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2 固有能力

 左右で結われた艶のある黒髪は、リーナの足取りに合わせてふわふわと揺れていた。

 右へ左へ。跳ねるように揺れるそれをケイヴは途中まで目で追っていたが、やがてそれでは満足できなくなり、真剣白刃取りの要領でパシッと捕まえた。


「ひゃんっ」


 リーナが普段からは想像も付かない純情な乙女のような声を上げて肩を跳ねさせた。それから無言で振り返ったかと思えば、殺意の籠った蹴りが飛んできた。

 生まれたての魔王に逃れる術はない。ケイヴはまともに蹴りを受け、岩壁に激突して溜まっていた水場に沈んだ。


「何しやがる」ばしゃっ、と水場からあがりながらケイヴが吠える。

「『何しやがる』はこっちのセリフだから! 何すんのよ、この変態!」

「変態じゃない。揺れる物を捕えたくなるのは狩人の本能だ。嫌ならツインテールをふわふわさせるな」

「ネコか、あんたは!」


 ケイヴは文句を垂れながら、腰に巻いていた毛皮のマントを外して水を絞った。フルチンに逆戻りだ。


「あぁ! ちょっと! それ千年炎虎の毛皮なんだから、大事に扱いなさいよ! 乱暴に使うなら貸さないわよ!」

「誰のせいだ、誰の」

 ふとリーナが何かに気付き「あれ……そう言えば」とケイヴの身体をじっと観察しはじめた。

「おいこら、どっちが変態だ。全裸タイムを堪能するな」

「ちっがうわよ! そうじゃなくて……あんた何の化身の魔王なのかなと思って、さ」

「化身?」

「ええ。例えばあたしは、ほら」と言いながらリーナは頭から生える2本のねじれた角に触れた。「この通り、羊の化身。羊の魔王なんだけどさ」

「それ羊の角だったのか。なんででけぇヤドカリ頭にくっつけてんだろうってずっと疑問だったんだ」

「殴るわよ?」

 たった今蹴りを食らった身としては殴る宣言が冗談とは思えなかった。ケイヴは1歩、リーナから距離をとった。

「普通、魔王は何らかの生物の化身なの。東の方には龍の魔王なんてのもいるわ」

「でも、俺は角とかないぞ」とケイヴが自らの頭に触れる。少し癖のある黒髪に指を通して真っ直ぐにピンと張るが手を離すと元のうねった髪質に戻った。

「そのようね。身体にも特に特徴は見られないし……不思議ね」リーナはあごに手を当てて、まじまじとケイヴの身体を凝視していた。

 フルチンを観察されるのは流石に抵抗があった。ケイヴはまだ濡れている毛皮のマントを改めて腰に巻いた。

「なら、俺は人間の化身なんじゃないか」

「はぁ? 何よ、人間の化身って?」

「人間だって生物だ。なら、人間の魔王がいたっておかしくはないだろ」

「おかしいでしょ。魔王はもともと半分は人型なのに、もう半分も人間にしちゃったらそれはもうただの人間じゃない。そんな魔王あり得るの?」

「さぁな。まぁ、そんなことはどうでもいい。ほら、さっさと行くぞ」

 先に歩き出すケイヴを、釈然としない顔でリーナが後を追った。

 2人はごつごつとした岩の上を、黙々と歩いた。

 時折、人一人通るのがやっとという幅の岩の隙間を抜けたり、濡れた岩を掴みながら岩壁を登ったり、溜まった湧水に潜り水中を移動したり、と道はなかなかに険しかった。

 ケイヴがそれらの道を難なく越えられたのは、やはり魔王としての身体能力の高さがあったからだ。


「ところで」とケイヴが口を開いたのは、地下大空洞の中層を抜け、ゆるい降り道を歩いているときだった。

「モンスターや魔物の類が一度も出ないが、ここは安全地帯なのか」

 リーナが「何言ってんの」と言いたげな顔でケイヴを一瞥した。

「出る訳ないでしょ。魔物ってのは魔王の手下のことなんだから。生後1年未満の魔王とその世話係を殺害することは魔王の掟に反するのよ。あたしらを襲う魔物は少なくとも1年間はいないわ」

「なら、1年間は安心して暮らせる訳か」

「必ずしもそうとも言えないけどね。人間に魔王の掟は関係ないから。魔王の死因第一位は人間による殺害よ」

 生まれて間もない腰巻き一丁の今、大勢の人間に囲まれて一斉に槍を突かれたら、と考えるとぞっとした。

「なんでそんな酷いことするんだ」とケイヴが憤慨すると「とても魔王のセリフとは思えないわね」と呆れた声が返ってきた。

「人間にとってみたら魔王は息をするように魔物を生み出す害悪そのものだから。出会い頭に斬りかかってくるわよ。気をつけなさい」

「気をつけなさい、と言われても——」ケイヴは両腕を広げてみせる。「丸腰の状態でどう気をつけるんだよ」

 暗に武器をくれ、と伝えたつもりだったが、返ってきた言葉は予想外のものだった。

「あんたも固有能力もってるでしょ。それで凌ぎなさいよ」

 ケイヴは自分の両手、胸、脚と視線を巡らす。それから腰巻きを引っ張って中を確認する。ぶらんぶらんするいつものヤツはある。だが、どこを探しても『コユーノーリョク』などという物はなかった。

「おい、ないぞ。コユーノーリョク」

「どこ探してんのよ! 股間にある訳ないでしょ! 魔王特有の力のことを言ってんのよ!」

「ああ。特技のことか」

「特技って言われると急にショボくなるからやめてくれる?!」

「人を怒らすのは割りかし得意だ」

「でしょうね! てか、それ特技じゃないし!」

 他にできることなどないぞ、と堂々と言い放つケイヴにリーナはため息をついてから、指を1本立てた。

「いい? 普通、魔王なら生まれたときから既に頭に刻まれているはずなの。誰に聞かずとも、その使い方は生まれつき皆理解している。あなたも魔王ならば、知っているはずよ。自分の能力を。よく思い出して」

「思い出してと言われても——」とケイヴが頭の中を探ろうとして直ぐだった。

 思考の中に、ぼんやりと何かが浮かび上がった。


「リターン」


 と、ケイヴが口にした。

 口にした途端、様々な思考が脳内に浮かび上がる。それは記憶なのか、ただの情報の塊なのか、あるいはその両方か。できること、できないこと、試してみたいこと。

 湧き上がる期待に自然と頬が吊り上がる。


「それがあなたの固有能力名ね」


 リーナの声で、ケイヴはハッと我に返った。


「あ、ああ。どうやら自分の所有するあらゆるものを手元に呼び戻せるらしい」

 リーナは無言で小さく頷いて、目だけでケイヴに続きを促した。

 だが、ケイヴとしてはそれ以上の説明はなかった。話はおしまい。

 一向に続きを話さないケイヴに、業をにやして「それで?」とリーナが口にする。

「それで、って……それだけだが」

「え……それだけ? 自分の物を呼び出すだけ?」

「ああ。そう言ったろ」

 しばらく口を半開きにして止まっていたリーナはやがて「しょぼ!」と一言発してから、身を翻して進行を再開した。どうやらケイヴの固有能力に対する興味が失せたようだ。

 歩きながら目も合わせずリーナが声をかけてくる。

「あんたも災難ね。そんなハズレ能力で」

「ハズレ……まぁ、その反応が普通か」

 自分の物を呼び出す能力なのだが、それならば初めから手元に置いておけば済む話であるのは確かだ。さらに言えば自分の物でなければ呼び出せない。今のケイヴは自分のものは何も持っていないので、実質無能力と変わらなかった。

 だが、ケイヴはこの『リターン』に可能性を感じていた。

 今ここでは試せないが、状況が落ち着いたら実験だ。絶望するのはその後でも遅くはない。

「で、リーナの固有能力はどんななんだ?」

 リーナは振り向いてにっこりと満面の笑みを咲かせた。

「教えるわけないでしょ」

「はぁ? 俺のは教えたんだぞ!」

「あんたが勝手に話したんでしょ! いずれ敵になるかも分からないのに、ペラペラ喋る方がバカってものよ」

 リーナは小馬鹿にするように肩をすくめてから、再び歩き出す。

「お前! 何も知らない赤ん坊相手に卑怯だぞ!」

「卑怯で結構です〜、あはははは」

 高笑いしながら歩く華奢な背中を、睨みつける。

 このアマ、ぶん殴ってやろうか。だが、ケイヴが今頼れるのは目の前を歩くあのムカつく羊女だけだ。事を荒立てるのは得策とは言えない。

 ケイヴは舌打ちをして、リーナの後を乱暴な足取りで追った。

 魔王の世界も世知辛い。





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