イグニスの魔剣
ある冒険者の男がいた。
駆け出しの頃は期待の新星としてもてはやされ、将来を約束された存在だった。
しかし、その成長はいつしか止まり、彼はCランク冒険者のまま、伸び悩む男となっていた。
ギルドや周囲の目は、もはや彼を「終わった男」としてしか見ていなかった。
それでも男は冒険者として、毎日ダンジョンへ潜り続けていた。
そんなある日、男はダンジョンの奥で隠し部屋を発見する。
すでに踏破され、探索し尽くされたと思われていた場所だが……意外なこともあるものだ、
と男は内心で呟いた。
「久しぶりの成果だな」
未踏エリアの発見も、立派な冒険者の仕事だ。
名声を回復するまでには至らないが、しばらくは金に困らずに済むだろう。
そんなことを考えながら、男は隠し部屋の探索を進めていった。
しかし――
「思ったより、何もないな」
探索を終えて浮かんだ感想は、それだけだった。
部屋は王城の謁見の間を思わせる装飾が施され、奥には祭壇のようなものと、やや豪奢な椅子が置かれている。
だが、それ以外には何もない。
宝箱もなければ、他の部屋へ続く通路もなかった。
「せめて、ここには何かあってくれよ……」
部屋をくまなく調べ終えた男は、祭壇の前に置かれた椅子へと手を伸ばす。
――そのときだった。
「おや、君は……」
わずかに冷たさを含んだ声に、男は振り返った。
隠し部屋の入口に、少年と思しき人物が立っている。
否――本当に人間なのか。
男は警戒心を露わにし、腰に下げた剣へと手をかけた。
直感が告げていた。
――あれは、まずい存在だと。
「おや、僕のことが分かるのかい」
部屋に入ってきた“それ”は、微笑を浮かべながらそう言った。
「おまえは……何者だ」
男はわずかな気力を振り絞り、問いかける。
「僕の名はイグニス。――悪魔だよ」
悪魔イグニスはそのまま部屋の奥へ進み、玉座に腰を下ろした。
「それより……君だろう?
かつての栄光に縋る、伸び悩みのC級冒険者というのは」
「……なぜ、俺のことを知っている」
男は悪魔を睨みつけ、問い返す。
「ずっと見てきたからさ。君の栄華と、その盛衰を」
そう言って、悪魔は続けた。
「君は運がない。才能はあるのに、ほんの少し足りない」
「何が言いたい」
「再び栄華を、取り戻したくはないかい?」
悪魔はそう告げると、一本の魔剣を差し出す。
「この魔剣はね。
君が“斬りたい”と思ったものなら、何でも斬れる。選りすぐりの逸品だよ。
ただし――」
悪魔は、愉快そうに笑った。
「血を吸わせすぎると、この剣は君の言うことを聞かなくなる」
「言うことを……聞かなくなる?」
「剣が意思を持つんだ。そのときこの魔剣は、君の斬りたいものではなく、剣自身が斬りたいものを斬ってしまう」
「なぜ、そんな物を俺に渡す」
「君を思ってのことさ。さっきも言っただろう? 君の人生をずっと見てきたって。困っている誰かを助けたいと思うのは、人として当然のことじゃないかな」
「おまえは悪魔だけどな」
「善良な悪魔だって、いるものだよ」
そう言って悪魔は、再び魔剣を男の前へ差し出した。
男は迷った。
この悪魔を信じていいのか。
無論、停滞した現状に満足しているわけではない。
再び頂点に立ちたいという思いもある。
……そして何より、強くならなければいけない理由があった。
だが……
…………。
男が決断しかねていると、悪魔は見かねたように言う。
「試し斬りでもしてみるかい?」
まあ、魔剣と言っても大したことがない可能性もある。
そう考え、男は試し斬りを受けることにした。
魔剣を手に取る。
思ったよりも軽い。これで本当に斬れるのか、正直疑問だった。
「じゃあ、さっそく始めようか」
悪魔は笑いながら、試し斬りの相手を呼び出す。
現れたのは――ミノタウロスだった。
「……冗談だろ」
ミノタウロスは、A級冒険者が五人がかりで、ようやく倒せるかどうかの魔物だ。
万年C級の男にとっては、明らかに格上。手の届かない存在である。
予想外の相手に、思わず後ずさる。
冷たい汗が、男の背を伝った。
――ミノタウロスは、まずい。
荒い鼻息を吐き、床を踏み鳴らしながら、巨体がこちらへ向き直る。
たった一歩で、空気が震えた。
「安心してよ。ミノタウロスがここから出ていくことはない。君の逃げ場も、ちゃんと用意してある」
悪魔は玉座に座ったまま、まるで芝居を眺める観客のように言った。
「それに……強くなりたいんだろう?」
男は唇を噛みしめる。
逃げたい。生き延びたい。
だが、それ以上に胸の奥で燻っていた感情があった。
――ああ、そうだ。
才能があると言われながら、何一つ掴めなかった年月。
嘲る視線と、期待を裏切ったときの失望。
そして、遠く離れた場所で、それでも自分を信じてくれている“あいつ”。
「……強くなりたいさ」
男は低く呟き、剣を握り直した。
魔剣が、かすかに震える。
応えるように、刃の奥で赤い光が脈打った。
「いい顔だ」
イグニスが、心底楽しげに笑う。
ミノタウロスが咆哮し、地を蹴った。
圧倒的な質量が、純粋な暴力となって迫ってくる。
男は避けなかった。
避ける余裕などない。
身体が、そう理解していた。
踏み込み、剣を振る。
ただ、それだけの動作。
技巧も、必殺の型もない。
だが――
刃が触れた瞬間、すべてが断ち切られた。
分厚い筋肉も、硬い骨も。
それどころか、“存在していた”という事実ごと、真っ直ぐに。
血が噴き出すよりも早く、ミノタウロスの巨体は静止し、
次の瞬間、崩れ落ちた。
轟音が部屋に響き、やがて静寂が戻る。
男は息をするのも忘れ、立ち尽くしていた。
手の中の剣は、わずかに温かい。
「……斬れた?」
呆然とした呟きに、イグニスは拍手で応えた。
「お見事。文句なしだろう?」
男は剣を見下ろす。
「……ああ。これは、凄い」
そう言って、魔剣を鞘に収める。
迷いは、もうなかった。
「……持っていく」
「もちろん。最初からそのつもりさ」
隠し部屋の出口へ向かいながら、男は一度だけ振り返る。
「なあ、イグニス」
「何だい?」
「もし、この剣が血を吸いすぎたら……そのときは、どうすればいい」
悪魔は、心の底から楽しそうに笑った。
「そのときは――君自身が、斬られる側になるかもしれないね」
男は何も言わず、部屋を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それからの俺の活躍は、目覚ましいものだった。
かつての勢いを完全に取り戻し、ついには世界に数えるほどしか存在しないS級冒険者にまで登り詰めた。
そして気づけば、王国の英雄と称されるようになっていた。
ギルドの連中は、俺を「ついに目覚めた男」だともてはやす。
まるで、最初から期待していたかのような言い草だ。
実際には、終わった男としか見ていなかったくせに。
……少々腹も立つが、俺は懐が広い。許してやろう。
そんなある日、俺のもとに一人の女性が訪れた。
白を基調とした法衣に、胸元で輝くロザリオ。
聖女――そして、俺が強くなりたいと願った理由、その人だった。
俺たちは幼なじみだった。
まだ「将来」という言葉の重みも知らなかった頃、笑い合いながら「大きくなったら結婚しよう」と誓い合った仲だ。
共に学び、野を駆け、時には些細なことで競い合いながら、同じ時間を、同じ速度で生きてきた。
だが、楽しい時は永遠ではない。
彼女には、類まれな才能があった。
“聖魔法”の才能だ。
その力はすぐに教会の目に留まり、彼女は取り立てられ、導かれるようにして聖女と呼ばれる存在へと成っていった。
気づけば彼女は、人々の祈りと期待を一身に背負う、遠い存在になっていた。
俺が冒険者になったのも、ただ強さを求めたからではない。
少しでも、彼女に近づきたかったからだ。
S級冒険者になれば、国の行事や討伐で、彼女と顔を合わせる機会もあるだろう。
そう信じて剣を握り、幾度も命を賭した。
もっとも、現実は厳しく、長い間、俺はC級のままだったのだが。
伸び悩み、焦りと劣等感に押し潰されそうだった頃、婚約解消の話が持ち上がったこともある。
立場も、力も、違いすぎる。それは誰の目にも明らかだった。
それでも――諦めなかった。
そして時は流れ、俺は冒険者として名を上げ、幾つもの偉業を成し遂げ、ついには国の英雄と呼ばれる存在となった。
今となっては、二人の結婚に異を唱える者はいない。
もっとも、それが実現するのは、まだ少し先の話だが。
――そんな俺の前で、聖女は言った。
「私と、パーティーを組みましょう!」
彼女は、俺の力になりたいらしい。
聖女というのは、は超一流の治癒師だ。
実際、その治癒の力を欲しがる冒険者は多い。
俺自身も、喉から手が出るほど欲しかった。
どれほど強力な魔剣を持っていても、重傷を負うことはあるのだから。
だが、俺は首を横に振った。
「君を、危険な場所に連れて行くわけにはいかない」
それは本心だった。
だが、それ以上に――魔剣を、彼女の前にさらしたくなかった。
彼女に、魔剣の存在を知られたくなかったのだ。
彼女の力は聖魔法。
魔剣と相反するその力は、俺の強さが“借り物”であることを見抜いてしまうかもしれない。
そのとき、彼女に見放されることを、俺は何より恐れていた。
聖女は何度も頼み込んだが、俺は最後まで首を縦に振らなかった。
俺の意思が固いと悟った彼女は、しばらく考え込み、
「あっ」と小さく声を上げると、自信に満ちた表情でこう言った。
「それでは、私付きの聖騎士になりませんか」
あなたのいる場所に行けないのなら、私のところに来ればいい。
そういう主張だった。
今度は、聖女が譲らなかった。
聞くところによると、任務のほとんどは聖女の護衛で、
実戦はほぼ無いらしい。
それなら、俺にもできる。
それに、魔剣の力を使わずに済むかもしれない。
今どれほど血を吸っているかは分からないが、使わないに越したことはない。
聖女の強い押しに、俺は頷くしかなかった。
「今受けている依頼をこなしたら、君付きの聖騎士になることにするよ」
聖女は、はっとしたように目を見開き、次の瞬間、歓喜の表情を浮かべた。
ひとしきり喜びを噛みしめたあと、彼女は俺に問いかける。
「それで……今受けている依頼とは、どのようなものなのですか?」
「龍討伐だよ」
その言葉に、聖女の表情が一気に引き締まった。
「それは……非常に危険な任務ではありませんか?」
「ああ。危険だ」
「でしたら――」
「だめだ。君を連れて行くわけにはいかない」
被せるように、俺は言った。
「それに、これは――俺にしかできない」
声音は静かだったが、そこに迷いはなかった。
聖女は一瞬、言葉を失う。祈りの言葉を紡ぐ唇がわずかに震え、胸元で握りしめたロザリオが小さく鳴った。
「……どうして、そこまで言い切れるのですか」
「龍の討伐は、S級以上でなければ不可能だ。そして、今出動できるS級は――俺しかいない」
沈黙が落ちる。
聖女は目を伏せ、しばらく何かを考えていたが、やがて静かに顔を上げた。
「……わかりました」
その答えに、俺は少し驚いたように眉を上げる。
「ですが、一つだけ、約束してください」
「約束?」
「必ず――生きて戻ってくること。そうでなければ……」
聖女は胸に手を当て、穏やかだが、芯のある声で続けた。
「あなたを、聖騎士として迎えることはできませんから」
俺は一拍置いてから、小さく息を吐いた。
「ずいぶん、厳しい条件だ」
「聖女ですから」
そう言って微笑む彼女に、俺は観念したように頷く。
「分かった。命がけで守るよ――自分の命も、約束も」
その言葉を聞いて、聖女はようやく安堵したように、祈りを捧げるため静かに目を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その日、俺は龍の住処にいた。
切り立った岩山の奥、硫黄の匂いが濃く漂うカルデラの最深部。
――そこが、龍のねぐらだ。
闇の中で、黄金色の双眸が開く。
「来たか、人の子よ」
大気が震え、声そのものが圧となって押し寄せる。
俺は一歩も退かず、魔剣を抜いた。刃の奥で赤い光が脈打ち、周囲に低い共鳴音が響く。
「できれば、穏便に済ませたかったんだが……どうやら無理そうだな」
次の瞬間、龍が動いた。
巨体からは想像もできぬ速さで、爪が振り下ろされる。
俺は地を蹴り、紙一重でかわした。岩壁が砕け、破片が雨のように降り注ぐ。
剣と鱗がぶつかり合い、火花が散る。
魔剣は確かに、龍の防御を貫いていた。だが、それでも浅い。
鱗の下へ届く前に、膂力と熱に弾き返される。
「……ちっ。さすが、龍だ」
龍は咆哮し、翼を大きく広げた。
周囲の空気が一気に熱を帯びる。
俺は本能的に悟る。
――まずい。
「――吼えよ、災厄の炎」
龍の喉奥が白く輝いた、その瞬間。
俺は全力で地を蹴った。だが――間に合わない。
灼熱の息吹が、一帯を満たす。
それは炎というより、破壊そのものだった。
空気が焼け、視界が歪み、音すら掻き消える。
「ぐ……ああああっ!」
直撃を受け、俺の身体は宙を舞った。
岩壁に叩きつけられ、鈍い音が響く。
魔剣は手を離れ、地面を転がった。
全身を焼かれる感覚。
鎧は赤熱し、肌に食い込む。
呼吸をするたび、肺が焼けるように痛んだ。
意識が遠のき、死を覚悟した
――そのとき。
〈女神の治癒〉
治癒の光が降り注ぎ、俺の身体を包み込む。
「……やっぱり、来てしまいました」
聖女が、そこにいた。
心配で――後を追ってきてくれたのだ。
治癒を受け、俺は最後の力を振り絞って立ち上がり、再び魔剣を手に取る。
「まだ立つか、人の子よ」
「あいにく……大事な約束が、あってな」
龍は再び翼を大きく広げ、喉元を光らせる。
「同じ技が、二度も通用するかよ!!」
俺は叫び、地を蹴った。
視界の端で、聖女がロザリオを強く握りしめるのが見える。
「主よ。今一度、この者に、道を」
祈りと同時に、光が一本の線となって俺へと注がれた。
熱で歪んでいた世界が澄み切る。
龍の喉奥が、大きく開く。
白熱した光が、爆ぜる寸前――
「今だッ!」
俺は跳んだ。
炎の奔流が放たれる、その“発生点”へ。
息吹が形を成す前の、ほんのわずかな隙間に、身体をねじ込む。
「――貫けぇぇっ!!」
全身の力を込め、剣を突き出す。
刃は龍の喉元へと深く沈み込み、魔剣の赤い光と、噴き出した血が弾け飛んだ。
「ぐおおおおおっ!!」
龍の咆哮が、大地を揺るがす。
息吹は暴発し、天井を焼き、岩を溶かしながら四散した。
反動で、俺の身体は弾き飛ばされ、地面を転がる。
龍の巨大な身体もまたよろめき、やがて頭を地に打ち付けた。
喉元から溢れ出す血が、辺り一面を赤く染めていく。
「……見事だ、人の子よ……」
かつて天を裂いたその声は、今や風に消えそうな低音だった。
黄金の双眸から、光がゆっくりと失われていく。
「……終わったな」
俺は剣を下ろし、深く息を吐いた。
戦いが終わり、聖女が駆け寄ってくる。
「ご無事ですか?」
「……まったく」
かすれた声で、俺は笑った。
「来るなって、言っただろ」
聖女は振り返り、ほんの少しだけ微笑む。
「聖女ですから」
その答えに、俺たちはもう一度、微笑み合った。
――その瞬間だった。
視界が、真っ赤な血で染まった。
いったい何の血だ?
龍はすでにその生を終え、眠りについていた。
俺の傷も聖女の治癒により傷が塞がっていた。
そしてこの場には、俺と聖女しかいない。
それは――
聖女の血だった。
胸が、黒く裂けている。
聖女の胸元に、一太刀が走っていた。
俺の意思ではなかった。
魔剣が――血を、吸いすぎたのだ。
「……どう、して……」
掠れた声で、聖女が問う。
だが、答えは返せなかった。
聖女は、それ以上何も言わず、
ただ静かに――息を引き取った。
俺は、まだ何が起きたのか理解できていなかった。
否――理解することを、脳が拒んでいた。
目の前で失われていく命を、
それが現実だと、受け止められなかったのだ。
やがて、聖女の身体がゆっくりと崩れ落ちる。
とっさに、抱き留めようとした。
だが、腕の中にあったのは、
あまりにも軽い――命が消えた重さだった。
そのとき、ようやく理解した。
――これが、現実なのだと。
「……違う……」
誰に向けた言葉かも分からない。
言い訳にもならない声音が、喉から零れた。
剣が、まだ温かい。
柄に伝わる鼓動の残滓が、掌を打つ。
それは、聖女の心臓が止まった瞬間の、最後の感触だった。
魔剣のせいだ。
そう言ってしまえば、楽だった。
だが、刃を振るったのは――
ほかでもない、この腕だ。
「……やめろ……」
誰にも届かない懇願が、空気に溶ける。
剣は沈黙したまま、血を滴らせている。
聖女の瞳は、まだ閉じられていなかった。
濁りきらないその視線は、
俺を責めることも、赦すこともなく、
ただ――虚を見つめていた。
俺は叫び、泣き、地に膝をつく。
聖女を殺めてしまったという事実に、号哭する。
あのとき、魔剣を手にした自分を呪う。
だが、どれほど嘆こうと、
どれほど後悔に身を裂かれようと――
時間は、戻らない。
聖女は、もう二度と――
息を、吹き返さない。
ひとしきり咽び泣いたあと、俺は魔剣を手にした。
聖女を貫いたそれは、満足したかのように、意思を沈めていた。
“斬りたいと思ったものなら、何でも斬れる魔剣”
今、俺が斬りたいと願ったものは――
自分自身だった。
「俺が……殺したんだ……」
そう呟き、俺は自らの胸に、
彼女と同じ傷を刻む。
そして――
彼女と同じように、
命を絶やした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その一部始終を、
悪魔イグニスは高みから見下ろしていた。
血と嗚咽に満ちた光景を、
まるで舞台劇でも鑑賞するかのように。
「……あっはは」
低く、喉の奥で鳴る笑い。
歓喜とも、嘲笑ともつかない、乾いた音だった。
「やっぱり、最高だ」
その声には、微塵の感情も宿っていない。
命が壊れる瞬間を、ただ“出来のいい演目”として評価しているだけだ。
イグニスは地に降り立ち、魔剣を回収する。
魔剣は満足げに震え、
吸い尽くした血の記憶を、主へと還した。
「よくやった」
それは剣に向けた言葉であり、
同時に、人間という存在そのものへの嘲りでもあった。
イグニスは踵を返す。
背後で崩れ落ちた男にも、
冷えきった聖女の亡骸にも、
もはや興味はない。
「次は……どんな喜劇が見られるのかな」
そう呟きながら、
次なる“玩具”を探しに、悪魔は闇へと消えていくのだった。




