8 隠し事
「どういうことか、説明してもらおうかしら」
腕組みをしたリーナの視線の先には、ケイヴが座り込んでいた。彼は人間が着ていた鎧を引っぺがしたのか、鉄の肩当てを椅子替わりにして使っていた。
「仕方なかったんだよ、ママぁ」
「誰がママよ!」
言葉と同時に思わず蹴りが出る。リーナの放った蹴りをケイヴは転がっていた籠手で上手く防ぐが、籠手は衝撃に耐えきれずメコッと変形して明後日の方角へ吹き飛んだ。
「どうしてすぐ合図出さなかったのよ!」
リーナは目を剥いて、恫喝した。だが、ケイヴは「いやそれがさぁ」と井戸端会議でも始めるかのような口調で呑気に話し始めた。
「あいつら仲間はいないって言ったんだけどさぁ、嘘ついてる可能性だってあるだろ? 情報の真偽が不明だったから、もうちょい探ろうと思ったんだよ」
「……ふーん」
一応もっともらしい理由を並べ立ててはいるが、リーナは全く納得していなかった。逆に怪しい、とさえ思えた。
「なら、なんでコイツら死んでるのかしら」
「寿命だろ」
「んなワケあるか!」
見たところ、人間は3人とも頭部に1撃。魔力の残留は感じないから魔法ではない。何か細い槍のような棒状の武器で貫かれた? リーナはケイヴが未知の攻撃手段を持っていることを察した。
「あんた、武器なんて隠し持ってたの?」
「さぁね」とケイヴが尚もはぐらかすと、後ろで聞いていた配下ディグが「貴様、いい加減にせんか! 舐めとんのかァ!」と怒鳴り声を上げた。
だが、ケイヴは全く怯えるそぶりもなく、「いや、だって敵になるかもしれない相手に手の内を明かすのはバカのすることだって、ママが言ってたから」と肩をすくめた。
「だから、誰がママよ!」
リーナは顔を横に向け、舌打ちする。これはテコでも動かない。諦めるほかなかった。
「……まぁ、いいわ。人間に援軍はないんでしょ? ならとっとと出発するわよ」
あいよ、とケイヴが立ち上がって尻のほこりを払ってから離れていった。リーナはそれを見送ってから、ディグに視線を向ける。
ディグもじっと訴えかけるようにこちらを見つめていた。
「リーナ様。あやつは危険かと」
「分かってるわ」
1年間手出しできないというルールは、生後1年以上経っている魔王にのみ適用する。魔王リーナは該当しない。つまり、ケイヴがリーナを攻撃しても問題はないということだった。もちろん攻撃を受ければ、防衛戦をすることは許されている。
だが、リーナは問答無用で先制攻撃を受ける危険性を常にはらんでいるのだ。彼女が討たれれば配下の魔物は全て消滅する。
例えば今、目の前に転がっている人間が受けたであろう攻撃を自分が受けたらどうなるか。リーナには見当もつかなかった。情報が少なすぎる。しかし、一撃で頭蓋骨を貫いている以上、凄まじい威力があるのは明らかだった。いかにリーナといえども無傷ではいられないかもしれない。
リーナは視線の向こうで猿の配下エイプに絡んでいるケイヴに目を向けた。穏やかに談笑しているように見えるが、エイプが反対に怒っているところを見るとまた何かおちょくっているのだろう。
リーナがケイヴに魔王のイロハを教えなくてはならないのは変わらない。ならば、いっそのこと、こちら側に引き込むか。あるいは表面上は友好関係を結んで1年の期限が過ぎた瞬間に殺害するか。
リーナはケイヴから視線を外し、ディグに顔を向けた。
「ひとまずは友好的に振舞いなさい。ふざけた態度を取ってはいても、あれでれっきとした魔王よ。あまり無礼な態度はよしなさい」
「はっ! 申し訳ございません!」
「行って。しばらくはあなたがアイツの情報を探るのよ。方法は任せるわ。友好関係を崩さないのならどんな手を使ってもいい」
「承知しました」
ディグが頭を下げてから、のしのしとケイヴの方へ歩いて行った。
人を怒らせる達人のケイヴに、短気のディグ。ミスマッチだったかしら、と少し心配になる。
とりあえずダンジョン作成と魔物創造については、帰ったら教え込まないと。でなければ、他の魔王から総スカンを喰らってしまう。他の魔王に攻め込ませる理由を与えたくはなかった。
リーナが掟を破ったとあっては友好魔王国もかばってはくれないだろう。魔王といえども繋がりを無視して生きていける程、甘くはないのだ。
「ま、アイツの『装魂』も欲しいし、しばらくは仲良くしますかね」