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ツクヨミ様は中間管理職~三貴神の真ん中ですが、今日も神話の尻拭いをしています~  作者: まるちーるだ


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1/1

三貴神の真ん中ですが、だいたい私に報告が来ます


三貴神。


聞いたことがあるだろうか。


太陽神、アマテラス。

海神、スサノオ。


そして――


……これに挟まれた月神、ツクヨミ。


姉は、天照大御神。


高天原を照らす太陽であり、神々の中心であり、尊く、眩しく、責任感の塊のような御方である。


ただし、怒ると岩戸に引きこもる。


しかも姉上が引きこもると、太陽が隠れる。


世界が闇になる。


規模が大きい。


弟は、須佐之男命。


泣き叫べば海が荒れ、暴れれば高天原が荒れ、気分ひとつで周囲の神々の胃が荒れる。


だが、いざ地上に降りれば、ヤマタノオロチを退治し、姫を救い、伝説の剣まで手に入れる。


規模が大きい。


そして私は、月読命。


月である。


夜を照らす。

満ちる。

欠ける。

暦にも関わる。

情緒もある。


ただし、特に事件は起こさない。


姉のように、引きこもっただけで世界を闇に閉ざすこともない。

弟のように、追放先で怪物を倒して英雄譚を増やすこともない。


私が夜空に昇る。


人々は言う。


「今夜は月が綺麗ですね」


以上である。


神としての業績報告が、情緒で処理される。


まあいい。


夜の仕事とは、そういうものだ。


誰にも気づかれぬよう、静かに世界を整える。

それが月の役目である。


そう思っていた時期が、私にもあった。


「ツクヨミ様!」


嫌な声がした。


正確には、声が嫌なのではない。


この呼び声が聞こえる時は、大体ろくなことが起きていない。


私は筆を置き、顔を上げた。


「今度は何だ」


「アマテラス様が!」


その名が出た時点で、私は少しだけ目を閉じた。


姉上。


どうか、ただの体調不良であってくれ。


「天岩戸にお隠れになりました!」


駄目だった。


「……理由は」


「スサノオ様の狼藉に、ついにお心を痛められたようで!」


弟。


私は静かに息を吐いた。


姉上が天岩戸にお隠れになった。


つまり、太陽が消えた。


高天原は大騒ぎである。


神々は泣き、叫び、右往左往し、しまいには誰かがこう言った。


「この世は終わりだ!」


終わらせるな。


「ツクヨミ様! いかがいたしましょう!」


なぜ私に聞く。


私は月である。

本来、夜の担当である。


昼が消えたからといって、私に全責任を投げられても困る。


しかし、誰も困られると困る。


私は岩戸を見た。


閉ざされた岩。

戻らぬ太陽。

混乱する神々。


なるほど。


姉上が拗ねると、世界が闇になるらしい。


迷惑な話である。


「……宴を開け」


「宴、ですか!?」


「そうだ。岩戸の前でやれ。派手にやれ。歌え。踊れ。騒げ。できるだけ楽しそうにしろ」


「しかし、アマテラス様はお怒りで……」


「だからだ」


姉上は、ああ見えてミーハーである。


高天原を統べる太陽神。

尊く、眩しく、神々からの信仰も厚い。


だが、ミーハーである。


大事なことなので、もう一度言う。


姉上は、ミーハーである。


新しい祭り。

珍しい踊り。

聞いたことのない歌。

誰かが妙な笑い声を上げている場。


そういうものに弱い。


「何をしているのかしら」と、絶対に見る。


たとえ自分が天岩戸にお隠れになっていても、見る。


岩戸の奥から、見る。


「ツクヨミ様、本当にこれでアマテラス様は出てこられるのでしょうか」


「出る」


「なぜ、そう言い切れるのです?」


「姉上だからだ」


「はあ」


「外で何か面白そうなことをしていれば、絶対に覗く」


「天照大御神様が……?」


「覗く」


「まさか……」


「覗く」


神々は半信半疑のまま、岩戸の前で宴を始めた。


歌い、踊り、笑い、鏡を掲げ、勾玉を飾り、これでもかというほど賑やかにした。


すると。


岩戸が、ほんの少し開いた。


ほら見ろ。


姉上は覗いた。


勝った。


あとは簡単である。


姉上が外を覗く。

神々がその隙を逃さず、岩戸から引き出す。

世界に太陽が戻る。


結果。


姉上は天岩戸から出てこられた。


世界は明るくなった。


神々は歓喜した。


「さすがアマテラス様!」

「太陽が戻った!」

「尊い!」


まあ、それはいい。


戻ったのは姉上である。

偉いのも姉上である。


しかし。


作戦を立てたのは私である。


誰も気づかない。


まあいい。


夜の仕事とは、そういうものだ。


……などと思っていたら。


「ツクヨミ様!」


また来た。


「今度は何だ」


「スサノオ様がお暴れにっ!」


またか。


弟は昔から、感情の振れ幅が大きい。


泣けば海が荒れる。

怒れば高天原が荒れる。

拗ねれば周囲の神々の胃が荒れる。


迷惑の範囲が広い。


「ツクヨミ様! いかがいたしましょう!」


だから、なぜ私に聞く。


私は月である。

夜を照らす神である。

問題児相談窓口ではない。


だが、誰も他にどうにかできそうな者がいない。


姉上は太陽である。

眩しい。偉い。忙しい。

そして、弟の件になると少々感情が入る。


弟は嵐である。

そもそも話が通じる時と通じない時がある。


となれば、間に立つのは私である。


太陽と嵐の間。


月。


字面だけなら美しい。


実態は中間管理職である。


「追放ということにしろ」


「追放!?」


「出雲へ向かわせろ。あちらにヤマタノオロチという厄介なものがいる」


「ヤマタノオロチ……!」


「どうせ暴れるなら、怪物相手に暴れさせろ」


神々は息を呑んだ。


「な、なるほど……!」


なるほどではない。


ただの人員配置である。


感情のままに暴れる弟を、被害の少ない場所へ移動させ、ついでに厄介事へぶつける。


これを我々は、適材適所と呼ぶ。


私の予定では、三年だった。


まず出雲に馴染ませる。

現地の神々と関係を作る。

ヤマタノオロチの被害状況を確認する。

討伐隊を編成する。

酒を用意する。

作戦を立てる。

失敗を二、三度挟みつつ、最終的に弟が奮起する。


早くて一年。


まあ、三年見ておけばよいだろう。


そう思っていた。


「ツクヨミ様!」


数日後。


また、嫌な声がした。


「今度は何だ」


「スサノオ様が!」


「ああ。出雲に着いたか」


「ヤマタノオロチを退治なさいました!」


「……」


「……」


「……は?」


思わず、手にしていた筆を落とした。


落ち着け、私。


私は月読命。

夜を司る神。

太陽と嵐に挟まれた、冷静沈着な三貴神の一柱。


こういう時こそ、事実確認をすべきである。


「もう一度言え」


「スサノオ様が、ヤマタノオロチを退治なさいました!」


「……出雲に向かわせたのは、いつだった?」


「つい先日です」


「つい先日」


「はい」


「つい先日、追放された弟が」


「はい」


「現地でヤマタノオロチと遭遇し」


「はい」


「退治した」


「はい!」


「……」


私は、しばし沈黙した。


正直に言おう。


三年は見ていた。


それが、つい先日。


「……スサノオ」


私は思わず呟いた。


「まじ半端ねぇ」


報告に来た神が、ぎょっとした顔をした。


「ツ、ツクヨミ様?」


「いや、すまない。口が滑った」


だが、仕方がないだろう。


あれは確かに問題児である。


泣けば海が荒れる。

暴れれば高天原が荒れる。

姉上の堪忍袋も荒れる。


だが、その暴力的な突破力を、正しく怪物に向けた瞬間。


強い。


ものすごく強い。


「……適材適所、恐ろしいな」


「はい?」


「いや、こちらの話だ」


厄介事にぶつければ、しばらく時間を稼げると思っていた。


その間に高天原を復旧させ、姉上の機嫌を直し、神々の胃痛を軽減しようと考えていた。


まさか、厄介事の方が先に消えるとは。


しかも、何やら姫を救ったらしい。


追放されたはずの弟が、数日で英雄になっている。


意味が分からない。


「ツクヨミ様、いかがいたしましょう」


「……祝え」


「はい?」


「祝え。そういう時は祝っておけ。下手に水を差すと、また面倒なことになる」


「かしこまりました!」


神が慌ただしく去っていく。


私は落とした筆を拾い、日記に一言だけ書き足した。


本日の弟。

追放先でヤマタノオロチを倒す。


想定外。


以上。


その翌日。


「ツクヨミ様!」


私はもう、筆を置くことに慣れてきていた。


「今度は何だ」


「スサノオ様より、荷が届きました!」


「……荷?」


弟から。


追放された弟から。


出雲へ向かわせた弟から。


ヤマタノオロチを倒したと聞いたばかりの弟から。


「何を送ってきた」


「剣です!」


「剣」


「はい! ヤマタノオロチの尾より出た神剣とのことで!」


そこまでは、いい。


いや、かなり良い。


弟はどうやら、姉上への詫びとして剣を献上するつもりらしい。


暴れて追放された弟が、怪物を倒し、その尾から得た神剣を姉へ贈る。


物語としては美しい。

神話としても申し分ない。

絵になる。

語り継がれる。


問題は、現物である。


「……開けるな」


私は、神々が木箱に手をかけた瞬間に言った。


遅かった。


箱が開いた。


次の瞬間、黒い瘴気がぶわりと吹き出した。


「ぎゃあああああああああ!」


「閉めろ! 今すぐ閉めろ!」


「なんですかこれ!?」


「私が聞きたい!」


慌てて箱を閉じさせる。


だが、一度漏れた瘴気は広間の天井近くでうねり、神々が悲鳴を上げて逃げ惑った。


私は額を押さえた。


「……なんつうもん送ってきてんだ、あいつは」


その時、荷に添えられていた文が見つかった。


差出人は、当然スサノオ。


私は嫌な予感しかしないまま、文を開いた。


そこには、弟らしい大きな字でこう書かれていた。


『兄上へ。


ヤマタノオロチを倒したら、尾からすごい剣が出た。


姉上への詫びにちょうどいいと思う。


ただ、なんか瘴気がすごい。


これは高天原じゃなきゃ浄化できないと思うから、よろしく!


スサノオ』


私は文を握り潰しそうになった。


「よろしく、ではない」


神剣である。


たしかに神剣である。


だが、ヤマタノオロチの体内にあったものだ。


瘴気にまみれていて当然である。


当然であるが。


送る前に言え。


いや、言ってはいる。

文には書いてある。


だが違う。


そういうことではない。


「ツクヨミ様! いかがいたしましょう!?」


「浄化班を呼べ。祓いを得意とする神々にも声をかけろ。結界を三重に張れ。姉上にはまだ知らせるな」


「アマテラス様にですか?」


「そうだ」


ここで姉上が知れば、話が面倒になる。


弟が地上から瘴気まみれの剣を送ってきた。

しかもそれが、姉上への詫びの品である。


これをそのまま伝えれば、姉上は怒るか、呆れるか、あるいは弟の不器用さに妙な顔をする。


どれに転んでも、高天原の空気が重くなる。


さらに悪いことに、この剣は地上で得たものだ。


扱いを間違えれば、天と地の問題になる。


弟は追放された身。

地上で怪物を倒し、得た剣を天へ差し出す。


これは、ただの兄弟喧嘩の後始末ではない。


政治である。


外交である。


儀礼である。


そして、誰もそこを考えていない。


「浄化して、正式な献上品に整えろ」


「正式な……」


「そうだ。これは『スサノオが瘴気まみれの剣を送りつけてきた』ではない」


私は息を吐いた。


「『スサノオがヤマタノオロチを討ち、その証として得た神剣を、姉上へのお詫びとして献上した』にする」


「おお……!」


「おお、ではない。急げ。天と地が揉めたらまずい」


神々が一斉に動き出した。


結界が張られ、祓いの祝詞が響き、瘴気を押さえるための布が幾重にも重ねられる。


誰かが叫ぶ。


「瘴気、まだ漏れます!」


「追加で封じろ!」


「剣が鳴っています!」


「鳴らすな!」


「剣が勝手に箱を切ろうとしています!」


「だから封じろと言っている!」


私は額を押さえた。


弟よ。


お前は確かにすごい。


ヤマタノオロチを倒した。

神剣を得た。

姉上に詫びようとした。


そこまでは認める。


だが。


なぜ毎回、最後の最後で私の仕事を増やす。


やがて、神剣の瘴気は祓われ、清められ、見事な献上品として整えられた。


箱も新しくした。


布も替えた。


添え文も書き直した。


弟の文は、あまりにも弟だったので、そのまま姉上に見せるわけにはいかなかった。


『なんか瘴気がすごいからよろしく!』


ではない。


本当に、よろしくではない。


姉上には、こう伝えることにした。


「スサノオより、ヤマタノオロチ討伐の証として得た神剣が届いております。姉上へのお詫びとして、ぜひお納めいただきたいとのことです」



美しい。


実に美しい。


神話に残るなら、こちらで残ってほしい。


私は清められた神剣を見つめ、深く息を吐いた。


太陽は照らす。

嵐は荒らす。

月は見守る。


……見守るだけで済んだ試しがない。


本日の弟。


ヤマタノオロチを倒す。

神剣を得る。

姉上への詫びとして送ってくる。


なお、瘴気まみれ。


追伸。


高天原じゃなきゃ浄化できないからよろしく、ではない。

よろしく、ではない。


私は筆を置いた。


これで、ひとまず今日の厄介事は片付いた。


姉上には清められた神剣を献上できる。

弟の詫びも、どうにか形になった。

天と地が余計に揉めることもない。


よし。


今日はもう、何も起こらない。


起こるな。


起こらないでくれ。


そう願いながら、私はようやく冷めきった茶に手を伸ばした。


その時だった。


「ツクヨミ様!」


廊下の向こうから、聞き慣れた声が響いた。


私は、茶碗に触れた指を止めた。


駆け込んできた神の顔色は、先ほどよりも悪い。


姉上の時よりも。

弟の時よりも。


私は、ゆっくりと目を閉じた。


……今度は何だ。





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