婚約破棄をした王太子の行く道
あの女に騙されて一度は裏切ってしまった。だけど、許してくれたのだと思っていた。何しろ明日は私達の結婚式なのだ。
でもそうではなかったのか。
「ヴィレミーナ!」
彼女がいると聞いた庭園に駆け込むと、ヴィレミーナは落ち着いてお茶を飲んでいた。
「まあ、どうされたのです、殿下」
……殿下?そういえば、もうずいぶん彼女は私の名前を呼んでいない。
「明日からもヴィレミーナは王太子妃の寝室に入らないと聞いたのだ」
前置きなどする余裕もなく、私は切り出した。
「ええ、そうですわ」
「なぜなのだ!」
全く動じないヴィレミーナに思わず詰め寄ったが、
「まあ、お座りください」
ヴィレミーナは落ち着いたまま、侍女に合図をして私の席を用意させた。
「さあ」
強く促されて、とりあえず座るしかなかった。
「別に意外なことではないでしょう。殿下は私との婚約の破棄を宣言されたくらいですから、殿下もお望みではないと存じますし」
さらりと言われ、
「それは……!」
私はとっさに言葉を失う。
「お世継ぎでしたら、心配いりませんわ。我が愚妹イフォンネがお役に立ちます」
「何……?」
思わぬ名前がヴィレミーナの口から出たのに驚く。
「王宮内の一角にイフォンネが入る予定ですので、そちらにお通いください」
もちろん確実に殿下のお子のみを宿すよう監視させますわ。
ヴィレミーナは淡々と続ける。
「私はあの女とはもう……!」
言い募ろうとした私の言葉をヴェレミーナはあくまで冷静なまま、でもきっぱりと遮る。
「殿下。ご選択の余地はございませんよ。イフォンネであれば血筋には問題はありません。生みの母は男爵家出身ですが我が家の血もひいております」
「そんな……」
「陛下ともお話した結果です」
父上も認めているのか。
「私がもし今後子を宿すことがあってもその子はお兄様が責任をもって我が家で面倒を見るのでご心配いりません」
「な……誰か」
いるのかと尋ねようとしたが、
「今のところ具体的な予定はありませんが」
ヴィレミーナはそこは否定してくれた。しかし、続いた言葉は望むものとは違った。
「殿下とイフォンネの起こした事態ですから、我が家にも責任がありますし、あの子に王妃は無理なことに加え、今から他の方に王妃教育をするにも時間がかかります」
それにこの事態の後に他の令嬢に将来の王妃を押し付けられませんしね。
「押し付ける……?」
「ですから、私が対外的に王妃としての役割を果たし、イフォンネが後継者を産みます」
「許してくれたからではなかったのか……?まだ怒っているのか……?」
思わず漏れた問いに、ヴィレミーナは笑った。
「許すも怒っているもないのです。ただ、もう何もないのです、あなたへの想いは」
「お前は私が好きだったのではないのか……?」
「そうですね。初恋だったのかもしれません。」
「それなら……!」
望みをかけて言い募ったが、
「けれど、もう何もなくなってしまいました」
ヴィレミーナの声はあくまで静かで。
「殿下が私のことを全く信じてくれずに、イフォンネの言うことのみを信じて冤罪で私を責めたときに自分でも驚くほどすっと何もかも消えてしまいました」
その静けさがもうヴィレミーナの想いは自分にはないのだと伝えてくる。
「取返しのつかないこともあるのですよ、殿下」
「エーヴァウト」
いつのまにかヴィレミーナの兄のエーヴァウトが来ていた。
「取返しのつかないこと……」
「ええ。それでも我が家は変わらず殿下の治世をお支えしますから」
声にされなくても、それだけでもありがたいと思えというエーヴァウトの気持ちが伝わってくる。エーヴァウトの声も、以前イフォンネの言うことのみを信じるなと忠告してくれたときのような熱はなかった。ただ静かだ。
……そうだな、エーヴァウトの忠告も聞こうとはしなかった。いつの間にか淑女としておしとやかに振る舞うようになったヴェレミーナを物足りないと思うようになって、子供のころのヴィレミーナのように天真爛漫に見えたイフォンネとの恋に浮かれて、幼馴染でもあった婚約者とその兄を裏切った。ヴィレミーナが大人になったのは、婚約者である私のためでもあったのに、自分は子供のままで。
あの女に騙されたなどと言ってもただの言い訳だ。目の前の2人に響くはずもない。ただ王位の後継者が私以外にいないから、国のために2人は色々な想いを飲み込んでくれたのだろう。
「……そうだな。ありがとう。騒がせて悪かった」
やっと私にもわかった。ただ1人の王位継承者だからと甘え、心のままに振る舞って本当に自分を想ってくれていた人達を失った。
こんな私は、せめて2人が父と敷いてくれたレールに乗って、国のために良き王となるしか残された道はないのだ。私は自分が裏切って失った兄妹の元を去りながら、苦い想いとともにその道を行くことを心に誓うしかなった。
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