的に今の治世を見ているのだろう。

確かに、陛下は結構いい加減だけれど、治世は特に問題もないようだ。たまに新聞を読んでみると、肯定的な記事が多い。

「バードさん、新米の頃の団長って、どんな感じだったんですか?」

とても興味がそそられて、つい質問してしまった。

後で私が聞き出したなんて知られたら、きっと眉間にしわを寄せて、渋い顔をされることだろう。

「そうですね、彼は・・・最初は、無口で無愛想で、可愛げがない青年でした」

思い出し笑いだろうか、バードさんが肩を揺らす。

遠くを見つめるような姿に、私はただ黙って続きを待った。

「けれど正義感も責任感も含めて、意識だけは最初から、一人前の騎士でしたよ。

 周囲の甘い囁きに一度も靡くことなく、ひたすら鍛錬に励んでいましたしね」

「・・・なんとなくですけど、想像つきます」

今よりも少し幼い顔をした団長を思い浮かべて、私は頬を緩める。

きっと、手など抜かなかったのだろう。

そうやって、周囲からの視線を振り切ってきたのだろう。

「そして、それが認められて、先代の団長に可愛がられるようになって・・・」

「先代の団長に・・・」

夜盗と手を結んでいたという、先代の団長。

3つの騎士団の中でも、職務が特に過酷だというその一団を率いる人間が、最初から人の道を外れていたとは思えないけれど・・・。

「団長と、先代は、その・・・」

「先代のことで、何か聞きたいことがおありですか」

静かに、バードさんが言った。

その口調は、聞いても良いよと言うようでもあるし、やんわり咎めているようでもある。

私はゆっくり首を振って、そっと、言葉を並べた。

「いえ・・・やっぱり、やめておきます・・・」

「・・・そうですか」

「はい」

真っ直ぐ前を向いて頷く。

私の横顔を見つめる彼の視線を、振り切るつもりで。

「まだ、知り合って日も浅いですし。

 これからどれだけの間、お世話になるかも分からないですしね・・・。

 いつか、団長が私を信用してくれてると思えた時に、それでも気になっていたら、

 団長の口から、本人の見た事実を聞けたらいいなと思います。

 ・・・自分の知らないところで、自分の過去を語られるのって、傷つきますよね」

遠くを見つめて、団長の顔を思い浮かべる。

そんなことは直接俺に聞け、とでも言われそうな気がした。

すると、思いを馳せていた私の耳に、ため息混じりの言葉が聞こえてくる。

「・・・なるほど」

何を指してそう呟かれたのか分からない私は、振り返って首を傾げた。

「あなたは不思議なひとですね」

紡がれた言葉よりも、眩しそうに目を細めて私を見つめるその目に、鼓動が速くなっていくのを感じて、私は言葉が出なかった。

「・・・彼の仇になるようなら、排除しようと思っていましたが・・・」

「え・・・?!」

物騒な言葉を聞いた途端に、ときめいてドキドキしていた心臓が、急に縮こまった。

変な汗が、背中をつたう。

・・・この穏やかな仮面の下で、まさかそんなことを。

言い知れないものを感じて、私は咄嗟に彼との距離を取る。

その様子を見て、何故か彼はくつくつと声を出して笑っていた。

「・・・大丈夫ですよ、何もしませんから」

「そういう人ほど信用するなと、親に言われてますから」

顔の前で、両手でバツを作った私を見て、彼は変わらず笑っていたのだった。

「・・・もしかしなくても、私、試されてましたね?」

思い当たって聞いてみれば、バードさんが苦笑い。

「申し訳ない」

「否定して下さいよ・・・」

人間不信になりそうです。

じろ、と彼を睨むと、悪びれもせずに肩をすくめた。

「・・・シュバリエルガが、あまりに自分に無頓着なものですから。

 ・・・親心のようなものです」

そう言われてしまうと、私も渦巻き始めた感情を抑えるしかない。

可愛がっていて、弟のように思う団長が変な女に唆されないか、心配だったのだろう。

王宮が団長に優しくないことを知っているなら、なおのこと。

出会ってまだ日の浅い私ですら、団長の額が熱くて心配したのだから。

そんなことを思っていると、ふいに彼に声をかけられて我に返る。

「・・・ミーナ殿、あなたにとって、彼は一体何なのでしょう」

真摯な瞳に見つめられても、もうドキドキもしなくなっている。

込められた想いが見えてしまったからか。それとも、かすかな敵意が垣間見えるからか。

私は自分の中に揺らぐものを見透かされないように、曖昧に微笑んだ。

「・・・何でしょうね」

「真面目に答えていただけますか」

依然として彼は、強い眼差しで私を見ていた。

それはまるで、そのことから私が目を逸らしていることを知っているかのようで。

チクチクと、胸のあたりを痛めつける。

私は観念して、ひとつ、息をついた。

「・・・無条件で信頼できる人・・・ですかね」

私をあの小さな孤児院から連れ出して、自立するために力になってくれた。

陛下たちの「試験」に打ちひしがれても、手を差し伸べてくれた。

たまにドキドキさせられるけど、今は、これで十分・・・。

「・・・そうですか」

バードさんが静かに言って立ち上がった。

その声からは、私のような小娘が何かを察することなど、出来そうにない。

「では、そばで見ていることにしましょう」

彼は、柔らかな視線と共に私に向かって手を差し伸べた。

私は反射的に手を出そうとして、思いとどまる。

「・・・それって、私が団長の邪魔になると思ってる、ってことですか・・・?」

もうあの夜のような気持ちにはなりたくなかった。

思い出して視線を落とした私に、彼はふわりと言葉をかけた。

「どうでしょう。

 ・・・実は彼から、あなたのことを頼むと言われていまして。

 彼の口からそんな台詞が出てくることなど、耳を疑うほどに珍しいものですから、

 興味が湧いてしまいました」

・・・団長、あなたが発端でしたか・・・。

今は遠く、西の地を闊歩しているであろう彼を思い浮かべて、私は内心で唸ってしまった。

差し出された手が誰のものだったら、何も考えずに取ることが出来るのだろうと考えて、浮かんだのは悔しくも彼の顔だけだった。

言いたいことは山々だけれど、バードさんの言葉の裏を探っていても仕方ない。

自分の身に起こる全てのことに、真正面から向き合っていたら、体がいくつあっても足りなくなってしまうことを、私は渡り人になって知ったのだ。

だから今は、バードさんの思惑や団長の気遣いからは目を背けておくことにしよう。

そう気持ちを切り替えた私は、彼の手を取って、ベンチから立ち上がる。

「よ・・・っと。

 もういいですから、好きなだけ見てて下さい。

 ずっと見てて、私のこと好きになっちゃっても、知りませんよ」

半ば投げやりに言い返すと、彼は肩を竦めて言った。

「それはあり得ませんね」

・・・即答されると、さすがに少し悲しい。






どうやら、バードさんが立ち上がったのはリオン君のお稽古が終わったからだったようで、私は汗だくになったリオン君の顔や首を、持っていたタオルで拭いてあげた。

そして、ヴィエッタさんや他の白の騎士たちにお礼を言って、その場をあとにする。

リオン君はよっぽど頑張ったのか、水分を摂ったら眠くなってしまったようで・・・最終的に私が背負って、部屋に戻ることになったのだった。

バードさんが背負うと申し出てくれたけれど、それでは緊急時に剣を抜くことが出来ない。

そう考えて、私の方から丁重にお断りしておいた。

・・・さっきのやり取りが、私を意固地にさせたわけではない。と思う。







そして。

1日の仕事を終えた私は、図書館に寄ってみることにした。

団長が話を通しておいてくれたから、こんなにも早く実現出来たことがありがたい。

広くて、厳かな雰囲気の漂う本の森。

初めて訪れた図書館は、そんな表現の似合う、不思議な空間だった。

入り口の大きな扉から入って、受付に向かう。

事務官や民間人など、たくさんの人がいるというのに中はとても静かで、声を出してはいけないと感じさせる緊張感が漂っている。

思わず背筋を伸ばしてゆっくりと歩く。

受付は本棚から少し離れていて、係員と会話をしても、利用者から睨まれる心配をしなくてもよさそうだった。

私は、足音の響かないように敷かれたのだろう、絨毯に足を取られることのないように気をつけて足を出す。

やがて受付のカウンターまで辿り着いて、その中にいる人に声をかけようとして気がついた。

「・・・あ・・・」

そこには、いつか見かけた、涼しげな黒髪美人が座っていたのだ。








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