長く連れ添っているあなたは空気と同じ。だから、いなくなったら生きていけないの。
「公爵令嬢キャロライン・グレイシアス、お前との婚約を破棄する!」
第一王子ジャスティスの口から突如放たれた発言に、会場の皆が唖然とする。
自身の誕生日パーティーという晴れの場だというのに、一体どうしたことだろうか、と。
だが、そんな空気はものともせず、王子の言葉は続く。
「お前は5歳から婚約している幼なじみであることを笠に着て、俺に気に入られるような努力を全くしていない。居ても居なくても変わらず、まるで空気と同じだ!
そればかりか、勝手に妬んで俺の友人に虐めをする始末! 王太子妃、将来の王妃には全く相応しくない!
だから婚約破棄をして、こちらの子爵令嬢マーガレット・オーウェンと婚約を結ぶこととする!
彼女は刺激的で活発なので、この国にも貢献してくれるはずだ!」
なんだかよく分からない主張ながら、婚約破棄された令嬢はその場に崩れ落ちた。可哀想に。
とはいえ、第一王子ともその婚約者とも仲の良いわけではない人々は特に何事もなくそれを眺めていた。
「あれから、幼なじみとの婚約を破棄することが増えましたわね、マクスウェルさま」
「そうだねぇ……。僕なら、ティナと別れるなんて、考えたくもないけれど。それなのに、ティナと別れないのか、と聞いてくる失礼な奴もいるくらいだよ」
柔らかく微笑むマクスウェルさまはとても穏やかな方。この国での習慣どおり、五歳という幼いころから婚約者としてのお付き合いが続いていて、わたくしの人生全てのイベントに必ず彼は居る、と言うほど。
「婚約者を替えるということは、それほどまでに良いことなのでしょうか?」
「そうは思わないよ。長い時間を掛けて、価値観や習慣といったものを擦り合わせて来ただろう?
僕はティナが考えていることくらい、いつでも分かるよ。
見知らぬ他人と、そういう関係を築くことはなかなか難しいと思うんだ」
「うふふ、そうですわね。マクスウェルさまは、いつだってわたしのことを大切にしてくれて居ますもの」
「王子殿下は、飽きてしまったのかもね。空気と同じだ、と言っていたように、居るのが当たり前になったのかもしれない」
少しばかり考えごとをしているようで、遠くを見つめる彼。そんなこともわたしには分かるのだけれど、これだけは言っておきたかった。
「あら、わたくしにとっても、マクスウェルさまは空気と同じですわよ?」
「……どういうこと?」
「空気と同じですから、いなくなったら生きていけませんの」
「あはは! それは嬉しいし、一本取られたな。
君のことは全部分かってるのに、こうしてたまに、予想もしなかったことを言ってくれる。
そういう所も、大好きなんだよ」
「わたくしも、マクスウェルさまのことが大好きですわよ?」
全てを分かり合える相手とのんびりした日々を紡ぐ幸せを、自ら手放すなんて馬鹿のすることだと思うの。
その後、やはり第一王子と子爵令嬢は上手くいかず、早々に別れた。他の数人とも付き合ったようだが長続きせず、『女を取っ替え引っ替えしている』と皆に後ろ指差されるように。
この国では五歳から婚約するほどに貞淑を求められているので、その評判は絶望的だった。
あくまでも彼は第一王子でしかなく王太子ではなかったので、第二王子を立太子させる動きが進んでいる。二人の息子のどちらが国王に向いているかを測っていた王は、第二王子を選んだらしい。
そんな様子を見て、婚約破棄した人が次々と謝罪し、ヨリを戻そうと必死になっている。
だが、信頼していた相手に心を傷つけられた方は簡単に許せず、婚約破棄された者同士での婚約も盛んなのだそう。
軽々しく流行に乗って婚約破棄した人が、どのような人生を送るのか。
「婚約破棄した方が幸せになれることなんて、あるんでしょうか」
「僕は絶対君を離さないから、どちらが良いかは分からないね」
「うふふ。わたくしは、マクスウェルさまのおかげで、誰よりも幸せですわ」
穏やかでしあわせなこの日々が、永遠に続きますように。
ありがとうございました。
『「地獄の果てでも良いから一緒に居たい」って言ったけどホントにするなんて頭おかしいんじゃない?』を投稿致しました。合わせてよろしくお願いいたします。