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ある聖女の最期

作者: 水無月 黒
掲載日:2026/04/01

・2026年4月6日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございました。


・2026年4月5日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございました。

 ああ、聖女になんかなるものではありません。

 聖女である私が言うのです。間違いありません。


 最初の頃はよかったのです。

 神様の啓示を受けて、聖女の力を授かって。

 その聖女の力で困っている人を助けていきました。

 人の役に立つやりがいのある仕事ですし、感謝もされました。

 やがて私の評判が広がって、国からのお迎えが来ました。

 王宮に召し抱えられて、この国の聖女として働くことになったのです。

 根っからの庶民である私は、慣れない王宮暮らしで大変でしたけれど、頑張りました。

 王宮では衣食住は保障されています。生活のために働く必要はなくなりました。

 その代わり、国中の困った人が助ける対象になり、聖女の仕事は格段に増えました。

 国内のあちこちに出向いて、その土地の人の悩みを解決して回ったりもしました。

 とても忙しくて大変でしたが、それは良いのです。

 多くの人を助けることは、聖女としての本懐でしょう。

 問題は、王宮での貴族への対応です。

 これがとっても面倒なのです。

 いえ、必要だということは分かっています。

 聖女の力を使ったとしても、私一人にできることは限られています。

 何処の誰がどんなことで困っているのかを調べて、そこまで行く手段を確保して、他に必要なものがあれば手配する。

 そうやって国として組織的に動くためには、貴族の協力は不可欠です。

 でも、本当に面倒なんです!

 貴族の人の多くは、私のことをよく思っていません。


『平民のくせに、聖女だからと言って王宮に入り込んだ勘違い女』


 そんな風に考えているのでしょう。面と向かって言われたこともあります。

 ですが、私だって好きでこんな居心地の悪い場所に来たわけではありません。

 王様の命令で仕方なくここにいるのです。文句があるなら王様に言ってください。

……言えないから私に当たっているのでしょうけれど。

 そんなわけで、王宮には私のことを一方的に敵視する人が大勢います。

 ねちねちと嫌味を言うとか、聞こえるように陰口を言うとかはまだ可愛いものです。

 陰湿な嫌がらせもたくさんありました。

 さすがに聖女相手に暗殺者を送り込むような人はおらず、多少の暴力ならば聖女の力で防げるので、私としてはそれほど気になりませんでした。

 たぶん、貴族の嫌がることと平民の嫌がることでは違いがあるのでしょう。意味の分からない嫌がらせもありました。

 私に対する嫌がらせはそれほど気にならなかったのですが、聖女の活動を妨害されることだけは困りました。

 必要な物資が現地に届かなかったり、連絡の行き違いがあったり。

 それで本当に困るのは、私ではなく、現地で助けを待っている人なのです。

 場合によっては人命にかかわる妨害に、私や私と共に現地で作業する人たちは奔走することになりました。

 聖女の活動は、既に私の個人的な趣味ではなく、国の事業として行われていることです。

 それを妨害する行為は国の方針に逆らう重罪、と言うことで後から調査が行われましたが、直接行為にかかわった数人が処罰されただけで指示を出した貴族はそのままです。

 嫌がらせは終わりません。

 実行役は処罰されても指示役がそのままでは人を代えて同じことが繰り返されます。

 特に、聖女の仕事に直接かかわらない、私個人に対する嫌がらせについては処罰も軽く、処罰を受けた同じ人が何度も嫌がらせをしてくることもありました。

 そんな、聖女に対する嫌がらせの対策として行われたのが、王子様との婚約でした。

……私が言い出したことではありません。すべて決まった後に聞かされ、私には拒否権どころか意見を聞かれることすらありませんでした。

 別に、王子様に見初められたとかではなく、私の身を守るための措置だと聞かされました。

 王子様の婚約者になるというのは、平民にとっては夢のような話です。

 それは貴族の御令嬢でも同じだったようで、一部の御令嬢からすっごい嫉妬のこもった目で見られるようになりました。

 あれ? 私を守るための婚約だったはずですよね? なんだか余計に身の危険を感じるようになったのですが。

 ただ、王族の婚約者になることで、身分的に王族に準じる扱いになるのだそうです。

 聖女であっても身分的には平民の私に貴族が悪さをしても大した罪にはなりませんが、王族の婚約者に手を出すには王家に喧嘩を売る覚悟が必要なのだそうです。

 さらには護衛も付けられました。

 これらが功を奏したのか、私に対する嫌がらせは格段に減りました。

 特に、それ以前と同じ調子で深く考えずに嫌がらせをしようとした令嬢が厳罰に処されてからは、分かり易い嫌がらせはぱったりと途絶えました。

 ですが、これですべて問題解決、とはなりませんでした。

 王子様の婚約者になったことで、王家の婚約者としての教育が始まったのです。

 これまでも、王宮で貴族とともに暮らすための教育を受けていましたが、それがパワーアップしました。

 王子様の婚約者ということは、順当にいけば王妃になる可能性があります。

 だから、王妃になっても恥ずかしくない教養と礼儀作法を身に付けろと言うのです。

 私、王妃になりたいとはこれっぼっちも思っていないのですけど!

 そして、王妃教育はめちゃくちゃ厳しいのです。

 それは、ただの平民だった娘に王妃としての教養を身に付けさせようとしたら厳しくなるでしょう。

 でも、それだけではありません。

 王妃教育の講師は貴族です。私のことを目の敵にしている人が多くいます。

 中には私に対して思うところはあっても、王族の婚約者として恥ずかしくないようにと厳しく指導してくださる方もいました。

 けれども、貴族のまねごとをする平民を嘲笑うことに心血を注ぐ人もいます。

 結局、陰湿な嫌がらせの代わりに公然と私を虐める大義名分を与えてしまったのです。

 それでも必要なことだからと、夜遅くまで勉強しました。

 憶えなければならないことは多く、王妃教育に多くの時間が割かれました。

 ですが、いくら王妃教育が忙しくても聖女の活動を中止することはできません。

 それは私が王宮に召し抱えられ、王子様の婚約者になってまで留まる理由であり、私の存在意義です。

 だと言うのに、聖女の活動を行えば王妃教育をさぼっていると叱られ、王妃教育を受けていると聖女の務めを蔑ろにしていると非難されます。

 そうした王宮内でのごたごたに対して、私の後ろ盾となって守ってくれるはずの王子様は、ほとんど何もしませんでした。

 私が望んだ婚約ではありませんでしたが、王子様にとっても不本意な婚約だったのでしょう。

 最初に顔合わせした後は、まともに会話したことも数えるほどしかありません。

 貴族の淑女(レディー)は殿方のお誘いを待たなければならないのだそうで、王子様からお声のかからない私は婚約者らしいことをほとんどしていません。

 聖女の活動と王妃教育で忙しい私としてはその方が助かるのですが、どうせならばもう少し聖女の活動に専念できるように取り計らって欲しいところです。

 私から言っても、貴族の人は聞いてくれませんので。

 たぶん、王様と王子様とでは考えが違うのでしょう。

 私を王宮に召し抱えて王子様の婚約者にしたのは王様です。

 王様は聖女の力を国のために役立てようと考えています。

 聖女を利用して王家の威光を高めようと言った打算もあるようですが、国のために聖女の力を活用しようと考えていることは間違いありません。

 一方で、王子様の方は聖女の力を活用するつもりはあまりないようです。

 国としては、特定個人の特別な能力に頼るべきではないという考えもあるそうです。

 王子様もそうした考えで、だから私のことも興味がないのではないか?

 もしかすると、そのうち婚約も解消されて私は王宮から追い出されるのではないか?

 そうなったら、また野良の聖女に戻って身近な人を助ければよいかな。

 そんな風に考えていました。

 甘かったです。

 とっても甘かったです。

 王子様は予想以上に私のことを疎んじていたようです。

 なにしろ――


「これより、聖女――いや、聖女を騙る魔女ミレーヌの処刑を執り行う!」


 よく分からない罪を着せて私を処刑するくらいですから。


「この女は聖女を詐称して王宮に乗り込み、わが父――国王陛下を誑かして第一王子である私の婚約者になりおおせた!」


 王子様自ら説明を始めました。

 私に対してではありません。

 聴衆は、処刑を見に来た一般大衆です。

 はい、これは公開処刑なのです。

 私が生まれた田舎の村では行われませんが、王都のような都会では不満を溜め込んだ民衆のガス抜きとして時々公開処刑が行われるのだそうです。


 都会って、野蛮です。


 私は朝から刑場で磔にされたまま晒し者になっています。

 また、公開処刑では処刑を見るだけでなく、罪人に石を投付けることが許されています。

 私もたくさん投げられました。痛かったです。

 私は聖女の力で身を守れるので痛いだけで済みましたが、当たり所によっては処刑される前に死んでしまうのではないでしょうか?

 投石タイムは王子様が説明をする前でした。罪人の素性も知らないでみんな石を投げていたのです。


 都会って、本当に野蛮です。


「王宮に入ったこの女は、聖女の権威を振りかざし、国の金を浪費して贅沢を始めた。そして、あろうことか、真なる聖女であるこのマリアを虐め始めたのだ。」


 へー、そんな理由で私は処刑されるのですか。初めて知りました。

 いきなり殴り倒されて投獄、翌日に死刑だと言われて、そのさらにその翌日が今日、三日目でいきなり処刑です。

 裁判どころか、取り調べも受けていません。

 どう考えても違法で不当な扱いです。

 そうした不当な扱いを避けるために王子様との婚約が行われたのですが、私の後ろ盾となって守ってくれるはずの王子様が率先して不当な扱いをしていては意味がありません。

 王子様がこんな強引な手段をとってまで事を急いだ背景には、王子様が王太子になったことが関係しているようです。

 王太子になった王子様は、精力的に国に関する仕事を進めていて、近いうちに王様から王位を譲られるだろうと思われています。

 しかし、王様になるといつまでも独身ではいられません。婚約者がいるのだから、さっさと結婚しろと言われることになります。

 以前からうすうす察してはいましたが、王子様は私と結婚することがよほど嫌だったのでしょう。

 私、と言うよりも、平民と結婚することが嫌だったのだと思います。

 私も王妃になりたいとは思わないので、王子様から婚約解消を持ちかけてくれないかと待っていたのですが、王子様はもっと強引で確実な手段に出ました。

 私さえいなくなれば何とでもなると思っているのでしょう。並ぶ罪状は滅茶苦茶、語る言葉は嘘ばかりです。

 聖女の権威? そんなものはありません。

 市井ならばともかく、王宮では平民の小娘扱いで、誰も私の言うことなど聞いてくれません。

 国のお金を浪費した? あり得ません。

 聖女用の予算はありますが、私にはその使い方を決める権限がありません。

 私も一応宮仕えなのでそれなりの給金をもらっていますが、贅沢に使う暇などなく、また聖女の活動に足りない予算を補填したり、妨害工作に対処したりと聖女の活動に使うのでほとんど残りません。

 マリア様を虐めた? 逆でしょう。

 この国の貴族の中で最も権力を持つ公爵家の御令嬢であるマリア様を一方的に虐げることのできる者はいません。

 王子様や王様でさえ配慮するというマリア様が私ごときに虐められていたなどと言うのは、むしろマリア様に失礼です。

 そして、聖女を虐めることが処刑されるほどの罪だというのならば、処刑されなければならない筆頭がこのマリア様です。

 王子様の婚約者になった後も続いた私への嫌がらせ、その黒幕がマリア様であることは公然の秘密でした。

 王宮の内情を少しでも知っている人にはバレバレな大嘘の罪状を並べ立てる王子様は、一周回ってなんだか凄いです。

 王宮とは縁のない一般大衆では見破れないからこそ堂々と嘘を並べ立てたのでしょうけれど。


「よし、火を点けろ!」


 ついに処刑が始まってしまいました。

 火炙りです。

 足元に組まれた薪が燃え上がります。

 煙いです。

 これって、かなり苦しい死に方ではないでしょうか。

 私、王子様にそこまで憎まれるようなこと何かしましたでしょうか?

 なんだかとっても理不尽です。

 理不尽すぎて、後悔さえもありません。

 今までの自分の行動を振り返って、「あの時こうしていればよかった」が思い浮かびません。

 私が何をどう行動しても、この結末を覆すことはできなかったと思うのです。

 相手は王族であり国そのものです。聖女の力があろうとも、ただの平民に過ぎない一個人に対抗するすべはありません。

 けれども。それでも。

 理不尽に殺されるのは腹立たしいのです。

 何もできずに終わるのは悔しいのです。

 だから、神様ごめんなさい。

 私は禁を破ります。


『聖女の力を私利私欲のために使ってはなりません。もしも使えば、貴女は未来永劫聖女の力を失うでしょう。』


 最初の啓示で受けた注意事項です。

 でも、私の命はもういくばくもありません。

 聖女を廃業して、自分のために力を使っても構わないでしょう。


「あ、あれは何だ!?」


 突然観衆がざわめきだしました。

 彼らが見ているのは、私の足元。

 そこで燃え盛る炎が、何やら怪しげに揺らめきます。

 そして、炎の中から巨大な人型の影が立ち上がりました。

 常人の三倍はあろうかという巨大な体躯。

 剛毛に覆われた獣のような足。

 両手の指の先には鋭い鉤爪。

 背中には蝙蝠を思わせる羽。

 頭には禍々しい三本の角。

 人に似たような形でありながら、人ではあり得ない異形。

 恐怖を呼び起こすその姿を見た者は、こう思うでしょう。

――『悪魔』と。


「フハハハハハ! 愚かな人間どもよ、よくぞ自らの手で聖女を殺してくれた。これで我は復活を果たすことができる!」


 悪魔が声を発しました。その声までもが恐ろしげです。

 突然の事態に、公開処刑を見に来ていた大衆だけでなく、王子様達もどうしてよいのか分からずに固まっています。

 警備の騎士達は王子様の前に出て武器を構えましたが、攻撃してよいものか判断に迷っているようです。


「だがまだ力が足りぬ。この街の者どもをことごとく殺して我が糧としてくれよう!」


 悪魔が右手を掲げると、禍々しく揺らめく大きな火の玉が上空に表れました。


「キャァー!」

「た、助けてくれー!」


 あちこちから悲鳴が上がりました。

 このまま民衆がパニックを起こせば、それだけで惨事になりそうです。

 しかし、パニックが起きる直前、唐突に悪魔が苦しみだしました。


「ぐぅ、な、何故だ!?」


 先ほど出した火の玉も消え、苦しみもがく悪魔は、私の方へと振り返りました。


「死してなお我を封じようというのか、聖女よ! 何故そこまでする!?」


 何故か?

 それはあの悪魔が、私が聖女の力を使って生み出した幻だからです。

 聖女の力を自分のために使うと決めた私ですが、残念ながら聖女の力を使ってもこの場を生き延びることはできません。

 聖女の力は直接的に人を害したり、ものを壊したりするようなものではありません。

 せいぜいが投石や火炙りに耐えて少しだけ生きながらえる程度です。

 だから、生き延びることは諦めました。

 代わりに行うのが、ちょっとした意趣返しです。

 ささやかな復讐です。

 ただ、聖女の力を使う以上は人を傷付けることはできません。

 先ほどの悪魔が攻撃を止めたのも、攻撃を続けても意味がないからです。

 幻の炎を浴びても熱くもないですし、悪魔の攻撃に合わせて物を壊して見せることも聖女の力ではできません。

 ただの幻でしかないことは、すぐに分かってしまうでしょう。

 でも、それならそれで、やりようはあります。

 物理的な攻撃はできなくても、恐ろしげな悪魔の姿と声で、人を怖がらせることはできます。

 あの悪魔は、私の自信作です。

 あれはまだ王宮に召し抱えられる前、私はもっと身近でささやかな人助けをしていました。

 よく行っていたのが孤児院の手伝いで、聖女になる前から度々行っていました。

 元々聖女の力が無くてもできるような簡単な仕事ですが、せっかくなので聖女の力を使ってみることにしました。

 実際にやっていたのは、子供たちへの本の読み聞かせです。

 孤児院というのはどこもお金に余裕がなくて、読み聞かせ用の本もあまり数を用意していません。

 このため、読み聞かせても何度も聞いた話に飽きてしまう子供が出てきます。

 そこで私は、聖女の力を使って、物語を読みながら登場人物の姿を幻として映し出してみました。

 これが成功して、私の読み聞かせは子供たちに大人気となりました。

 この成功に気をよくした私は、映した幻に演技をさせるなどさらに工夫を凝らしましたが、何度かやっているうちにすっかり目の肥えた子供たちから駄目出しを受けるようになりました。

 曰く、「悪役が弱そうでつまらない」「虐めているみたいでカッコ悪い」。

 困った私は、子供たちと相談していかにも強そうな悪役を作ることにしました。

 そうしてできたのが、この大悪魔ゾアナガイストです。

 子供たちと考えた最強の悪役は、それはもう強くて恐ろしそうな姿をしています。

 初見ならば、大人だってビビるくらいです。

 あ、孤児院の院長先生、その節は大変お騒がせしました。ごめんなさい。

 この悪役の投入により、私の読み聞かせ――とは言えない何かになっていたので、ミレーヌ劇場と呼ばれていましたが――はさらに子供たちに喜ばれるようになりました。

 大悪魔ゾアナガイストが登場するだけでみんな大興奮です。

 物語を改変して、どの話にも登場するようにしてしまいました。

……主役の勇者様や聖騎士様よりも大悪魔が人気者になってしまいました。まあ、みんな喜んでいるので良いのですが。

 あの子たちももう孤児院を出て働いているはずです。みんな元気にしているでしょうか?

 それはともかく。

 一世一代のミレーヌ劇場、続きをとくとご覧ください。


「この国の人間はお前を聖女と認めず、ありもしない罪で処刑したのだぞ。こんな国の者を守る意味があるのか?」


 命の危険は一先ず去ったとみた観衆が、こちらに注目しています。

 狙い通りです。

 私がこの場で無実を主張しても、罪人が助かりたい一心で嘘をついていると思われるだけでしょう。

 少なくとも王子様はそう言って否定するはずです。

 けれども、主張するのが私でなければ。

 どう見ても聖女とは相容れない悪魔が私のことを聖女と認め、冤罪だと言うのならば。

 それを嘘だと断じるには、何故そんな嘘を言うのかという点の説明に苦労するでしょう。

 逆に、悪魔が本当のことを言っているだろうと信じる理由は明白です。


「憎いだろう? 悔しいだろう? お前を裏切った者たちに復讐したくはないか? 我を解放すれば、お前を裏切り貶めた者たち全てを縊り殺してやろう。」


 悪魔の目的は聖女の憎しみを掻き立てて、復讐のために自らの封印を解かせること。

 だから、私が本物の聖女であることは前提で、少なくとも私の知っている事柄に関しては真実を突きつけなければ意味がない。

 そんな状況を作りました。

 さて、これで舞台は整いました。

 解放はできませんが、暴れてもらいますよ。

 本日の主演は大悪魔ゾアナガイスト。

 彼はミレーヌ劇場随一の人気者であり、最多出演回数を誇る看板役者(アクター)なのです。


「あの王子はお前の婚約者でありながら、婚約者用の予算を使って他の女に高価な品を贈っていた浮気者だぞ。そして、平民と結婚したくないからとお前に罪を着せた張本人だ。そんな男に情があるのか!?」


 反応を示さない私に業を煮やした、という感じで大悪魔ゾアナガイストが王子様を指さします。

 王子様に情があるのかと言われれば、最初からひとかけらもありません。

 聖女の活動で忙しかった私と、私を避けていた王子様の間に情が生まれる余地などありません。

 互いに情などないにしても、形だけの婚約者であっても、それを裏切った浮気者は王子様の方です。


「なっ! いや、それは、……」


 突然名指しで非難された王子様は、慌てて何やら言い訳をしていますが、そんな小さな声では誰にも届きませんよ。

 聖女の力の本質は、人々を繋ぎ、絆を深めることにあります。

 たとえ幻の発したものであっても、その声は人々に届き、心に響きます。


「そこの女は、事あるごとにお前を虐げてきた張本人でありながら、王子と結託してお前が得るべき財も名声も聖女の地位さえも奪おうとしているのだぞ。憎くはないのか!?」


 実を言えば、マリア様のことは特になんとも思っていなかったりします。

 確かにマリア様は私に嫌がらせをしていた筆頭です。けれども、その程度の悪意は王宮にはありふれていました。

 嫌がらせの黒幕がマリア様だというのは確かですが、マリア様に言われて仕方なく嫌がらせをしてくる人は皆無です。

 むしろ、マリア様を言い訳にして皆さん嬉々として弱い者いじめにいそしんでいるように見えます。

 それでもマリア様が嫌がらせの口実を作っていたことは事実ですし、代表して矢面に立ってもらいましょう。


「ヒィッ!」


 王子様に次いで指名されたマリア様は、短い悲鳴を上げて気絶してしまいました。

 初見ならば大人でもビビる大悪魔です。

 そして、王宮に召し抱えられてからは「孤児院の手伝い」のような軽い仕事はさせてもらえなかったので、ミレーヌ劇場は王都初公開です。

 予備知識もないままいきなり大悪魔に睨まれるのは、貴族の御令嬢には耐えられなかったようです。


「悪魔の声に耳を傾けるな!」


 王子様やマリア様に向かう白い眼を抑えようと声を上げる人がいますが、あまり効果はないでしょう。

 悪魔が誑かそうとしているのは聖女である私、という設定になっています。

 観衆にとっては自分とは直接関係のない話であり、騙されるも何もないでしょう。

 自分に害がなければ観客気分で楽しんでしまうのが一般大衆です。

 それを利用して、王子様の醜聞を暴露してやりました。

……おや? よく見ればさっきの人は大臣様ではないですか。

 聖女の活動に関連して、調査や手配をしてくれる部門のトップの人です。何度か話したことがあります。

 では、次はこの人ですね。


「あの大臣は、国の民を救う聖女の活動のための予算を横領して、不足分を本来お前が受け取る報酬から支払わせていたのだぞ。これを許してよいのか!?」


 出張手当、危険手当込みで結構な額をもらっている私の給金がほとんど手元に残らない原因の、総元締めがこの人です。

 もっとも、私自身はそのことをあまり気にしていません。

 王宮にいる限り衣食住は保証されているので、自分のためのお金がなくてもあまり困りません。

 人助けは聖女の本能と言いますか、私の趣味のようなものなので、それで大金をもらうのは何か違う気がするのです。

 聖女の力を私利私欲に使っていると神様に判断されても困りますし。

 でも、横領は悪いことなので暴露してしまいます。国費の無駄遣いをしていたのはこの人です!


「くっ、……」


 大臣様は、何か言い返そうとして堪えました。

 横領の事実を認めるわけにはいかないけれど、この場で何を言っても下手な言い訳にしか聞こえないことを理解しているのでしょう。

 このあたり、大臣様は王子様より老獪です。見た目と併せて古狸と言った風格があります。

 でも、今この場を支配しているのは大悪魔ゾアナガイストです。

 あの存在感には並みの人間では対抗できません。古狸では役者不足で、英雄を連れてくる必要があります。


 さて、大臣様も黙ったことですし、次に行きましょう。

 私が文句を言いたい人は他にもいます。

 王子様や大臣様のような上の方の人ばかりではないのです。

 私の身の回りにいた人達も必ずしも味方ではありませんでした。

 王宮内で私の近くにいる人はあまり身分や役職の高い人ではありません。

 上の方の人が直接私に会いに来ることは少ないですし、嫌がらせの類も下っ端にやらせます。

 下っ端の人は上には逆らえませんし、王宮内では下っ端でも身分は貴族であり、平民の私よりも上だったりします。

 私が苦情を言っても聞き入れてもらえませんし、それで改善されたとしても別の人がまた同じような悪さを始めます。

 文句を言うだけ徒労なので黙って自衛していましたが、何も思わないわけではないのです。


「その騎士はお前の護衛でありながら嫌がらせを行うために近付く者をあえて見逃し、今回の騒動では無抵抗のお前を背後から不意打ちで殴り倒していたな。」

「うっ!」


 王子様の近くで警護していた騎士の一人が、悪魔に指さされて呻きます。

 騎士――特に王宮に勤めるエリートの騎士は、忠義に厚く礼節を重んじる紳士である、というのが一般的なイメージです。

 けれども、最初から騎士に対する良いイメージが存在していたわけではありません。

 戦場で活躍する粗野で凶暴な戦士から、敵兵や悪党には毅然と立ち向かい弱者を守る正義の使徒へとイメージチェンジするまでには長い年月と不断の努力が必要だったそうです。

 そうした努力の結果培われた騎士像に照らし合わせると、あの騎士の行動は問題があります。

 護衛対象に悪意を持って近付く者を素通りさせてしまったら、護衛になりません。

 嫌がらせの中には、服で隠れる部分ならば多少の傷やあざができても問題ない、みたいな考えで暴力をふるってくる人もいます。

 私のように身を守る手段を持たない人だったら大変なことになったでしょう。護衛失格です。

 背後から不意打ちで殴り倒したという点も問題です。

 背後からの不意打ちは卑怯です。卑怯な手を使ってでも倒さなければならない状況も存在するでしょうが、今回は該当しません。

 そして、無抵抗な人間を殴り倒す正当性はありません。

 容疑者を捕縛するためだとしても、か弱い淑女(私のことです)に意味もなく暴力をふるうことは騎士としての精神に反します。

 処刑されること前提の私に対してならば何をしても問題ないと思ったのでしょうが、大々的にばらされてしまった結果観衆からだけでなく他の騎士の人たちからも白い目で見られています。


「そっちのメイドは、お前の専属にもかかわらずそこの女と通じて、嫌がらせの手引きや聖女宛の贈り物の横流しをしていたぞ。」


 気絶したマリア様の介抱をしていたメイドさんが真っ青な顔で震えています。彼女は私の専属として、王宮での身の回りの世話をしてもらっていました。

 私は元々庶民なので自分のことは自分でできますが、王宮の決まりとか何とか言われて付けられました。

 実際は、王宮の生活は庶民とはかけ離れていたので大変助かりましたが。

 私の専属として付けられた彼女は、しかし最初からマリア様の手駒でした。

 私に対して友好的な顔を見せる裏で、私の予定や状況をマリア様に知らせたり、嫌がらせに来る実行役を手引きしたり、聖女宛の贈り物の横流しをしたりとかなり手広くやっていました。

 聖女宛の贈り物というのは主に聖女の活動で助けた人からの感謝の品で、庶民から高価な物が送られてくることはまずありませんが、地方で活動した場合にその地の領主様が高価な品を贈ってくることがあります。

 専属のメイドの立場を利用して、高価な贈り物を私の目に触れる前に横流ししてマリア様に渡したり自分で着服したりするのが彼女のお仕事です。

……まあ、私があまり高価な品々をいただいても持て余しますし、礼状の代筆もしてくれていたらしいので良いのですが。

 私の前では味方であるという態度を崩さなかった彼女は、自分の裏切り行為が露見することはないと思っていたことでしょう。

 けれども、大悪魔の目はごまかせません!

 まあ、私が最初から知っていたということですが。

 聖女の力は絆の力です。聖女になった日から私は身近な人の悩みを何となく察することができるようになりました。

 同様に、悪意や悪事を働いていることも察してしまいます。

 彼女の行いは以前から知っていましたし、証拠を集めて解雇することもできましたけれど、代わりにやってくる人もたぶんマリア様の手の者です。

 そう思ってそのままにしていたのですが、せっかくなので公開してしまいます。

 誰かの専属になるということは、その相手を最優先に行動することのできる、信頼できる者として名誉ある仕事なのだそうですが、その信頼を裏切った彼女に未来はあるのでしょうか?


 さて、時間も押していることですし、次に行きましょう。

 せっかくなので、ここは観客にも参加していただきましょう。


「お前が救おうとしている民達も、お前を罵倒し石を投げたのだぞ。」


 そこで大悪魔ゾアナガイストは観衆の方へと向き直りました。


「そこの男は事故で瀕死のところを助けられて命の恩人と言っていただろう。向こうの女は病の子供を治療したことで涙ながらに感謝していただろう。」


 大悪魔ゾアナガイストは次々に観衆を指さしていきます。

 聖女の活動は、王家の威光を国中に広める、といった意味合いもあって国内各地に出向いて行うことも多いですが、やはりおひざ元の王都での活動が一番多くありました。

 王都で大きな事故や疫病が発生したりすると、たいてい私の出番になります。

 だから、王都には王宮以外にも見知った顔が結構います。


「こ奴らはお前が聖女であることを知り、恩を受けた者も多くいるにもかかわらず、お前を助けるどころか石を投げた恩知らずだぞ。そんな者達を救って何の意味がある!?」


 王都での活動回数が多いので、私の顔は割と知られています。

 聖女の力も遠慮なく使っているので、私が聖女であることも含めて広く知れ渡っています。

 王都における公開処刑は一種のお祭りなのだそうです。

 今はお祭り気分で王子様の言うことを鵜呑みにしていても、冷静になって考えれば今更マリア様が真の聖女だとか言われてもおかしいことに気付くはずです。

 そこで、傍観者状態の観客を、当事者として舞台の上にご招待しました。

 これで……あれ?

 観衆が静まり返ってしまいました。

 うーん、子供たちにこれをやると、すごく盛り上がるんですけどね。

 ちょっと失敗しました。

 立て直したいところですが、どうやら時間切れです。

 私、今火炙りにされている真っ最中なんですよね。

 聖女の力で身を守っていましたが、そろそろ限界のようです。

 幻の大悪魔の姿も、わずかに薄れて揺らいでいます。

 中途半端なところで尻切れトンボにならないように、きっちりと結末を付けましょう。

 名残惜しいですが、これより終幕(フィナーレ)です。


「グウゥ!」


 大悪魔が苦しげに呻いて膝をつきます。

 さあ、ここからが最後の見せ場です!


「いいだろう、今回はお前の勝ちだ、聖女よ!」


 苦しげな表情のまま、それでも堂々と立ち上がります。

 大悪魔ゾアナガイストは最強です。けれども、悪役である以上は必ず負けます。

 だからこそ、負け方にはこだわりました。

 負ける瞬間まで強さと尊厳を失わないこと。

 偉大な強敵だからこそ、それを打倒した英雄(ヒーロー)の偉業は輝きます。

 そして、一本筋の通った悪役だからこそ、敵であってもその言葉は人の心を揺さぶります。


「だが、悪しき者に支配された邪な民がいる限り我は滅びることはない。いずれ力を蓄えて、聖女のいない世界で完全復活してくれよう! フハハハハハ……」


 高笑いの余韻を残して、大悪魔ゾアナガイストは静かに消えました。

 これにて、ミレーヌ劇場最後の公演を終了します。

 アンコールはございません。

 それでは、皆様さようなら。


 私の意識は、そこで途絶えました。


◇◇◇


……という前世の記憶を思い出しました。

 生まれ変わりって本当にあるのですね、びっくりしました。

 きっかけは歴史の勉強をしていた時です。

 今の世の中は前世の頃に比べると色々と進んでいて、庶民であっても教育を受けられます。

 前世では子供に対する高度な教育というものは貴族や大金持ちが家庭教師を雇って行うものでしたが、今では誰でも学校で集合教育を受けることでできます。

 と言うか、受けさせられます。

 その学校の歴史の授業で習ったのが、三百年くらい前にこの国で起こった世界初の市民革命についてでした。

 その時は、なんだか聞いたことのある話くらいにしか思いませんでしたが、その日の夜に夢で見て前世の記憶を思い出しました。

 前世の体験を踏まえて考えると、思い当たってしまいました。

 これって、私のことではないでしょうか?

 歴史上、この出来事は「聖女革命」と呼ばれています。

 聖女と呼ばれた人物が無実の罪で処刑されたことに怒った民衆によって政権が打倒され、冤罪事件を主導していた王家が廃止されたのです。

 心当たりしかありません。

 聖女が冤罪で処刑されるなんて事件、何度もあったらたまりません。

 そんなわけで、今日は図書館に来ています。

 前世では本は高価で庶民には縁遠いものだったのですが、今では誰でも気楽に本が読めます。良い時代になりました。

 歴史の本は、この辺りですか。

 えーと……ありました、これですね。


『発端となった聖女の処刑は、聖暦678年10月8日。』


 今から三百と十年前のことです。


『当時はルストニア王国と呼ばれていたこの国の王都の中央にあるカリーナ公園にて公開処刑が行われた。』

『処刑された聖女の名はミレーヌ。』


 はい、日付と場所と名前が一致しました。間違いなく前世の私のことです。

 まさか、あの後革命が起こるとは思ってもいませんでした。

 意趣返しと言っても、ちょっと反省して同じような事件を起こさなくなれば良い、くらいの考えでした。

 革命によって打倒されたのが、『愚王ヘンリー1世』。ヘンリーは王子様の名前です。

 私が処刑された時点では王太子でしたから、無事即位したようです。

……その後無事でなくなりましたが。

 それにしても、『愚王』ですか。優秀な王子だと評判だったのですが、世の中何が起こるか分からないものです。

 それから、『王妃マリア』。

 王子様が私との婚約を解消した後に、マリア様と婚約したという話は獄中で聞いてはいました。

 たぶん、王子様の即位と前後して結婚したのでしょう。王様がいつまでも独身では格好がつきません。

 えーと、


『ヘンリー1世の即位は聖暦678年10月13日。同日にマリア王妃と婚姻。』


……早くありませんか?


 王太子になったころから、近いうちに王位を譲られるのでは、と噂になっていたので即位したことは理解できます。私が知らなかっただけで準備が進んでいたのでしょう。

 でも、王族の結婚は色々と準備とか根回しとかで大変なはずです。

 私が投獄された後から準備を始めても絶対に間に合いません。

 ずっと以前から準備していたことは間違いありませんが、それでは婚約者がいるのにそれ以外の女性との結婚準備を進めていたことになってしまいます。

 貴族や王族はそうした醜聞を嫌います。

 関係各所に招待状を送らないといけませんから、秘密裏に進めるにも限度があります。

 あ、本来そこで花嫁になるのは私だったのかもしれません。

 即位して国王になるから結婚しなければならないとすれば、その相手は婚約者だった私になります。

 少なくとも王様は王家に聖女を取り込むつもりでしたから、そうするでしょう。

 もしかすると、王位を譲る条件に聖女と結婚することを含めていたのかもしれません。


 私は何も聞いていませんでしたが!


 まあ、必要な情報が伝わらない嫌がらせはよくありましたから。

 一方で、王子様は平民である私との結婚を嫌がっていました。

 だから、私を聖女ではないことにして、真の聖女と言うことにしたマリア様を準備を進めていた結婚式の花嫁として押し込んだのでしょう。

 乱暴で強引な手段に出たのは、結婚式まで時間がなかったから。

 私を処刑したのは、私と結婚させたがっていた王様に諦めてもらうため。

 今となっては真実のほどは分かりませんが、王子様は予定通り即位して、マリア様と結婚しました。

 そして、


『聖暦678年10月23日に革命が成功してヘンリー王朝は終了。』


……早すぎませんか!?


 即位して十日、私の処刑から半月で一つの王朝が消滅しています。

 市民革命というのは、普通は圧政などで蓄積された不満が爆発することで起こるものではないでしょうか。

 たった十日の治世では、圧政も不平不満もないと思うのですが。

 ああ、それ以前に不満は蓄積されていたのかもしれません。

 王様が聖女を召し抱えて国主体で聖女の活動を支援していた背景には、国民に対する人気取りの側面があったそうです。

 王様は比較的善政を敷いていましたが、その前の代の王様は貴族を優先して平民には厳しい政策を行っていたそうです。

 民衆の心が国や王家から離れてしまったことを危惧した王様が、人心を取り戻そうと行った政策の一つが聖女関連です。

 聖女の活動が貴族最優先ではなく、困っている民衆の救済を中心に行っていた理由がこの辺りにあります。

 そうした、王家が民衆を大切にするというメッセージ、その象徴である聖女を無実の罪で処刑するような王子様が王位に就けば、再び民衆を蔑ろにする国になるのではないかと危惧する人が出てきても不思議ではありません。

 それでも、革命が成功するまでの期間が短すぎる気がしますが。

 うーん。あ、こちらの資料が詳しそうです。

 えーと、


『聖女を処刑したことで国を危険にさらしたと非難が上がった。』


ですか?

 なんだか、予想以上に大事になっていたみたいです。

 ミレーヌ劇場は孤児院関係者なら知っているし、孤児院出身で王都に働きに出た子もいるからすぐにばれると思っていたのですけど。

 孤児院出身者が何人かいたところで、大勢に影響はありませんでしたか。

 それから……


『公開処刑での出来事について国は、「魔女が契約した悪魔に命令して行った自作自演だ」と発表。』


 だいたい合ってます。


 特に「自作自演」の部分は完全正解です。ミレーヌ作ミレーヌ演出のミレーヌ劇場です。

 違っているのは、私が魔女ではなく聖女であること。大悪魔ゾアナガイストは契約した悪魔ではなく、私が聖女の力で作った幻であること。

 本当に悪魔を使役したのならば、あの場でもっと被害を出すことも、処刑から逃げ出すこともできただろうとして誰も公式発表を信じなかったようです。


『ヘンリー王太子に対する不信が高まる中、厳戒態勢を敷いた状態で即位と婚礼の式典が行われた。』


 新王の即位とか王族の結婚とか行われれば、普通ならば祝賀ムードでお祭り騒ぎになるはずですが、ずいぶんと物々しい式典になったようです。

 王子様としては、公開処刑と結婚式によって私が魔女でマリア様が聖女であるという認識を定着させたかったのでしょうが、完全に失敗しています。

……あれ?

 不信感を抱いたのは王都の民衆だけではなかったようです。


『即位と婚礼の式典に参加した地方の貴族からも新王に対する不信の声が上がった。』


とあります。

 でも、まあ、言われてみれば納得です。

 地方の領地を治める貴族は、自然災害など大きな問題が発生して自分たちだけで解決できない場合、国に支援を求めます。

 国の方針に従い、税も納めているのだからそれは当然の権利です。

 国は必要に応じて資金や物資、人員を提供して支援することになります。

 そして、私が王宮に入ってからは、聖女を派遣するという選択肢が増えました。

 どうやら、普通に支援するよりも聖女を派遣した方が、大臣様が横領する分を含めても安上がりになるようで、私は国内各地に派遣されました。

 だから、私は地方の貴族には知り合いが多くいます。

 王宮の貴族と異なり、地方の貴族は私に好意的な人が多くいます。

 領地の重大な問題を一緒になって取り組んだ仲です。邪険にされることはありません。

 私が王子様の婚約者になった時には、私以上に喜んでくださいました。

 地方の実情を知る王妃が誕生すれば、地方を無視した法律や政策に振り回される危険が減ります。

 そして、ついに地方に理解のある聖女の王妃が誕生すると聞いて喜んで王都にやって来たら、聖女の活動に参加したことなど一度もないマリア様が聖女として王妃になっていたのです。

 それは驚くでしょうし、不審に思うでしょう。

 その後、公開処刑の話等を聞いて王子様――新王を糾弾する民衆側に付いたようです。

 地方の貴族は、中央の貴族からは田舎者扱いされることも多いですが、武力を持っています。

 国境に接していたり、治安が悪かったり、猛獣や魔物の害があったりと、状況に応じてある程度の領軍を持つことが許されています。

 個々の領では王家の動かす国軍にはかないませんが、地方の貴族が団結して歯向かうとちょっとした脅威になります。

 こうして、新王を糾弾する市民運動は無視できないものになっていきました。

 そして、


『国軍や騎士の一部までもが寝返ると中央の貴族も王家を見限り、ほとんど戦闘もないままに革命は成功した。』


ということだそうです。

 寝返った国軍というのは、聖女の活動でよく私と一緒に地方に派遣されていた部隊の人たちのことではないかと思います。

 私が聖女の力を使うところは何度も見ているから冤罪であることは理解していますし、地方貴族との交流もあります。

 騎士の方は、本来王家に忠誠を誓う存在のはずですが、王子様の命令に従った結果騎士の矜持を傷付ける行いをさせられたとして離反した、と言ったところでしょうか。


『王宮が陥落後、詳しい調査が行われて聖女の処刑が冤罪であり、まともな法的手続きも行われていないことが判明した。』


 確かに、逮捕から処刑まで強引で乱暴で滅茶苦茶でした。

 王子様の強権で誰も逆らえないこと前提で無理やりに進めた蛮行です。公平な目で調べれば簡単に露見します。

 王子様の不正が暴かれて、ちょっとすっきりしました。

 そうした数々の問題が暴かれて、どうなったかと言えば……


『国王ヘンリー1世及び、王妃マリアは「国家危急罪」で処刑。』


 国家危急罪……珍しい罪状です。

 国に存亡の危機をもたらしたことに対する罪で、王国法に記載はあるけれども適用されたことのない罪状だと王妃教育で習いました。

 大悪魔ゾアナガイストですか?

 あれが国家存亡の危機に認定されてしまったのですか?

 確かにそれっぽい台詞も言ったりしていますが、あれはただの幻影です。人を害するようなことはできません。

 それを、国家存亡の危機扱いされるのは、なんだか申し訳ない気になります。

 いえ、別に、王子様やマリア様に幸せで長生きしてほしいかったとか思っているわけではありません。

 ただ、命令に従っただけの人まで罪が重くなるのは少し可哀想な気がします。

 他にも王宮内の不正の洗い出しが行われたようで、結構な数の人が処分や処罰を受けています。


『国務大臣のウィルソン卿は横領罪で財産を没収された。』


 あの大臣様は聖女の活動以外にもあちこちで横領を行っていたようなので、納得できる結果です。


『背徳の騎士・アーネストは、騎士の称号を剥奪されて一兵卒に。』

『裏切りのメイド・ドロシーは、王宮から解雇されたのち実家からも勘当され、その後消息不明。』


 この二人は聖女に付けられたために出世の道が閉ざされ、変な二つ名が歴史に残ってしまいました。

 身近だったからこの二人をミレーヌ劇場の舞台に引っ張り出しましたが、似たようなことをやっていた人は他にも大勢いました。

 歴史に名を残さなかっただけで、何らかの処罰を受けた人は他にもいそうです。

 うーん、処分や処罰を受けた人は多いですけれど、これって革命というよりも王宮の強制捜査に見えます。

 処罰に関しても王国法を適用していますし、この時点では政権の打倒とか王政の解体とかは考えていなかったのかもしれません。

 王宮内の不正を糺したのだから、後は民衆にも優しい王様を選べば収まりそうに思うのですが。

 ええと、……


『大悪魔ゾアナガイスト対策を話し合った結果、歴史的に見て暗愚な王の即位や名君が晩年に愚行を犯すことを完全に防ぐことは不可能であり、悪魔の復活を阻止するために王制を廃止して共和制に移行することになった。』


 私のせいでした。なんかごめんなさい。

 聖女革命などと呼ばれている理由に納得してしまいました。

……あれ?

 ちょっと待ってください。

 なんで『大悪魔ゾアナガイスト』が歴史に名を刻んじゃっているのですか!?

 あの時、処刑場で登場させた悪魔には名乗らせていませんでした。

 大悪魔ゾアナガイストは、その姿も名前も私が子供たちと一緒に作った、完全な創作物です。

 あの姿を見て名前を言い当てることができるのは、私と孤児院関係者だけです。

 いったいどうして……ああっ!

 この、革命の主導者たちの中に孤児院の子たちがいます!

 いえ、この時点でもう社会人ですけど。

 アル君、トム君、ハンナちゃん。

 みんな、分かったうえでやりましたね!!

 うーん、私の敵討ちのつもりか、元から王制に思うところがあったのか、今となっては確かめようもありません。

 あの子たちのことだから、悪いことはしていないと思うのですが。


『亡き聖女様を偲んで国名を改めた。』


……え? ええ?

 今のこの国の名前は、「セントミレニア共和国」です。

 (セント)ミレーヌの(ミレニア)共和国ですか!?

 ちょっとぉ!!

 なんで私の名前を国名にしているんですか!

 うう、この国の名前を聞くたびに恥ずかしくなってしまいます。

 他には何かやっていないでしょうね。


『聖女様を救世主として信奉する「聖女教」が誕生した。』


 えええっ!?

 聖女教はこの国のほとんどの人が信仰している、実質的な国教です。

 それが、私なんですか!?

 今まで食事前に行っていたお祈りは、実は自分自身に祈っていたのですか?

 嫌ー!!!

 これからどんな顔をしてお祈りすればいいんですか!?

 はあ~。もういいです。前世のことは忘れましょう。

 あれは私じゃありません。

 私とは無関係な、素晴らしい聖女様がいたのです! そーゆーことにしておきましょう。

 だいたい、今の私は聖女ではありません。

 聖女の力は三百年前のあの時から未来永劫……あれ?

 なんだか使えるみたいなんですが、聖女の力。

 はい、出ました、手のひらサイズの大悪魔ゾアナガイスト。

 お久しぶりですごきげんよう。そして、人に見られる前にさようなら。

 そう言えば、私の周囲の人は不思議と病気にならなかったり、怪我が早く治ったりすることがありましたが、無意識に聖女の力を使っていたのかもしれません。

 何故でしょう?

 未来永劫失われるのならば、生まれ変わったくらいで聖女の力が戻ることはないはずです。

 今生では神様の啓示を受けていませんので、この聖女の力は前世からの持ち越しということになります。

 だとすれば、聖女の力は失われていなかったことになります。完全に私利私欲で力を使ったのに何故?

 あ、もしかして、結果的に王宮内の不正を暴いたことで政治腐敗に苦しむ民衆を救った、みたいな扱いになっているのでしょうか。

 もしそうだとすると、神様、私利私欲に該当しない基準が緩くありませんか?


 さて、これからどうしましょう?

 私が聖女であることは人に知られないほうが良い気がします。

 前世では聖女であることが知られた結果、王宮に連れてこられて最後には冤罪で死刑になりました。

 今の世の中ではそんなことはないでしょうけれども、心配事はあります。

 聖女教です。

 私が聖女であることが知られれば、間違いなく聖女教の教会に連れていかれます。

 昔と違って聖女の力目当てでこき使われたり冤罪で処刑とかはないでしょうが、逆に祭り上げられてしまうかもしれません。

 聖女教における聖女は神秘的なイメージがあります。

 イメージを壊さないように教会の奥に押し込められて、人前にほとんど姿を現さない生活になってしまうかもしれません。

 私は困っている人を助けてあげたいだけなんです。聖女として崇め奉られても迷惑です!

 それに、私が聖女教の崇める聖女(ミレーヌ)の生まれ変わりであると知られたら……

 あ、自分から聖女ミレーヌの生まれ変わりだと言っても信じてもらえない気がします。

 三百年の間に聖女(ミレーヌ)はずいぶんと美化あるいは神格化されてしまっていて、実際の私とは似ても似つかないのです。

 いえ、私がミレーヌの生まれ変わりだと信じなくても、聖女なら聖女(ミレーヌ)らしくしろとか言われそうです。

 何が悲しくて、私が(ミレーヌ)のまねをしなければならないのでしょうか。


 はあ、やっぱり聖女になんかなるものではありません。


聖女が無実の罪で処刑されるところから始まる物語があります。

そうした話を見てふと思いました。

その聖女が何かヤバいものを封印していた、とかだったら処刑した瞬間に大惨事になって、そこで話が終わってしまうのではないか。

そこからもう一捻りして、何かヤバいものを封印していたと思わせるだけでも大変なことになるのではないかと考えて書いたのがこの話です。

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― 新着の感想 ―
悲惨なお話のはずなのに、ゾアナガイスト様と黒歴史に持っていかれちゃって、泣いていいやら、笑っていいやらw 孤児院の子供達の泣き笑いが見えるようです。 ともあれ、今世は平穏無事に過ごせますように!
とても面白かったです。 ゾアナガイストがどう伝わってるか興味があります。研究者も頭抱えてそう。 日本だったらいろんなシチュエーションで物語になってそう。正統派、恋愛脳、GL.政治劇、史実に沿ったド…
初めまして。 “大悪魔”とは、本来、悪魔の中でも特に非情で恐ろしく、その価値観や能力は人々を恐怖させるもの。…のはずなのに……なぜでしょう…当方、聖女と“ゾアナガイスト”のやり取りを読むたびに笑って…
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