100年後の世界
魔導書製作の使命、サイク家が養子、カノン・サイクが書き記す
妖魔大戦終結から100年、妖魔によって文明ごと滅んだ国が数多、それによって本来伝えられる筈の魔法、それに該当する術が失われいった
だが、その痕跡を辿り、何とかそれを見つけ出し、失われた魔法の再現、そしてその方法を書き記した魔導書作成、それがサイク家の使命である
世界各地で、魔装具での魔法行使、魔装魔法が主流となりつつある
妖魔大戦時代は、詠唱や魔法陣が主流であったものの大戦時の混乱で失われたのが多く、新たに魔法の開拓、開発を必要となった。容易かつ、発動のタイムラグを改善した、それが魔装具である
その魔装具の開発、魔装魔法の概念を築き上げたのが、大魔法使い“セルゲイ・ローレル”
このオリュートスにおいては、知らぬ者がいない程の有名人
「西のお客さん、随分字がお綺麗ですね」
街道の茶店で、報告書を書いていたカノンの前に、看板娘が団子と茶を持ってきながら、チラッ見えた報告書の文字を褒める
「お姉さんの程じゃないですよ?」
「あらお客さんお上手ね」
場所は東の文化圏と西の文化圏の境目の街道の茶店。東の国、ジパンでの調査を一段落したカノンは茶店で休憩がてらに報告書をまとめていた
「しかし、お客さん。珍しいカッコをしていますね?歴史の教科書で見たことがないというか」
カノンの服装は、ローブととんがり帽子という、如何にも魔法使い…というより現代魔法使いとしても古すぎ服装なのだ
「仕事柄、古い魔法に触れる機会が多くて…当時の魔法使い達がどういう効果があって着ていたのかを体感するのもね」
それっぽいこと言いながら、運ばれてきた串団子を頬張る
「おや、これまた美味しい。やっぱジパンを始めとする東の国々の菓子も食もどれも美味しい」
「嬉しいですわ。西のお客さまにもうちの団子が受け入れて貰えて」
「発酵した豆とかはダメだったが」
「あー…納豆は西のお客さまには受け付けない人が多いですからね」
カノンは以前、知人に招かれた際の朝食を思い出してしまう。匂いと食感がカノンには受け付けられなかった
緑茶と串団子を堪能しながら、看板娘と雑談していたカノンは魔力を感じた
(コイツは…西の大陸の術式?ジパンに近いこの土地で?)
西の大陸、カノンの故郷であるルドア帝国や、カリバーン王国で扱われる魔法技術の気配を感じ取った。ジパンの領土内であれば、本来なら有り得ない魔力を不審と判断する
看板娘には気づかれない程度に身構え、魔力を感じた方向…空を見上げると、空の彼方から何か飛んでくる物…否、飛んできた生物、鳥
「…こりゃ?フクロウか?伝書フクロウか?」
カノンは腕を構えて迎え入れる姿勢をとり、フクロウはカノンの腕に着地する
「あら可愛い鳥さん?お客さんのペット?」
「…そういえば、ジパンの地域だとフクロウって珍しいか」
妖魔大戦時に、生態系も大きく変化してしまい、現在においてジパンにはフクロウは生息していない
カノンはフクロウが持っていた手紙を取ると、自分宛であることと、そして差出人の名を見て驚く
その差出人はカノンにとってはあまり良い印象を持っていない相手であったからだ
(この手紙に施されてる術式、通話を繋げるものか。西の大陸なら通話のインフラが整っているから、この手を使わないが、ジパンだとそうもいかないか)
カノンは少し考えて、他人が聞かれるのはあまりよろしくないと判断して
「女将さん、この鳥にも何か出して貰えます?」
フクロウに魅了された女将に、それなり以上の代金を渡したついでに、フクロウの相手をさせてる内に茶店の裏側、人気のない場所に移動して手紙の封を開ける
封を開けると術式が起動し
『あ!?やっと見つかったのね!!』
カノンにとっては久しぶり、そして2度と話すことも会うこともない女性…魔女の声が、その手紙から聞こえてくる
「お久しぶりです、紅の魔女様。二年振りですかね?」
カノンとしては思うところはあっても、敬語を持って相手をする程の偉大かつ、圧倒的な目上な方
『ええ、そうね。久しぶりねカノン。ここ一か月近くアンタを探していたのよ。いーや、フクロウを大量に送った甲斐があったわ』
「一か月?伝書フクロウを大量に?それはまあ、なにか急な要件ですか?」
『ええ、カリバーン王国、聖王都まで来て欲しいんだけど…アンタ、一体どこにいるのよ?サイク家の人間からは東の大陸の何処かって言っていたけど…』
「サイクの本家まで訪ねたんですか…今はジパンの国境付近ですよ。これからルドア帝国のサイクの本家に戻るところだが…聖王都って…」
『正確には聖王都の魔法学校ね』
聖王都の魔法学校。魔法使い、魔法を扱う者を育成する教育機関であり、西の大陸においてはエリートを多く輩出している名門校としても有名であり
「紅様が理事長をやっているエリート魔法使い学校じゃないですか?オレみたいな魔法使いがそこになんか用事でも?」
カノンは、自分自身の魔法使いとしての低く自己評価しており、そんな自分がエリート魔法使い学校に無縁だと思っており「なんで?」という本音
『なんか随分な物言いね…まあ、正直に言えば私からはアンタ相手には頼みづらいんだけどね…とにかくうちの魔法学校で詳しい話をしたいんだけど…ただそこジパンよね?そこから聖王都に着くまでに一週間以上かかるじゃない』
紅の魔女の言葉と声から、相当急ぎの要件なのだろうと察するカノン。わざわざ伝書フクロウという古い手段を使ってまでコンタクトを取ってきた真意に興味半分、その苦労に応えるべきかという気持ち半分
「…ここからなら半日ぐらいか?そちらの時間で今日の夕方ぐらいには着く、待ってろ」
『はぁ?いやアンタ、いくら何でもそんなこと…』
「わざわざ地上を通る必要は無いだろう?いい紅茶を用意して待ってろ、久しぶりに上手い紅茶が飲みたい」
手紙を握りつぶして、強制的に通信を終わらせるカノンは早速準備に取り掛かる
若女将に可愛がられていたフクロウも、ここに来るまでに疲れていると思い
「お前さんも飼い主の元に帰りたいだろ?女将さん、団子に使っている串貰えないかな?なるべく、多めに…なんなら使ったものでも構わないんだが」
「構いませんが…何に使うんですか?」
「少し面白いものをお見せしましょう」
カノンの頼みに若女将は困惑しつつも、串を大量に持ってくる
持ってきているその間にカノンは地面にある魔法陣を描く
「よしこれだけあれば、いけるな」
描いた魔法陣に、若女将が持ってきた団子の串を全て置く
「…よし、詠唱は…これでいいか」
カノンは魔法陣に魔力を流し始めると、魔法陣が光り始める
「”数多の小さき枝たちよ、このフクロウを囲う籠の形になることを願う”、マテリアルライゼション!!」
大量の串が置いてあった魔法陣が眩い光を放つ、そして視界が開くと、そこには立派な鳥かご、このフクロウが余裕で入るだけの鳥かごがそこに出来上がっていた
「うむ、悪くないで出来だな」
「あらまあ、これが魔法なのね!初めてみたわ!」
初めて見る魔法に興奮する女将さんをよそに、カノンはフクロウと鳥籠に入れて、鳥籠とお土産の団子をカノンはトンガリ帽子の中に入れる
カノンが被っている帽子は収納の魔法を施されており、この程度の荷物を安全に収納するのは難しくない
「さてと、行きますか」
カノンは帽子を被り直し、腰につけていた装飾品を手に持って魔力を通すと杖に変形する
杖に跨り、足が浮く
「それじゃ女将さん、お世話になったよ。機会があったら、また来させてもらうよ」
持てる魔力を通して、カノンは空に飛ぶ、物凄いスピードで空の彼方までぶっ飛んでいく
そして雲の上
「ここなら誰も見ていないな…キャストアップ!!変身!!」
その日、たまたま望遠鏡で空を見ていた子供がこんなことを言っていたそうな
「杖に跨った騎士が、凄い速度で飛んで行った」という話