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4 前世の記憶

 テントに入るとケイヴは倒れるように藁の寝床に横になった。

 リーナの配下に借りた衣服はあまり上等なものではないが藁から肌を守るには十分だった。

 そのまま眠ってしまいそうになり、むくりと身体を起こす。まだやることがある。

 この世界に生まれ落ちてから、すでに4日が経った。ここまで洞窟内で過ごしていたから、落ち着いて休めるのは人生初といえた。


 あの後、リーナの配下たちを待機させていた海岸沿いの拠点まで戻ってから、直ぐにリーナのダンジョンに向けて出発するのかと思いきや「疲れたから出発は明日で」というボスの一声でダンジョンへの帰還は延期となったのだ。

 ケイヴは拠点内で特に行動を制限されたりはなかったが、リーナの配下の不躾な視線が目障りで、早々に貸与されたテントに籠った。あまり歓迎されていないのはケイヴ自身よく分かっていた。


 さて、と独り呟いて座り直す。実験の時間だ。

 ケイヴはまだ固有能力『リターン』を一度も使っていなかった。

 所有するものを手元に呼び出す能力『リターン』は、何も所有していなければ使うことができない。だから、今のケイヴには使えない。


「——と、そう思ってるだろうなぁ、リーナは」


 片方の口端が吊り上がった。

 リーナの解釈は間違っている。ケイヴには感覚的に分かった。この能力はただ物を呼び出すだけではない。いや、本質的には確かに『所有物を呼び寄せる』で間違いないだろう。ただ『所有物』の範囲はこの世界のみに留まらない。おそらくは——。

 ケイヴは目を閉じて力を行使する。使い方は分かっていた。

 ただ呼び寄せたい()()を思い浮かべるだけだ。


「戻れ。前世の記憶」


 唱えた瞬間、銃で眉間を撃ち抜かれたかのように頭から勢いよく反り返り、藁の寝床に背をついた。

 頭が熱い。目を閉じているのに、ぐわんぐわんと光る輪が瞼の裏側で回った。

 古傷が開き血が吹き出すように、封じられていた記憶が脳内に勢いよく噴出しだした。


 ——就任おめでとうございます、アニキ

 ——ばか、表で声掛けんじゃねぇよ。就任早々、不祥事ネタ上げんな

 ——柳街道で強盗(たたき)が殺されたってよ。これもお前が噛んでんのか

 ——マフィアが悪さして何が悪りぃんだよ

 ——この街は俺の街だ。勝手は許さねぇぞ

 ——間違っても裏切ろうなんて考えんなよ、市長さんよ

 ——オヤジに従ってください! あなたを弾きたくねぇんです!

 ——さよなら、アニキ


 断片的な記憶が絶え間なくフラッシュバックし、次々と関連する記憶が蘇る。仲間との思い出、敵との抗争、舎弟と行ったメシ屋。重大なことから些細なことまで、全ての記憶が頭に流れ込んできた。

 終わらないとさえ思えた記憶の濁流は、とある場面をケイヴに見させ、そして唐突に終わりを迎える。舎弟がケイヴに拳銃(チャカ)を構えている記憶だ。

 パァン、と乾いた破裂音が脳内に響き渡り、ケイヴは反射的に身を起こした。視界が僅かに上下に揺れる。自分の呼吸が乱れていることに気付き胸に手を当てた。手のひらにかえる心臓の脈動は、まるで自分の心臓だと思えない。別の生き物が胸の中に生きているような気さえしてくる。

 胸の手を額に当てると、手のひらがぐっしょりと湿った。


「思い出した……」


 自分がマフィアだったこと。頭の良さをかわれ、市長選に出馬させられたこと。一発当選したこと。組に都合が良いように市政を動かしたこと。あの街が好きだったこと。

 そして、仲間に撃たれて死んだこと。


 実験は成功したが、気分は最悪だった。

 ケイヴの頭の中は前世に戻ることで一杯だった。だが、そんな方法はない。彼は一度死に、そして新たな生を受けた。この命を投げ捨てて死んだ前世の肉体に戻るなど、どう考えても現実的ではない。

 全て分かった上で、ケイヴはそれでも諦めきれなかった。

 街の喧騒が、夜の匂いが、雨上がりのアスファルトが、恋しい。

 俺の街に戻りたい。しかし、それはもう二度と——。

 そのときだった。不意に脳裏にリーナの声が反芻した。



『その間に、あんたも自分のダンジョンを作って自立しなさい』



 あれは確かこの世界に目覚めた日だ。リーナは確かにそう言った。


「自分の……ダンジョン」


 発した自分の声が、黒ずんだ心にじんわりと希望を染み渡らせた。

 これだ、とケイヴは拳を握った。

 ダンジョンというものが、どの程度の規模なのかは分からない。元の俺の街ほどのものは作れないかもしれない。

 だけど、何もしないより余程良い。

 俺は、もう一度俺の街を作る。俺だけの街を作るんだ。

 今度は誰にも邪魔させない。壊させない。

 邪魔する奴は——。


 ケイヴの目には、もはや生まれたての純真な色は消え失せていた。代わりに目的の為に手段を選ばない残忍さがその金色(こんじき)の瞳にうつっていた。

 ケイヴが真に『魔王』となったのはこのときだったのかもしれない。


「おい! 誰か来てくれ! 大変だ!」


 騒がしい声に、ケイヴはテントの出口に顔を向けた。何かアクシデントが起こったらしい。

 ケイヴはもう一度『リターン』を使い、準備を整えてからテントを出た。


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