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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

包み開けの恵 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 新年のプレゼント交換会、今年もおあずけかあ。

 まあ、仕方ないか。密な環境を作ることに違いはないし。包まれるプレゼントたちのことも思うと、開放されていた方がいいかもしれないな。


――なに、メルヘンチックなことを言い出したのかって?


 確かに、プレゼントとしての立場を考えるのは、童話じみた考えかもな。

 だが、彼らは包装によって外部から遮断されていることに違いない。外から見る我々には、それを解くまで中を確かめることはできない。

 そのことは幸運なのか、不幸なのか。文字通りにフタを開けるまではわからないが、気を付けることはあるかもしれない。

 俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?

 

 

 ことのおこりは、何年も前の節分までさかのぼる。

 俺たちの家は豆を食べるし、恵方巻も食べるしと、食に関しては盛りだくさんな日だ。

 大人も律義に自分の歳の分だけ豆を食べるから、余計にしんどい。体の代謝は落ちているというのにな。米寿を迎える祖母も80粒以上を、なんとか食べた。

 で、そのあとに自家製の恵方巻が出てくる。片手でつかむようなぶっといものだが、こいつは年齢によって長さの調整が行われた。

 若くて育ちざかりほど、両手でうまいこと持たないと、先端がだらりと垂れかねないものを用意される。中にはまぐろに卵にきゅうりにかんぴょうにと、およそのり巻きが入れるだろうネタがひしめいていた。

 家族の一員の俺にとっては、毎年のこと。恵方を向いて、みながいっぺんに食べ始める決まりなので、長い恵方巻を手に開始のときを待っていたよ。

 

 それがいざ始まって、ほどなくだ。

 恵方を向き、無言で食べるという、よく知られたルールがあるものの、俺は食べている最中に盛大にむせた。

 強烈なせき込みを感じ、外へ出すまいと口をすぼめると、その分が鼻へ回ってくる。

 これがしんどい。痛いような、かゆいような、くすぐったいような……これらが絶妙に合わさり、強まった困難が、否応なしに顔をしかませる。鼻を手で押さえさせる。

 声だって、完全に殺せたわけじゃなかった。せきと鼻への刺激、その時漏れる嗚咽に似た響きは、家族がこちらへ顔を向けるのに十分すぎるほど。


 不可抗力ととらえられるかもしれない。だが、静粛であるべき空気が破られたことには違いない。

 ティッシュで鼻をかみながらも、俺はかつてない乱れをおこしてしまった事実に、とても後ろめたいものを感じていたよ。



 恵方巻で禁を破るとどうなるのか。お前は知っているだろうか。

 多くは幸運が逃げ出す、といったところだろうが、これは気の持ちようでもあるといえる。

 ついていないことを、恵方巻で決まりを守らなかったからだと、ややもすれば体のいい言い訳に使うことも可能だしな。心配する人は徹底的に悩むかもだが、気にしない人は気にせずいるだろう、それで問題なく済むケースが多い。

 だが、俺の場合はちょっと肝を冷やしてしまう、珍しいものに出くわしちまったようだ。


 節分の11日後といったら、何が思い当たる?

 そう、バレンタインデーだ。何かと他人より自分が優れている点を見つけたいお年頃だと、このときのチョコの数も競う対象になる。

 友チョコの風習は当時からあったし、女子間でキャッキャッとチョコをトレードしている姿もちらほら見かけた。授業の前後で義理チョコを配っていく女子もして、そいつは「お情け」枠でもあったな。

 ないよりあるのはありがたいことだ。だが、競うならばそれら以外の番外だ。


 さいわい、俺は入っている部活の後輩から、しこたまチョコをいただくことができた。


 ??その手の数で優越感にひたるとは、情けないやつ?


 ふうん。ロマンチストも結構だが、こと競争という場面に限っては数がものをいう。

 そこではあえて情を廃し、結果でもって相手を圧倒すればいいのだよ。愛情はしかるべき時と場所で注ぎ、感じてこそではないか?

 翌日、せしめた多くのチョコが入った透明ビニール袋に入れ、負け犬男子たちへおおいにほえ面をかかせたあと、朝のホームルームが来る前にと、放送されたひとつを早速開ける。

 扇型に似た、先端がすぼまり反対側が広がっている円錐型のチョコだ。一口でいっぱいに頬張れるサイズのそれを、ぽんと口へ放り込んだ俺。


 そこへ、盛大にむせた。

 恵方巻のときと同じだ。気管支に入ったかのような、突発的で耐え難いもの。

 口へ手をやり、しっかり閉じてせき込みを耐える。その分が、チョコの甘みと一緒に、ぐわっと鼻へ押し寄せてきた。

 熱い。とてもいま、放り込んだばかりのチョコの熱とは思えない。

 俺ののどを瞬く間に荒らし、鼻の奥を壮絶に痛ませて、外へ飛び出してくるもの。軽く離した手のひらににじむのは、チョコとはかけ離れた真っ赤な液体。

 おのれの血だ。それはいまなお、鼻の奥からせり出して止まる気配を見せない。

 もちろん、鼻の中を引っかいたり、のぼせたりなどしていないはずだ。口をふさいだまま、周囲が「大丈夫か?」とばかり目を向けているのを見て、俺はとっさにティッシュを手に取る。


「いや、一発目から強烈すぎだろ。こーんな鼻血ブーになるほど思い込められたら、まいっちまうなあ、ははは」


 どうにかその場をごまかそうと、あえて明るめにふるまう。

 周囲もつられてハハハ、とかわいた笑いが漏れるも、実際にあてがったティッシュの端が赤くなっていくのを見ると、むしろ心配の声のほうが強まる。

 こうはならず、笑いに持って生き続けられるギャグマンガの住人がうらやましく思えたよ。



 それから俺は、落ち着いてからチョコを食べようとして確信した。

 包装から解いたものを口に入れるとな、血が出るんだわ。鼻からも、口からも。そのたび体の奥が熱を持つから、きっと内部が裂けていたんじゃないだろうか。

 出血を強いながらも、その時だけ。何分もたたずに血は止まり、痛みもウソのように引く。およそ自然な治癒能力によるものとは思えない。

 そして、もう一点。たとえ包装を解いて口へ入れても、なんともないケースを俺は見つけた。


 恵方だ。この年の恵方を向いて包みを解き、口にするものだけは何ともなかったんだ。

 ひょっとしたらあのとき、せき込んで逃がした分の「恵」がこうして現れたのかもな。

 その一年は、俺はなるべく包装された食べ物を避けるようにし、やむを得ない場合は、なんとか恵方を向いて食べるようにしたっけな。


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