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冬の終わり

作者: 一稀

 冬の終わり。

 その日だけ、父さんはかえって来る。どこからかえってくるのかは、知らない。

「久しぶり」

「お帰り」

 いつも短い会話で始まる。

 でも、これだけで私たちには充分。

 父さんが死んだのは五年前。

 その次の日から、父さんは毎年決まって冬の最後の日だけあらわれる。

「母さんは、元気かい?」

「うん。相変わらず」

「何か変わった事はあったかい?」

「あぁ、そういえばお隣さんが引っ越して来て………」

 私は、父さんがいなかった一年分の話をする。一年分の自分の身の回りの話。一年分の母さんの話。

 父さんは絶対に母さんの前には現れない。

「母さんにとって僕は、もう過去の人じゃなきゃダメなんだ」

 いつか、父さんが寂しそうに言ったのを覚えている。

「夫婦なのに?」

「…夫婦だから。母さんは僕がいない世界で生きなきゃダメなんだ。それなのに僕がひょいと現れたら、母さん辛いだろ?」

「…わかんない」

 母さんはきっと喜ぶんじゃないかと思ったけど、私はそう答えた。

 きっと、大人の事情ってやつだ。難しい。

 私は母さんに父さんの事を話した事はない。父さんが内緒だよって言ったのもあるけど、母さんがきっと寂しそうな顔をすることはなんとなく想像ができた。

 たっぷり話をして、日も暮れる頃、父さんはかえって行く。

 どこへかえるのかは知らない。ただ、見えなくなる。

「じゃぁ、今年はこれくらいにしておこうかな」

「…もういっちゃうんだ」

「また来年来るよ」

 父さんはにっこり笑って言った。私の大好きな笑顔だ。

「母さんをよろしくね」

 父さんはそう言って、消えた。去年も、一昨年も、その前も…父さんは初めて現れた時からそう言って消えた。

「任せてね」

 私は誰もいない空間にそう言う。来年も楽しい話をたくさん用意してるね。そう付け加えた。

 父さんが何より母さんを大切にしていた事は知っている。

 冬の終わりの日、それは春の始まりの日。

 そして母さんの誕生日。



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