7 シグザウエルP320
先頭に魔導士男、2番目にケイヴ、その後ろに鎧男と魔療士女という並びで森を進んでいた。
樹が日を遮り、辺りが薄暗いばかりか、足元は湿り気を帯びた土でぬかるんでいた。沼地に近づいているのかもしれない。
ケイヴは魔導士の男と1メートル程の間隔を開けてついて行く。
ケイヴを挟むフォーメーションなのは理解できた。ケイヴは1年間は魔物に襲われないのだが、人間にはそんな事情は知りようもないため、ケイヴを守るための陣形をとったのだろう。
だが、腑に落ちない点は他にある。普通のパーティならば先頭で敵の攻撃を遮るのはタンク職——このパーティでいえば鎧男——の仕事ではなかろうか。少なくとも目の前の魔導士の男が魔物の攻撃を身体を張って受け止められるとは思えなかった。
魔導士が感知系の魔法を使っているのかとも思ったが、そういった様子も見られない。
ケイヴの異常に発達した聴覚が、遠くで木の上を移動する葉音を拾った。エイプ達だろう。苛立っているのか、エイプ達の動きは少し荒い。
俺が何の合図も出さないから怒ってんのかなぁ。ケイヴはくっく、と笑いをかみ殺した。
「ねぇ、あなた」
後ろから魔療士の女に呼ばれ、ケイヴは振り向いた。
「報酬って何くれるの」
魔療士の女はにやにやして訊ねた。
「いや、お恥ずかしい話、大したものは持ってないんですけどね」
「そんなのあなたのその貧乏臭い恰好見れば分かるわよ」と女が鼻を鳴らす。
ケイヴは、自分の着ているチュニック——リーナの配下にもらった——を見てから「確かに」と頷いた。
「各地を旅してるんでしょ? 何か珍しい薬とか、お宝の情報とかないわけ?」
「いやー、そういうのは」とケイヴは手を振る。「僕が皆さんに渡せるものって言ったらコレくらいですけど」
懐から、先ほど『リターン』で呼び出したブツを取り出して女に見せた。女は受け取って、それをひっくり返したりしながら観察した。
「何よコレ」と女は訝しんで目を細める。
「まぁ一種のお守り的なものですかねぇ」
「こんな重くてかさばるお守りいらないわよ」と女はそれをケイヴに突き返した。
「あんたね、いくらまだ子供だからって、そんな無知、無能を晒し続けてたらいずれ痛い目みるわよ」
「子供……」
ケイヴが静かに傷つく。確かにケイヴの見た目は15、16歳程の少年のように見えた。実際は0歳児なのだから、少し歳上に見られたようなものなのだが、ケイヴはそれでも不満だった。
「全く……無償労働もいいところね。こんな使えない坊やを助けてあげようってんだから、感謝しなさいよ」
魔療士の女はそう言って後ろからケイヴの尻を蹴った。然程痛くはない。ただ押しただけのような蹴りだったが、ケイヴはバランスを崩して、おっとっと、とつんのめる。避けることは容易かったが、今は実力を隠しておきたかった。
不意に先頭の魔導士が止まった。左腕を伸ばして「待て」と小声でいった。視線は森の中、正面に向けられている。魔導士はそこに何かがいる、とでもいうようにじっと森を見つめて息をひそめる。だが、ケイヴの耳には、特に不審な音は聞こえない。
代わりに聞こえたのは、真後ろで金属鎧が擦れる音だった。それから空気が動く気配を感じた。ケイヴは咄嗟に前方に跳んだ。
先ほどまでケイヴの頭があった場所を鎧男の右腕が勢いよく通過した。鎧男は思い切り空を斬った右手に引っ張られるようにして体勢を崩した。体勢を整えてから鎧男が舌打ちする。
「勘のいい野郎だ」
別に驚きはしなかった。何か裏で企んでいたのは分かっていたし、警戒はしていた。だが、剣ではなく徒手であったのは少し意外だった。とすると、目的は俺の無力化か、とケイヴは当たりをつける。
「何すんですかー」と一応抗議するが、どこか棒読み口調になってしまった。
「安心して。少しおねんねしててもらうだけよ」と魔療士の女がにまにまと笑った。
「で、その後は?」
「隷属の首輪を付けて、一生性奴隷だ。どうだ? 嬉しいか?」
がははは、と鎧男が豪快に笑った。
名前やっぱり『穴』にしといた方が良かったかな、とケイヴはぼんやりと考える。鎧男達はケイヴが茫然自失に陥っていると勘違いしたようだった。
「あははははは、だから痛い目みるって言ったじゃない!」と魔療士の女が手を叩いて笑う。
「性奴隷と言っても、綺麗なお姉さんに抱いてもらえると思わないこったな。大抵は金持ちのババアか、でなければ男色のオッサンだ」
「あははは、ちょ、これ以上、笑わせないで! あはははははは、惨い! あははははははは」と女は腹を抱えて涙を流しながら爆笑していた。
「お兄さん達、人攫いだったんですか?」
「副業だ。見栄えの良いガキは高く売れるからな。しかも、遠い地の出身なら攫っても足がつかない」
「ガキ……」とケイヴがまた静かに傷つく。
「ああ。普通、男奴隷は肉体労働用だからお前みたいなヒョロヒョロのガキは価値がないんだがな。ところが、お前は顔が良い。美麗な男奴隷は需要があるんだよ。恨むならその顔に生んだママを恨みな坊や」
俺のママって誰だよ。リーナか? と考えていると、頭の中のリーナが蹴りをとばしてきた。人の脳内でも粗暴性の高い危ない女である。
「ま、なんにせよ、一回気絶してもらうぜ。意識があると隷属の首輪が使えないんでな」
鎧男がそう言うと、それを合図にしてか、後ろから魔導士が魔力を纏った手でケイヴの肩に触れようとした。
ケイヴは潜るように魔導士の腕を躱すと、懐から取り出したソレのスライドを引いて、すかさずトリガーを絞った。
パァン! と乾いた音が森を貫く。何羽か鳥が飛び去り、エイプ達の何体かが音に驚いたのか木から落ちる音が聞こえた。
魔導士は下あごに9ミリ弾が直撃して後ろに倒れた。同時に上方に飛び散った赤い血がボタボタボタと枯れ葉の上に振って来た。
鎧男は目を見開いた状態で、魔療士の女は薄く笑った表情のまま、それぞれ固まった。何が起きたのか分からない、といった様子で「え」と間抜けな声を漏らした。
一瞬遅れてから「マーデ!」と鎧男が叫んだ。死んだ後に魔導士男の名前を知ることになったが、ケイヴの脳みそには刻まれなかった。
「貴様ァ!」
「マーデ! イヤ! うそ、マーデ!」
鎧男が武器を構え、魔療士の女はマーデに駆け寄った。回復魔法でもかけようとしたのだろうか。だが、明らかに絶命している彼を見て途方に暮れてロッドを下ろした。
ケイヴは再びハンドガンのスライドを引いて弾薬を装填してから、自慢するように彼らに銃を見せた。
「俺のお守り。シグザウエルP320だ」とケイヴが口にするが、鎧男たちは「あ?」と殺気を放つのみでよく分かっていないようだった。
「シグザウエル社が設計、製造したアメリカの自動拳銃だよ。最もポピュラーなハンドガン、と言っても過言ではない。軍や法執行機関でも使われる程、信頼性の高い銃だ。従来のモデルではダブルアクション方式だったが、射撃精度を向上させるためにあえてシングルアクションに——」
「うるさい黙れ! 訳の分からないことを!」
「訳の分からないことではない。一般常識だ」
鎧男はふー、ふーと荒い気遣いでケイヴに剣先を向けてじりじりと間合いを調整していた。魔療士の女も涙目で震えるロッドの先をケイヴに向けている。
「よくも……よくもマーデを!」
殺意を向けられているにもかかわらず、ケイヴは全く意に介さず、P320を見せながら嬉しそうに「コイツの凄いところは、ここの、この部分でさ——」とこの世界の人間には理解できない呪文を唱え続けた。
またも鎧男はケイヴの話を遮って怒鳴るように叫んだ。「マーデに何をしたと聞いている!」
「何って……撃ったんだよ。銃殺した。でも、キミらも俺を奴隷化するつもりだったんだろ? なら、文句は言えないわな」
鎧男は怒りを押させているのか目を血走らせながらも、見事に感情を抑え込むことに成功したようだった。彼は歯を噛みしめながら冷静に「分かった」と呟いた。
「ならば、お前を奴隷化するのは止めよう」
だから見逃せ、とそういう意図のある言葉だった。先の一撃で、ケイヴには敵わないと判断したようだった。あるいは未知の攻撃に心が折れてしまったのか。
ケイヴは優しく微笑んだ。
それから、何でもないことのように銃を突き出して躊躇いなくトリガーを引いた。再び派手な破裂音が鳴り、硝煙の匂いが広がった。
腕に覚えはあった。事実、狙ったとおりに鎧男の眉間に命中し、鎧男は膝から崩れてうつ伏せに倒れた。即死だ。
「それはちょっとむしが良すぎるだろ」
動かなくなった鎧男に言葉をかけながら、P320を再びスライドさせる。
「お、あ、お、お願い……! 助、た、助けて!」
魔療士の女は、へなへなとしゃがみ込んで立てなくなっていた。許しを乞いながらもロッドはケイヴに向け続けている。だが、可哀想なほどロッドの先が震えていた。あれでは仮に攻撃魔法が放てたとしても狙いが定まりそうもない。
「助けてだって? 俺はずっとあんたらを助けようとしてたぜ? あんたらが俺の仲間に殺されないようになぁ。だが、それをぶち壊したのは、他の誰でもない。あんたら自身だ。恨むならそんな浅はかな考えしかできないオツムに生んだママを恨みな、お嬢ちゃん」
ケイヴがP320の銃口を『お嬢ちゃん』の額にピッタリとくっつけた。
魔療士の女が座り込んだ場所に水たまりができた。腐葉土が濡れて黒く変色していく。失禁したようだ。
「この銃はさっき一度お前の手に渡ったのに、要らないって突き返しちゃうんだもんなぁ。ほんと、アンタの言う通りだったよ。無知、無能を晒し続けていると痛い目に合う」
小さく首を左右に振り続ける女と目が合った。ケイヴの金色の瞳に女の怯えた顔が映った。もはや生き抜く道はないと悟ったのか、女の瞳は急速に光を失い、絶望が染め上げていった。
ケイヴはトリガーを引いた。
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