ハムカツの効用
えがき
失ったものの大きさに打ちひしがれているとき、私たちの心は洗練された言葉や上質な料理を拒むことがあります。
安価な薄いハムに雑な衣を纏わせ、油で揚げただけのハムカツ。高級なトンカツのような満腹感も慰めも与えてくれないそのチープな味が、かえって心に空いた穴にじんわりと染み込んでいくことがあります。
一人で迎える夕食の気配、冷めていく揚げ物、そして向かいの空席。
この小さな物語は、どこにでもある身近な食べ物を通して、忘れられない温もりと消えない孤独の味を描いたものです。どうぞ、胸の奥の静かな痛みに寄り添うようにお読みいただければ幸いです。
ハムカツを揚げる。
ジュウと音が鳴る
赤いハムを油に沈める
黄金色の衣をまとったそれは
まるで秋の深まりのように色づいていく
油を切って皿に盛れば
夕闇に落ちた紅葉のよう
香ばしさに手を伸ばしかけて
食卓に向かい合う席が空いていることを思い出す
共に季節を愛でた君はもういない
冷めていく揚げ物の傍らで
ひとつの箸だけが静かに濡れていた
ハムカツの効用
ハムカツの効用ってなんだろう?脂まみれでヘルシーとも思えないし、かといってそれ単体で満腹にするには心許ない。トンカツにはやはり及ばないのだ
ならば言おう
ならば言おう。
ハムカツの本当の効用とは、
胸に開いた穴を、その油と衣で粗雑に塞ぐことなのだと。
トンカツほどの情熱も慰めもなく、
ただ安っぽく、虚しく、腹を満たす。
一口噛みしめるたび、
二人で分かち合ったチープな夜が蘇る。
「美味しいね」と笑い合ったあの温もりは、
油の冷え切った味に塗りつぶされていく。
胸の奥の痛みを麻痺させるためだけに、
今日も私は、冷めたハムカツを飲み込む。
胸にぽっかりと空いた穴を埋めるのは、上質なごちそうではなく、気取らない安価なハムカツの油と衣なのかもしれません。かつて二人で過ごした何気ない夜の温もりと、一人残された現在の冷たさ。その圧倒的な落差を、揚がる音や夕闇に落ちる紅葉といった色彩豊かな描写から、冷めていく食卓の静寂へと繋げることで表現しました。
「傷を癒やす」のではなく「痛みを麻痺させる」ための食卓。チープな味わいの中にしか宿らない切ない叙情を感じ取っていただければ幸いです。




