ユキナの剣技
グラス邸宅、早朝
先日のカノンとグランによって滅茶苦茶になっていた庭と壁は、錬成魔法を駆使して元通りになっている。グランとユキナの師匠である、セルゲイ・ローレルの教えで「練習場は積極的に壊していって、元に戻すのもまた魔法の練習になる」という教えである
ユキナは日課の剣術の鍛錬を行っていた。幼少の頃から剣術を習い、その才能を褒められてからずっと続けている。ただ、今日のユキナは少し考え事をしていた、先日のカノンとグランの模擬戦のことを
(カノン先生。想像以上の手馴れだった…魔法使いなのに、格闘術…アレは嗜んでいたとかそういうレベルじゃない。あの人に私の剣は通用するのか…)
そんなことを考えており、近づいている人物にユキナは気付かない
「やはり、いい太刀筋をしているな」
「え?…あれぇ!?カノン先生!?」
急に声をかけられ、思わずに木刀がすっぽ抜けて、カノンがその木刀が受け止める
「おっと。すまん、驚かすつもりはないだ。ユキナの気配を感じて、様子を伺っただけだ」
「そ、そうですか…こんな早朝から、どうしたんですか?」
「それがな、お前さん達の親父さん。グラス氏から朝食をお呼ばれされてな…断るのも申し訳ないから…まあ、少し早すぎたがな」
上質で珍しいパンが手に入ったからということで、カノンはお呼ばれされたのだ
「しかし、ユキナ。お前さんに剣術を教えたのって誰なんだ?まさかセルゲイ・ローレルが剣術を?」
「流石にセルゲイ先生ではないです。魔法の使い方とか効率的な方法のご教授はいただいていますが、幼少期に教わった時から、剣術は今は殆ど我流ですね…」
「我流?」
「それが…うーん…なんて言えば…」
ユキナがどう言ったものかと言葉を詰まらせていると
「それは、ユキナ様が聖王都で一番剣術が強いからです」
世話係の美人なメイドさんが、割って入ってきたのだ。それは先日、邸宅と庭をめちゃくちゃにしたカノンとグランを説教した人物…そして特徴的な羊角を頭部に生やした魔族
「ちょ…!ナナコさん!?」
「これは、先日はどうもナナコさん。それで、どういうことかな?当人は説明し辛そうだったが」
説明し辛そうにしてるユキナに代わって、カノンはナナコに説明を求める
「はい、ユキナ様はこのカリバーン王国、聖王都の中でも天才といっていい程の剣術の才がございます。それはユキナ様を指南された剣術の師匠方々を倒してしまうほどに…以前までは剣術の大会にご参加していたんですが、余りにも強すぎて、今はご自身で大会参加を辞退している程です」
「ちょ、ちょっとナナコさん…それは、少し誇張し過ぎじゃ?」
「でも、大体あってますよね?」
ユキナは真っ赤になって俯く。カノンは
(さぞ、その辺の過去は何かしら恥ずかしい過去があったのか?)
という推測をしてしまう
「なるほどねぇ…確かにユキナの動きなら、単純な剣での勝負ならマジで勝てるやつがいないかもな…ふーむ…」
カノンはユキナがすっぽ抜けた木刀を返すと、もう一本の木刀を庭の中から見つけ出してそれを持つと
「だったら、オレが相手をしてやるか」
「え!?カノン先生、剣術も出来るんですか?」
「それなりには…杖術程じゃないがな」
カノンは手馴れた手付きで木刀を振り回し、感触を確かめる
「本気ですかカノン様?ユキナ様は普段はあんな感じの奥手ですが、いざ勝負ごと…ましてや剣術になれば下手すればケガをしますよ?ユキナ様は加減が効きませんから」
「そりゃ怖いな…まあ、手遅れだった気がするな」
カノンの手馴れた動きから、ユキナは察したのか既に臨戦態勢で構えていた
カノンのユキナの印象は、一見は奥手で謙虚で育ちのいいお嬢様のという側面を持っているが
(コイツは誰よりも負けず嫌い、しかも剣のことなら誰にも負けないという自負だろうな)
今のユキナから感じる雰囲気と目つきはそうであった。同時に、カノンを只者ではないということも理解出来ている
ナナコが見守る中、カノンとユキナは木刀に魔力を通し対峙する
魔力を込められた剣と木刀は、強度の補強もあるが、剣速を上げる目的もある
「それでは…始め!」
ナナコが合図するともに、カノンとユキナ両方とも踏み込んでお互いの間合いに入ったや否か激しい木刀の打ち合いが始まった
ユキナの剣は、その身体、女性とは到底思えない力強いモノであり、その力を十分に引き出す動作をしながら
対してカノンの剣は、一見は同じく打ち合っているように見せながら、上手く受け流している
(カノン先生の剣…物凄くやりづらい!!何というか、この受け流される感じ…こんなの初めて…!)
その思った瞬間、カノンの木刀が、ユキナの胴に入る
「っ!?」
まともに受けたユキナはよろめく
「ユ、ユキナ様!?」
「大丈夫だよ、ナナコさん!」
心配してナナコが駆け込んで来ようとしたが、ユキナはそれを止め、再び構え始めてカノンに向けて木刀を振るう。先程以上の力強く、そして速く木刀を振るう
(カノン先生の剣筋は、私が…いや、この聖王都で知りうる限りの剣士でもこんな剣術を使う人はいない…独学でもベースはあるのに、これは根本的に何かが違う…!流されるのなら、流されない技で!)
ユキナは大振りの一撃を叩きこむ。それは渾身の一撃、木刀でもまともに受ければタダで済まず、そう判断したカノンは流さずにそのまま避ける
避けられたユキナの大振りは、地面を叩きつけた。それは庭の地面を抉り、大きくクレーターを作ってしまう程
(横に避けた!そのまま!)
避けられるのはユキナの想定内であった。ここまでの大振りを確実に避ける、そして受け流せないと判断して動くと、ここまで打ち合ったカノンの身体能力と判断能力を信じての一振り
(このまま、横方向に振り上げる!)
だが、ユキナがその動作を行う前にカノンはユキナの木刀を片足で踏みつけて、クレーターが出来た地面にめり込ませる
「な!?しま…ッ!!!!」
ユキナが気付いた時には、カノンの木刀が頭を叩いていた。また一撃を貰ったユキノは持っていた木刀を離してしまい、よろめく
「おっと…少しやり過ぎたか?大丈夫か…?」
思った以上に強く叩き過ぎたと思い、ユキナを心配していたカノンだったが、ユキナの様子で木刀を構え直す
それはユキナとしては本能、咄嗟に出た動き、意図していない動き、反応。右手を手刀にし魔力を込めて、それを振り上げた。それは魔力の斬撃波であった
「…あ!?しま…!!」
やり過ぎた、使うつもりのない剣術を使って、思わず声が出てしまったユキナだったが…それに怯まずに、カノンは斬撃波を木刀で切り払う。切り払われた斬撃波は、分散してカノンの直撃を防ぐが、周囲に分散した斬撃波が塀や壁に当たり、着弾部が砕ける
「まさか手刀からでも斬撃波も出せるのか、大したものだ」
「いや、えーと…全く使うつもりは無かったんですが…つい反射的に…」
「純粋な剣術の競技とかじゃ、反則扱いだろうしな…でもな、ユキナ。今は立派な決闘でも競技でもない、別にオレ相手に遠慮しなくていい。全力で来い。お前の剣技剣術、そのことごとくを剣で応えてやる」
カノンはユキナが手離した木刀を、投げて渡す。そして再び構える
ユキナとしては初めての体験であった。グランやセルゲイ・ローレルと模擬戦することがあっても、それは魔装具を扱う、魔法使い相手での話。単純な剣のみで互角どころか、実力でねじ伏せられるなんてことはなかったからだ
それは今まで剣術で負け知らずのユキナにとっては、屈辱…ではなく、それは歓喜の感情であった
ユキナの顔は、正気では無い表情で微笑む。若干な悔しさはあっても、自分を負かしてくれそうな、全力で出し切れる相手がいるというのがユキナにとっては何より嬉しかったのだ
「…いいんですか?カノン先生?本当に?」
「安心しろ、ユキナ。お前程度じゃオレは死なんさ」
「…わかりました…それじゃ、遠慮なく!!」
ユキナは力を…魔力を込めた木刀を振って、先程の斬撃波を放つ。それも連続で放つ
カノンは切り払いつつ、斬撃波を避けながらユキナの懐に飛び込み打ち合いに持ち込む。その動きは見ていたナナコが到底目で追え切れない速さと、理解できない動きを二人はしていた
カノンは少しでも距離を取れば、ユキナはすかさずに斬撃波を放ち、ユキナの動きが少しでも隙が出来れば、カノンは一気に距離を詰めるの繰り返し。力のユキナと、技のカノンという構図
先程と違って、ユキナはカノンの木刀に身を打たれても平然と…というより当人も打たれたことに気が付かないまま平然と戦いを続ける
(ユキナは無意識で魔力で身体強化をしている。呼吸をするのと同じく、当たり前のように。しかもその強化具合もスゲェな…ダウンしてもおかしくないオレの木刀の一撃一撃を平然として耐えてやがる…しかも、スゲェ笑顔じゃねーか)
カノンが心の中で少し引いた反応をしてしまう程、ユキナは笑顔であった
(やっぱり似てる、というよりもだろうな…まだ粗削りだが、戦い方、太刀筋も良く似ている。このトンデモない魔力…お前さんの血族は大したものだよ)
カノンはユキナと打ち合いながら、太陽の位置で今の時刻を確認する。グラス氏の約束の時間と、これからの後始末も考えると
(ユキナには悪いが…そろそろ終わらせないといけないな)
ユキナはカノンの受け流す太刀筋に慣れ始め、そしてついにカノンの剣を捉えた
カノンは受け流しきれずに、ユキナに木刀を弾き飛ばされる
(とった!!私の勝ち…!!)
ユキナが勝ちを確信した瞬間、カノンはユキナの手首を掴み、木刀を強奪する
「え!?ちょ!?」
一瞬の困惑したが、ユキナはすぐに防御態勢をしたが…カノンはそのまま回転の勢いをつけて
(!?カノンの先生の動き!空戦機動の剣術!?)
ユキナがそれを理解した瞬間に、カノンの回転斬りを叩き込まれ、地面に叩きつけられる
その威力は防御で受ける体勢、魔力で身体強化したのにも関わらずに気絶させられる程に
「ユ、ユキナ様ぁ!?」
流石に耐えきれずにユキナはぐるぐる目で大の字で気絶し、ナナコが駆け寄る
「カノン様!!いくら何でもやり過ぎです!!」
「だろうけど、ここまでやらないとユキナは止まらなかったんだが?」
ナナコがカノンを罵っている間に、ユキナは目を覚ます
「…私、負けたんだ…」
そう、ボソッと吐いた
「どうだろう、こっちは最終的に剣術じゃなかったしな」
「だとしても、カノン先生は剣を弾き飛ばすことを誘導されたこっちの負けです」
「飲み込みが早いな、ユキナは。安心しろ、お前さんの剣の才能なら、オレの剣なんてすぐに追いつくさ」
「でしたら、これからもご教授お願いします。カノン先生」
カノンはユキナの手を掴み、立ち上がらせる
「さーて…この滅茶苦茶になった練習場と塀…直さないとなぁ…」
「アハハ…やり過ぎましたね」
昨日以上に荒れた練習場と、ユキナが飛ばしまくった斬撃波のせいで、邸宅の塀も穴が開いてる所がチラホラあった
「手伝いますよカノン先生」
「おや?グラン、おはようさん。起きていたのか」
「いや、これだけ騒いでいれば誰でも起きますよ」
カノンとユキナの模擬戦は、家中の者が起きる程にうるさかったらしい
「しかし、ユキナを魔装具無しで倒すなんて…オレ、初めて見ましたよ。よくぞあんな馬鹿魔力、馬鹿怪力、剣馬鹿のユキナを…」
「あ、グラン。私ちょっと、イラっとしたかも?」
再び木刀を持ち出したユキナ…この後のことは詳細は省くが、カノン、グラン、ユキナはこの後こっぴどく執事とナナコに怒られたのは語るまでもない
その後のグラン邸宅で、グラン氏との朝食
「どうですかカノン先生!そちらの故郷、ルドン帝国で収穫されているお米を組み合わせた米粉のパンのお味は!!」
「あ、コレ美味いわ…グラン氏、うちの姪っ子用に何個か持ち帰っていいですか?」