6 やり口
「お前、やり口は決めてんだろォナ?」
標的の進路に先回りする為、森の中を疾走するケイヴに頭上から声が降って来た。
目を向けると、先程のエイプと呼ばれた猿の配下を先頭に、何体もの猿の魔物が木の上を移動していた。後続の猿はエイプよりも一回り小さい。
「さぁな。とりあえず接触してみてから決めるわ」
「いい加減なヤツだな。お前がしくじって勝手に死ぬのは構わんがリーナ様に迷惑かけたら殺すぞ」
「分かってるよ。うるさいな」
「ふん……。せいぜいリーナ様の役に立てよ」
そう言ってエイプと後続の猿は進路を若干逸れてケイヴから離れていった。
「そろそろいいか」
ケイヴはよっこらせ、と横たわり人間を待った。ここは奴らの進路上にある。必ずケイヴに気が付くはずだ。
程なくして、「おい!」という男の声が森に響いた。ガシャガシャと金属鎧を鳴らしながら、振動が地を伝う。
「死体だ!」
ちげーし、と心の中で呟く。
「いや、まだ息がありそうだぞ」
ぺしぺしと頬を硬い金属で叩かれる。多分籠手か何かだろう。
ケイヴは薄っすらと目を霞ませながら、思考を巡らせた。
(こういうとき、人間はなんて言う? 『どーも』とかか? いや、違う。『助けて』とか? これもなんか違う。ならば——)
「み、水を、くだ、さい」
パーフェクトだ、とケイヴは自画自賛した。人間に最も必要なもの……それは水だ。まずは貴重な水を要求して奴らの出方を窺う。
人間は顔を見合わせ、頷き合って革の水袋をケイヴに渡した。
ケイヴは水を口に含み、「何この水、臭、まっず」という本音を隠しながら、「ありがとう」と礼を述べた。
やっこさんは事前情報のとおり3人。鎧男と魔導士ルックの男と魔療士ルックの女。軍に属する兵士が3人1組で行動するとは考えづらいが、逆に敢えてそうしていると読むこともできるし、少数精鋭の可能性もある。
「お前、こんなところで何している」と鎧の男が訊ねた。
「僕は、流浪の旅をしているんですが、その……道に迷ってしまいまして……。森を彷徨っていたら魔物に襲われたんです。蜘蛛型の奴でした」
「ああ、そういうことか。この辺りは蜘蛛の魔王のテリトリーだ。奴らの住処に近づき過ぎたんだな」
魔導士が腕組みをして言った。ケイヴの誘導に乗った形だ。ケイヴは密かに、よっしゃと拳を握った。
「あなた達は命の恩人です。本当に助かりました」
「大袈裟よ。水を一口あげただけじゃない」と魔療士の女が苦笑する。
「いや、あなた達と出会えてなかったらそのまま息絶えていたでしょう。……恩人ついでにもう一つ頼みたいのですが……」
魔術師の男が目だけで『とりあえず言ってみろ』と続きを促す。
「僕を保護してくれませんか? 少ないですけど、報酬も支払います」
言ってから『一文なしだけどな』と腹の中で言い添える。
まず反応したのは鎧の男だった。おそらくこの3人の中でリーダー的な立ち位置なのだろう。
「悪いが俺らは目的があってここに来た。あんたに構っている暇はない」
「目的ですか?」
ここぞとばかりにケイヴは質問を重ねるが、「お前に話す必要あるか?」と鎧の男が返す。ガードが固い。
「いえ、余計なことを聞いて申し訳ありませんでした。ですが、僕も命がかかっています。お願いします。たとえば、あなた達の仲間が近くにいたりしませんか? いるなら合流させていただきたいのですが……」
「あいにく俺らは3人パーティだ。仲間はいない」
はい、ありがとうございました〜。ケイヴは心の中で感謝の意を示した。奴らに援軍がいないことは確定した。右手を挙げて作戦終了だ。だが、ケイヴは薄く笑うだけで一向に右手を挙げなかった。
なんとかこの3人が殺さずに逃がせないか、と考えていた。
「お前、どこの出身だ」と不意に鎧の男が質問を投げかけた。
「ずっと東の方です」
「ずっと東、ってぇと、ニーポス連邦の方か?」
どこだ、それ。ケイヴはとりあえずにっこりと頷いた。「正解です」
「お前、まさか終海を渡ってきたのか?!」
なんだ、それ。ケイヴはまたとりあえずにっこりと頷いた。「そのまさかです」
そのとき、3人が顔を見合わせたのをケイヴは見逃さなかった。今、彼らは何かを確認し、お互いに承認した。
「気が変わった。そんな遠路はるばるやってきて、こんな森で人生の幕を閉じるってんじゃあんまりに気の毒だからな。俺らが近くの村まで送ってやるよ」
「いいんですか?」
「ええ。困った時はお互い様よ」
「ありがとうございます!」
ケイヴは深々と頭を下げつつ、思惟を巡らす。
村がどこにあるかは不明だが、少なくともこの近くということはないだろう。ならば村まで同行すれば、リーナ達の退路は開けるはずだ。この3人を十分村に引きつけてから、姿をくらましてリーナに合流しよう。そう算段をつけた。
ケイヴは人間3人と共に、進路を北に変え進んでいった。