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目には目を、というがこれはさすがにやりすぎたかも

作者: 蒼衣

 






 私にもとうとう時代の波がやってきたらしい。


 ある日気づけば私は、「君は僕の光」という乙女ゲームの中に転生したようだ。

 転んで頭を打ってだとか、攻略キャラの顔を見てだとか、入学した学園の正門を見てだとかではなく、何となくいつの間にかそう言えば私って今の自分とは違う記憶があるかもー?

 なんて考えてる内にそう言えばこの人と何処かで会ったかしら?

 この会話した事あったかしら?

 みたいな事が何度があり、ああ、これってもしかして?と理解していったようだ。

 だから熱を出して寝込んだとかも無かった。流石ハマってたゲームなだけあって自分の事よりゲーム内容で転生を確信するとは思ってもいなかった。




 ゲームの内容はシンプルに魔法の世界の学園物。健気な平民出のヒロインが持ち前の素直さでイケメン達を陥落していくゲームだ。ヤマもなくオチもなく、そんなゲームだが、ただ一つだけ後世まで語り続けられることがあるとすれば、絵師様の神がかった作画だ。スチル1枚、背景の細部に至るまで、何時間かかりました?と言いたい位の時間の掛けようがファンの心を掴んで離さない作品だった。クラスメートは各自、特徴があって只のモブであってそうではない程の作り込みよう。更にファンブックにはモブ1人1人にも重厚な過去があり、この場面ではこの子のトラウマが表れたのだ、みたいな説明もあって物語に本来なら要らない奥深さもあって何度でも楽しみたい作品であった。ファンブックの厚みと言ったら、昔のタ○ンページか、ゼク○ィのようなページ数で更に5巻の大容量。いやはやあの厚みはゼル○の攻略本を思い出したくらいだ。



 しかも今の私は悪役令嬢の、公爵家のやんごとなきご令嬢、マーガレット·グレイ 現在18歳になってしまった。

 私の母はこの国の先王の娘、つまり今の国王陛下の妹姫に当たる。その、姫君と呼ばれていた我が母が一目惚れしたのが、隣国の第五王子だった父だ。


 隣国は大国ですでに立派な王太子がいらしたし、王子とはいえ5番目、しかもこれと言って目立つ特技もないことから若かりし父は、臣下に下り外交官として我が国に滞在していたらしい。そこで母に見初められたはいいが、母を溺愛していた先王と今陛下は母を外国へ嫁入りさせることを猛反対して見せた。


 が、結婚させなければ駆け落ちするとまで言い張った母に二人が折れたのは必然である。但し、父は隣国へは帰らず、この国で爵位を授かりここで貴族として暮らす事を約束させられたとの事だ。そして今やこの国の宰相となりその辣腕をふるっている。




 この話はわが国では有名な恋物語で舞台化もしており、なかなかの評判のようだ。


 つうか何それ。


 乙女ゲームの親世代にそんな物語作っていいのか?しかも悪役令嬢ポジの親にしては内容濃すぎじゃない?これ、ヒロインの親が話してて憧れますぅ、みたいな流れの奴じゃん。私もいつかママみたいな素敵な恋をするんだ、ウフ♡。てやつだよ。



 私の近くでやられても砂糖吐きたくなるだけだから。至近距離で親のいちゃラブとか勘弁なんだけど。



 無論、私はヒロインのような恋に恋する純情娘ではなかったので、普通にいるバカップルとして冷静な目で見ることが出来たけど。



 しかも、何がこれと言って特技は無かった、だよ。

 特技もない男が宰相として君臨できるなんて、本当だとしたらこの国マジで無能の集団だろ。宰相なんて腹黒でもなきゃやってられないでしょ。

 そっか、私の父は腹黒決定か。あの性悪くそ狸が!

 人の良さそうな顔して私を王家に売りやがった。



 娘をいいところに嫁に出したい気持ちはわかる。この国でいいとこって言ったら王家一択なのも。なんせ当時の他の有力貴族は我が家しか碌なのがいないから。それに王家からの婚約の打診を断れない事も。その時点で私に婚約者がいなかった事もある。私が14歳になったばかりの時だ。普通の貴族の家ならば16くらいで婚約が調うのだが、王家に嫁ぐとなれば王妃教育などで私の歳でも遅いくらいだ。

 ただ、なぜ()()第二王子なのだ。



 彼は見目はすこぶる良いと子供のころから評判の美少年だった。勉学も早々修め、人心を握るのにも長けている。国王としての才能は持っているといえるだろう。少しでも良いところに娘を嫁がせたい親心なのかもしれない。私と同い年なのも良かったようだ。


 だが、奴はだめだ。


 アイツはヒロインに骨抜きにされる予定の、俺様馬鹿王子に成り果てる星のもとに生まれてしまった、ヒーロー王子様なのだ。

 ゲームの時は王子様然としていて堂々とした態度に胸熱だったけれど、いざ婚約破棄される側から見てみれば、お前はどんだけ偉そうなんだよ!俺様キャラ現実激イタイ案件だった。



 私の母が陛下の妹という事は、私と第二王子は従兄妹同士である。母は先代正妃の娘で、陛下は側妃の息子であったため、多少は血が薄いかもしれないが。母は正妃の娘という事もあり、今代陛下は腹違いの妹である私の母の事を溺愛しているのは有名な話だ。ちなみに第二王子の母である今の正妃様は私の母の親友でもある。



 第一王子は第二王子の2歳上だけれど、母親の側妃の生家が弱いために次期国王としての資質はあるが、彼を持ち上げる貴族は少ない。その上、宰相である私の父が第二王子の婚約者に娘を差し出したのだから、第二王子有利と見て取る貴族のなんと多いことよ。

 実際第二王子が現在継承権第一位と目されている。 


 これが世にいう強制力という奴だろうか。最早悪役令嬢は時代遅れ、今やモブ無双が世間を席巻している昨今だというのになぜ今私は悪役令嬢なのだ。解せぬ。



 私の役どころはというと、あらゆるルートでしゃしゃってくる悪役となる。国内でも有数の権力者の娘なわけだし、ぽっと出の平民の女がいきなり自分に近い場所に現れたりしたらそりゃ面白くないだろう。




「おいっ、さっきから俺の話をてんで聞いていないようだが、不敬罪に問われたいのか?」



 今の自分の置かれた状況を客観的に考えていたら、話題の第二王子が自らの腕にヒロインをぶら下げてこちらを睨みつけていた。

 アラアラ、お嬢さん。こちらを睨みつける視線がヒロインじゃ無くなっちゃってるけどいいのかしら。もう少し仮面を上手く被ることをお勧めしますわ。

 まあ、そんなヒロインに気づく取り巻きは一人もいないようだけど。

 今はランチも済んだ食堂エリアのど真ん中で、食後のコーヒーを優雅に友人たちと楽しんでいた時、王子の口からテンプレの如く、「貴様との婚約を今この場で破棄する!」というセリフを聞いたところだ。


 焦らず、上品に見えるよう口元を扇で隠しコホンと小さく咳払い。

「あら、申し訳御座いません。ですが、そのことはすでに決定事項のようですので私からは何も言うことはないように思いますがまだ何かありますの?」



 わざわざこんな、ギャラリーの多い中話し始めるだなんて一体どなたの入れ知恵かしら。折角の婚約破棄なのだから、皆に聞いてもらいたかったのね。派手に婚約破棄されたら次の婚約だって難しいってのに。こちらに一切の非は無くたって噂は社交界中を飛んでいくのだから。

 困ったわねー。私としてはここまで話を大きくするつもりはなかったのよ?

 扇で隠した口元に上品とは言えないニヤけてしまう笑みを浮かべた。



 周りから聞こえる、ざわりと聞こえる騒めきは私が王子様から婚約破棄を受けてるからよね。まさに場面はクライマックス、登場人物が勢ぞろいで、そうね、2時間ドラマなら崖の上で犯人が自白しているところかしら。私いつも思うのだけど、犯人ツメ甘すぎじゃない?場当たり的に殺人を犯してもいつかバレるに決まってるじゃない。それにちょっと矛盾を突かれただけで自分からホイホイ自白してしまうとか理解不能なのよね。私なら足がつかないように人ひとり位闇に葬って差し上げるのに。あら、また話が飛んでしまったわ。



「もうお前がやった事はわかってるんだ。ヴィクトリアに謝れよ!」



 王子の後方で今にも掴みかかろうとしているのは、銀の髪で赤い瞳のイケメン。

 正義感たっぷりで戦隊ヒーローなら絶対赤の似合う彼は、去年位までならキャーッと黄色い悲鳴があがっていたであろうモテキャラ。マイク・キャンベル伯爵令息だ。彼の御父上は騎士団で小隊長をされている。



 彼のルートでは、学園にいきなり魔獣が出現して生徒が危機に陥る中、二人で力を合わせて魔獣を成敗するという、やっぱり戦隊もののような展開となっていく。合間には城下に出て手繋ぎデートや訓練応援デートなど運動部の彼氏と恋愛モード、のようなのが延々続く「これって魔法の世界の意味ある?」的な微妙ルートなのである。私は一回プレイしただけでマイクルートはお腹いっぱいになってしまった。



 このルートでは私が魔獣を呼び出す事になっているのだが、小娘一人にどうやって魔獣を呼び出す術があるというのか、最後まで疑問が残る謎展開となっていた。そもそも私がどうしてマイクとヒロインに嫉妬して魔獣を呼び出すのかも最後まで明かされてもいない。


 そんなこんなで魔獣をやっつけた二人は結婚、将来はマイクが騎士団長に大躍進し、大団円。めでたしめでたし。で終わるのだ。魔獣を呼び出した私は成功した直後に魔獣の手にかかり死亡しているそうだ。

 なんだそれ。魔獣に殺されるなら呼び出した意味よ。何がしたかったゲームの私。

 現実の私は勿論、魔獣なんて呼び出さないし、ヒロインがマイクを陥落しようがなんとも思いませんので、どうぞ勝手にやってくださいませ。という感じで観察していたのだが、マイクルートには入らなかったようだ。



「ただの伯爵令息のキャンベル様が宰相の娘である私に何という口の利き方なのかしら。お父様に教えて差し上げたほうがよろしいかもしれなくてね」



 ちなみに、私の父の指示系統には彼の父上の騎士団もきっちり入っている。更に現騎士団長は私の幼い頃からの知り合いで、随分と可愛がってくださるおじ様の一人だったりする。私を甘やかす事になんの躊躇もしない身内同然のお人だ。私にはそんなマーガレットLOVEなイケオジが一定数いるのだ。私の魅力がわかるのはおじ様しかいないのだろうか。

 いかん、それに気づいたら目から水が出てきてしまうわ。


 彼の父親がうちのお父様に頭が上がらないのは彼も勿論知っているはずなのだが、父親の上司の娘に向かって敵になるとは、馬鹿としか言いようがない。それだけヒロインの魅力がすさまじいという事なのだろうか。



「あ、あの···。ここは学園で親の権力は関係ないと聞いてます。マイクのお父様が貴女のお父様の部下だろうと関係ないのでは?」


 ヒロインが大きなお目々をウルッとさせつつ私に尋ねる。器用だなオイ。



 イヤイヤ、関係ないはずないでしょう。仮に私が父から冷遇されているとかなら話は別かもしれないけど、生憎私と家族の関係は良好なのだから普通の感覚で言っても娘が馬鹿にされたら怒るのは当然ではないかしら。更に言えば貴族ってのは体面も気にするから、下の者に虚仮にされたらどんな報復だって辞さないのよ?

 ここでの親の権力は関係ないっていうのは、親の権力に物を言わせて好き放題する事は認められないという事なんだけど?まさかそんな事も知らないわけじゃないわよね?



 王子の横に隠れながらも割とはっきりした口調で話す令嬢。彼女の名前はヴィクトリア・ハーシー18歳。ハーシー男爵家に引き取られた元平民だ。平民でありながら魔法の才が発現、偶然その場にいたハーシー家の長男に連れられ家に引き取られたと学園で噂になっていた。

 髪は安定のピンクブロンド。私には夜の蝶のお姉様やお兄様方が大喜びでタワーを作るあの高級なお酒にしか見えない色だけども。顔つきもきれいというよりは可愛い系。会いに行けるアイドルの研修生のレベルだ。まあそのレベルになることだって難しいことなのだが。



 まあ、彼女の魅力は一言で表せば庶民的な親しみやすさか。貴族令嬢では有り得ない距離の近さ、気軽さ、愛想の良さ。等々、貴族として淑女であるべきと教えられた私達には、到底真似出来ない親密さをいとも簡単にやって見せたのだ。令嬢としては完璧に落第だけれども。



 勿論、ヴィクトリア・ハーシーはヒロインなのだが、学園に入学して早々に次々と有力子息を手玉に取り、一大逆ハーレムを形成していた。そのやり口は敵ながら天晴。ただ、あまりに早い手腕のために好感度に必要ないじめられっ子になるのを疎かにしていたようだ。



 実際見ると(男がなぜ気づかないのか不思議だが)かなり勝気な性格のようでいじめられるのが嫌で仕方ないというような印象を受けた。彼女は守られるだけの柔なお嬢様ではないらしい。

 原作では天真爛漫を絵に描いた様な素直さで周りの人達を魅了し、ルートに入れば一途に彼を支え自らもまた、聖女として覚醒すると困難を乗り越えていく。という性格だったはずなのだが、もしやもしやのアレなヤツなのかもしれない。

 恐らく、ヒロインも転生者というわけだ。しかも逆ハー狙いのお花畑思想の電波野郎。アッ失礼、電波女子。



 物語も終盤になってようやく私にいじめられてたの。健気に我慢してたの。的なアピールを始めて今日の断罪シーンに行き着いたらしい。内容としては大分雑。

 やれ私に脅された。

 やれ私に教科書を破られた。

 やれ私にドレスにワインを被された。

 等々、一つも身に覚えのない罪を擦り付けられている真っ最中だ。

 最早これらはテンプレ化しているのだが、ヒーロー達にはさぞかしいじめに立ち向かう健気ヒロインに見えるのだろう。



「君のその高飛車な態度は目に余る。国王の傍らに立つには余りにも情がなさすぎるというものだ。王妃の資質に合う者が王妃になるべきだと俺は考える。そして王妃の資質を持ち合わせているのはここにいるヴィクトリアを置いてほかにいない!」



 ビシリ!


 決まった!といった感じで締めに入ろうとする王子にダメもとで反論を試みる。



「私はただ身分の下の者が上の者に気安く声を掛けてはならない。婚約者のいる異性に余り馴れ馴れしくしてはいけない。などという常識しか申してはおりませんわ。そのことが間違っているというのならば謝罪致しますが、それのどこがおかしいというのでしょうか」


「身分が下というが君よりも身分が下というならここにいるほぼすべての者が君に跪かなければならなくなる。君はそれを皆に強要するつもりなのか」


「私がそれを命令したことがあって?これでも私、女生徒の皆さんに誰かさんよりは好かれていてよ?」



 私がそう漏らせば私たちを囲む生徒の中からクスクスと失笑が聞こえる。

「誰かさん」が自分の事だと分かったのだろう、ヴィクトリア嬢はカッと可愛らしいご尊顔をリンゴのように真っ赤に染め上げて、掴んでいた王子の腕をギュウと抱きしめる。女から見たらあざとすぎる仕草だが、思春期真っただ中の彼らには刺激が強いご様子。



「ヴィー、大丈夫だ。君がおびえることはない」

 と王子も若干赤い顔して慰めている。残念だが王子よ、彼女が赤い顔をしているのは怯えからではない、怒りだよ。

 屈辱に耐え、怒りで顔を赤く染める彼女を悲しんでいると勘違いして慰める取り巻き達には同情すら禁じ得ない。


「ヴィクトリア、君の泣き顔もそそるものがあるけど、僕は笑顔の君が好きだよ」

「お前の憂いを全て消し去るのが俺の役目なんだ」

「ヴィーちゃんの敵はこの僕が全部消しちゃうよ。例えそれが義姉だとしてもね」

「ハーシー嬢は私と一緒になるのが一番幸せになると思いますよ」


「皆、ありがとう!」



 なにこの茶番。いつまで私はこれに付き合わなくちゃならないのかしら。私これでも色々忙しい身の上なんだけど。

 今のセリフは上から、女好きの軽い男で商人の息子のジョシュア・マッケンジー、先程の脳筋マイク・キャンベル、ショタ枠でヤンデレ属性の魔法の天才スチュワート・グレイ、腹黒眼鏡な伯爵令息セオドア・ロジャースだ。

 学園の人気者だった彼らが次々と彼女に陥落していく様は、生徒たちの失望を買った。



「ヴィクトリアはこのように美しいだけじゃなく、下々の者達にも優しく接することが出来る稀有な女性だ。俺の横に並び立つに相応しい彼女が貴様のような女に汚されていくのは、許されることではない。この場で貴様がヴィクトリアに今までの所業を謝罪すれば温情を与えてやることも吝かではない。そうでなければ俺は貴様を国外追放とする」


「いや、ルイス。こんな所で公爵令嬢に謝罪させては彼女の御父上が黙ってないと思いますよ。スチュアートも冷静になってください。マーガレット嬢は君の姉でしょう。大体君らには婚約者がいるのだから、ハーシー嬢は私が娶るといつも言ってるだろう」



 メガネ腹黒なセオドアが王子を窘めるが、ただヒロインは自分のものと言いたいのだろう。ギロリと睨みつけると気まず気に視線を逸らされた。



「姉とは言え、彼女はヴィーちゃんに対してずっと酷い事をしてきたんだからその報いは受けなくちゃダメなんだ。父上だってそう思ってるはずだよ」



 義弟のスチュワートはそう言って私を親の仇のように睨みつけてくる。彼は、私と王子との婚約が決定した時に優秀さを見込まれて養子に入った親類の子供だ。小さな頃から知っていて、ずっと私の後をついてくるような可愛い子だったのにどうしてこうなってしまったのだろうか。強制力のせいなのか、ヴィクトリアの魅力のせいなのか。ヒロイン、恐ろしい子・・・。


「スチュワート・・・。君はこの婚約破棄の意味が分かってないようですね。私は君の為を思って言ってるのですよ?」


「セオドア先輩はそう言って僕からヴィーちゃんを引き離す作戦だろ?僕はちゃんとわかってるんだからな!」



 セオドアが必死に説得しているようだが、暖簾に腕押しで聞く様子もない。セオドアの方もどうにかヒロインを手に入れようと必死ね。

 セオドアのルートだと、彼が私の父の下で宰相の仕事を学んでいく上で不正を見つけ、ヒロインと共に我が公爵家へと牙をむくという勧善懲悪なスタイルになる。

 そして成功すれば、公爵であるお父様は失脚、公爵家はスチュワートが継ぎ、ついでに次期宰相の座も射止めたセオドアに溺愛されるというオチとなる。

 勿論不正が発覚した家の娘と王家が婚姻を結ぶはずもなく、私は婚約破棄され国外追放となるのだ。



 今の所我が家に不利な証拠は見つかっておらず、公爵家は無事なまま。

 当り前よ。あのお父様がメガネ如きに見つかるような迂闊な事するはずないじゃない。

 綺麗ごとばかりじゃ長年名家と呼ばれるわけないんだから。水清ければ魚棲まずっていうじゃないの。表に出せないものはきちんと保管場所は管理してあるもの。



「ねえねえ、みんなで集まって何の話してるの?」


 いきなり横から現れた男が私の肩に手を置いて尋ねる。

 座ったままで男に視線を向けると、鼻まで前髪で隠したそばかすの散ったぼさぼさ髪の生徒が、ニヤニヤして私に話しかけていた。薄汚れたシャツに、しわの寄ったスラックスで学園指定のネクタイは首にかけた状態のままの、見るからにだらしない風体の男子生徒に、周りの生徒たちは眉を寄せる。

 それはお優しいヒロインにも言える事で彼を見た途端、可愛らしい柳眉を寄せる仕草をした後で、ハッとしたように何とか自分を持ち直す事に成功した様子だ。

 取り巻きの中にも不快さを露わにする連中ばかりだ。セオドアに至っては珍しく鼻白んで男子生徒を睨みつけている。彼のような根っからの貴族様にはこのような格好なんて信じられないだろう。

 我が義弟はそんな男に馴れ馴れしく触れられている私を、汚いものでも見る視線で見下していた。



「ジョンには関係ない事よ?あなたは自分の勉強で忙しいのだからこちらには構わなくてもよくってよ?」


「そりゃ俺は平民だし、ましてや隣の国の人間だしね。それでもこんなに大声で話してたら気になるってもんだろ」


 私がジョン、と呼んだ生徒は面白いものを見つけたという顔で笑いながら私の髪を弄っている。彼の名はジョン。平民でありながら優秀という理由で隣国から短期留学をしている。

 ―――という設定になっている、らしい。



「お、おい。お前、平民ということだが貴族である令嬢に対して不敬であろう。女性の体に触れるものではない。しかもそいつは俺の婚約者ということになっているのだ」


「ハハッ。おかしな事を言うもんですね。貴方様こそ今、正に女性に触れているではないですか。その距離は婚約してもいない男女には似つかわしくない距離だと思いますが?」



 私との距離の取り方がおかしいと言ったのは王子だが、自分の姿をよく見てほしい。ジョンの言う通り王子の腕には今現在進行形で婚約もしていない女性がぶら下がっているのだから、文句が言えた義理ではないだろう。ジョンの言葉使いが丁寧になった事にもまるで気づいてもいないようだ。


「わっ!私達はもう婚約してるようなものだし、ルイス様は私の事お妃様にしてくれるって言ってるもん!それに悪いのは意地悪してくるマーガレット様の方よ!」

「わぁっ!君、結構可愛いじゃん!噂じゃ君も平民出身なんだろ?平民同士仲良くしようぜ!」


 焦って答えたヒロインに向かい、にこやかに愛想を振りまいてジョンが近寄って行こうと手を伸ばす。


「イヤよ!!汚らしい!私はもう貴族なのよ!平民風情が気軽に私に触れようとしないで!!」

「そうだ!お前のような汚らわしい平民が美しいヴィクトリアに触れるなどあってはならない!」

「貧乏人が手を出していい人じゃないんだよ。僕らは綺麗な物で囲まれた生活をしてるんだから、汚いお前らは僕達の前に姿を見せないでほしいな。下民どもが」



 ジョンの手がヒロインに届く前にヒロイン自らがその手を振り払った。そして今のセリフである。ヒロインの後には王子と義弟が続いた。

 金持ちではあるが身分は平民のままのジョシュアはこの件については口を挟めないようだ。

 騎士団に籍を置く事になるマイクも、流石にこの手の話題には乗ってこない。まぁ、騎士団とは言え半数以上が平民出身者から成るから馬鹿には出来ないのだろう。

 これについては親の教育が無駄になっていないようで安心した。

 セオドアは実力主義のお父様の影響かしら。お父様の部下の中には半数位の平民出身の者がいるし。


 一方・・・うちの教育は全くの無駄になっていたのだが、ここでその事に気づくと立ち直れないので触れずにいよう。



「うっわ、ひっど。身分が高いからってそこまで言う?俺らだって生きてんだけど。俺らの仕事でアンタら生活出来てんだぜ?それ分かって言ってんの?」


「お前らは王家が飼ってやってる家畜に過ぎん。飼い主に盾突くなぞあってはならんことだ。お前が隣国出身でなかったら俺が処分してるところだ。寛大な俺に感謝することだな」



 馬鹿王子はどこまで行っても馬鹿でしかないのだろうか。ここにだって平民出だが、優秀な生徒はいるし、王宮にだって平民出の使用人はたくさんいるというのに。ここまで言われて平民のジョシュアは何を思うのかと視線をやったが、居づらそうに肩身を狭くしている。

 そりゃそうだよ。今まで味方でいたはずの王子がとんだ選民思想の持ち主だったのだから。

 このままそばに居たって旨味は無いんじゃないかな。可哀そうなジョシュア君・・・。でもだからって私を馬鹿にして無事に済むとは思うなよ?貴方も既に私の敵認定を受けてるのだ。



「ルイス、周りの目も考えてください。このままでは埒が明かないだろうから、千里球で王宮に知らせを送りました。宰相殿がこの場を収めてくださるそうです」



 さんざん酷い事を暴露した後で、セオドアが王子を窘める。だからあんたは行動が遅いのよ。王子の側近ならもっと早い内に手を打っとかないと手遅れになるでしょうが。案外仕事が出来ない男に呆れた視線を送る。これで王子ってば支持をどれだけ失った事か。私はもう婚約者じゃないから関係ないけどね。




 セオドアが取り出した千里球は魔道具の一種で離れた場所からも映像と声が聞こえる代物だ。

 あれってもしかして我が家の道具じゃないかしら。似たような物をお父様の部屋で見た覚えがあるような。

 これがあるといつでも陛下から呼び出しが掛かってイヤだって文句言ってたわよね?アララ、それをセオドアったら持たされてるの?

 社畜ね・・・。24時間お父様からの呼び出しに応えなくちゃいけないなんてご愁傷様・・・。哀れなセオドアに憐憫の視線を送ってしまった。



 千里球が輝くと空間に少し粗目の映像が現れた。



 場所は王宮のお父様の執務室のようだ。予め誰かから話が通っていたのか、ソファに腰掛けるのは我が父と陛下と王子の母である正妃様の三人だ。



「話はセオドアから粗方聞いて居るが、ルイスよ、此度はマーガレット嬢との婚約を破棄したいそうだな」



 千里球から聞こえるのは陛下のバリトンボイスだ。腰に来る低音は耳元で囁かれたら腰砕けになること間違いなしの色気がある。お若い頃はさぞやおモテになった事だろう。私の伯父ではあるので禁断の愛には走らないが。小さい内から慣れているのでそこまでではないが、聞いてる令嬢の中には軽く腰砕けになる方がいた。陛下はそれをわかってやっているので質が悪い。



「そうです、父上。私はここにいるヴィクトリア・ハーシー嬢と結婚します」



「フム、・・・王となる者は伴侶は一人とは決まっておらぬ。その娘を愛しているというのならば、側妃として城に召し上げてもいいと思うが?」



「こんなにも健気に私を愛してくれるヴィクトリアを側妃にしようなんて私には出来ません。愛する者は一人で十分です」



 陛下にはっきりそう告げる王子に、隣で聞いてるヒロインはウットリ見つめているが、王子が話してる相手、奥さん二人いますけどね。

 真っ向から父親に喧嘩売ってるようなものだけど、王子は気付いてないんだろうなぁ。



「・・・そこは分かった。では、お前の浮気が原因の婚約破棄ではなく、マーガレット嬢に非があるような報告が上がってきて居るが、それについてはどう答える?」


 陛下の質問に王子はちらりと私を勝ち誇ったような顔で見やると、

「それは彼奴が私のヴィクトリアを貶めて悪辣ないじめをしているからです!」



「・・・・・・彼奴・・・ですと?」

「―――いじめ、というと例えばどんなことを?」



 王子の発言にピクリと表情が動いたのはお父様だ。地獄の底から響くような声色に陛下が少し席を動き間を空けたのを私は見た。



「はい。()()ヴィクトリアが言うには、マーガレットが()()ヴィクトリアの教材を破いたと。すれ違いざまには暴言を吐かれたと。悪い噂を撒かれたと。更には私が贈ったドレスにワインを掛けて台無しにしたと。そういった訴えが()()ヴィクトリアからありました」


 私の、私の、といちいちヴィクトリアの前に私をつけないと喋れないのかね、この男は。

 王子の発言にお父様が手にしていた書類を確認する。それを陛下にもお見せしてるところを見るに、何か考えがお二人にはあるのだろう。



「では、マーガレット嬢に聞こう。息子がこう言っているが其方はどう意見する?」

「父上!こんな犯罪者の言う事など耳を貸す必要はありません!直ちにこの女を国外追放にするべきです!でないと()()ヴィクトリアが安心して暮らしていけないではないですか」

「今はお前の話ではなく、マーガレット嬢に聞いているのだ!その位の事も分らぬのか!」


 陛下が尚も食い下がる王子に対して強い口調で遮った。

 陛下としてはこれ以上王子の私に対する暴言を出したくはなさそうだ。まぁ、隣のお父様の機嫌が地を這うように悪くなっているのがここにいてもわかるもの。隣で陛下や正妃様はよく平気でいられるものだわ。この後、正妃様の体調が気になるわね。



「私には何のお話か全く分かりません。教材は自分で管理するものですから授業が終わり次第持ち帰るものですし、私がハーシー様の持ち物に手を出すなんて不可能ですわ。部屋にだって鍵が掛かるのは皆さまご存じでしょうし、逆に私が一体どうやってハーシー様のお荷物に触れられたのか知りたい位ですわ」

「そんなの私が帰った後に教室にこっそり忍び込んで私の机の中を漁ったに違いないわよ!!」


「ハーシー様。私が先程ご説明した通り、教材は皆さん自室へ持ち帰って復習するものですわ。勿論、私も毎日軽くはない荷物を部屋へ持ち帰っております。ですから教室のハーシー様の机の中に教材が残ってる事など、真面目に授業を受けている者なら考え付く事などあり得ませんわ」



 殊更分かりやすいようにゆっくり説明するも、どうしてもヒロインには通じないようだ。

 さてはあなた、置き勉組だったようね。分かっていない様子の彼女はしきりに首を傾けてはどういう事?と王子に問いかけている。流石に王子とて庇う事は出来ないだろう。



「ヴィーは復習などしなくても成績優秀なんだね。それでこそ俺の妃に相応しい!それに引き換え、貴様は勉強にもついていけていないのか?益々王妃の器ではないようだな」


 か、庇ったわ!


 にっこりと笑みを湛えてヒロインを誇らしそうに見つめる王子が空恐ろしく感じてきた。



 というか、王子ホントにそう思ってるの?成績発表の時、彼女の名は見た事ないのだけど。もしかしてそれすら捻じ曲げようとしている・・・のかしら?

 もう二人の愛は本物だって認めてあげてもいいんじゃないかしら。似たもの同士仲良くすればいいよ。



「この件に関してはマーガレット嬢の関与は確定していないものとする。次はハーシー嬢に関しての悪い噂を流した事と、ハーシー嬢に対しての物言いだったか?」



「はい!そうです、王様!マーガレットさんって酷いんです!私はちっとも悪くないのに私に対して嘘の噂を流してたんです!」



 ひいぃぃぃ!陛下に対して求められてもいないのに勝手に発言してはダメでしょう!王様って!貴方いくつなのよ!周りの野次馬たちも流石に顔色無くしてるじゃない。王子もよく言えました、みたいに彼女の頭なでなでしてるし!おかしいのは私の方なの?



「陛下、発言を宜しいでしょうか」



「セオドアか。うむ、いいだろう」


「ハーシー嬢が流されたとされる噂ですが、所謂ハーシー嬢の異性に対する交遊関係についてのようです。友人にしては距離が近すぎるとか、ハーシー嬢が異性の前でだけ声色が変わるなどが多いようです。

 こちらに関してはマーガレット嬢が流したという確たる証拠は挙がっていません。次に、マーガレット嬢の呈した苦言については先程彼女の発言から、婚約者のいる相手には距離を持って接するようにですとか、身分が下の者が上の者に対しての態度を改めたほうがいいとの助言のようです」



「私の為にありがとう、セオドア!私の事はヴィクトリアと呼んでって言ってるのに!照れ屋さんなんだからぁ。ウフフ。そうなんです、王様!身分が下だってここは学園なんだから身分なんて関係ないはずじゃないですか!それなのにマーガレットさんたら、身分を笠に着てやりたい放題なんです!」



「―――では其方は身分が下の者に対しても態度は決して違わないと、そう申すのか?」



 今まで沈黙を守っていた正妃様が口を開いて尋ねる。



「もちろんです!私はどんな身分の人とだって優しく接する事が当たり前に出来ます!当然です、マーガレットさんとは違いますから」


「そうですか。では、其方の言う事が真実だったとして、マーガレット・グレイ公爵令嬢にはどんな罪が妥当だと思う?」



「そうですねぇ、彼女にも反省の色が見えたら減刑もあるかもしれませんが、この通り自分が悪いなんて思ってもいないようですし、被害者の私としては同じ国に居られたら不安が残りますね。私の方が身分が下だからって私の事を常に見下してくる根っからの貴族のお姫さまってところですから。お家から断絶された上で国外追放が妥当じゃないかしら。着の身着のまま北の不毛な地へ行って頂いた方が私は安心出来ます。だって、被害者の私はすっごく怖い思いをしたんだもの」



 ふふん、と私を見下して笑う彼女の顔は勝ち誇ったようなイヤな笑顔を浮かべていた。



「だが、其方だけの証言では公爵令嬢を罪に問うことは難しいと思うが」



「母上、そうは仰いますが、被害者のヴィクトリアがそう言っているのです。真実に違いありません」



「ですが、あなたの婚約者のマーガレットが違うと言ってるのよ?それをあなたはどう思ってるの?」



「母上!こんな女を婚約者だ、などと言わないでください!この女はヴィクトリアを苛め抜く性悪な女なのです!」



「―――そう・・・。貴方は被害者の意見が採用されるべき。と思っているのね・・・」

 正妃様の悲しそうな声も王子たちの心には一切届かないようだ。




 千里球を挟んで親子喧嘩を繰り広げてる様子を、私はいつまで見てなくちゃいけないのかしら。このままでは正妃様の精神が持たなそうだわ。


 それに、もう何を言ってもこの王子は考えを改めないと思うのよね。一度私を性悪だと思えば、だれが何と言おうがその意見は聞き入れる事はない気がするわ。こんなのが次期王だとすると、この国、大丈夫なの?



「陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」


「マーガレットか。良いだろう。其方の意見も聞きたい」



「ありがとうございます。―――もう私、疲れましたわ。婚約が調ってからというもの、私が殿下を諌める立場でありながらその役目を十分に果たす事が出来ないのは心苦しいのですが、殿下は私の意見など必要ではないようですので。陛下とのお約束をこんな形で破るのは申し訳ありませんが、この度の婚約は縁がなかったという事で、解消してはいただけないでしょうか」



「解消とは馬鹿な女だ。お前との婚約なぞ破棄に決まってるだろう!王家から婚約が破棄されたとあっては、お前の今後は閉ざされたも同然だ。ヴィクトリアを虐めた罰として、おとなしく修道院にでも入って俗世を離れることだな!」



 腕にヒロインをぶら下げたままで、王子が勝ち誇った顔で私を嘲笑う。ヒロインの方も私を見下して醜い笑顔を浮かべている。

 ホントにお前ら似たもの同士だな。


 おっと、つい下品な言葉が出てしまったわ。こんな言葉使いは公爵令嬢の私には似合わないわね。



「そんな!マーガレット!!ここまで王子の事を見守ってくれた貴女なら、息子の目を覚ましてやる事だって不可能ではないでしょう?お願いよ、マーガレット!息子を見捨てないで!」


「いいのだ、お前だってわかっているだろう。王子は私達に似て頑固だ。こうと決めてしまってからは周りの意見など耳に入れない性格だ。私達の子育てが悪かった、という事だ。マーガレットを責める事は間違っているだろう」


「そんな···!」


 正妃様が陛下の腕に縋って涙を流している。

 国王夫妻がここまで取り乱していることに主人公の二人は全く気付いてもいないようだ。オイオイ、アンタたちの話だぞ?けど、これも私が悪いとでも思ってるのかしら?でも、陛下達のご様子を傍から見たら私が悪者のような気がするわ。



 二人は国王夫妻の悲壮感などお構いなしに、やっと許しが出たよ、なんて話している。


 いや、まだ許しなんて出てないんだけどね。



「では、娘との婚約は解消という事で宜しいでしょうか。手続きの方は私の方から最速で致します。処理は多少時間が掛かりますが、第二王子殿下は本当に宜しいですね?」



 それまで一言も口を挟まなかった父が千里球越しで王子に向かって話しかける。



「当然だ。それと並行してヴィクトリアとの婚約も進めてくれ」


「畏まりました。そちらの方もすでに動いていますのでご安心を」


 宰相である父が殊更丁寧に頭を下げて王子の命令に従っていた。普段ならもう少し横柄な態度で王子に接していた気がするのだけど?

 だが、そんな父の態度に満足したらしい王子がにっこりと笑みを浮かべていた。



「では、私は一旦下がらせて頂きます。我が家の跡取りも変更しなければならなくなりましたので。養子の解除の手続きもありますので」


「「「えっ?」」」

「「「はっ?」」」


 父のセリフに声が上がったのは3つ。


 王子とヒロイン、そして当人の義弟だったスチュアートだ。


 更にその声に疑問の声を上げたのも3つ。


 父と私、そしてセオドアだ。


「公爵家のご令嬢であるマーガレット嬢が婚約を解消したのであれば、当然公爵家を継ぐのは彼女に決まっているでしょう。此度の婚約解消はマーガレット嬢には一切の非が無い事は陛下自らが認めてくださっているのだから、彼女に傷はついていない。マーガレット嬢が後継者となるのは自明の理だと思いますが?」


 セオドアが懇切丁寧にスチュワートに語るが、彼は納得出来ないのか千里球の向こうにいる父に助けを求める。



「そっ!そんな話は聞いていない!父上!後継は…、公爵家は僕に任せると仰ったじゃないですか!」



「無論、マーガレットが王家に嫁ぐ予定にあったため、我が公爵家を継ぐ者が誰もいなくなってしまったからな。親族の中でも能力の高かったお前を養子にした。だが、それを無にしてしまったのはスチュワート、お前だ。姉を衆人環視の前で糾弾し、名誉を傷つけ、尊厳を奪ったのは、他ならぬ弟のお前だった。姉の無実を信じ、最後までマーガレットを庇うというならまだしも、お前がした事は一体なんだ。セオドアが言っていたではないか。それでいいのか、と。お前がした事は自らの未来を奪う事だったんだよ。私はそれが残念でならない」


 お父様は本当に残念な様子でこの短時間に少しやつれてしまったように見える。がっくりと肩を落とす様子は千里球越しでもよくわかる。



「そんな!公爵様!それではスチュワート様が可哀そうです!マーガレットさんが私を虐めていたのは真実なのにスチュワート様が割を食うなんて!公爵家を継がないスチュワート様なんて価値がなくなってしまうじゃないですか!」



 ヒロインの言葉にスチュワートが目を見開く。



「え…。ヴィーちゃん、何言ってるの?公爵家が無くたって僕には魔法の才能もあるって言ってくれたのは君だよね?いつも僕の魔法はスゴイって褒めてくれたよね?」


 そう尋ねるスチュワートの声は震えていた。今まで自分を褒めてくれた少女の言葉が信じられないようだった。


「えっ?勿論そうよ?スチュワート様の魔法は凄いわ。うん」



 ヒロイン···。


 目が思い切りクロールしながら泳いでるわよ?そこはスチュワートの目を見て答えてあげた方がいいんじゃないかしら。そんなこと今更言われたら、この子、立ち直れるの?

 流石ヒロインね。使えないと分かった後の切り捨て方が半端ないわ。私はここまですっぱりと言えないわよ。

 他人事ながらうわぁ、ってなっちゃったもの。



 ―――アララ、スチュワートってば膝から崩れ落ちてるわ···。


 この仕打ちは私のせいじゃないわよね。勝手に自滅しただけよね?



 ヒロインの横にいる王子も若干引いてるけど、自分は大丈夫って思ってるのかしら?

 そんなわけないじゃないの。




「では」とスチュワートとの話も終了とばかりに席を立とうとする父の背中に陛下からお声が掛かった。


「その他の者についてはどう判断を下すつもりなのだ?」


「どう、とは?」


「其方の娘に暴言を吐いた騎士団所属のキャンベルの息子と、王家御用達の商会の息子と、お前の愛弟子の次期宰相候補と名高い伯爵家の息子についてだ」



 陛下から名前が挙がった男達は、先程のスチュワートの消えた将来を自分に置き換えて戦々恐々となっている。

 フフフ、慌てなくても貴方方にもきちんとそれなりの未来をご用意しているというのに。



 少し漏れてしまった笑い声に、またしてもジョンが肩に手を置き耳元に顔を近づけてくる。

「楽しいのはわかるけどもう少し我慢しようよ」


「あら、そんな顔してた?」


「魔王みたいな顔だよ。僕は君には逆らわないと誓うよ」


「貴方も悪だくみが大好きなくせに」




「マーガレット嬢!!少し距離が近いように思いますが!?淑女としての節度を遵守してください」



 二人で内緒話をしていたのが気に食わないのか、セオドアから注意を受けてしまった。貴方、今の状況でよくそんなことが言えるわね。真面目な男はこれだからめんどくさいのよ。

 面白くなくてフンと顔を背ける。


 セオドアのにらみを真正面から受けたジョンが肩をすくめて笑っているのも腹立たしい。貴方のせいで私がセオドアに怒られたって言うのに!



「特に彼らには何もしたいとは思いませんよ。一生関わらない相手ですので」



 お父様の陛下へのお返事には一切の温度がないものだけに、言われた彼らの顔から色がなくなった。


 だって我が家は一応筆頭公爵家で宰相職を賜ってる男が当主ですもの。その男がこの先彼らには一切関わらないと決めたのならば、それがどういうことなのか分からないほど馬鹿ではないわよね。


 マイク・キャンベルはどんな成果を上げたとて騎士として昇格することはないのだ。なんせ隊長の任命権は宰相である父が持っている。


 商会の息子であるジョシュア・マッケンジーは当家が選ぶ商品に関われない。父はマッケンジー商会との取引は今後一切行わないだろう。もしかしたら権力を駆使して王宮に使用する消耗品一つに至ってもマッケンジーの商品は使わないかもしれない。そうなると他の貴族も商会からは距離を置くだろう。正直、この国に我がグレイ家に逆らおうなんて胆力のある家など皆無でしょうしね。



 セオドアはお父様の補佐も務めてる部下なのだからこれからを思うと同情してしまうわ~。





 それだけ言うとお父様は本当に千里球の視界から姿を消した。



 後に残った両陛下は悲痛な面持ちで彼らの愛する息子を見つめる。


「残念だが息子よ。今この場を以てルイス・ロイドを廃嫡とし、王太子には第一王子のエドガーを任命する。マーガレット・グレイ公爵令嬢には慰謝料として元王子の個人財産の全てを充てるものとする。また、二人の婚約を白紙に戻すがマーガレット・グレイ公爵令嬢には何の咎もない事を国王である私がここに宣言する」



「そんな!!父上っ!たかがこの女と婚約破棄しただけで私の王太子としての位を奪うなんてあまりにも横暴というものではありませんか?私は今まで国の為を思い、必死にやってきたつもりです!」



「そうです、王様!!ルイス様の王太子としての地位を奪うなんておかしいです!王様はマーガレットさんに騙されてるんです!そうに決まってます」



 当然二人は納得するはずもなく、陛下に嚙みついている。


 ヒロインよ・・・。ここまで来ても私が全て悪いというのか。陛下を騙すとか恐ろしい事言わないでくれないか。二人の中では私はどんな悪さをする稀代の大悪党になってる事だろう。



「ルイスはそこな女に出会う前は成績も悪くなかったはずだ。今までサボっていた分を取り戻せば地方の文官にはなれるやもしれぬ。剣の腕前もそこそこだったから傭兵や冒険者として身を立てるという手段もある。この先はロイドという名は捨て、ただのルイスという男として真実の愛で結ばれた最愛の妻であるヴィクトリアとともに生きていくがよい。親としての最後の言葉である」



 陛下のお顔は苦渋に満ちており、お隣の王妃様はハンカチでお顔を覆っている。一応卒業までは一般の平民として学園には在籍させてくださるようなので、残り短い期間で将来の為に腕を磨いてほしい。まあ、肩身はかなり狭くなるだろうなぁ。今までが王子面して好き勝手やってきたお方だし。



 ここが限界だと判断した陛下と王妃様は揃って青い顔で千里球を解除された。王宮でもこれから対応に追われるのね。お二人には本当に申し訳ないことをしたと思うわ。ルイス様のお相手が私以外の令嬢だったらもっと上手く関係を築いていけたかもしれないわね。そう考えると私が不甲斐なかったとしか言えないわ。これは後で反省会ね。




「そ、そんな・・・。こんなはずじゃなかったのに・・・。なんでルイスが廃嫡されるの?こんな展開知らない・・・。皆も落ち目になっちゃったし私の逆ハー計画が・・・」



 誰にも聞かれてないと思ってるのか、ヒロインがブツブツ呟いてる。傍から見ると怖いよヒロイン。



「あのさぁ、一つ疑問があるんだけど。そこの元王子様ってどこがよくってマーガレットよりも元平民の子が良かったの?だってマーガレットって淑女の中の淑女って呼び声も高い、それこそ王子様の婚約者じゃなかったら引く手あまたの人気令嬢だよ?いくら平民女が珍しかったとしても俺だったらいいとこ愛人どまりだけど」


 ジョンが心底理理解が出来ないと言わんばかりの感想を述べる。俺は愛人にもしないけどね。などど聞こえたのは私くらいだろうか。



「そんなの勿論マーガレット嬢に対する劣等感でしかないでしょう。ご自分にあるのは正統な生まれだけ。能力で言えば兄であられる第一王子の人気が高いのはご自分が一番理解していたでしょうし。マーガレット嬢がルイス様の傍らに立てば民衆の目がどちらに向かうか、貴族の支持はどちらが握るのか、それくらいはさすがの王子様でもお分かりになったのでしょう」


 一人平然とした顔をしたセオドアが顔色を無くして立ち尽くす彼らに代わりジョンに答える。



「はっ!セオドアは何も言われてないわね!私、セオドアと結婚します!」


 ビシリ






 いけないわ。つい手に持っていた扇に力を込めてしまったみたい。未だ諦めていないヒロインについ軽い殺意を抱いてしまった。


 私の手の中の扇の最期に気付いたのか、セオドアがいい笑顔でこちらを見ている。




「くくくっ。―――あーあ、言っちゃった···。君いい性格してるよね。俺には絶対できないわぁ。これから平民になって生きていくってのに危機回避能力皆無とかすぐ死ぬ気満々としか言えないよ」



「はぁっ!?なによっ!私は王様からは何も言われてないわ!断罪されたのは皆じゃない!」



「その原因を作ったのが自分だって自覚はないわけ?みーんな君が粉かけて気を引いたからこんなに落ちぶれることになったんだよ?全部君のせいじゃん」



「私のせいなわけないでしょ!ちょっと甘いこと言っただけでコロッとなる方が悪いのよ!大体婚約者がいるのに他の女の子に目移りするなんて結婚したって浮気するに決まってるじゃん。結婚前にわかって逆に感謝してもらいたいくらいだわ!」



 もう仮面も必要ないと思ったのか、ヒロインはまだ周りに攻略した人がいる中でまくし立てている。


 でもお父様言ったわよね?ルイス様との婚姻を進めるって。お父様の事だから即行認める書類作ってると思うわ。多分すでに受理されてるんじゃないかしら。




「それにあなた、さっきから私の事平民って言ってるけど私はもうれっきとした貴族なのよ!?平民のあなたから蔑まれるなんて不愉快だわ!!」




「それについてもさっき君が自分で言ったよね?被害者の意見が採用されるって。俺、君から結構ひどいいじめを受けたと思うんだよね。平民は口を出すなとか。俺すっごく傷ついちゃったんだよねぇ。この落とし前どうつけてくれるの?被害者の俺は君が怖くて仕方ないから同じ国に居て欲しくないなぁ。さらに言えば俺は隣国の人間だから俺の国にも入国なんてさせないよ」




「我が国と隣国以外となりますと、現在戦争をしているピーウ国、ポグレット国か、若しくは内戦中のイーボー国、独裁国家で貧困の酷いティーガ国といったところでしょうか。元ハーシー嬢はどちらの国がお望みでしょうか。元ハーシー嬢と婚姻されたルイス様も学園を卒業後はそちらの国へ護送させていただきます」



 眼鏡をくいっと押し上げてセオドアが最後通牒を言い渡す。その顔にはなぜか晴れ晴れとした爽快感が見て取れる。




「でもでもセオドア?貴方、私にプロポーズしてくれてたわよね?私の事好きだったんでしょう?だったら私の事助けてくれてもいいじゃない!?」




 ここにきてもまだヒロインは諦めが悪い様子だ。もし万が一、億が一、ほんのちょっとだけでもセオドアかヒロインの事好きだったとしても今までの態度を見て気持ちが無くなる、なんて事思ったりはしないのかしら。―――しないのでしょうね。彼女の中ではセオドアは既に攻略済の相手としか見てないのだから。




「私は一度でもあなたの事を愛しいと思った事などほんの一時でもありはしませんよ。ええ、勿論ほんの瞬きの間もありません」



 ヒロインの言葉にセオドアは心底わけが分からないと言った風を装って眼鏡をくいッと上げる。あざとく首をかしげるのも忘れていない。




「っだが!お前も我らと同じくヴィクトリアに愛をささやいていたではないか!?自分一人だけ罪を逃れるのはずるいのではないのか!?」



 打ちひしがれていた元王子様が唾を飛ばしながらセオドアに食って掛かる。

 アラ、思ったより回復が早いみたい。



 それよりも。


 ほう、愛を囁いていたのか。

 ちらりとセオドアを見やると苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。




「誤解をされるような発言はやめていただきたい。私は元ハーシー嬢に私と結婚した方が幸せになると言っただけですが。実際あなた方にはそれぞれ婚約者がいた。彼女たちが望んでその位置にいたのかは別として。そして今の段階で婚約破棄となれば彼女たちの将来に傷がつく。夫となる男の力量は別として貴方方は将来有望な地位を確約されていましたからね。彼女の幸せを思えば私が荷物を受け持った方が良いと判断したまでの事。勿論私が元ハーシー嬢を娶ったならば再教育を施し、見込みがないようなら屋敷にでも捨て置くつもりでした。私は元ハーシー嬢に特別な気持ちなど一切持ち合わせていないので。まぁ、それが元ハーシー嬢にとって幸せかは私にとっては些事ですが」




「かぁ、いい男だねぇ。惚れちゃうと思わない?彼が守りたい彼女って一体誰なのかなぁ?」



 私の横でジョンがニヤニヤ笑って囁いてくる。

 うるさいわねっっ!



 私が赤い顔をごまかしているとセオドアがキッとこちらを睨みつけてくる。



「距離が近いと何度言えばわかるのです!!貴女も彼の言葉になぜそんなに可愛らしい顔を見せているのですか!」




「セオドアには関係ない事です!私の事は気にしないで早くこの件を解決しなさい!」



 か、可愛いなんて言われて私の顔はますます赤くなってるわ。隠す扇ももうないのだからやめてほしい!



「?…お前たち?―――っまさか、そういう関係だったのか!?う、浮気したのはマーガレットの方か!?」



 私達の会話を黙って聞いていた元第二王子は先程までの顔色を無くした表情から一転、悪鬼のような醜悪なそれで私とセオドアを交互に睨みつけて怒鳴った。




「マーガレットの尊厳を損なうのはやめていただきましょう。私がマーガレットに結婚を申し込んだのは貴方よりもずっと前です。寧ろ私のメグを奪ったのは貴方ですよ。私達が宰相殿に報告しようとしたまさにその時、王家から貴方との婚約の打診がありました。すぐにメグと二人で宰相殿に打ち明けましたが王家が乗り気で難しいと言われてしまったのです。陛下は何としても溺愛する妹姫の娘であるメグを取り込みたかったのでしょう。宰相殿は奥様を陛下に近づけませんでしたから」



 まぁ、とギャラリーの中の令嬢から感嘆の声が響く。お可哀そうに、悲恋だわ。いいえ純愛よ。などと羨ましそうな声も上がる中、ギリギリとヒロインの歯ぎしりの音が漏れ聞こえた。



「・・・なんでなんでなんで?・・・なんで悪役令嬢のアンタが幸せになるのよ!なんでヒロインの私がバッドエンド迎えなきゃいけないのよ!この世界は私の為にあるんじゃないの?イケメンは皆私にメロメロになるはずなのに!」


 ヒロインは最早周りの目も顧みることもせず、ただ私だけを憎悪の眼差しで射抜く。


 だからといってこの私が怖気づくわけもなく。



「悪役令嬢、ですか?私の事をそのように呼ぶ方は初めてですわ。ヒロインとは一体・・・。貴女、何を仰ってるの?もしかして物語か何かと思ってらっしゃるのかしら?今起こっているのは、紛れもない現実の事ですのよ?もし貴女の望む通りになった未来で一体何をしたかったの?貴女の言う通り生徒会メンバーが貴女に結婚を申し込んだとして、貴女は誰を選ぶおつもりでしたの?貴女の家柄では王妃にはなれませんわ。王妃という仕事はきれいなドレスを着て笑っているだけでは務まりませんのよ。王の隣に立ち、王を支えなくてはならない。そんな事が貴女にお出来になりますの?他の方でも一緒ですわ。貴女に彼らの妻として彼らを支えていく事が出来るとは私には思えませんわね」



「うるさい、うるさい、うるさいっ!そんな事知らない!私はただイケメンに愛されて幸せに暮らしたかっただけよっ!せっかく逆ハーエンドまでいけそうだったのに!・・・ぜんぶ、全部お前のせいだっ!」


 ため息とともにそう尋ねれば、ヒロインは髪をかき乱しながら叫び続ける。可愛らしい天使のようだった彼女はどこにもいないようだ。そばでその様子をずっと見せられている取り巻き達も、こんな存在に自分の未来が壊されたのかと茫然自失の様子だ。

 だが、彼らがこうならない未来も確かにあったはずなのだ。婚約者達はずっと彼らの将来を憂いて目を覚ますように説得を続けていたし、セオドアとて何度も諌めていたはずだ。

 それらを撥ねつけ、自分の信じたいものだけを追い続けた結果が今の状況なわけだから同情は出来ない。



 その頃になってようやくドタドタと何人もの足音が近づいてくるのが聞こえる。


 騒ぎを聞きつけた学園の教師かと思っていたら、足音の主は城から駆けつけた騎士達だった。



「城までご同行願えますか?陛下がお待ちとの事です」


 ルイス様は彼らに頷くと私を見つめる。もしかしたら婚約して初めて私の顔をちゃんと見てくれたのではないだろうか。



「マーガレット・・・。もし僕が君を愛して婚約を続けていたら、違う未来があっただろうか。君は僕を愛してくれたかい?」



 私にはその答えは持ち合わせていない。だって、貴方は私を愛してはくれなかったじゃない。私を見てはくれなかった人に対して何を言えるというのかしら。それは、有り得ない未来・・・。


 なので曖昧に微笑んでそれに応える。私の笑みをどう受け止めても構わないわ。もう私とは関わらない方ですもの。



「・・・あ、姉上っ!僕はこの女に騙されていたのです!僕にとって大切なのは姉上だけです!どうか父上に説明していただけませんか?姉上にとって僕はたった一人の弟ですよね?」


「おっ、俺もすまなかった!謝罪する。どうかあなたの口から許すと宰相殿へ伝えてくれないだろうか?」


 元弟と、元キャンベル伯爵令息が膝をついて私に父への口利きを求めてくるが、私にどうすることも出来ないとなぜわからない。セオドアへ視線を送ると彼は心得ましたと頷く。



「メグを断罪するためにこんな大衆の面前を選ばなければ、まだ何とかなったかもしれんが、ここまで大事になってから公爵令嬢一人の一存で事態が動くことが有り得ないのは君たちも理解しているだろう。それにこうなったのは君たちの選択に依るものだ。後始末をメグに託そうなんて虫がよすぎる」



 諦めの悪い元弟と元キャンベル伯爵子息は両脇を騎士に捕らえられ、連行されていった。元商会子息は諦めがついているのか素直に騎士の指示に従って歩き出していく。

 まあ、彼はまだ生まれが平民だからこれからの暮らしが多少貧しくなったとして図太く暮らしていけそうだなと呑気に考えてしまった。ほかの彼らにしたって顔はいいのだし、元々才能はあるのだからゼロからやり直してほしいものだ。


 元王子は騎士に支えられるようにして城へと帰っていく。まぁ、彼らには色々、本当に色々されたけど、私の知らない所で不幸になろうが幸せになろうが私はもう関知しない。


 ヒロインは最後まで抵抗して騎士達に引きずられるようにして連行されていった。女の子なのに凄いな。君に淑女の恥じらい的なものはないのかい?


 案外追放された先でうまい事やって生き延びそう・・・。一応ヒロインとしての可愛らしい容貌は健在ではあるので追放先でもその辣腕を奮えばいいと思う。



「さて、と」


 隣に立っていたジョンが自らの乱れた制服を整える。


「あら、もうお遊びはおしまい?」


「なかなか楽しいものを見られてたからね。退屈はしなかったよ。君のおかげだ。礼を言う。一つ心残りなのは君を連れていけないことかな」


 来てはくれないだろ?


 彼の瞳がそう尋ねてくるが、私はそれに答えることはない。



「それはこれからの彼の頑張り次第、ですわね。いくら私を守るためとはいえ、他の女にプロポーズしたんですもの。簡単に許してはお父様に叱られますわ」


 ちらりとセオドアを睨む。自覚があるのか、セオドアは顔色を悪くして必死の顔で謝ってくるが、その顔が可愛らしかったのでもう少し見ていたい気分にさせる。



「君の結婚式には是非参加したいから俺へ招待状を送って欲しい。国を挙げて祝いに来るとしよう。宛名はジョン、ではなくジェイミーで頼むよ?」


「ちょっと!それっておうた・・・ムグッ」


 私以上に慌てたセオドアに口を塞がれて何とかその言葉は呑み込んだ。


 ジョンは私が思っていた以上に大物だった・・・。


「僕も高位貴族の何方か、位に想像していましたが・・・。メグ・・・、貴女の人誑しはどこまで行くんですか。まさか王族まで釣り上げるとは」


 そんなの知らないわよ!私に言わないで欲しいわ。大体釣り上げた自覚もないんだから。


 セオドアの呆れた視線はマルッと無視してジョン、ジェイミーの顔を睨む。

 彼そんなのどこ吹く風なのだけれど。


 それにしたって、やっぱり彼が隠れキャラだったんじゃないの?ヒロインはなぜ知らなかったのかしら。今となっては無事で良かったとしか思わないけど。彼まで攻略されてたらとんでもない事態になっていたかもしれないじゃない。



 私とセオドアの驚きは置いてきぼりで時は無情にも昼休みの終了の鐘が鳴る。音につられて野次馬をしていた生徒達も一斉に動き始めた。


 そして残されたのは私とセオドアだけ。


「どうされますか?」


「疲れたから今日は帰るわ。―――勿論送ってくれるわよね?」


 尋ねれば蕩けるような笑顔が返ってくる。


 この顔を見るのに何年もかかってしまったわ。私が大好きだったセオドアがまた私の所に帰ってきてくれた。ほっとしたら涙が溢れてきた。


「―――せめて馬車まで待ってほしかったんだけど・・・。愛してる、僕だけのメグ・・・」



「私も大好きよ、テディ・・・」






 それから私はセオドアとやっと結ばれた・・・。



 と、思ったのに!



 仮令私を守るためとは言え、ヒロインにプロポーズした事が父には許しがたく、中々に婚約の許しが出なかったせいで、何年も待ちぼうけを食らっていたセオドアはつらい日々を送る事になるのだが、今の幸せそうな私達には知らない方が良い事みたい。


















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