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もうひとりの君へ~まだ見ぬあなたへ~  作者: 三毛猫
 6.ひとりぼっちの少年
18/22

ひとりぼっちの少年(4)

 休み時間になるたびに、何人かは妖精さんの写真を撮りに来たりしたが、概ね静かに時間が過ぎ、昼休みになった。話があると言った朱雀のヤツは、それっきり何を言うこともなく、休み時間になるたびに教室の外へ出ていたのだが、お昼になった今はどこかへ行く様子も無く、席についている。

 前の席の桜葉が、お弁当の包みを持ってくるりとこちらを向いて、それから朱雀のやつがまだ席についているのに気がついたのか、ちょっと首をかしげた。

「珍しいですね?」

 言いながら、俺に箸を差し出してきたので受け取って、代わりに紙カップを差し出し、水筒からお茶を注ぐ。

 朝の様子から、何となく想像はついていたが、今日のお弁当は見事な日の丸弁当だった。白ご飯の上に、黒ゴマと白ゴマで描かれたかわいい黒猫と白猫が、赤い梅干二つを赤いボールに見立てて、仲良く遊んでいるように見える。無駄に手が込んでいるが、おかずが梅干だけなのはやっぱりさびしい。

 しかし文句を言える筋合いにはないので、作ってもらったことに感謝して、手を合わせていただきますをする。

「いつもは学食なのだと思っていましたが、今日はお弁当なのですか?」

 桜葉が、頭越しに俺の後ろの朱雀に問いかけた。

「……水無神、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 桜葉の問いに答えることなく、朱雀は俺の肩を小さく叩いて言った。

「なんだ? さっき言ってた葉摘ちゃんのことか?」

 箸をもったまま、窓を背にして身体半分向き直ると、朱雀がいつもの冷たい眼差しではなく、ひどく困惑したような顔で、俺と桜葉の顔を交互に見つめて来た。

「いや、その前に尋ねたいことがある。お前らって、付き合っているのか?」

「いや。正式に付き合っているわけではない」

「まだ、恋人じゃありません」

 即答する俺と桜葉に、朱雀がさらに困惑したように俺の机の上の弁当を指差す。

「二人でひとつの弁当箱をつつくというのは、何も無い、男女間でやるような行為か?」

 桜葉とふたり、顔を見合わせる。言われてみると、確かにあまり、というか恋人同士であってもあまりやるようなことではないような気がする。最初の頃は桜葉も自分用の小さな弁当箱と、俺用の大きな弁当箱の二つを用意していたのだが、そのうちに分けるのが面倒になったのか、最近では小さめの二段重ねのお重にオカズとご飯をつめこんでふたりでつつくようになっていた。まぁ、今日は大き目のお重一段で白ご飯だけだったりしたけれど。

「お弁当箱二つより、ひとつの方が詰め込むのも洗うのも楽だから。その程度の理由でしかないですよ?」

 桜葉がそう言いながら、俺の頭の上の妖精さんをそっと俺の机の上に下ろす。そういえば大人しく寝てるもんだからすっかり忘れていたが、妖精さんにもお昼やってくれっていわれてたんだった。

 ほっぺをつついたら、妖精さんは目をこすりながら大きなあくびをして起き上がった。まだ寝ぼけているのか、ほえ~、と机の上で女の子座りして、口を大きく開けている。

「俺は作ってもらっている立場なんで、文句をいう筋合いにない。別に不都合は感じていないし、他人の唾が気になるような潔癖症でもないからな」

「……まぁ、百歩譲って変な関係じゃないとしよう」

 朱雀は呆れたようにため息をついて、カバンから弁当の包みを取り出した。

「しかし、これはどういうことか説明してもらいたいものだな」

 取り出した弁当の包みを、なぜか俺に差し出してくる。

「なんだ? 俺にくれるのか?」

「す、朱雀くんがデレた!」「キャー」「ついに折れたか!」

 こちらをうかがっていたのか、教室のあちこちから、ちょっと反応に困る言葉が飛んできたがとりあえず聞かなかったことにする。

「僕は、今朝、葉摘からこれを受け取った。”水無神さんに渡して欲しい”と言われてだ。貴様、いったい葉摘に何をした? 何を言った?」

「本人に聞かなかったのか?」

 それとも、聞けないくらいに兄妹間に溝でもあるのか。

「……」

「簡潔に言うと、偶然、出かけた先で葉摘ちゃんに出合って、朱雀と勘違いして迷惑をかけてしまった。色々あって、葉摘ちゃんには、付き合ってくれって言った」

「……その答えが、この弁当なのか?」

「さあな?」

「人の妹に付き合えと言っておいて、別の女と仲良く弁当をつつくとか、お前はそういういい加減な男なのか?」

「葉摘ちゃん本人と、それから桜葉にも言われたな、あなたは最低ですって」

「……殴っていいか?」

 朱雀が、拳を握り締めて俺を睨んだ。

 その瞳をじっと見つめ返す。

「ああ。言い訳はしない。ウソや冗談で告白したつもりは無いが、葉摘ちゃんと桜葉と、それから朱雀、お前には俺を殴る権利がある。お前が、葉摘ちゃんのことを思っているのであれば」

 歯を食いしばる。

 しかし、朱雀は振り上げた拳をなぜか振り下ろさなかった。

「……」

 代わりに、弁当の包みを俺の机の上に置いて、自分のカバンからもうひとつ弁当箱を取り出した。

「殴らないのか? 朱雀。それは、お前が、葉摘ちゃんのことを思っていないという意味なのか?」

「僕には、その資格が無い。葉摘を思う、資格が無い。あいつは、今でも、僕のことを許していないだろうから。そんな僕が貴様を糾弾したところで、自己満足にすらなりはしない。だから、その弁当を食え、水無神。葉摘が貴様の心のない告白に憤っているのなら、辛子の塊でも仕込んであるかもしれないからな。いや……むしろ、僕に作ってくれたこの弁当に毒でも入っているのかもしれないが」

 暗く笑いながら、朱雀は広げた弁当に箸をつけた。

「……ウソや冗談でないのならば、葉摘の気持ち、すべてたいらげて見せろ」

「ああ、遠慮なくいただくことにする」

 桜葉の目を見る。

 とうぜん、わたしのお弁当もたべるんだよね?

 と目で問われたので、小さくうなずいた。ちょっと量は多いがまぁなんとかなるだろう。


 ……葉摘ちゃんのお弁当には、辛子と、塩の塊と、それから砂糖の塊がたっぷり入っていた。

 うちでは味噌汁に入っている味噌の塊や、炒め物なんかに入っている塩の塊なんかを、愛情の塊なんて言ったりしていたが、これはどういう感情の塊なのだろうかと、ふと思った。

 妖精さんが、桜葉の白ご飯だけでは寂しかったのか、葉摘ちゃんの弁当をちらちら見てきたが、分けたりはせず俺は全てをひとりで平らげた。

 後ろの朱雀に、弁当箱は明日洗ってから返す、と辛子で馬鹿になった舌で言うと、水のみ場で簡単にゆすぐだけでいいと言われた。

 水道で弁当箱を洗おうとして、裏側に何か貼り付けてあるのに気がついた。なんだろう、とひっぺがしてみると、それは葉摘ちゃんからの手紙だった。

 これは、先日のお礼です。……おいしかったですか?

 と女の子っぽい、ちょっと丸文字で書かれていた。

 だから、弁当箱をゆすいで教室に戻った俺は、葉摘ちゃんの手紙の下側に、「うまかった」と書いて朱雀に渡した。

「これ、葉摘ちゃんに渡しといてくれ。それから、弁当ありがとうと伝えておいて欲しい」

 受け取った朱雀は、無表情に、無言でうなずいて受け取った。

 ふと、朱雀の机の上の弁当箱をみると、ほとんど箸が進んでいないようだった。

 どうやら朱雀の弁当も俺の弁当と同じ内容だったらしい。

「……こんなもの、よく全部食えたな?」

 言いながら、朱雀は弁当箱を片付けた。

「茶、飲むか?」

 紙カップを差し出すと、朱雀は無言で受け取って、ずずずとすすった。

 熱いお茶がしみたのか、ちょっと顔をしかめて紙カップをこちらに突き出す。

「おかわりいるか?」

 水筒を持ち上げると、朱雀がうなずいたのでお茶を注いでやる。

「辛子が、ちょっと、目にしみたかな」

 俺の視線を避けるように、朱雀は窓の外を見て、つぶやいた。


 その日以来、朱雀が学校にきたときには、必ず葉摘ちゃんからの弁当を持ってくるようになった。朱雀から桜葉のことを聞いて遠慮でもしたのか、量は控えめになり、おかずが1、2品だけのこともあった。ただし辛子や塩の塊が入っているのは相変わらずで、それでも俺は全部残さずに平らげ続けた。

 弁当箱の裏に手紙がついているのも毎回だったが、いつも内容は違っていた。

 好きなアーティストは? 好きな食べ物は? 好きな作家は?

 他愛の無い問いに、俺は毎回簡潔な一言で答え続けた。

 質問されてばかりでは会話にならないので、たまにはこちらからも逆に聞きたいことを書いた。回答は大概の場合、次回のお弁当メモに書いてあったが、いくつかの質問は無視された。

 おそらく、仲介をしている朱雀もやりとりの内容を知っているのだろう。時には無言で俺が好きだと言った作家の小説を差し出してきたり、CDを差し出してきたりした。こちらからも逆にオススメの本やCDを朱雀に渡した。相変わらず会話は少なかったが、少なくとも積極的に俺を避けることは少なくなった。

 例えば携帯電話の番号であったり、メールアドレスでもあれば葉摘ちゃんと直接やりとりできるのにと思ったこともあったが、葉摘ちゃんが自ら伝えてこない以上は、中学生ということでもあるし携帯を持っていないか、あえて朱雀を仲介することにより兄との関係を変えようとしているんじゃないかとも思えて、どちらにしろこちらから要求すべきではないという結論に至った。

 一見、俺と朱雀が仲良くなったように見えるせいか、それとも妖精さんと通じ合ってるとみなされたせいか、クラスの皆の見る目もやや通常に戻ってきたようで、たまには話しかけられるようになった。特に城之崎さんは「ね、ね、水無神くん、またアスカちゃんつれてきてよ、ね、ねえってば、ねぇ!」と時々暴走したりするのでわりと困り者だったが、概ね俺の精神衛生上は平和になったように感じられていた。

 効果のほどは疑問だったのだが、先生の「イベント」とやらは、きっとうまくいったのだろう。



 妖精さんは、あの日の放課後、HRの時に水流先生が回収していった。

「ずいぶんと、アスカに気に入られたみたいですねー?」

 と先生は意味深な笑みを浮かべて、寝息を立てている妖精さんをそっと胸ポケットに入れた。

「(ちなみにアスカルートは茨の道だぞー?)」

 と耳元で囁かれて、いやどうでもいいですからと囁き返した。

 HRが終わり、先生が出て行った後、「遅れてごめんねー」とまた水流先生がやってきて、ほとんどの生徒が既に帰ってしまっているのをみて、「あれ?」と何度か首を傾げた。

 しょうがないので、別の水流先生がHRを終わらせたことを告げると、先生はふむふむとうなずいて何やら手帳に書き込んで、口でぴんぴろりろりん、と効果音を言ってから「水無神くん、好感度+1ですよー」と言った。

 手帳の表には、「もうひとりの君へ 攻略メモ」と書かれているように見えたが、あえて突っ込むのはやめた。

「……先生、面白いですか?」

「今の私には。でも、きっと、この先の私にとっては、そうじゃないのかな」

 手帳から顔を上げて、水流先生はちょっと寂しげな笑みを浮かべた。

「今の私には、わからないことが多すぎて。なんでこんなところで先生やってるのかもわからなかったりするのですよー?」

 先生の言葉に、今朝の妖精さんとの会話が思い出された。今の先生の頭の上に乗っている妖精さんは今朝会った妖精さんではないのだろうが、じっと見つめると妖精さんは俺の顔を見つめてにっこりと微笑んだ。いや、にやり、に近いのか?

 よく見ると妖精さんは、今日、城之崎さんがあげた人形用のドレスを着ていた。

 深く考えると、ハゲるですよ?

 という声が聞こえた気がした。

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