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1 目覚め

 目覚めたね、と女の声が聞こえた。

 まだ名前のないその男は、光を求めて瞼を開けたが依然として視界は黒かった。少しすると天井が黒い岩なのだと気が付いた。

 男は手をついてむくりと半身を起こした。ついた手に固くて冷たい感触が返る。どうやら石の台座に横たわっていたようだ。台座はほのかに発光していた。

 額に手を当てて男は過去を探った。自分が誰で、ここがどこで、なぜ全裸で横たわっているのか。

 だが、ここにいる経緯どころか、自分の名前すら一向に思い出せなかった。

「…………(いっ)!」

 無理やりに思い出そうとしたためか、激しい頭痛に見舞われ、男は顔を歪めた。

「思い出せないでしょ」

 と、また女の声があがった。そこでようやく男は女に目を向けた。

「あたしはリーナ」

 よろしく、とリーナが手を差し出す。男はそれが握手という慣習だということを何故か知っていた。加えて、彼女が話す言葉も不思議と理解できた。

 男は握手には応じず、その黄金色の瞳を細め、リーナを睨みつけた。

「お前、何者だ」

 リーナは思わずといった様子で噴き出した。

「あんた、自分のことすら碌に分かっていないのに、まずあたしのことを訊くわけ?」

「俺のことを知っているんだろお前? 俺でも知らない俺のことを。そんな怪しい人物のことを知っておきたいと思うのは、そんなにおかしいか?」

 リーナは瞳を端に寄せて「至極当然ね」と肩をすくめた。

 それから、「魔王よ」とだけ彼女は言った。言ってから男を観察するように反応を待っているようだった。

「お前がか?」

「あたしと……あんたもね」

 男は言下に、鼻で嗤う。

「俺が魔王だと? 笑わせる。裸の王様ってわけだ」

 男は両手を広げて、自分の一物に目を向けた。どうやら俺の性別は男らしい、と再確認できた。

「裸の王様? まぁ、見ての通り魔王たるあんたが立派なものをぶら下げた状態なのは確かだけど……そういう意味で言っているわけじゃなさそうね。前世の記憶かな。生まれたてだと時々、記憶が混合することがあるの」

 聞き捨てならない言葉に男は再び鋭い視線をリーナに向けた。


「おい。お前、今『生まれたて』と言ったか?」


 リーナが大きく頷いた。「あんたはたった今、世界の意思により産み落とされた168番目の魔王よ。魔王が死ぬと世界のどこかの台座に再び魔王が生み出されることになっているの」

「なっているってなんだ。誰が産み出す」

「さぁね。古い魔王は『世界の意志』って言うからあたしも真似てそう言ってるけど……ぶっちゃけどうでもいいでしょ、そんなこと。あんた、『何で物を投げたら落ちて来るんですかぁ』とかそういう事までいちいち気にして生きていくわけ? めんどくさ」

「物を投げて落ちて来るのは重力があるからだろ」

「重力? はぁ? なにそれ。まだ記憶が混線してんの?」


 リーナは重力を知らないらしい。おそらく俺の前世固有の知識なのだろう、と男は解釈した

 男は「もういい」とでも言うように手を払って、重力の話を端によけた。


「お前の話を整理すると、とある魔王が死に、そして俺が生まれた。俺は生まれたての魔王で、偶然にもここを通りがかったお前も魔王だった。そういうことか?」

 リーナは「違う違う」と笑いながら首を左右に振った。

「こんな洞窟にたまたま通りがかる訳ないでしょ。あたしがここにいるのも、魔王なのも、別に偶然ってわけじゃないから。あたしはあんたのお世話当番だからわざわざ来てあげたのよ。こんな陰気臭い地下大空洞の最奥まで。分かる?」

 お世話当番。俺は学校のウサギか、と言おうとして思いとどまった。また記憶の混線とか言われるのがおちだ。

「魔王が生まれると、お世話当番が出向くのか?」

「そうよ。魔王同士の取り決めでそう決まってんのよ」

「掃除当番とかもあるのか」

「はぁ? ある訳ないでしょ。何言ってんのあんた」


 良かった。どうやら面倒な当番はウサギ当番だけらしい。

 さて、とリーナが男に背を向けて歩き出す。その先に目を向けると出入口らしき石扉が見えた。扉の中央に宝石のような玉が埋め込まれている。

「さて、そろそろ行くよ」

「行くって……どこに?」

「あたしのダンジョンよ。1年間は面倒を見てあげる。その間に、あんたも自分のダンジョンを作って自立しなさい」

 男は台座から降りるとおぼつかない足取りでリーナの背中を追った。1歩、2歩、と歩みを進めるうちに強張った筋肉がほぐれ、思い通りに身体を動かせるようになった。

 リーナが石扉の宝玉に手を当てると淡く光り、扉は上枠に吸い込まれるように持ち上がって開いた。

 再び歩き出そうとリーナが1歩踏み出して、止まった。そして振り返る。


「てか、あんた、まず名前決めなさいよ」

「名前?」男は眉を顰める。「ウサギのか?」

「あんたのよ! 呼ぶとき困るでしょ」


 先ほどからあんたあんた言っているのだから困らないのでは、と若干思ったが、言われた通り、男は少し考えてみた。


「……だめだ。全く思い浮かばん。お前、名付けろ」

「そんなに偉そうに命名を頼まれたの初めてよ」

 リーナは呆れながらも口を一文字に結んで真剣に考えだした。

「あ、思いついた! 穴! あんたの名前は今日から『穴』よ!」

「竿なのに?」と男が再び自分の一物に目を向けた。歩いているため、縦横無尽にぶらんぶらんしていた。

「その穴じゃないから!『洞窟』の『穴』だから! てか、あんた、そのぶらんぶらんしてる物しまいなさいよ! レディの前よ!」

「仕方ないだろ。こちとら生まれたばかりなんだ。服なんて持ってない」

 もう! と憤慨しているリーナの背中に男が言った。

「よし決めた。『ケイヴ』にしよう。洞穴のことを『ケイヴ』というから、そこからとった。俺の名はケイヴだ」

 リーナは少しだけ振り向き、流し目をケイヴに向ける。「いいんじゃない。あたしの案を採用したようなものだし」

 いやいや、とケイヴは手のひらを左右に振った。「リーナはセンスがなさすぎる。穴て」

「何よ! シンプルでいいじゃない!」

「性奴隷みたいだ」

「だからその『穴』じゃないって言ってんでしょ!」


 騒がしい2人はリーナの元来た道を辿った。

 台座の間の石扉がガン、と音を立てて閉まる。石扉の向こうの2人の話し声は少しずつ小さくなっていった。

 世界に革新をもたらす魔王ケイヴの物語は、この仄暗い洞窟から始まった。

 2人の声が完全に聞こえなくなった頃、薄く光っていた台座は力尽きるように、闇に呑み込まれていった。








新連載です。

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