灯花はわたしの飴を舐めたいへんたい4
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「ねえ、加奈」
灯花はわたしを見つめたまま言った。
「そのあめ、あたしもなめたい」
「やっぱり欲しいんじゃん」
わたしは口にあめをくわえたまま、動揺を悟られないようになんでもない風を装い、ふたたび棒キャンディの袋に右手を入れ、
「オレンジでいいよね?」
と確認する。
すると灯花は、
「ソーダがいい」
とのこと。
普段アイスにしてもグミにしてもオレンジ味を選ぶ灯花にしてはめずらしいな、と思いつつ、わたしは言われた通り、ソーダ味のあめを取り出す。
「はい。どーぞ」
けれど、灯花は受け取らない。
「え? いらないの?」
「ちがう」
「ちがわないよ。これソーダ味だよ」
「そうじゃない」
灯花はそう言って、わたしの口元を指で示す。
「その加奈がなめてるあめをなめたい」
「なっ」
わたしは危うく口にくわえていたあめを落としかける。
「なに言ってんのっ?」
けれど、灯花はわたしの動揺をまったく意に介さず、
「加奈のあめ、なめたい」
と再度要求してくる。
「だ、だめ」
わたしはもちろん拒絶する。
「なんで?」
「なんでって……」
思いつく理由があまりに多すぎて、でもそれが全部ほんとうの気持ちじゃない気がして、わたしは言いよどむ。
「わたし、今なめてる最中だし……」
「じゃあ加奈は新しいのなめて。あたしは加奈がなめてるのなめるから」
「も、もう半分ぐらいなめちゃってるよ」
「それでもいいよ」
「ふ、普通、人がなめてるあめはなめないでしょ」
「普通ってなに?」
「いや、わかんないけど……」
哲学的な問いにわたしは戸惑う。
その隙に、灯花は椅子から立ち上がり、わたしの方にせまってくる。
「な、なんで寄ってくるの……」
わたしは危険を感じて立ち上がろうとするけど、慌ててしまって上手く立てない。がたっと椅子が鳴って、背もたれに体重をあずけるような姿勢になる。
そんなわたしを灯花は左手で押さえつける。不安定な姿勢だから、上から肩をそっと押されただけで、わたしは椅子から立てなくなる。
「ちょ、ちょっと」
「そのあめ、ちょうだい」
灯花は動けなくなってるわたしのほっぺに右手でやさしくふれる。どうしてか全身から力が抜けて、わたしは抵抗できなくなる。
「と、とうか……」
「もらうね」
「んっ……んむっ」
口にくわえていた棒キャンディを、そっと、灯花に引っ張られる。楕円の形をしたあめは、だえきで濡れた唇の間を抵抗なく滑っていき、ちゅぷ、と湿った音を立てて引き抜かれる。直後、不意になくなった甘い味を求めるように、自分の口の中にだえきがあふれるのがわかるけど、わたしは灯花の右手に持たれた棒キャンディを目で追うことしかできない。
「見て、加奈」
灯花がさっきまでわたしの口の中にあったそれを見せびらかす。
「加奈のよだれでべとべとになってる」
灯火の言うように、わたしのだえきでべとべとになった半透明の青いあめは、蛍光灯の光をぬらぬらと反射させている。
「きれい」
灯花はそう言いながら、少しだけ小さくなったあめを見つめる。
かと思いきや、
「じゃ、なめるね」
灯花は当たり前のように口をんあっと開けるので、
「ちょ、ちょっと!」
わたしは慌てて制止する。
「ば、ばっちいよ……」
「加奈のだえきはばっちくないよ」
「じ、実は、わ、わたし今日病気してる」
「うそ?」
「ほ、ほんと」
「なんの病気?」
「……け、ケンネルコフ」
「それ犬の病気じゃない?」
灯花に指摘され、何を言えばいいのかわからなくなる。
「ほ、ほんとはエボラ出血熱とインフルエンザとペストを併発してる」
「死んじゃうじゃん」
「そ、そうだよ。だ、だから灯花もうつったら死んじゃうよ」
もちろん、こんな嘘は灯花には通用しない。
「いいよ、死んでも」
灯花はなんでもないようにうなずく。
「加奈といっしょの病気なら死んでもいい」
「だ、め」
「加奈の病気、うつして」
「……と、とうか」
なめちゃだめ、と言おうとした次の瞬間。
「あむっ」
灯花はあめを自分の口に入れた。
「わわっ……」
目の前の光景がなんだかとても恥ずかしくて、思わず声が出る。
その間も、灯花は、
「あむあむ」
と口の中のあめを味わっている。灯花があめをなめる様子なんて何回も見たことがあるはずなのに、状況的になんだか見ちゃいけないものに思えて、身体の温度がぽっと上がる。それなのに、わたしは灯花から目を離せない。顔が赤くなっていくのを自覚しながら、灯花の小さな口がもごもご動くのを、じっと見つめてしまう。
そうしていると、灯花は、ちゅぱ、とあめを口から出して、
「加奈の味がする」
とひとこと。
「なっ」
顔から火が出そうになる。
「ななな、なに言ってるのっ?」
「いや。このあめ、灯花のよだれがついてるから、ちょっとあったかいなって。それに甘いサイダーの味の中にほんのり別の甘さがあって、これが加奈の味なんだなって」
「く、詳しく言わなくていいから!」
わたしはとっさに耳をふさぐ。わたしはこんなに恥ずかしいのに、目の前の灯花はいたって平然としているから、混乱する。
「加奈の味、おいしいよ」
「う、うるさいっ」
「ほめてるのに……」
「うれしくないのっ」
「でもぜいたくを言うと、ちょっとサイダーの味が強すぎるかも」
「ど、どういうこと?」
「あたし、加奈味のあめがなめたい」
「そ、そんなのあるかっ」
わたしが取り乱しても灯花はいつもそれを気にしない。




