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夜を歌う少女(1)

「なあ、いつきさん。幽霊とかって、存在するものなんだろうか?」

 ある日の夕方、晩ご飯を作ってくれているエプロン姿の背中に問いかけると、桜葉は顔半分こちらを振り向いて、「どしたの、急に?」と首を斜めにした。

「いや、いつきさんの家は猫の魂を使って災いを祓うのを生業にしてるとか言ってただろう? もしかして、幽霊とかそういうのに詳しかったりするのだろうかと思って……」

「んー、そうじゃなくて、さ、」

 桜葉は野菜を刻む手をとめて、流しで手を洗うと身体ごとこちらに向き直った。

「わたしに幽霊のことを尋ねた理由じゃなくて、なんで急に幽霊だとかそういうことに興味をもったのかな、ってことなんだけど」

「ああ、実は……」

 先日の、手をつかんでいたのに消えてしまった少年のことを話そうとしたが、桜葉が手で制止したので言いかけて止める。

「あ、その前に言っておくね。桜葉の家っていうのは、いわゆる霊能力者の類じゃないよ。ああいうインチキや詐欺師の類じゃありません」

 あ、あれ……? いつきさんもしかして、怒ってる?

「いや、いつきさんには特殊な力があることはこの目でよく見て知っているし、決してインチキだとか思ってないぞ?」

「ちなみにわたしには幽霊なんて見えないし、見たこともないし、そんなものの存在も信じていません。その上で、何かわたしに聞きたいこと、ある?」

 むふー、と鼻から息を吐きながら、腕を組んだ桜葉が仁王立ちで俺をじろりと見つめた。

 どうやら良くないスイッチを入れてしまったようだ。

「猫の魂を操る技術を持っていて、幽霊を信じないというのも変な気がするんだが……」

「しゅんちろ、もしかして幽霊ってことばを魂と同じ意味で使ってる?」

「死んだ人の魂のことを幽霊っていうんじゃないのか?」

「魂は存在するよ。ただし、生きているものにだけね。世間一般で言われるような、いわゆる幽霊って呼ばれるような存在は、存在しないの。猫の魂を操る技術を持っているからこそ、逆に理由なく魂が地上に残ることはありえない、と断言するよ」

「この世に未練があるから、残るんじゃないのか?」

「……この世に何の未練もなく死ぬ人なんて、まずいないよ。そんなことで魂が地上に残るなら、この世はしゅんちろの言う幽霊であふれていることになるね?」

「見えないだけで、あふれてるんじゃないのか?」

「……そう言われると、見たことのないわたしとしては反論しづらいかな。まさかしゅんちろ、幽霊を見た、とか言おうとしたの?」

「いや、自分の見たものがなんだか分からないから、意見を聞きたかったんだ。必ずしも俺の見たものが幽霊だと言っているわけじゃないんだが。状況的にそう思えるような現象に出会った、ということなんだ」

「どういう状況?」

「まず端的に言ってしまうと、俺には見えていて会話も出来た少年が突然消えてしまった、という感じだ。たまたまその場で葉摘ちゃんに出会ったんだが、彼女にはその少年が見えていなかったらしい」

「その少年が、幽霊じゃないか、ということ? ……消えてしまったというのは、どういう状況?」

「順番に話をすると、まず声をかけられたんだ、小さな男の子に。妹を探してると言ってた。一緒に探してやるといって男の子の手をつかんだんだ。そこに、葉摘ちゃんが来た。葉摘ちゃんの地元だったから、案内してもらおうと思ったんだが、葉摘ちゃんにはその男の子が見えていなかった。そんな馬鹿なと握ったままの自分の右手を見たら、ただ空気だけをつかんでいた」

「……しゅんちろが女の子に気を取られて気がつかなかっただけで、普通に手を離してどこかにいっちゃっただけなんじゃないの?」

「そうなんだろうか」

「仮にその男の子が普通の人間じゃなかったとしたら、向こうから声をかけてきたっていうのがちょっと気になるけど。今聞いた範囲では、特にそっち系の感じはしないかな」

「人間じゃないって、どういうことだ?」

「桜葉の家っていうのは、妖怪とか神様とか精霊とか、超自然の存在が専門なんだよ」

 むっふー、とまた鼻から息を吐いて桜葉が胸を張った。

「そうなのか」

 神様とやりあうとか、すごいな。

「……まぁ、ホンモノとやりあうことは今の世の中じゃあんまりないけどね。ともかく、今、話を聞いた限りでは、特に気にする必要はないと思う。しゅんちろのことだから、ただの思い違いとかじゃあないとは思うけれど」

「わかった。俺の見たものが何であれ、縁があればまた俺の前に現れるだろう」

「しゅんちろは、変な物に縁があるから……」

「……」

 俺に縁がある変なもののうち、最たるものは目の前のいつきさんなんじゃないだろうかと思ったが、もちろん口には出さなかった。というか、いつきさんに会ってから急に身の回りに変な縁が増えた気がするんだが?

 口には出さなかったのだが、いつきさんはなにやら感じる所があったらしく、なんだかじと、っというかんじで俺の顔を睨んだ。

「……」

 人の内心を読むようなところのあるいつきさんだが、流石に口にしなかった言葉に文句を言うつもりはないらしく、少し口をとがらせたまま目だけで俺を責めた。

 ケンカをするつもりもないので、話題をかえることにする。

「ところで、葉摘ちゃんからお誘いがあってだな、一緒に出かけないかという話があるんだが、いつきさんはどうする?」

「ん? いつ、どこに行くの?」

「詳しい話はそのうち朱雀から聞けるらしいが、夏休みにみんなでどっか行こう、という話。細かいことはまだ俺もしらない」

「出かけるのはかまわないけど……」

「けど?」

「知らない人が大勢なのはイヤかも」

「葉摘ちゃんとそのお友達くらいじゃないかな。いつきさんが面識ないのって」

「そのくらいなら、大丈夫かな」

「じゃ、そのつもりでよろしく」

「了解。詳しいこと決まったら、早めに教えてね。いろいろ準備しなきゃだし」

 にこりと笑って、桜葉が包丁を握った。

 トントン、と再び野菜を刻む音が聞こえてきて、しばらくするといい匂いが漂ってきた。

 今日の晩御飯はすき焼きらしい。

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