時をかける教師(1)
入学式の朝、真新しい制服に身を包み、桜葉が予告どおりやって来た。
新品の制服は、小柄な桜葉に合う物がなかったのか、それとも成長を期待して大きめのものを購入したのか、どうにもサイズがあっているようには見えなかった。
袖なんか指先がちょっとだけ見えるくらいの長さで、どうみてもブカブカだ。
藍色のセーラー服に、白いスカーフ。桜葉なら、ピンク色のスカーフとか似合うんじゃないかな、とぼんやり思った。
今日は昨日と違って、首の後ろあたりでゆるく髪をまとめていた。最初はリボンかと思ったがよく見ると薄い桃色に染めた和紙のようだった。
「おはよう、いつきさん」
挨拶をすると、桜葉はにっこり微笑んだ。
「おはよう、しゅんちろ。ご飯食べた?」
「いや」
「そうだろうと思って、簡単な物作ってきたよ」
言いながら、桜葉は手提げ袋からアルミホイルでくるんだおにぎりをこちらに差し出してきた。
「ありがとう。気を使ってもらってすまない」
時間にはまだ余裕があるので、桜葉にも上がってもらってお茶を出した。
おにぎりの具は、種を取った梅干としょうゆをまぶした鰹節を混ぜたものだった。
「うまかった」
しかし、俺は順調に餌付けされている気がする。
おにぎりを三つ食べ終わったら、丁度いい時間だった。
「じゃ、いこっか?」
「ああ」
片付けは帰ってきてからすることにして、桜葉と一緒に部屋を出た。
「道はわかるよね?」
桜葉の問いにうなずく。
「昨日の昼に、一応、学校までは実際に歩いてみた」
「じゃ、安心だ」
学校までは、徒歩で約十五分。自転車が必要とまでは思わないが、用意しておくと万が一遅刻しそうな場合に役に立つかもしれない。
などと考えていたら、隣を歩く桜葉に、ふと違和感を感じた。
なんだかよくわからないが、何か変わった気がする。
なんだ?
少し、空を見上げた。
一度深呼吸して、それからもう一度桜葉に目を向けると、明確に変わっていた。
頭ひとつ分くらい差があったはずの身長差が、ほとんどなくなっている!?
「いつき、さん?」
「どうかしましたか、俊一郎?」
なんか口調が違うって言うか、俺の呼び方まで変わった? 俺のこと、しゅんちろってなんか微妙な呼びかたしてたよな?
「なんか、背、伸びていらっしゃいませんか?」
思わず敬語になってしまっている。
「ええ……」
桜葉はややつり目がちな眼差しを正面に向けたままうなずいた。
「制服に身を包み、学校に向かうと、何か身体の中に、ぴんと一本張り詰めるような気になりますよね。背筋が伸びて姿勢が良くなれば、背も伸びて見えるのではないでしょうか?」
桜葉は、真面目な顔で正面を向いたままそう言った。
いや、背筋が伸びるどころの話じゃないぞ。
いつの間にか、だいぶブカブカに見えていた桜葉の制服が、身体にぴったりと合う様になっていた。今の姿なら、普通に同い年だと信じられる。それどころか、この凛とした雰囲気は、年上の先輩であると言われても信じられると思う。
……胸周りだけは、ほとんど変わっていないようだったけれど。
「いつきさん、だよな?」
お姉さんがいるようなことをちらりと言っていたが、こっそり入れ替わったりとかしてないだろうな?
「妙なことを言うね?」
微妙にいつもの口調に戻った桜葉は、目に見えて背が縮んだ。
なんだかアニメやマンガで、ギャグ調にキャラがデフォルメされて頭身が下がるような印象を受けた。
どっちが本当の桜葉なんだろう……?
「しゅんちろ、わたしのこと、変なやつだなーとかって思ってる?」
俺が、不審な目で桜葉を見ているのに気がついたのだろう。桜葉は縮んだまま、俺の顔をじっと見上げて言った。
「……いや、子供タイプと大人タイプに可変式だったり、変身したりするのは面白いとは思う。
ただ、そうなると、どっちの姿が本来の姿なんだろうかと……」
「あー、わたしの場合、猫かぶった外行きの顔がしゅんちろの言う大人タイプだと思っていいよ。別に変身してるわけじゃないんだけど、少し意図的に丁寧な口調になっちゃってるかも」
「じゃあ、今の子供タイプが本来の姿なのか?」
「……」
俺の問いに、桜葉はなぜかあらぬ方向を向いて無言で答えた。
「まさか、中間タイプとか第三の形態でもあるのか?」
「変身してるわけじゃないってば……」
「いや、言いにくいことなら別にいいんだが」
「んとね、しゅんちろの言う子供タイプって、わたしが一番自然体でいる状態だとは思うんだけど、自分でもちょっと、実年齢の割りに子供っぽいっていうか、ちょっと高校生にもなって落ち着きがないというか、少々反省するところがあるわけですよ?」
「なるほど。つまり、たぶん本来の姿なんだけど、高校生にしては発育が足りてないので本来の姿だと自分では認めたくない、ということだな?」
「だから変身とかしてないってば! ちょっと背筋伸ばしただけなの! だから本来の姿って言い方自体が変だと思うな、わたしは」
「いや、普通の人間は背筋伸ばしただけで二十センチも背が伸びたり縮んだりはしないと思う」
「普通じゃなくて、わるうございましたね!」
すねたように桜葉が言った。
「でも、しゅんちろの前で、何にも言わずにいきなり猫かぶっちゃったのは謝る。ごめん」
そう言って桜葉は、ぺこりと頭を下げた。
ああ、桜葉は、そっちの方を気にしていたのか。
自分が急に、俺に対してよそよそしい態度で接してしまったから。それに対して、俺が本人かどうか確認するようなことを何度も尋ねてしまったから。
「いや、すまない。俺が悪かった。どちらも樹さんなのに、ちょっと口調が変わった程度で本人かどうかを疑うようなことを何度も尋ねてすまなかった」
人を見た目で判断してはいけない。見た目はわりと重要だけれど、それが全てではない。
立ち止まって、ぺこりとお互いに頭を下げた。
そこに、声と共に肩を叩かれて一瞬心臓が跳ねる。
「――仲良きことは、美しき哉!」
俺と桜葉の肩を叩いたのは、紺色のスーツを着た若い女性で、なぜか頭の上に人形が乗っていた。
「青春してるなー。いいなー。私ももう一回くらい青春時代やり直せないかなー」
にやにや笑いながら、人形を頭に乗せたスーツの女性は、俺と、桜葉の顔を交互に見た。
「入学前から仲良しさんだったんだなー?」
「あの、どなたですか?」
問いかけるも、女性はにやにやしているばかりで答えない。
「ずいぶんと、不思議な言い方をするのですね?」
警戒するように、大人バージョンになった桜葉が、自分の肩に置かれた女性の手をそっと振り払う。
「入学前から仲良しだったんだ、と言う言葉は、まるで入学後のわたし達を知っているように聞こえますが?」
「ああ、知っているよ。桜葉樹」
女性が、桜葉の顔を見つめて小さく微笑む。
「……!」
桜葉が、息を呑んだ。
その女性は、桜葉の名前をフルネームで言った。これは、単に名前を知っているだけじゃなく、桜葉が苗字のみで呼ばれることや敬称をつけられることを嫌うことまで知っていて、そう言っているように思えた。
「何度も自己紹介するのは面倒なので、自己紹介は後で。それでいいかな、水無神くん?」
俺のことも知っているようだ。
「……スーツ姿、後で自己紹介。もしかして、あなたは俺達がこれから通う学校の先生なんでしょうか?」
「私の主観で言わせてもらうなら、正確には”先生だった”かな。それも含めて後で全部話すから、今は足、動かそうか?」
ぽんぽん、と俺の肩を叩いて、スーツ姿の女性は先に行ってしまった。
頭に乗った人形が、こちらを振り返って、手を振ったように見えたのは目の錯覚だろうか。
「なぁ、いつきさん」
隣で同じように呆然としている桜葉の肩を叩く。
「なんでしょう、俊一郎」
大人バージョンのまま、桜葉が答えた。
「今の人、未来から来たって言ったんだろうか?」
「……わたしにも、そう言っている様に聞こえました」
詳細はわからないが、俺が未来において過去に行くというイベントのフラグが立ったような気がした。
このフラグ一本でイベントが発生するのかどうかは知らないけれど……。