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なんとなく、うっすらと分かっていた。

嫌な予感は、やはり当たっていたのだ。



ざぶ、と水音がした。

続いて、絶妙に色気のある、バリトンが響く。


「なんだ、マツィーダではないか」

「・・・っ!!」


声にならない悲鳴が、自分の口から出た。

・・・まだ悲鳴なんてかわいいものが出たか。私の口め。

両手で口を塞いだまま身体を捩って、そっと、声のした方を振り返る。

緊張感が羞恥心を上回るなんて、ここは犯罪現場か。

感情の針が何かを振り切って、そんな可笑しな感想を抱いてしまうあたり、自分が残念でならない。

そして、そんな動揺を悟られぬよう細心の注意を払いながら、私はゆっくりゆっくり移動する。

これなら、目上の相手に場所を譲るように見えるだろうか。


「もう起きて大丈夫ですか。

 医師の了解を得て、こちらへ・・・?」


湯けむりが夜風にふわっと煽られて、相手の顔が一瞬はっきり見えた。

先日から、孤児院に滞在しているその人の顔が。


「蒼鬼さま?」

ほんの少し、棘のある口調になってしまうのは仕方ないと思う。

この露天風呂は、地元の人達のための浴場なのだ。しかも、地図には載せていないから地元の人の口コミでしか場所を知りえない。誰に聞いたのだろうか。

しかし、湯けむりの向こうの相手は、そんな私の態度も気にした様子もなかった。

「・・・医師の了解は得た。

 院長が、この湯は傷の治癒と体力の回復に良い、と言うので来てみた。

 まさかこんな時間に、先客がいるとは思わなかったが・・・」

「この時間になると、雲が晴れて星がきれいに見えるので。

 ・・・一日の出来事を、自分の中で整理するのにちょうどいいんです。

 独り占め、出来ますし」

ああ、どう頑張っても棘が出てしまう。

この時間の露天風呂は、今まで自分だけの空間だった。

夜空の下、郷愁を誘うこの場所に自分ひとりで居られる身軽さは、ありがたいとも、ほんの少し寂しいとも思えたけれど・・・。


見上げた夜空には、星達が時間を超えてキラキラと輝いていた。

気配に近寄ってくる様子はない。目を閉じて、深呼吸する。

この澄んだ空気は、ちゃんと私を受け入れてくれているのだろうか。


私は静かに、慌しかった数日間に想いをはせた。







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