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僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です

四万の大軍を動かした大宰相、実は二百で戦争を終わらせていました~大宰相ホーネント戦記~

掲載日:2026/04/11

「なんだと・・・・! 犬獣人の族長の娘、イヌ姫殿が人質に取られただと!?」


報告を受けた軍議の間に、激しい動揺が走った。


例年にない大災害。

神聖ゴールド聖教国では食料が底をつき、各地に飢えが広がっていた。


やむなく王国は、長年交易関係にあった隣国へ支援を求めた。

その“誠意”として要求されたのが――


犬獣人の族長の娘、イヌ姫自らの来訪だった。


そして。


彼女は、そのまま帰ってこなかった。


「犬獣人のみならず、神聖ゴールド聖教国も従属せよ――さもなくば、命はない」


それが、突きつけられた条件だった。


場の空気が、重く沈む。


犬獣人は王国軍の中核を担う存在だ。

その象徴たるイヌ姫が人質に取られている以上、士気は大きく落ちる。


「・・・・要求を飲むべきではないか」


誰かが、そう呟いた。


多くの者が、同じ考えだった。

屈辱であっても、彼女の命には代えられない――と。


そのとき。


静かに口を開いた者がいた。


大宰相ホーネントである。


「四万の軍を動員する」


ざわめきが走った。


「人質は・・・・見捨てる、と?」


誰かの問いに、ホーネントは答えなかった。


ただ一言。


「進軍準備を整えよ」


それだけだった。


六武威の一人が、低く呟く。


「・・・・仕方あるまい。大宰相殿も、辛い決断であろう」


だが。


その言葉を信じた者は、果たしてどれだけいただろうか。


一方。


人質となったイヌ姫は、城内で鎖に繋がれていた。


「私を汚すなら汚しなさい」


その声は、誇り高く響く。


「その代わり、あなたたちの国は滅びるわ」


敵国の王子は、嘲笑した。


「勇ましいな。だが現実を見ろ」


「お前一人で、あの獣人たちを縛れるのだ。これほど価値のある人質もあるまい」


「・・・・そう思っていなさい」


イヌ姫は、静かに目を閉じた。


その頃。


神聖ゴールド聖教国軍は進軍を開始していた。


四万の大軍。


それを三つに分け、三方向から同時に進ませる。


速度を揃え、規律正しく進む軍勢は、遠目にも圧倒的だった。


さらに。


道中の村や町で、触れが出される。


「此度の戦、正義は我らにあり」


「無力な女性を人質に取るという卑劣な行い――その罪を問う!」


噂は瞬く間に広がった。


敵国内にまで。


「聞いていた話と違うではないか!!」


敵国の王城では、怒号が響いていた。


「神聖ゴールド聖教国は降伏するはずだった!戦争にはならぬと!」


「しかし現に、四万の軍が迫っております!」


「三方向より同時進軍とのこと!」


王子の顔が歪む。


「そんなバカな。こちらはイヌ姫を人質にとっているのだぞ。そもそも情報では、四万もの兵を動員できるはずがないんだ」


「くっ・・・・予備兵を回せ!前線に送れ!」


だが――


別の報告が入る。


「王子殿下・・・・予備兵が不足し、前線に送る兵がありませぬ」


「イヌ姫の監視のため、予備兵をこの城に集めているからです」


王子は歯噛みした。



時間が過ぎるほどに、戦況が悪くなる。


王子は決断した。


「・・・・この城の兵士を前線へ送れ」


「ですが、城が手薄になれば――」


「構わん!進軍を止めるのが先だ!それに、前線をこえてこの城を攻める軍がいるはずもない」


その決断が、すべてを決めた。


翌日。


「敵襲!!敵襲!!」


城内に警鐘が鳴り響く。


「な、なに!?」


「敵が城を攻めています!!」


「馬鹿な!四万の軍はまだ前線のはずだ!」


「ですが・・・・現に!」


王子が外へ飛び出す。


そこにあったのは――


わずかな兵で、城門を突破する精鋭の姿だった。


「・・・・どこの兵だ・・・・?」


王子が事態を飲み込めぬ間に、城は陥落した。


王子は捕らえられ、イヌ姫は無傷で解放された。


そのとき、王子はようやく悟った。

四万の軍は囮であったことを。


相手の狙いは、この城の兵を削り、イヌ姫を奪還することにあったことを。



そして。


その軍勢の数は――


わずか、二百。


その先頭に立っていたのは。


大宰相ホーネントその人であった。


数が少ないことも、奇襲に気づかなかった原因の一つである。



「各軍へ伝達せよ」


ホーネントは淡々と命じる。


「イヌ姫殿の奪還、完了」


その報は瞬く間に伝わった。


四万の軍勢は、一気に牙をむいた。


とくに軍内の犬獣人たちはしがらみから解放され、イヌ姫の代わりとばかりに獅子奮迅の働きを見せた。


三方向からの総攻撃。


敵国は、そのまま崩壊した。


後日。


ゴールデア女王のもとへ、戦の詳細を記した報告書が届けられた。


「実兵は一万。残る三万は非戦闘員」


「武装させ、兵に見せかけたものです」


「食料消費は通常の五分の一に抑制」


「四万の兵に意識を奪わせ、人質のいる城の兵を減らし、守りが薄くなったところを急襲。イヌ姫殿を奪還いたしました」


「加えて情報戦により、敵国内の支持を崩壊させております」


女王は、静かに目を閉じる。


「・・・・苛烈ね」


「はい。ですが、最小の犠牲で最大の成果を得ております」


そもそも大災害のため、神聖ゴールド聖教国には食料の備蓄がほとんど無かったのだ。


本来なら大軍など動員できるはずもない。


実のところ、敵国の王子の見立てはほぼ正しかった。


イヌ姫を人質に取られたことで、王国軍の中核である獣人兵たちは士気を大きく落とし、主力として使える状態ではなかったのだ。


だからこそホーネントは、一万の兵をかき集め、そこに三万の非戦闘員を混ぜ、”四万”を作った。


敵の目を前線へ向けさせ、イヌ姫のいる城から兵が減った瞬間だけを狙って、大宰相ホーネント率いる二百の精鋭で奇襲をかけ奪還する。


それが、この戦の本当の姿だった。


その上で、なるべく正面からの戦争を起こさぬよう、相手の非道を広く知らしめる情報戦を仕掛け続けたのである。


「・・・・そう」


しばしの沈黙。


「ただし」


女王の声は、冷たく響いた。


「今回の失態は、犬獣人側にもある。むざむざとイヌ姫を敵に奪われたのだから」


「責任は取らせなさい」


「御意」


その日。


神聖ゴールド聖教国は、ひとつの教訓を得た。


戦とは。


兵の数だけではなく。


剣の強さだけでもない。


――すべては、“勝つ前に終わらせる者”の手の内にある。


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