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傷を持つ少年(2)

 入学式から、一週間が過ぎた。

 何かアンチョコでも残していたのか、先生はあっという間に先生らしくなって、今では既に教師生活×年目と言った様子で立派に歴史の教師をやっている。

 たまに教科書と違う内容を教えてくれるのは、先生がもといた世界での出来事なのだろうか。

 一度先生に聞いてみたのだが、「歴史って、簡単に変わっちゃうのよね」と意味深なセリフでごまかされてしまった。

 特に近代・現代史が無茶苦茶で、教室中からいろいろツッコミを受けていた。

 ちょっとキレた先生の爆弾発言。

「しょうがないじゃない、千九百九十九年に世界は終わっちゃったんだから! その後のことなんて知るわけないでしょう! そのときわたし二十歳だったし! まだ学生だったし!」

 西暦二千年を越えてもう十年を越える俺たちにとっては、笑い話でしかないような「恐怖の大王」。ノストラダムスの大予言とやらで千九百九十九年七の月に世界は滅ぶことになっていて、どうやら先生は、その「恐怖の大王」とやらに滅ぼされた世界から来たらしい。

 それにしても当時二十歳だとしたら、今の先生は三十路越え……? 見た目はずいぶんと若く見えるのだが。制服を着ていたらまだなんとかうちの学校の生徒で通じる気がする。

 まだ朝のHRが始まる前、ぼんやりと先生のことを考えていたら、前の席の桜葉がちらりと

俺の方を向いた。

「どうかした?」

 声をかけると、桜葉は身体ごとこちらに向き直った。

「俊一郎の後ろの席の方、今日もいないのですね」

 ああ、俺じゃなくて、その後ろを見ていたのか。

「入学式から一週間連続で欠席とか、どういうことなんだろうな?」

 俺たち生徒には特に何も知らされていないが、学校側には連絡がいっているらしく、どの授業でもあまり朱雀なんとかの欠席は問題になっていない。

 水流先生の話によると、健康上の理由と家庭の事情の両方で出てこられないらしい。

「身体が弱いらしいですけれど、それにしたって一週間もって、入院とかそういうレベルですよね。それとも、インフルエンザみたいな感染症なのでしょうか」

「そうだな。出席日数足りるのかな」

 顔も見たことのないやつの心配をしているのが自分でも少し不思議だったが、未来から来た水流先生に仲良くしろ、言われたことが気になっているのかもしれない。

 HRが始まる一分前。噂をすれば影が差すなどと言うが、教室の後ろのドアから入ってきたのは見知らぬ生徒だった。

 真新しい男子の学制服に身を包んだ小柄なその生徒は、どう見ても俺の目には女の子にしか見えなかった。髪は短くしているが、顔の輪郭といい、体つきといい、胸は無い様だがどう見ても女の子が男子の制服を着ているようにしか見えなかった。

 彼女?はぐるりと教室を見回して、あいているのが俺の後ろの席だけであることを確認すると、早足で歩いてきて、俺の後ろの席に無言で腰掛けた。

「おはよう」

 声をかけると、無言で睨まれた。

「朱雀、だよな?」

 めげずに確認のために問いかけると、朱雀らしき生徒は無言で俺を睨んだまま小さくうなずいた。

「なんで女が男子の制服着てるん……もが」

 素直な疑問を口にしようとしたら、桜葉に口をふさがれた。

「(他人が気にしそうなことを、不躾に尋ねるんじゃないの!)」

 耳元でヒソヒソと囁く桜葉。

「……僕は男だ」

 朱雀が、ボソリと吐き捨てるように言った。

 わざと低い声を作っているようにも聞こえたが、吐き捨てるような言葉の割には良く通る声で、こちらを気にしていた教室の皆も一斉に静まり返った。

「他人を見た目で判断するな。不愉快だ」

「確認してもいいか?」

 俺が尋ねると、朱雀は不愉快を顔に表したまま俺を睨みつけた。

 かわいい顔に睨まれるというのは、なんだかあまり健全ではない趣味に目覚めてしまいそうだなとなんとなく思った。

「そんな必要はないだろう。まさか僕に、お前の前に局部をさらせとでもいうのか? そんな恥さらしはごめんこうむるな」

 朱雀は、鼻で笑って、話はこれで終わったとばかりに俺から目をそらした。

「いや、俺も他人の局部なんかみたくないしな」

 言いながら、手を朱雀の胸に伸ばす。

「こっちで十分だ」

 冬服ということもあり、外見上では胸など無いように見えるが、触ればいくらなんでも男と女の区別くらいはつく。ぺったんこにみえる桜葉ですら、以外に柔らかかったりするのだから。

「なっ……」

 朱雀の胸は、体格のわりにがっしりとしていて、意外に筋肉がついているように思えた。

 いや、それともこれは、何か、別のものか?

「貴様は、何をしている……?」

「見ての通り、確認のためにお前の胸を触っている」

 次の瞬間、吹っ飛ばされた。何をされたのかわからなかった。自分の席に座っていたはずなのに、気がついたら黒板に叩きつけられていた。

 桜葉が、あーあ、という顔で頭を押さえていた。

「僕に近づくな。僕は男に触られてよろこぶような、変な性癖はもってないんだよ!」

 朱雀がはぁはぁと息を切らせて怒鳴った。

「いや、すまない。俺だって男の胸をなでまわして喜ぶ趣味があるわけじゃないんだが」

 この距離を突き飛ばされたのなら、背中より朱雀に押された胸の方が骨折しかねないと思うのだが、不思議と、朱雀にはどこにも触れられた感覚がなかった。

 ぶつけた背中がすっげー痛い。

「病欠してた割には元気なんだな?」

 立ち上がって、自分の席に戻る。

「……貴様には関係ないだろう」

「そうだな。とりあえず断り無く体に触れたことは謝ろう。すまなかった」

「……」

 朱雀は俺の顔を睨んでいたが、おもむろに制服の上着のボタンをはずし始めた。

「それで納得するなら、見せてやる」

 シャツのボタンもはずして、胸を開く。

 現れたのは、プロテクターのような、謎の物体。あるいはコルセットと呼ぶべきものなのだろうか。表面は布のようだが、先ほど触った感触からして、革か何かやや固めの材質のもので出来ているらしい。胸元まですっぽり覆われていて、下はズボンに隠れていて見えないが、見えている部分の形状からして、パンツまで一体型になった何らかの防具のようにも思えた。

 謎の物体で隠されていない胸元には、傷跡のようなものがわずかに覗いていて、それはその下がどうなっているのかを容易に想像させるだけの凄惨さを持っていた。

「僕の体は、昔、事故で半分に千切れかけた。幸い脊髄の損傷が少なかったので今では日常生活に支障ない程度に動くことは出来るが、いろいろ身体にガタがきてるんでな。こんなものをつけていないと不具合がある」

 まさか、これを脱げとはいわないよな? と朱雀が目だけで言った。

「重ねて謝ろう。すまなかった」

 俺が頭を下げると、朱雀は服装を直しながら

「いや、こちらこそいきなり暴力をふるって悪かった」

 とまだ不愉快そうな顔をしたまま言った。

「おちついたかなー?」

 いつの間にか来ていた水流先生が、教卓から声をかけてきた。

「はい」

「ふたりとも、仲良くなるのはいいけれど、教室で不純同性交遊とかはやめてねー?」

 いや先生、あんた何を見ていた。

 ……それとも見ていたから、そんな誤解をしたのだろうか?

「はいはい、ホームルーム始めるよー」

 俺の視線を無視して、先生が連絡事項を伝え始める。

 結局のところ、朱雀が男か女かは、はっきりとは確認できなかったが、本人が男だと主張しているのに無理に確認しようとした俺が悪かったのだ。

 ちらりと後ろを振り返ると、朱雀と目が合った。

 一応、お互いの非を認め合って仲直りはしたはずなのだが、なんだかとっても視線が怖い。

 ちょっと思いついて、ノートの端をちょっと破って、「俺は水無神、俊一郎、みなかみ、しゅんいちろうだ。朱雀一純、お前の名前ってなんて読むんだ?」と書いて、前を向いたまま後ろ手に朱雀の机に置く。

 数秒後、背中を軽く叩かれて、肩越しにノートの切れ端が帰ってきた。

 切れ端には、「僕の名前は、すざくいずみと読む。女みたいな名前だと笑ったらまた殴るので注意しろ」と書かれていた。そして、「もう一度言う。僕に近づくな」とわざわざ赤いペンで書いてあった。

 気難しいやつだな、と思った。関わりたくないなら、律儀にメモを返さなくてもいいだろうに。

 書くところがなくなったので、またノートを破って「お前のことイズミって呼んでいいか?」

と書いて後ろに渡す。女を呼び捨てにするのは恋人と妹だけと決めている俺にとって、朱雀を男と認める意味での提案だったのだが、何の説明もなしに名前を呼び捨てにさせろというのは、やはり唐突すぎたらしい。

 数秒後、後頭部に拳骨と、肩越しにノートの切れ端が戻ってきた。「お前に名前を呼び捨てにされるなんて虫唾が走る」と書かれていた。

 しょうがないので「俺は名前を呼び捨てにするのは恋人と妹だけと決めている。お前を名前で呼び捨てにしたいというのは、つまり、そういうことだ」と書いて渡す。

 今度はしばらく返答が無かった。

 気になって後ろをみると、朱雀のやつは席をだいぶ後ろの方にずらしていて、ものすごい警戒の眼差しで俺を睨んでいた。

 おかしい。何か変なことを書いただろうか。

 あ、やべ。女性をって言葉ぬけてたかも? 妙な勘違いされたんじゃないだろうな。

「以上でホームルーム終わり。水無神と朱雀は、授業中じゃないからってラブラブお手紙とかやめようね? でも仲良きことは美しき哉。よいことですよ、うふふ」

 ぬお。先生に気付かれてた。

 にやにや笑いながら教室を出て行く先生に一言誤解だと叫びたかったが、それよりまず朱雀の誤解を解くほうが先だ。

「朱雀」

 後ろを向いて話しかけるが、朱雀はすっかり警戒していて顔の前に立てた教科書で俺の視線をガードしつつ、影からこちらを伺っている。

「なんだ変態。こっち向くな変態。寄るな変態。僕にはそっちの気はない」

「誤解だ。言葉がいくつか足りていなかった」

 いまさらメモを書き直すのも何なので自分の口で言うことにする。

「俺は、女を名前で呼び捨てにするのは恋人と妹だけと決めている。お前を名前で呼び捨てにしたいというのは、つまり、お前が男だと言う主張を認めるという意味だ」

「それは、僕を恋人にしたいという意味じゃないのか?」

「だからそれは誤解だ。俺にだってそっちの気はない」

 ……なんだろう、なんだか妙な視線を感じる。

 教室をぐるりと見まわすと、さっと目をそらした女子が数人。

 ぐるっと回って、桜葉を見ると、不満げな顔で俺を睨んでいた。

「わたしのことは呼び捨てにしないくせに……ずるい」

「収拾がつかなくなるから、そういうこというのはやめてくれ」

「両刀使い……? ますます変態だな」

「だから朱雀もいい加減わかってくれ、誤解なんだ」

 俺の訴えに耳を貸そうともしない朱雀にどうしたらいいものかと悩んでいたら、一時間目の教科の先生がやってきて、なし崩し的に話は中断された。

 ヒソヒソと囁き声がきこえる。

「三角関係?」「ちじょーのもつれ?」「や・ら・な・い・かってやつー?」

 結局、誤解が解けないままその日の授業は終わり、声をかけるまもなく朱雀は教室を出て行った。

 なぜか桜葉は必要以上に俺に触れたがり、また別の誤解も生まれそうだった。

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