魔法システムのSE
「異世界工業化の開拓記:異世界転移した機電系技術者は魔法系システムを構築できるか」に登場するルッチが技術者として成長した未来のお話です。
「魔女部隊が、王都に向かって飛行中、コールサイン、アルバトロス。あと、20分で王都上空に到達します。」
王都防空指揮所の戦況表示スクリーンに魔法探知測距機が検出した飛行体が表示される。
「こんな夜遅くに訓練飛行か?」
「飛行計画は通知されていません。魔法、電磁のいずれの無線通信に応答なしです。」
「南部軍管区に緊急出撃を要請。」
王都防空指揮所の人員が慌ただしく動き始める。
「司令が到着しました。」
「状況は?」
「北部軍管区の第4機械化魔法飛行集団所属の魔女が事前通告なく王都上空に向かっています。数は4です。」
夜間監視責任者がサブモニターに表示された目標の詳細情報を見ながら状況を報告する。
「北部軍管区への連絡は?」
「管区司令に魔法通信で呼びかけていますが、応答ありません。」
「応答するまで、あらゆる手段を使って呼びかけろ。各飛行隊へも呼び掛けろ。」
短くブザーが鳴る。
「要撃員、上がりました。南部軍管区、第1機械化魔法飛行集団所属の4名。コールサイン、イーグル」
戦況表示スクリーンに友軍魔女の表示が追加され、サブモニターには魔法探知測距機が検出した魔女の詳細が追加されていく。
「目標、散会します。……人数が増えています。総数38を確認。」
メーダの監視員が淡々と状況を読み上げていく。
「ほぼ、1部隊じゃないか! 重量級魔法兵器の装備も想定する。王都防衛隊に連絡。闇夜の魔女にも出撃を要請。」
「こちら、王都防空指揮所、貴殿達を誘導する。」
「こちらイーグル01、了解した。」
オペレータが目標の方位と高度を伝える。
「北部軍管区の管区司令に繋がりました。」
「どうなっている。すぐに魔女達を降ろせ! なに、誰も出撃していない!?」
「各部隊で点呼を取っておりますが、現段階で飛行魔女は全員が地上に居ます。」
「飛行補助機の数を確認しろ、最優先だ。」
「了解。」
「イーグル、会敵します。」
航空誘導員が監視する魔法探知測距機のPPIスコープ上ではイーグルが目標の後ろから迫る。
そして、2つの点の集団が重なる。
「イーグル、会敵します。速度を落としてください。」
「こちら、イーグル01、敵の方角と高度を再度指示願う。敵が見当たら――」
通信が途切れる。
戦況表示スクリーンではイーグルの識別が消え、アルバトロスのみが王都に向かってくる様子が映し出される。
「げ、撃墜された……。」
指揮室に一瞬の沈黙が流れる。
「目標に攻撃意思があるとみる……。撃墜を許可する。」
迫りくる脅威に対して司令が重い決断をくだす。
「長官に連絡しろ。」
「こちら闇夜の魔女01、目標の方向を指示願う。」
「方角を11時の方向に修正。3分後に会敵する。イーグルが撃墜された。撃墜許可を出す。」
「もう、一度言ってくれ。」
「撃墜許可を出す。」
「……了解。」
闇夜の魔女が移動速度を上げ、オペレータが指示した方角へ旋回する。
「こちら闇夜の魔女01、目標はどこだ。」
「目標は目の前です。」
「……目の前にいるのはイーグルなのだが。」
「え?」
作戦室が静まり返る。
スクリーン上では、敵味方不明の表示が消えて友軍の表示だけだ映し出される。
「はぁ?! なんなんですか! この書類の山は!」
ミトウ工業のシステム設計開発部のオフィスの一角で、出勤してきたルッチは自分の机を見て思わず声を上げる。
レタートレイに入りきらない書類は机の空いたスペースにもそのまま積み重ねられている。
ルッチが手にとってパラパラとめくるといくつかの書類にはでかでかと「大至急」の判子が押されている。
「ルッチさん、非常事態です。軍からお偉方がやってきています。」
「この書類の量で異常事態なのは既にわかります。何があったのですか?」
「昨日というよりも今日の夜、幻影の魔女が現れて大変だったようです。」
「つまり、連邦の防空システム《ドラゴン・アイ》でエラーが起きて大騒ぎになったわけですか。バグなら今まで何度かあったじゃないですか。」
「いえ、それが今回は闇夜の魔女まで出撃して撃墜命令が出される騒ぎになったようです。危うく味方同士で空戦になるところだったと。」
「え、えぇぇぇぇ!」
ルッチはその場に立ち尽くす。
――――ルッチの果てしない不具合探求が始まる。
ドラゴン・アイ、亜人連邦が開発した連邦の空を監視する最新の軍事システムだ。
先の戦争時に開発されたメーダーを中核として魔法計算機、電子計算機などの新技術が投入された他国よりも1歩秀でた最新の装備である。
システム全体の設計、開発、進捗管理はミトウ重工が行い、サブシステムの設計、製造はいくつかの会社で分担されている。メーダーは同じくミトウ重工のメーダー部門、戦況表示スクリーンやサブモニタなどの表示器類はフローレシア第二工業、通信処理や他の計算を実施する計算処理機類は王都中央計算機と主要サブシステムだけで3つの会社が関わっている。さらに下のユニット、魔法回路基板、電気回路基板などの設計、製造を含めると数十社が関わっている。
また、魔女が着けている識別機の製造はオステ電機が担っているが、こちらはデータを受信しているだけでルッチは詳細を知らない。
「はぁ、こってり絞られた。」
半日にも及ぶ会議の末、疲れ切った表情でルッチ達が会議室から出てくる。
「あんなに怒っている人を久しぶりに見ました。」
ルッチは出社して30分後には会議を入れられていたため碌に資料に目を通せないまま会議に臨んでしまった。冒頭に資料がまだ見られていないことを伝えた瞬間からお偉方の怒りは最高点に達していた。
「そもそも、これ本当に不具合なのですかね? 幻影の魔女が現れるだけならともかく、無線がダウンするってどういうことなのでしょうか?」
ルッチは自席に戻って経過報告書に目を通すが今回の挙動が本当にバグであるのかを怪しむ。
「まあ、幻影の魔女の件と無線ダウンの件は1度分けて考えましょう。」
戦況表示スクリーンに表示内容はその場の全員が見ていたので、その通りにシステムが表示したのは間違いない。
「システム設計上はスクリーンの表示データは他のサブシステムからの情報を元に生成しているはずですか、怪しむとしたらメーダーですね。」
ルッチは存在しない目標が何かの不具合で検出されて、勝手に処理し始めて幻を生み出したのではないかと仮説を立てる。ルッチは部下のベクターを呼び調査を依頼する。
「ベクターはメーダーについて詳しかったですよね。こちらの当時の挙動を調べてもらえますか?」
「わかりました。メーダー部門の技術者はよく知っているので連絡を取って調査します。」
「お願いします。現地調査が必要であれば一緒について行ってください。軍施設への立ち入り関係の書類については庶務さんに聞いてください。」
その後も、各サブシステムの技術者と連絡をとり状況の説明と不具合探求への協力を依頼する。
「さて、明日の午後には一次報告に行く必要がありますから、そろそろ報告書をまとめ始めますか。」
手書きで大まかに記載内容を決めていき、ラフな図の下書きをする。
そして、それを清書係に渡し校閲と清書をお願いする。
夕方、ルッチは夜行列車に乗り王都へ向かう。
「久しぶりの王都なのに、まったくもって気分が乗らないです。足取りが重い。」
ルッチはため息をつく。
「私、王都は初めてなんです!」
一緒についてくる部下のリカは小旅行に気分が上がっている。
「遊びに行くんじゃないんですから。今日の議事録の作成はしっかりとお願いしますよ。」
「はい!」
リカからとてもよい返事が返ってくる。
かなり明るい性格をしており返事もよい。しかし、本当に理解しているのかがルッチはいつも心配だった。
「まぁ、泊まりですので明日の夜は2人で食事にでもいきましょう。」
「嬉しいです。」
報告会は質問の嵐だった。中には声を荒らげて書類を投げてくるバカもいた。
「軍の上層部は気が短いですね。熱い人は良いですけど、沸点が低い人は嫌いです。冷静に的確な質問をしてくる闇夜の魔女の隊長を見習ってほしいです。」
「確かに、隊長さんクールでかっこよかったですね。あとはニーテツに出張中の所長が出てきてくれてよかったです。」
「本当に助かりました、ギジロウさんのおかげで、場も静まりましたし、不具合探求の日程調整もできました。それに防空司令からも協力も取り付けることができたのは大きいです。」
ルッチとリカは軍御用達の個室レストランで夕食を取りながら今日の会議を振り返る。
リカの作成した議事録に目を通して、その出来栄えにルッチは感心する。
(元気が良いだけで、何も考えていない人かと思っていましたが、人の話を聞き分けて要点を整理する能力がすごく高いですね。)
今回の報告会で新たに2つのことが分かった。
①幻影の魔女の挙動は訓練シナリオのパターンに近いこと。
②2日前に常用通信システムに故障ユニットがあったため、ドラゴン・アイの通信計算機に迂回させていた回線があること。
「これは、ヒントになりそうですね。」
翌日、ミトウ工業の王都事務所の通信設備を借りてベクターに連絡を取る。
「確かに訓練シナリオのカードをいれるスロットが用意されています。」
「テープではないのですか?」
「えぇ、テープで読み込むのは処理の都合上難しいのでカードに書き込んで筐体にさすようです。」
ルッチから状況を聞いたベクターはメーダーの設計計算書を確認しながら訓練シナリオ機能の設計を読み上げる。
「訓練シナリオが走ったのであれば、スロットにカードが挿入されたままのはずです。」
「私もそう思います。他にメーダー部門の技術者から何か話は聞けましたか?」
「筐体にエラーがあったりすればテープの中に残っているかもしれないと言ってます。」
「ということは、軍の計算機室に行って魔方陣テープの当該時刻の魔方陣の記述内容をみれば良いわね。」
「明日、メーダーの技術者と一緒に王都までこれますか? 軍施設への立ち入り申請書類はできていますか?」
翌日、メーダー部門の技術者とともルッチ達は軍の計算機室に行き、保管されているログ記録テープを確認する。
「事件の発生日の魔方陣は……これですね。」
対応する魔方陣に対して、技術者が魔力をこめる。
空間上に順次魔方陣が展開されていきその当時のサブシステムの状態などが表示される。
「エラーはないようですね。検出していた飛行体の一覧を控えておきます。」
「訓練シナリオのスロットはどれですか?」
「隣の列の右から1番手前の筐体にスロット類はまとまっています。」
ルッチ達は言われた筐体の扉を開ける。しかし、訓練シナリオの表示があるスロットには何も挿入されていなかった。
メモを取り終えたメーダーの技術者が内部に保存されている各種のパラメータに異常がないかを調べ始める。
調査用の基板を空いているスロットに差し込む。
「このスロットが機能拡張用のスロットなのですか?」
「そうですよ。これは1週間前に当てたパッチのカードです。」
「え、パッチを当てたのですか?」
「メーダー部門の方でパッチに問題がないか確認してください。」
ルッチは司令官の許可をもらいパッチカードを外し、メーダー部門の技術者に持ち帰らせ調査するように依頼する。
(幸いなことに致命的なバグの改修用パッチではないですね。各飛行隊には軍の担当官からパッチが外れていることを連絡しているので大丈夫でしょう。)
夕方に駅でメーダー部門の技術者を見送ると、ルッチ達の前に1人の男があらわれる。
「どうも、どうも、こんばんは。定時後だというのに呼んで申し訳ないです。」
「ルッチ、ほんとはそんなこと思っていないでしょ。」
(ち、なんでわかった。)
顔見知りの王都中央計算機の技術者、ドラゴン・アイの計算サブシステムの設計担当のディスティニーが夕焼けを背景にやってくる。そして、ルッチ達に笑顔を振りまく。
(この、爽やかイケメン、やっぱり苦手です。)
ここ最近、お世話になりっぱなしの個室レストランでルッチ、ルカ、ベクター、ディスティニーが夕食を取りながら状況を整理する。
「幻影の魔女の方はメーダーの問題っぽいのですが、無線のダウンは通信計算機関連だと想定しています。」
「ルッチ~。そんなに激詰めしないでよ~。」
爽やかイケメンが引きつった顔で懇願してくる。
「それで、あなたの見解は?」
「実機の配線を見ていないから、確定できないが。」
仕事モードに切り替わり、キリっとした表情でディスティニーが見解を話し始める。
「単純にうちの通信計算機が処理の限界に達しただけだと思う。」
ディスティニーが通信計算機の仕様(処理できる通信の数、接続の際の注意点)を説明する。
「僕のところにも、迂回させる連絡は来ていた。注意事項は守るように伝えてはいるが、うちの会社の人間はだれも迂回工事に立ち会っていない。」
「なるほど、では明後日にベクターと一緒に軍の計算機室に行ってください。」
「明日じゃなくてよいのか?」
(妙なところで律儀なイケメンだな。)
「一応、明日は休日ですからね。あなたも調査で疲れていますよね。休んでください。」
翌日、ルッチ達は王都で休暇を過ごす。
「ようやく、休みです。本当は自宅で過ごしたかった……。」
リカは行きたいところがあるらしく、朝早くから出掛けて行った。
「だらだら過ごすのももったいないですし、私もモーニングにでも行きましょう。」
ホテル近くのレストランのテラス席で優雅にお茶を飲んでいるルッチに通行人が声をかける。
「相席してもよいか?」
(席は空いているのになぜでしょうか?)
怪訝な顔をして声のする方を振り向くと、闇夜の魔女の隊長と1人の部下がいた。
「いろいろと苦労を掛けているな。先日の会議ではうちの上層部が書類を投げつけてすまない。」
「まあ、怒りたくなる気持ちはわかりますので。今日は休暇ですか?」
「そうだ、待機は副隊長に任せてあるから1日非番だ。」
ルッチと闇夜の魔女の隊長は防空システムの開発時からの付き合いだ。以前は、2人で食事をとることもあった。
「紹介しよう。彼女はルッチというドラゴン・アイの設計者だ。」
隊長は隣にいる部下の女性にルッチを紹介する。
そしてルッチに部下の女性を紹介する。その部下は隊長に憧れて闇夜の魔女に入ったそうだ。前職はオステ電機で働いていており魔法工学、電気工学に詳しいらしい。
「久しぶりの重い不具合だな、現場でここまでいろいろ立ち回るのはシステムの立ち上げ当時以来じゃないか?」
「懐かしいですね。あの時はテストパイロットとしてあなたに徹夜で飛び続けてもらったこともありましたね。着陸してから血走った眼で睨まれたときは殺されるかと思いました。」
「そんなこともあったな。あの時は私の方がシステムに殺されると思っていたくらいだ。」
懐かしい話をしていると近況に話題が移る。
「先日、メーダー部門から新しい訓練シナリオが届いていたのだが。」
「なんか不具合でもありましたか?」
「いや、シナリオ自体がいまいちだったから、1回送り返した。我々の要求が反映されていないように思うのだが。」
「そうだったのですね。」
(だから訓練シナリオのスロットが開いていたのですか。)
「最後にシナリオに基づいた訓練をしたのはいつですか?」
「そうだったな、あれは幻影の魔女事件の3日前の夜間訓練だったかな。」
(そうすると、訓練シナリオのカードを外したのは翌日ですかね。)
「そうだったのですね、メーダー部門には部隊からの要望書がきちっと届いているか確認しておきます。」
ルッチは相槌を打ちながらメーダー部門の担当者に心の中で悪態をつく。
「まあ、今回の1件で助かったこともあるが。」
「何がですか。」
「今回の件で、我々闇夜の魔女が解体されるという話は1回流れた。もともと、第1機械化魔法飛行集団と統合するという話が合ったのだが、王都を守るには基地が遠いから今回の1件で急に現れた敵に対応するにはやはり王都の近くで待機している兵が必要と言う認識になったらしい。別に仕事がなくなるわけではないのだが、王都防衛専門という立場でなくなるのは寂しいからな。」
翌日、ベンダーとディスティニーが軍の計算機室へ調査に向かう。
ルッチはリカと2人で間借りしている会議室で資料を眺めながら現象の仮説を立てる。
当日は突発的な事態で防空指揮室の管区司令部の指令室にすぐに電話がつながらなかった。(本来、管区司令室でなく当直室に架けないといけないのだが、間違えて管区司令室に架けてしまったとのこと。)すぐにつながらなかったため王都防空指揮室の司令は北部の防空指揮室、各部隊に大慌てで一斉に通信するように指示。防空系の通信は迂回工事の影響でドラゴン・アイに集中するようにしていたから処理機能を超える通信が発生し優先度の低い通信がダウンした。
ここでイーグルとの通信の優先順位を標準としてしまったことから、各部隊との通信が優先されてイーグルとの通信が落ちてしまった。
「そんなところだと思います。」
「なるほど、ではどうすれば通信が切れなかったのですか?」
「イーグルのオペレータが通信の優先順位を上げる必要があったのです。だけど、オペレータは迂回のことを知らず優先順位を上げる必要があることを把握していなかった。反対に闇夜の魔女のオペレータは迂回のことを知っていたので、ホットラインと同等に優先順位を上げていたそうです。」
「しかし、そんなに通信の処理能力って低いのですかね?」
「それは王都中央計算機に聞いてみるしかないですね。」
推測をリカと話していると電話が鳴りディスティニーから同じような確認結果が伝えられる。唯一初めて知ったのはコネクタの接続順位を間違えると処理能力が制限されてしまうということだった。
「配線を接続する場所を間違えていたよ。コネクタ接続の優先順位が違う。あれほど、1個とばしで接続しろと言ったのに、なんで詰めて接続するのだか――」
ディスティニーの愚痴が始まったので何も言わずルッチは電話をぶつ切りする。
次の日、メーダー部門から連絡がありパッチカードに古い訓練シナリオが残っていることが判明する。
(記録カードは高いですからね。同じ規格のカードでしたから古いカードを再利用したのですね。)
メーダー部門はパッチを当てるために古い訓練シナリオカードを消去してパッチを書き込んだ。しかし、訓練シナリオの消去処理が甘く、訓練シナリオが走る状態になってしまった。パッチカードに残っていた訓練シナリオのアドレス的にはシステム起動から48時間ほどで訓練シナリオが走り始める状態だったという。
「そうすると、なぜ1週間も経ってからバグが出たのですかね。」
リカが当然の疑問をぶつける。
「それは、訓練が行われていたからです。」
「訓練ですか?」
「闇夜の魔女の隊長が言っていいました。通信回路の迂回の前日までに新シナリオでの訓練を実施していたと。それで通信経路の迂回工事の日に一緒に外したそうです。」
「なるほど、正規の訓練カードが挿入されていたからパッチカードの方のアドレスにたどり着かなかったのですね。」
「そうです。通信経路の迂回のためにシステムを再起動した。その時は訓練カードが無かったからパッチカードの方に残っていた同じアドレスをプログラムカウンタが参照し始めたのでしょう。」
2日後、ルッチは中間報告会に参加し、状況を説明する。
「幻影の魔女の発生原因とイーグルへの通信が途切れた理由はわかった。でも、同士討ちになりかねない識別装置の異常はどうなんだ。」
「そちらについては、目下、調査中です。判明し次第、再度ご連絡いたします。」
軍の落ち度もあるため以前と比べて落ち着いた雰囲気で報告会は終了する。
ここまでの調査で不具合がもう1つあることが判明する。それはなぜイーグルの識別信号が落ちたのかだ。
ルッチは王都まで出向いてきたフローレシア第二工業の技術者から話を聞く。
敵味方識別の表示は表示器の計算機がメーダーの情報と識別信号計算機からのデータから作成している。
「ただし、訓練シナリオを走らせる場合は、識別信号計算機機からの情報がないので架空の目標の情報は模擬敵と表示をすると。」
「設計上はそうなっております。開発試作機を使って確認しました。」
「それはおかしいです。」
ルッチは思わす立ち上がる。
「当時はサブモニターには第4機械化魔法飛行集団と表示されていたのですから。」
「そ、そうなのですか。メーダーからの情報に訓練フラグが立っていれば、訓練モードに切り替わり模擬敵と表示するはずですが。」
「訓練の動作に切り替わる条件をもう一度調べてください。」
「わかりました、調査いたします。」
フローレシア第二工業の技術者はルッチから電話を借りて自社に電話を掛ける。
「すぐに確認してくれるそうです。」
もうそろそろ帰ろうかという時間に、フローレシア第二工業から電話があり、「訓練かつ識別信号処理機からの情報がある場合は模擬敵の表示にならない可能性がある」と報告があった。
「開発試作機に識別信号計算機の模擬をつないで明日に試すようです。」
フローレシア第二工業の技術者は頭を下げる。
「糸口がつかめたので大丈夫です。確認ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。」
フローレシア第二工業の技術者が会議室を出ていく。
「そうすると、識別信号処理装置が識別信号をだしていたことになります。ディスティニーの装置のバグですかね。帰ってきたら詰めてみましょう。」
ルッチは少し黒い顔をしてにやける。
(ルッチさんがストレスが溜まっている。)
リカはその顔を見て、ディスティニーを心配する。
「そういえば、フローレシア第二工業も言っていましたけど、模擬情報を流せると言っていましたよね。それと同じことをすれば架空の情報も流せるのではなないですか?」
「それって、大掛かりな模擬計算機が必要ですよ。パッチカードでどうにかなるものではないです。それに軍の計算機室は鍵がかかっていて人は立ち入れないですよ。」
「でも、通信の迂回工事をしたのですよね?」
「工事といっても配線を引き回しただけだと聞いています、筐体を据え付けるなんて大掛かりな工事は突発的にできません。」
話をしているとベクターが帰ってくる。
「ベクター、お疲れ様です。ディスティニーは一緒ではなかったのですか?」
「ディスティニーはまだやることがあると言っています。」
(えらい、頑張り屋ですね。あまり、根詰めないでいただけるといいのですが。)
ルッチは先ほどまでの悪いたくらみのことは忘れて、夜遅くまで頑張るディスティニーを少し心配する。
「それで、ディスティニーと一緒に調査して何かわかりましたか?」
「筐体が1つ多いです。」
「はい?」
意味不明な出来事にルッチは思わず間抜けな声を出す。
「エラーや故障の確認が終わったので、通信が再びダウンしないように通信計算機の接続をディスティニーが修正することにしたのです。それで繋がっている接続先を確認していました。そしら、あまり使われていない隣の倉庫部屋に銘板のない計算機が置かれて稼働していました。誰が置いたのかは一緒にいた技術担当官に聞きましたがわからないとのことでした。停止して影響がないのかをディスティニーが調査しています。」
ルッチはその報告を聞いて冷や汗が出る。
(やばいやばいやばい、これはもはやバグとか不具合ではなく事件ですよ。)
次の日、朝から嫌な報告が会社からやってくる。
「持ち帰った、パッチカードですが、すり替えられています。」
「社内の抹消手順と当日の操作を調査しましたが、中途半端に消えるなんて想像しづらいのでシリアルを調べたのですが、該当のパッチカードは本来まだ軍にあるべき訓練シナリオのカードです。我々が書き換えて再納入したカードとシリアルが違います。」
「ということは何ですか、あなたたちが納入したカードの情報を誰かがコピーして差し替えているということですか?」
「そうなりますね。」
ディスティニーの調査が完了したので、午後に計算機室に向かう。
ディスティニーからは当該接続は取り外しても問題ないことが判明したという報告を受けたため、技術担当官に報告しディスティニーがケーブルを抜く。
(だれが何のためにこんなことを。)
銘板が貼っていない筐体にルッチは見覚えがあった。
(これは、オステ電機製の旧通信計算機ですね。不要になったから移動させたのでしょうか。)
まだ、電源を落としていない筐体のランプは点灯している。通信していることを示すランプは緑色で点滅をする。
筐体を確認すると怪しい線が部屋の外に伸びている。
「この壁の向こうって、外ですか?」
「そうだが?」
ルッチは慌てて部屋を出る。
(通信ランプが点灯していた。ということはまだ通信の対向が動いているはず。)
ルッチは外に出て倉庫部屋の位置を確認する。
(あの、位置だ。やはりケーブルは壁沿いに伝って施設の外に出ている。)
うまく隠されているケーブルを辿っていくと軍施設の道路を挟んだ向かい側にある建物にケーブルが引き込まれている。
(まだ、人が居る!)
「ルッチさん! どうしたのですか?」
遅れてきたリカが声をかける。
「あそこに犯人がいる!」
ルッチは建物の部屋の1つを指差し、建物に走り出す。
「危ないですよ、軍を呼びましょう!」
(そんなことをしたら逃げられてしまいます!)
ルッチは目的の部屋の前に立つと声もかけずドアノブを回す。
すると、部屋の中からカチャリと音が鳴る。
(この音は!)
ルッチは慌てて扉の前から飛びのき床に伏せる。
扉を貫通して攻撃魔法の青い光がルッチの立っていた場所を貫く。
(嘘ですよね? 機関攻撃魔法銃じゃないですか?)
連邦で開発されてからそんなに数が揃っていない魔法銃の銃声が響く。
(て、撤退しましょう!)
すると、部屋の中から窓が割れる音がして誰かが揉み合う音が聞こえる。
ルッチが中に入ると、モーニングをともにした闇夜の魔女の隊員が隊長に組み伏せられていた。
数日後、ルッチは軍のお偉方を相手に最終報告をする。
軍に納入されていたパッチカードは犯人によって書き換えられていた。犯人は近くに潜んで意図的にパッチカードが誤動作するタイミング見計らいながら、模擬信号をシステムに流すように仕組んでいた。
ルッチは潜伏していた部屋に立派な機材があったことを思い出す。
また、システム的には正常ではあるものの、通信処理器の接続順に関しては要改善することを報告する。
最終報告が終わり、帰宅のための夜行列車を待つ間、ルッチは以前モーニングを食べた店で、お菓子を楽しんでいた。
「リカもベクターも一緒に来ればよかったのに。」
リカは直前まで王都を観光し、ベクターはディスティニーと2人で飲みに行くと言っていなくなってしまった。
「相席してもよいか?」
「どうぞ。」
振り返りもせず、ルッチは相席することを許可する。
「今回の一件、本当にすまなかった。うちの部下が迷惑をかけた。」
闇夜の魔女の隊長は席に座る前にルッチに謝る。
「動機とかは分かったのですか。まだ全容は解明中だ。そのうちわかるだろう。」
2人の間を風が過ぎていく。
今回の1件で、闇夜の魔女には活動禁止処分が出た。
「闇夜の魔女も解散ですかね?」
「それはわからないが、なるべく続けられるように努力するさ。それに闇夜の魔女でなくなっても空は飛べるし、国は護れる。」
少し話すと隊長は席を立つ。
「もう、行ってしまうのですか?」
「あぁ、部下達が元気か確認しないといけないからな!……そうだ最後に。」
「どうしました?」
「犯人は本当に1人だったと思うか?」
「……どうでしょうか?」
犯人の隊員は普通に勤務していた、いつ起こるかわからないバグをずっと監視するなんて不可能だ。
「あなたは、何か掴んでいるか?」
「いえ、何もわかりません。」
ルッチは考えを心にしまって首を振る。事件の全容を解明するのはルッチの仕事ではない。
「そうか、また会った時はよろしくな。」
隊長は爽やかに手を振る。
最終報告から7日が過ぎ、突然ルッチは所長からお呼びがかかる。
「今回の不具合探求の件、よくやったな。軍の方からも感謝の言葉が贈られたぞ。」
「それはよかったです。それで、本題は何でしょうか?」
「今度、連邦は新しい新装備、新システムの開発のために新しい研究機関をつくるらしい。」
「そうですか。」
「ルッチには、その研究機関に出向して新システム開発部門の責任者になってもらうからな。」
「また、お偉方の相手とプロジェクトマネジメントはよろしくな。」
どんな世界でも、できるSEのところに仕事は集まるのである。
本編の方もよろしくお願いします。
本編:「異世界工業化の開拓記:異世界転移した機電系技術者は魔法系システムを構築できるか」