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ツクヨミ様は中間管理職~三貴神の真ん中ですが、今日も神話の尻拭いをしています~  作者: まるちーるだ


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第5話 八柱の名前が長すぎる


神が八柱増えた。


そう。


増えたのである。


姉上とスサノオが、縛られたまま喧嘩をしていた。


大地が荒れた。


川面が波打った。


神々が逃げた。


私は、面倒になった。


そして言った。


「神産みで潔白証明してください」


その結果。


神が八柱増えた。


何度考えても、意味が分からない。


いや、分かる。


提案したのは私である。


私であるが。


ここまで増えるとは思わなかった。


「ツクヨミ様」


穏やかな声がした。


目の前にいるのは、思金神(オモイカネ)である。


高天原の知恵袋。


由緒正しい頭脳担当。


そして、私の数少ない友人である。


公の場では、彼は私を「ツクヨミ様」と呼ぶ。


だが、二人きりになると違う。


「で、ツクヨミ」


オモイカネは、神名録を広げながら言った。


「名簿、作ろうか」


「楽しそうだな」


「楽しいよ」


「私の胃は痛い」


「胃痛も記録する?」


「するな」


私は額を押さえた。


目の前には、生まれたばかりの八柱の神々。


三柱の女神と、五柱の男神。


皆、きらきらした目でこちらを見ている。


なぜ私を見る。


姉上を見るべきではないのか。


スサノオを見るべきではないのか。


いや、見たくない気持ちは分かる。


とても分かる。


姉上はまだ、完全武装の名残を漂わせている。


スサノオは、いまだに「俺の潔白が証明された!」という顔で胸を張っている。


八柱が私の後ろに集まるのも、仕方がないのかもしれない。


仕方がないのかもしれないが。


私は父ではない。


母でもない。


生み出したのは、姉上とスサノオの誓約である。


私は提案しただけだ。


「では、まず正式名称から」


オモイカネが筆を取った。


私は嫌な予感がした。


非常に嫌な予感がした。


「一柱目」


オモイカネは、男神のうち一柱を見た。


真面目そうな顔をした男神である。


目が澄んでいる。


姿勢もよい。


話が通じそうである。


そこだけは救いだった。


「|正勝吾勝勝速日天忍穂耳命《まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと》」


私は黙った。


「……長い」


「うん。長いね」


「今、何と言った」


「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」


「もう一度」


「正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」


「……長い」


「三回目だね、それ」


長いものは長い。


私は神名録を見下ろした。


正勝吾勝勝速日天忍穂耳命。


勝が多い。


あまりにも勝っている。


勝ちすぎである。


「誰の気配だ」


「アマテラス様とスサノオ様、両方じゃない?」


「嫌な説得力がある」


その男神は、少し困ったようにこちらを見た。


「ツクヨミおじさま」


おじさま。


やはりそう呼ぶのか。


「何だ」


「私の名は、長いのでしょうか」


「長い」


即答した。


「とても長い」


男神は少し考え込んだ。


真面目である。


「では、短くしていただけますか」


私はオモイカネを見た。


オモイカネはにこりと笑った。


「ホミミでいいんじゃない?」


「軽いな」


「でも呼びやすいよ」


「……確かに」


私は男神を見た。


「よいか」


「はい」


「正式な場では、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命」


「はい」


「ただし、私の前ではホミミと呼ぶ」


男神は、ぱっと顔を明るくした。


「はい、ツクヨミおじさま!」


やめろ。


その笑顔を向けるな。


こちらが何かを許した気になる。


「では、ホミミ」


オモイカネが神名録に書き加える。


正式名称。


正勝吾勝勝速日天忍穂耳命。


通称。


ホミミ。


備考。


真面目。話が通じそう。勝が多い。


「最後の備考は何だ」


「大事でしょ?」


「大事なのか」


「あとで性格を把握する時に便利だよ」


「なぜ性格まで記録する」


「育てるなら必要だよ」


「育てない」


「そう?」


「育てない」


「でも、もう通称つけたよね」


私は黙った。


友人とは、時に残酷である。


「次」


オモイカネは楽しそうに筆を動かした。


天穂日命(あめのほひのみこと)


次の男神は、柔らかな雰囲気をしていた。


人当たりがよさそうで、にこにことしている。


先ほどから周囲の神々にも自然に声をかけている。


「この子は、ホヒかな」


オモイカネが言う。


「ホヒ」


「うん。呼びやすい」


「本人は?」


天穂日命――ホヒは、にこにこしたまま頷いた。


「はい。ホヒで大丈夫です」


大丈夫。


この子も話が通じる。


よい。


非常によい。


「ホヒは、交渉がうまそうだね」


オモイカネが言った。


「何故だ」


「もう周りの神々に馴染んでいる」


見ると、確かにホヒは、いつの間にか報告役の神と穏やかに話していた。


生まれたばかりなのに。


「……将来、出先で帰ってこなくなりそうだな」


「ありそう」


「やめろ」


神名録に書かれる。


正式名称。


天穂日命。


通称。


ホヒ。


備考。


人当たりがよい。交渉向き。懐に入りすぎ注意。


「注意とは」


「必要だよ」


否定できなかった。


「次、天津日子根命(あまつひこねのみこと)


三柱目の男神は、周囲をよく見ている。


八柱の中でも、誰がどこにいるか、何が起きているかを把握している顔だ。


「これは、ヒコネかな」


オモイカネが言った。


「アマツヒコネではなく?」


「長い」


「確かに」


天津日子根命は、少し姿勢を正した。


「ヒコネ、承知しました」


まじめである。


ただし、ホミミとは違う。


ホミミは内側を整える真面目さ。


ヒコネは、外との距離を測る真面目さである。


「この子は調整役かな」


オモイカネが神名録に書く。


正式名称。


天津日子根命。


通称。


ヒコネ。


備考。


周囲をよく見る。氏族・地上勢力との調整向き。


「勝手に役職を決めるな」


「向いていることを書いただけ」


「それを世間では役割分担と言う」


「早い方がいいよ」


「生まれたばかりだぞ」


「だからこそ」


私は額を押さえた。


嫌な知恵袋である。


「次、活津日子根命(いくつひこねのみこと)


四柱目の男神は、じっと座っていられない様子だった。


視線があちこちへ動いている。


足も少し動いている。


今にも「見てきます!」と言いそうである。


「イクツ」


オモイカネが即答した。


「早いな」


「この子はイクツでしょ」


「なぜだ」


「動きそうだから」


活津日子根命――イクツは、ぱっと顔を上げた。


「動いていいのですか?」


「まだ駄目だ」


私は即答した。


「今は座っていろ」


「はい!」


良い返事である。


ただし、返事をした瞬間に少し腰が浮いた。


「座れ」


「はい!」


また良い返事。


そして、また腰が浮く。


「……現場担当だな」


「だね」


神名録に書かれる。


正式名称。


活津日子根命。


通称。


イクツ。


備考。


動きが早い。現場確認向き。座らせておくには監視が必要。


「監視」


「必要でしょ」


必要そうである。


「次、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)


五柱目の男神は、静かだった。


八柱の中で、一番声が少ない。


だが、ぼんやりしているわけではない。


むしろ、見えないものを見ているような目をしている。


場の端。


川の向こう。


木の影。


光と闇の境目。


そういうものに、自然と視線を向けている。


「クスビ」


オモイカネが静かに言った。


「この子は、少し夜に近いね」


私は目を細めた。


確かに。


太陽の気配でも、嵐の気配でもない。


境界の気配。


神々と人の間。


山と里の間。


昼と夜の間。


そういうものに近い。


熊野久須毘命――クスビは、私を見て小さく頷いた。


「クスビで、よいです」


声も静かである。


「よい子だ」


思わず言った。


オモイカネがこちらを見た。


「何だ」


「いや、もう完全に保護者の顔だなと思って」


「違う」


「うん」


「違う」


「はいはい」


神名録に書かれる。


正式名称。


熊野久須毘命。


通称。


クスビ。


備考。


静か。境界・霊地・厄介案件に強そう。夜に近い。


「男神五柱は、これで終わりだね」


オモイカネが筆を置いた。


私は息を吐いた。


疲れた。


すでに疲れた。


だが、まだ三柱いる。


「次は女神三柱だ」


三柱の女神たちが、すっとこちらを向いた。


海の気配がある。


それぞれ違う。


波。


霧。


潮。


そんなものをまとっている。


多紀理毘売命(たきりびめのみこと)


一柱目の女神は、静かな霧のような雰囲気だった。


見た目は穏やかだが、目はよく動く。


隠れた危険を見逃さない。


「タキリでいいかな」


オモイカネが言った。


多紀理毘売命――タキリは、こくりと頷いた。


「はい」


声は小さい。


だが、芯がある。


「この子は、霧や沖の気配を読むのが得意そうだ」


オモイカネが言う。


「なぜ分かる」


「顔を見れば」


「顔で分かるな」


「君も分かってるでしょ」


「……少しは」


認めたくないが、分かる。


タキリは、遠くを見る目をしている。


海の向こう。


霧の奥。


まだ見えないものを読む目だ。


神名録に書かれる。


正式名称。


多紀理毘売命。


通称。


タキリ。


備考。


霧・沖・遠い海を読む。静かだが芯が強い。


「次、市寸島比売命いちきしまひめのみこと


二柱目の女神は、華やかな気配があった。


ただし、姉上のような眩しさではない。


水面に落ちた月明かりのような、静かな華やかさである。


「イチキ」


オモイカネが言った。


「イチキシマではなく?」


「公ではイチキシマでもいいけど、ここではイチキでいいんじゃない?」


「ここでは、とは何だ」


「君のところでは」


「私のところに来る前提で話すな」


イチキは、にこりと笑った。


「イチキで嬉しいです」


負けた。


これは、負けた気がする。


「この子は、祈りや航路に向きそうだね」


オモイカネが言う。


「華やかだが、派手すぎない」


「水面に月が映る感じだな」


「ほら、もう見てる」


「うるさい」


神名録に書かれる。


正式名称。


市寸島比売命。


通称。


イチキ。


備考。


航路・祈り・水上の華やぎ。人に安心感を与える。


「次、多岐都比売命(たぎつひめのみこと)


三柱目の女神は、明らかに元気だった。


落ち着いてはいる。


落ち着いてはいるが、流れを止める気がない。


水が動くように、常に何かを見ている。


「タギツ」


オモイカネが言った。


多岐都比売命――タギツは、ぱっと顔を明るくした。


「はい!」


良い返事である。


だが、少し声が大きい。


スサノオの気配がある。


いや、そこまでではない。


そこまでではないが、少しある。


「タギツは潮流と動く水かな」


「そうだな」


「船を進める力にもなるし、間違えれば危険にもなる」


「つまり、制御を覚えさせる必要がある」


「そうだね」


タギツは目を輝かせた。


「学びます!」


良い返事である。


本当に良い返事である。


ただし、少し身を乗り出している。


「座れ」


「はい!」


八柱のうち、イクツとタギツは監視が必要そうである。


神名録に書かれる。


正式名称。


多岐都比売命。


通称。


タギツ。


備考。


潮流・動く水。元気。制御を学ばせること。


これで、八柱。


正式名称。


通称。


備考。


ようやく、名簿の形になった。


私は深く息を吐いた。


「終わったか」


「基本情報はね」


オモイカネが言った。


「基本情報」


嫌な言葉である。


「まだ何かあるのか」


「必要でしょ。寝相とか、食べ物の好みとか、誰が誰の隣だと落ち着くとか」


「待て」


私は神名録を見た。


すでに、オモイカネの手元には別の欄が増えている。


好物。


苦手なもの。


寝相。


学習傾向。


感情が荒れた時の対処法。


「何だこれは」


「育成記録」


「育てないと言っている」


「でも必要でしょ?」


「なぜだ」


「もしホミミが真面目すぎて疲れたら?」


ホミミが少し肩を揺らした。


「もしホヒが交渉先に馴染みすぎたら?」


ホヒがにこにこした。


「もしイクツとタギツが一緒に走り出したら?」


二柱が同時に目を輝かせた。


「止める」


「ほら、必要」


私は黙った。


必要である。


とても必要である。


「ツクヨミおじさま」


ホミミが、おずおずと手を上げた。


「何だ」


「私たち、この名前で呼んでいただけるのですか」


「正式な場では正式名称だ」


「はい」


「だが、私の前では通称でよい」


八柱の顔が、ぱっと明るくなった。


やめろ。


その顔を向けるな。


こちらが何かを許した気になる。


「ありがとうございます、ツクヨミおじさま!」


「ありがとうございます!」


「タキリ、です」


「イチキです」


「タギツです!」


「ホミミです」


「ホヒです」


「ヒコネです」


「イクツです!」


「クスビです」


八柱が順番に名乗った。


私は、少しだけ目を細めた。


名は大事である。


正式な神名は、神格を示す。


だが、呼びやすい名は、距離を作る。


近すぎても困る。


だが、遠すぎても育たない。


……いや。


育てるつもりではない。


私は夜を治める神である。


子育ての神ではない。


だが。


八柱が、自分の名を嬉しそうに繰り返す姿を見ていると、少しだけ思った。


悪くはない。


少なくとも、姉上とスサノオが縛られたまま喧嘩していた時よりは、ずっとよい。


「ツクヨミ」


オモイカネが、にこにこと私を見ていた。


「何だ」


「顔が緩んでるよ」


「緩んでいない」


「うん。そういうことにしておく」


「腹立たしいな、お前は」


「友人だからね」


「友人とは、腹立たしいものだったか」


「時々ね」


私は筆を取った。


日記を書く。


男神五柱、女神三柱。


通称は、ホミミ、ホヒ、ヒコネ、イクツ、クスビ、タキリ、イチキ、タギツ。


正式名称は長い。


非常に長い。


特にホミミ。

勝ちすぎである。


追伸。


オモイカネが、神名録に好物、寝相、学習傾向、感情が荒れた時の対処法まで書き足そうとしている。


神名録とは。


さらに追伸。


八柱が、私の前で通称を名乗って嬉しそうにしていた。


少しだけ、悪くないと思った。


少しだけである。


本当に、少しだけである。


その時、タキリがそっと手を上げた。


「ツクヨミおじさま」


「何だ」


「このあと、どこにいればよいですか」


私は固まった。


どこに。


どこに、とは。


姉上の宮か。


スサノオのところか。


それとも、別に宮を用意するのか。


そう考えている間に、ホミミが真面目な顔で言った。


「できれば、ツクヨミおじさまの近くが落ち着きます」


八柱が頷いた。


オモイカネが、横で笑った。


私は、ゆっくりと目を閉じた。


父上。


夜とは。


住居手配も含むのか。


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