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小話 彼の隣に並んだら3








「お前、何度ノックすれば気が済むんだ」

彼が腕組みをして言い放った。

「何度でも。中にいると分かっているんですから」

不機嫌さを隠そうともしない彼に、ジェイドさんがしれっと返す。

3度目のノックに顔を顰めた彼がドアを開けて、顔を覗かせたのはジェイドさんだった。青い瞳を細めた彼は、ため息混じりに苦笑してから私に向き直る。

私はなんとなく居住まいを正して、彼の視線を受け止めた。

「結婚式には、参加出来ませんから・・・今のうちにご挨拶を、と思いまして」

ジェイドさんは補佐官だ。脱走癖のある陛下の首根っこを捕まえて、この国の統治を担う大変多忙で責任ある仕事をしている。詳しいことは知らないけれど、今日も結婚式には参加せず、お披露目の夜会になってから顔を出すことになっていた。

「ありがとうございます。

 すみません、お仕事中だったんでしょう?」

不機嫌オーラを撒き散らしているシュウのことは見えない振りで、私はジェイドさんに微笑んだ。彼は悪戯をした後の子どものように、楽しそうに小首を傾げる。

「陛下を執務室に軟禁してきました。

 そうでなければ、あの人がこんな楽しいことを放っておくわけ、ありませんから。

 ついでに私の分の仕事も片付けてもらって、私はささやかな休憩を取ってるわけです」

そう言って、彼は小さな鍵を私の目の前にかざす。どうやら南京錠か何かの鍵らしい。

私はそれを見て噴出してしまった。見上げると、鼻で笑ったシュウが私と目が合って、肩を竦めた。

「今頃脱走してるんじゃないか」

「あー・・・ま、そうなったらそうなったで、白が確保に走るでしょうから」

彼の身も蓋もない言葉に苦笑したジェイドさんが、私の手を取る。

こんなふうに私に手を伸ばしたのは、いつ以来だろうか。彼が止めないということは、きっと他意がないことが分かっているからなのか。

昨年の夏・・・ジェイドさんとは、いろいろあった。本当に、いろいろ。だから、今こうして普通に接していられることが、ありがたい。

けれど、そのいろいろ以来、触れられるほどの距離で会話を交わすことなど、ほとんどなかったのだ。だから、こうして手を取られてはどんな表情を浮かべたらいいのか、分からなかった。

内心で自問自答していると、ジェイドさんが困ったような微笑を浮かべた。

「困らせるつもりは、ないんですよ。

 ただ、ひと言お伝えしようと思って・・・」

「はい・・・」

握られた手が、じんわりと体温を伝えてくる。いつかぶつけられた熱のような、焼けつくような熱さは感じられない。

そのことが、私の気持ちを落ち着けてくれた。そっと視線を上げて、青い瞳を見つめる。今なら真っ直ぐその目を見ることも、出来る気がした。

隣に並んで私の肩を抱くシュウは、変わらずに口を挟む気配がない。触れている大きな手が、ほんの少し力を入れたような気もしたけれど、それだけだった。

ジェイドさんが、真っ直ぐに視線を合わせた私に目を細めて、言葉を紡ぐ。

「幸せに、なって下さいね」

「ジェイドさん・・・」

囁くように伝えられた言葉が、胸の中に広がっていく。言葉に詰まった私の肩を、彼の手がそっと撫でてくれて、それを一瞥したジェイドさんは苦笑しながら呟いた。

「ま、きっともう幸せいっぱいでしょうけれど、ね。

 ・・・ついでで構わないので彼のこと、幸せにしてもらえると大変助かります」

「え?」

「余計なお世話だ」

自分のことに言及された彼が、ぼそりと呟く。覗き込むようにして見上げれば、きまりが悪そうに私から視線を逸らせる。

ジェイドさんは、そんな彼を見てくすくす笑いを漏らした。

「こんなのでも、私の幼馴染ですから。

 ・・・この人、あなたの後見をし始めてから考えるところがあったみたいで・・・」

「ジェイド」

彼が唸るようにジェイドさんを諌める。

けれどそんな彼の態度は、歴戦の補佐官殿にとっては取り合うまでもないらしい。

「なりふり構わず危険な状況に身を置くのは、やめたみたいなんですよね。

 休暇も取るようになったようですし、ね。

 ・・・自分に何かあれば、あなたの身を守れなくなると考えたんでしょうけど、」

「ジェイド」

もう一度彼が唸るように言ったのを、ジェイドさんは引き際だと思ったのだろう。ふ、と息を吐いて、私の手をそっと下ろした。

「あの蒼鬼が本当にまあ、血の通う人間になったものです。

 ・・・あなたが、彼に変化をもたらしてくれたんですよ。ありがとう、ミナ」

そう言って、ジェイドさんは彼に視線を移す。

「エル、あなたも・・・いい顔、してますよ」

「・・・ああ」

不機嫌だった彼も、そんなふうに声をかけられて眉間のしわを解いた。

それを見たジェイドさんが頷いて、会話が終わる予感がした私は、咄嗟に口を挟んでいた。

「あの、」

青い瞳が、何も言わずに先を促す。

私は一瞬だけ間をおいてから、言葉の続きを口にした。

「・・・ありがとう、ございました」

頭の中にはたくさんの言葉が渦を巻いていたけれど、そのどれもが薄っぺらくて、私は結局ありきたりなことしか言うことが出来なかった。

もう十分過ぎるほどに幸せだとか、彼のことも幸せに出来るように頑張りますとか、そんなことが喉元まで出掛かっていたけれど。どうしても言葉に出来なかった。

「・・・それじゃ、また後で」

「ああ」

ジェイドさんは、口を閉じた私に笑顔を向けてくれた後、部屋を出て行った。

ドアノブから手が離れた気配に、ほんの少しの間沈黙が落ちて、彼の手が私の首筋を撫でる。

「あいつ、余計なことを・・・」

彼が小さく舌打ちする音に、苦笑してしまうのを止められなかった私は、そっと首を振った。

「良い幼馴染がいて、よかったね」

「あれとアッシュと、20年以上一緒に過ごしてみろ。俺の気持ちが分かる」

「・・・20年かぁ・・・私、おばちゃんだなぁ・・・」

思わず想像して肩を落とした私に、彼が噴出する。その笑顔につられた私も笑いながら、軽く背中を叩く。

その時だ。またしてもドアがノックされたのを聞いて、私達は顔を見合わせた。

・・・すいぶんと来客の多いことだ。

私達がいるこの部屋は、結婚式の時間までの控え室だ。私はここでドレスを着て、彼に髪を結い上げてもらった。そして彼が自分の着替えをしに行っている間に、アンとノルガがやって来て・・・続いてジェイドさんもやって来て、今に至る。

ちなみに、この部屋があるのは王宮の一角で、いわゆる客室だ。式を挙げるのは、離宮・・・あの夏の夜会が行われた場所だ・・・の、庭。

陽気が良くなって、せっかく暖かい日中に式を挙げるのだからと、陛下の提案だった。肝心の陛下は式には参加出来ないはずなのに・・・と疑問符が浮かんだけれど、せっかくの助言だったので採用させていただくことにして。

しかも、準備は陛下の采配で白を中心に、蒼と合同で行ってくれることになっていた。おかげで、結婚式の準備云々で頭を悩ませることは、全くなかったのだけれど。

・・・離宮で屋外なら自分も脱走して参加出来るとか、考えていたらどうしようか。

いろいろ思い出して一抹の不安がよぎった私を、ドアが開く音が現実へと引き戻した。




屋内から一歩外へ出ると、太陽の光が柔らかく輝いていて、街に向かって吹き抜けていく風は穏やかで・・・結婚式日和だ。

なのに心がいまいち晴れないのは、ひそひそと、誰かが囁いている気配が耳に痛いからだ。

「気にするな」

彼は私を抱き上げたまま歩きながら言うけれど、白いドレスに身を包んだまま抱き上げられている私は、否応なしに道行く人の視線を集めてしまって、叫びたい衝動に駆られる。

花嫁だからといって、こちらではレースで飾られたベールで顔を覆ったりはしないらしい。せめて一枚、世間との隔たりがあれば何とか持ちこたえられそうな気もするのだけれど・・・。

「ねぇ、靴、」

「いいから」

反論しようとすると、呆れたように遮られた。

靴を履かせて欲しいのだ。そうすれば、少なくとも自分の足で歩いて向かうことが出来るのに。

控え室として使わせてもらった客室を出ようとしたら、突然彼に靴を脱がされたのだ。しかもその靴は、私が家から履いてきたものだった。おかしいと思ったのだ。着替えた時に、靴だけなかったから。

確かに持って来ていたはずなのに見当たらないから、どうしたのかと尋ねたら汚れるといけないから後で、と言われて・・・結局こうなってしまったわけだ。

素足を晒していることに、物凄く抵抗を感じる。髪を下ろして人前に出ることが憚られるのと、同じようなものだと思う。

・・・そういえば、ララノの砂浜でも裸足になったな・・・などと、思い出に現実逃避してみた私は、ふるふると首を振って、どこか得意そうに歩いている彼の横顔を見つめた。

その表情を見ていたら、靴を催促するのは諦めようと思った。

私がいろいろと思い出したり考えたりしている間にも時折、蒼の騎士達が彼を呼び止めて「おめでとうございます」と声をかけてくれるのだ。その度に「ああ」とか「ありがとう」とか、目元を和らげて対応している彼に、なんだか温かな気持ちになる。

前任の団長を斬り捨てなければならなかった彼は、一部の騎士達から快く思われていない。そこにはもちろん、陛下の従兄弟だから、という妬みや色眼鏡が含まれていることを、私は知っている。

だからなのか、私は彼に声をかけてくる騎士達に好感を持っていた。そして、そういう騎士が増えるといいな、とお菓子を配ってみたりもした。

・・・彼が嫉妬してくれることも嬉しくて、というのは絶対に秘密だ。

「あの人達は、式には来られないんだよね?」

声をかけてくれた騎士達のことを指して尋ねると、彼は頷いた。

「ああ。仕事があるからな。

 ・・・非番の連中は、顔を出すと言っていたが・・・」

「そっか。

 じゃあ今度本部に、幸せのおすそ分けに行こうかな」

結婚式は、幸せを周囲の人達に分けるために行う、というのがこの世界の・・・もしかしたらこの国だけかも知れないけれど・・・常識らしい。だから、当日は結婚する2人の触れたものを皆で少しずつもらって帰る、という習慣があるのだそうだ。

私の言葉に、彼は頬を緩めて言った。

「そうだな・・・頼めるか?」

「シュウは、白の本部に行ってくれる・・・?」

「もちろんだ。

 前々から、馴れ馴れしい奴がいると思っていた」

言葉の後半で雲行きがあやしくなったことを察知した私は、すかさず彼の耳たぶを軽く引く。

「牽制しに行くんじゃなくて、幸せを分けに行くのっ。

 ミエルさんの所で、何か買って持って行こうね。用意するから」

「・・・分かってる」

わずかに沈黙した後に呟いた彼は、どこか不本意そうだった。

その表情が可愛くて、思わず彼の鼻を摘む。しかめっ面をした彼に微笑んで、私はその首元に抱きついた。


「ね、どうして靴を履かせてくれないの?」

「・・・それは・・・」

囁くように尋ねると、彼は言葉を選んでいるのか少し黙り込む。そして、口を開いた。

「花嫁を逃がさないため、だな」

「・・・そっか。

 じゃあ、大人しくしてます」

「ああ、そうしてくれ」


柔らかい日差しまでが、私達を祝福してくれているような気持ちになる。

・・・というのは、少し調子に乗っているんだろうか。







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