約束された勝利の聖女 〜幸運の指輪で幸せしか訪れない〜
「婚約破棄だ。フレイン」
血の通わないような冷めた言葉でアンドリューは、わたくしにそう言い放った。
信じられなかった。
これが夢なら覚めて欲しい。
「と、突然なにをおっしゃるのです、アンドリュー。ご冗談でしょう?」
これは何かの間違い。
そう思いたかった。
けれど彼は興味なさげに背を向けた。
「何度も言わせるな、魔女が。俺はね、君の魔力しか興味なかったんだ」
「魔力……」
「そう、聖女の魔力は川のように海のように膨大だ。吸い尽くすには都合がいい」
アンドリューは不敵に笑う。
そんな、嘘よ……。
愛してるって耳元で何度も言ってくれたのに。
「では、わたくしを愛していなかったと?」
「言って欲しいなら完膚なきまでに告げてやる。フレイン、お前は顔もスタイルもいい、魔力も常人以上。だが、俺は出世欲しかない。つまり、お前は踏み台でしかなかったんだよ」
婚約指輪を外し、投げ捨てるアンドリュー。その光景を見てわたくしは絶望感を抱く。
……ヒドイ。
こんなことって……。
めまいに襲われ、わたくしは目の前が真っ暗になった。
その直後。
複数の聖騎士が現われ、アンドリューを取り囲んだ。
「逃さんぞアンドリュー!」「アンドリュー、貴様を拘束する!」「聖魔力を違法に得た大罪人め」「聖女様だけでなく、複数の聖騎士と関係を持っていたようだな」
こ、これはどうこと?
呆然となっていると、聖騎士の中から見覚えのある人物が現われた。
「アンドリュー・エルフマン、君には失望したよ」
「じょ……上級聖騎士・エゼキエル!」
そうだ、彼はエゼキエル様。
三日前、わたくしに『幸運の指輪』をくれた人。
おまもりになるからと、必ずはめるよう勧められた。もしかして、この指輪はこの時のために?
「驚かせてしまって申し訳ない、フレイン様。だが、彼は……アンドリューは大罪人なんだ」
「大罪人?」
「そうだ。聖女の魔力を同意なしに得ることは罪。皇帝陛下によって固く禁じられている。にもかかわらず、アンドリューはあなた様の力を違法魔導アイテムを使って吸収していた。その事実が明らかになった」
「でも、どうやって?」
「婚約指輪だ。アンドリューがあなたに贈った指輪こそが違法アイテム。だから、僕は三日前に取り換えるように『幸運の指輪』を差し上げた」
そういうことだったんだ。
だから指輪を……。
正直、婚約指輪を外すことに抵抗はあった。でも、エゼキエル様が頭を下げてまでお願いしてきた。そこまで言うのならと一時的に聞き入れることにしていた。
それがこの結果を齎すことになるなんて――想像もしなかった。
けれど、おかげで助かった。
わたくしは危うくアンドリューから全てを奪われるところだった。
悔しいし、悲しいし、今もショックで倒れそう。
でも。
こうなってしまった以上は、アンドリューに罪を償ってもらわないと。
「とても残念です、アンドリュー」
「……くっ。あと少しだったのに」
「本当にわたくしを愛していなかったのですね」
「何度も言わせるな。けどな、お前から奪った魔力がある……!」
しまった。魔力を使って周囲の聖騎士に反撃するつもりだ。わたくしの想像が確かなら、彼は物凄い力を持っているはず。
そんな力を解放されたら、聖騎士たちが死ぬだけでなく、お城さえも吹き飛ぶ。
けれど、もう遅かった。
アンドリューは聖属性の魔力をふんだんに込めて解き放った。
「消えてしまえ」
まばゆい閃光が周囲を包む。
全てはアンドリューの思うがままに終わるの?
視界を奪われ、しばらく。
少し経つと白い光も晴れた。
周囲を見渡すと……何事もなかったようにお城はそのままの形状を保っていた。
……破壊されていない?
「あれ、聖騎士のみなさんもご無事です」
不思議に思っていると、わたくしの指輪が輝いていた。
「さすがフレイン様です」
「エゼキエル様、この指輪はいったい?」
「言ったでしょう。幸運の指輪と。それは聖女のみが扱える第一級の聖遺物です。帝国に代々受け継がれていたもの」
そうだったんだ。この指輪が守ってくれたんだ。
どうやら、アンドリューに吸収されていた聖魔力を奪え返したようだった。それどころか全てを奪いつくしたようだった。これでもう、彼は魔法を使えない。
「な、なぜだ……! なぜ不発に!」
「アンドリュー、貴様は終わりだ」
「ちくしょう……」
観念したのかアンドリューはうなだれた。
そして聖騎士たちに連行されていった。
辛いけど、でもこの現実を受け入れなければ。
零れそうになる涙を堪え、感情を押し殺した。聖女は常に毅然としていなければならない。不安を漏らせば、周囲にも負の感情がたちまちに蔓延る。
それが原因で魔物を呼び寄せてしまうこともある。だから。
「さようなら、アンドリュー」
最後まで見守り、わたくしは部屋に戻ろうとした。
「お待ちを、フレイン様」
「エゼキエル様……助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、僕は上級聖騎士として当然の責務を果たしただけです」
微笑むエゼキエル様の表情は素敵だった。まるで太陽にように暖かくて、不安に満ちていた心が晴れていくようだった。
幸運の指輪をくれたエゼキエル様には感謝しかない。
でも、彼は人気も高くて、わたくしには手の届かない存在。憧れではあったけれど、こんなわたくしでは釣り合わない。だから……だから。
「あ、あの……」
「どうしましたか?」
「いえ、ごめんなさい。失礼します」
踵を返し、わたくしは部屋へ。
きっともう話すことはない。
エゼキエル様は聖騎士の任務で忙しい身。それにきっと、お付き合いされている女性もいるはず。勘違いをすれば、きっと痛い目を見る。
これ以上は心が耐えられない。
壊れてしまう前に、このまま一人で閉じこもっていよう。
部屋に戻り、しばらくベッドで過ごしていると、扉をノックする音が響いた。返事をすると、扉が開いて――エゼキエル様の姿が。
「失礼するよ、フレイン様」
「エゼキエル様……どうして?」
「どうしても伝えたいことがあった」
「伝えたいこと?」
「フレイン様、僕はずっと前からあなたを思っていた。でも、アンドリューに阻まれ……後れを取ってしまった。でも今なら言える。君を愛していると」
そう告白を受け、わたくしは涙が零れた。
嬉しかった。
すごくすごく嬉しかった。
良かった。あの時に指輪を受け取って。
「こんな傷付いたわたくしでも受け入れてくれるのですか」
「もちろんだよ。必ず幸せにする」
優しい言葉と共にわたくしを抱きしめてくれるエゼキエル様。こんなにも愛されていただなんて、どうして気づかなかったんだろう。
それからは毎日共に過ごし、幸せな日々が続いた。
最近、城内ではわたくしとエゼキエル様が婚約をしたと噂が広まっていた。
そのせいか、エゼキエル様を慕っていた女性達が嫌がらせをしてくるようになったけれど、幸運の指輪が効果を発揮。
なにがあっても幸運が守ってくれた。
水を掛けられようとしても、誰かが止めてくれる。ナイフで刺されそうになったこともあったけど、たまたま通りかかったフルプレートの騎士が守ってくれた。その正体はエゼキエル様だった。
他にも酷い言葉を言われたりしたけど、幸運の指輪が発動してその度に加害者に不運を与え、気づけばわたくしの視界から消えていた。
幸運の指輪は凄かった。
まるでエゼキエル様がわたくしを守ってくれているようだった。
城内にある庭へ出ると、そこにエゼキエル様の姿が。
「エゼキエル様、お待たせしました」
暖かい風がエゼキエル様の金の髪を揺らす。
歩み寄って、わたくしは彼の頬に触れる。
穏やかな笑みを浮かべ、彼はそっとわたくしを抱く。それから、そっとキスをされ、幸せな一時を過ごした。
幸運の指輪を受け取ったあの瞬間から、この勝利は約束されていたんだ。
「君を愛しているよ、フレイン」
「はい、わたくしも同じ気持ちです」
抱き合って幸福を感じた。
あの辛い過去を全て吹き飛ばしてくれるエゼキエル様。
彼がいなかったら、わたくしは壊れていた。帝国も守れない聖女で全てを失っていた。だから、エゼキエル様には感謝しかない。
「フレイン、僕と婚約して欲しい。……ほら、噂も広まっているし」
「わたくしはエゼキエル様でないとダメなんです。だから、喜んでお受けします」
「良かった。僕もフレインでなければ嫌だ。他の女性なんて考えられない」
もう一度キスをして、しばらくはそのまま身を委ねた。
……ああ、幸せ。
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