明日を夢見る少女(2)
「じゃ話をもどそう? しゅんちろが、朱雀くんと仲良くなる。仲良くなってお話いっぱいする。誤解が解ける。はっぴーえんど。まる。って感じでがんばろー!」
「うーん。いつきさんは、自分が同性愛者だとカミングアウトしたやつと仲良くしたいと思うか? 話をさらに戻すようで悪いんだが、仲良くなるには、誤解を解くのが先だと思うんだが」
「……たぶん、なんだけど。朱雀くんがしゅんちろを警戒してる理由って、しゅんちろが男が好きなんだって誤解してるせいじゃないと思う。漠然とした言い方で悪いんだけど、朱雀くんに近づこうとしているから、拒絶しているように見えるな」
「もしかして、どちらかというと名前で呼び捨てにしたい、と言ったことの方が警戒の原因だと?」
「その可能性高いかもね。朱雀くん、あんまり学校にこないけどさ、朱雀くんが誰かと話してるの見たことある?」
言われて思い出す。朱雀のやつが警戒して距離をとっているのは、俺だけではなかったような気がする。あの出来事の後、容姿の整っている朱雀の周りには女子連中が寄ってきたりもしたのだが、朱雀のやつは一言も答えることなくただじっとしていた。
「確かに、先生に指される以外で口を開くのを見てない気もする。しかし、それだと誤解を解く以前の問題だな」
誤解を解けば仲良く出来ると思っていたが、誰に対しても拒絶しているのならば、誤解が解けたかどうかに係わらず、俺は朱雀に拒絶され続けるということになる。
「もしかしたらだけど、学校以外の場所で出会えたのなら、それがきっかけになると思う」
桜葉が、片目をつぶって大きく息を吸った。
「それって、予言とかお告げとか、占いとか、そういった何かか?」
俺の問いに、桜葉は閉じていた目を開けて、息を吐いて首を横に振った。
「桜葉の家に、予言や未来視の技はないよ。だから、女の勘ってヤツ?」
「根拠があやふやなわりには妙に具体的なんだな? 学校の外で会えとか。やつの家を訪ねでもすればいいのか?」
「……たぶん連絡網とかに住所も載ってるとおもうけど、今、自宅を訪ねるのは良くない気がする。それは、最悪の事態になりそう?」
「それも勘?」
「こっちは推理かな。未来から来た明日菜先生の言葉を思い出してみたら、そういう結論になった感じ?」
「どういうことだ?」
「入学式のとき、朱雀くんに伝えることがあったのに、って朱雀くんが来なかったことをずいぶん残念がっていたから。四月だけ見ても数えるほどしか出席していない朱雀くんのことを見てきたのであれば、入学式に来ないことも当然想定できたはずで、そうすると明日菜先生が明日菜先生自身に手紙を残したように、大事なことだったら何らかの伝える手段を用意しておいたはずだと思うの」
「なるほど。俺に手紙なりなんなりを朱雀のやつに渡させれば良かったわけだしな」
「でも、明日菜先生はそれをしなかった。それは入学式に会えると確信していたか、実際にはそういった手間をかけるほど重要な言葉じゃなかったか、それか、どうしても直接口頭で伝える必要があったか。つまり、手紙などの物証がのこっては困る類の言葉だったか」
「そこまではわかったが、そこからどうして家を訪ねちゃいけないという結論が出るんだ?」
「朱雀くんが休む理由は、健康上とおうちの都合って話だったよね? 健康上の理由っていうのは朱雀くん自身が説明してくれたけど、おうちの都合っていうのはなんなのか聞いてないし」
「確かに」
「おうちの事情ってやつと、明日菜先生の行動、二つを推理して、ごっつんとくっつけた結果、最悪の事態として、朱雀くんがこの世から消える予感がした。だから、やめた方がいいと思う」
「結局、勘なのか……」
「推理って呼んでほしいな?」
「そういう根拠の薄い思いつきは、勘っていうんだ」
しかし、家を訪ねずに学校以外で会えというのは、約束をしない限りは偶然を待つしかないわけで。約束を取り付けるどころか、口すら聞いてもらえない状況で、ただ偶然を待つしかないというのは、結局現状維持のままということなのだろうか。
それに朱雀と仲良くなれたとして、クラスの連中の目はどうなるのだろう。
その時ふと、気になることを思い出した。
「なぁ、いつきさん。ちょっと聞いていいか?」
「なに?」
「いつきさんの目からみて、朱雀ってどう見える?」
一応、朱雀本人の主張を認めて、俺はあいつを男だと認識することにしたが、今でも外見上あいつは女にしか見えない。他人からどう見えているのかは気になるところだった。最悪、俺の目がおかしいだけだったらどうしよう。
「なぁに? わたしが朱雀くん、かっこいよね、とかいったら、しゅんちろ嫉妬してくれる?」
桜葉がにやにやと笑った。
「わたしの好みじゃないけれど、一般的に言って朱雀くんってかなり美形な方だと思うよ?」
「それはつまり、いつきさんの目には、朱雀のやつは男に見えているってことだよな?」
念のため確認する。
「んー……朱雀くん、スカート似合いそう、だよね? しゅんちろじゃないけど、最初に見たときに女子の制服着てたら、女の子だと思ったかも?」
「男の制服を着ていたから、最初から男だと思ったってことか?」
「そんな感じ?」
「なるほど」
つまり、女が男の制服着てるのはなんでだろう、なんて思った俺の感覚は一般的じゃないってことか……?
あろうことか胸をなでまわし、恋人になれと取れるような発言。
冷静に考えてみると、今のクラスの状況がなんとなく納得行った。
俺の認識としては、「女かもしれないやつの胸をいきなりなでまわした」だったのだが、クラスの連中にとっては、俺は最初から「男の胸をなでまわした」変態だったというわけだ。
このまま朱雀と仲良くなれたとしも、クラスのホモ疑惑は解けそうにないなと、深いため息を吐いた。
いや……むしろ、仲良くなったらよけいに疑惑が深まるような気がする。