EP8 何かがおかしい二日目 *
<<転移>>
______第7日目 推定8月7日 午前6時
「レイ、起きろよ。異世界無人島の夜明けだよ」
俺は日の出に合わせて起きる事が、特別苦痛にならなくなっていた。ZーSHOCKで時間を確認しなくても、自然と時間が来れば目が覚めるのだ。
「体が異世界に順応して自然の中で生きる。これはサバイバルならではの素晴らしい体験だ」
異世界に来てから、経験した事のない体験がもう一つ増えていた。
俺の横で、俺の体を抱き枕のようにして、しっかり掴んで離れないレイだ。
「砂浜で眠れるように、サービスで腕枕はしてあげたけんだど、なんなのこの状況? 俺は温かくていいんだけどさ」
目覚めた時に一瞬、巨大アブラゼミのサナギに、寝込みを襲われたのか思ったけど、それは長い髪をシュシュでポニーに束ねたレイだった。
『モンスターが居ると思うと、ゆっくり眠れないんだよな......』
「しかし湯たんぽ代わりにもなる、いい匂いもするこんなアブラゼミがいたら、世界中が驚く事間違いなし」
うう~ん
「そうなんだよ。お互いが、お互いの体を温め合うって、これぞサバイバル! なんて効率的な ん......うぇっ 声がまた甲高いな、擦れる。これは変声期に経験した、あの感じに似ているぞ」
「あ ユウガ ボンジ」
「ポンジュース レイ 眠れた?」
う~ ぜんぜん Non
ぷくぅ
「でも ユウガ 挨拶 ボンジュール ポンジュース 違う あれ 愛媛。ユウガ 声 変 ちょっと 高い」
「やっぱり わかる?」
「わたし ユウガ なんでも わかる」
妙なレイ語録を無視して、俺は朝食用のバナナ、椰子の実とマンゴーの準備をする為に立ち上がろうとした。
よっと
「ユウガ 待って わたし 手伝う」
と言って、俺のユニケロパーカーの袖を引っ張ったレイも立ち上がった。
「あれ、俺の汚れたパーカー 新品みたいに綺麗だけど?」
「それ 内助 魔法 アラピカ わたし 使える」
アラピカって?
ジョセフィーヌの解説によると、"あら まるで新品 ピカピカ"の略だそうだ。
「しかしあの狸ばばぁ、今も俺たちの事、デバガメみたく覗いてんじゃねぇのかな」
ドキ!
『!少年、あんた お 察っしが......ドキ......おさつ ドキ すべったわ』
「別に内緒にしなくてもいいだろう。レイのステータスは、閻魔帳で見れば、お互いに一発で分かるんだからさ」
『いっぱつ 昨晩 しょや......』
なんてレイが考えているとは、ユウガが気づく筈がない。
普通なら、高校で一番のハーフの超絶美少女アイドルが、隣に居るだけで心臓がパクパク物なのだ。なのにユウガは、レイが自分に気があるなどとは、夢にも思っていなかった。全く。
むしろレイが余りに可愛すぎて、女として見ていないのかも知れない。
よっ
ふぅ
二人が仲良く立ち上がると、レイのオッドアイの瞳が少し上にあった。
「あれ? レイ身長 伸びてる?」
昨日まで身長差が俺とは約15㎝はあったのだ。一夜にして10㎝位になったような感じだ。
「ユウガ わたしたち 育ち盛り でも 一日 無理」
「そうだよなぁ。俺ここへ来てから蛋白質が不足してるから、俺が縮んだのか? まさかな」
ははは
何かの錯覚だと思い、何気なしに俺は顎を摩った。
「えっ? なんだ? 髭がない! ツルツルだ。昨日までは確かに無精ひげがあったのに」
「これも例のアラビカ魔法なのか?」
「例じゃない わたし レイの アラビカ魔法 髭剃り効果 ない」
俺は、まるで狐か狸につままれたような気持ちになったが、気持ちを切り替えると、朝食の準備を始める事にした。
サバイバル生活において、過ぎた事に囚われていては、生死に関わる事もあるのだ。
今日も、昨日レイを召喚したポイントから、更に1km 歩測する事にした。やがて今度も、何事もなく3kmポイントの石を置く事が出来た。
二人で鳥瞰図を確認すると、やはりマップは追加されていた。
「なーる、こういうシステムだったのか。しかし島全体をマッピングするには、相当時間がかかるな。内陸部はモンスターが出るなら、むやみに歩測できないし」
「ユウガ ゲーム モンスター 倒す レベル アップ」
「うーむ、レベルアップの為には、まずチンピラモンスターから倒せばいいのか。でもどこに初心者用モンスターが出るのか、わからねぇよ」
うん。
♪ピンポンパンポン~
「ジャ~ン、そんな若い二人には、お姉さんからとってもスペシャルな情報をお届けしますぅ」
ゲッ
「また沸いて出たな、狸ばばぁ! 今度はどこの放送局からだ?」
「狸じゃねぇし、ばばぁでもねぇ! ピッチピッチよ! ピッチピチ」
「んで、今度は何だよ!」
「あたし言うの忘れてたのよさ、少年。この島の名前は"ジャーブラ島" 瓢箪のような形をしているのは、鳥瞰図で確認済ですよ ねぇ~ 童貞少年 ユ・ ウ・ ガ く ん」
むかっ
「こいつ、俺が鳥の図って読んでたの、馬鹿にしてんだろ! 」
「ユウガ 黙って 聞く」
へい
「へっ少年、もう尻に敷かれてやがんの」
「では改めてジャーブラ島ラジオ放送局 GBS美人ナビゲーターのジョセフィーヌが教えてあげましょう。ズバリ、島の中心部に向かえば向かう程、モンスターは強くなるのです。では二人の成功を祈る! なお、このテープは自動的に消滅しちゃうのよさ」
シュゥゥゥ
「最後は、スッパイ大作戦をパクリやがった」
「ユウガ......今の」
うん すべってた。
______その頃、同時刻の日本では......
「こんにちは~、夢野さん 居ますかぁ?」
一人の美少女が、またユウガの家を訪ねて来ていた。彼女はピンク色のパーカーを着て、左腕には赤いZーSHOCKを嵌め、やはりトレッキングブーツを履いていた。
「はいはい、どなた様で......!?」
「はひっ! あなたぁ! 鶴吉ぃぃ大変よ、ちょっと玄関まで大至急!」
つい先日、似たような言葉を母亀代が口走っていた。
「なんだよ、騒々しい......って」
ふがぁぁ!!
父鶴吉も途端にあたふたして、レイの時と同じように突然の来客を、丁重に居間に案内したのだった。
「お嬢さん、次からは私の事は、お義父さんと......」
スパパーン
亀代の便所スリッパが炸裂!
「あんた! まだそれは早いの!」
「しかし亀代、息子の嫁が二人も......」
「本目はどっちかユウガに聞いて、慌てるのはそれからよ!」
「ふあっ嫁!? もうそんな事に......夢野さんったら。でも二人って? まさか、あの北川レイ!? 」
デジャブなのか全く同じ展開が、夢野家で起きていたとは、ユウガもレイも知る由もなかった。
______3kmポイントで石を置くと、俺とレイはベースポイントまで戻ろうと、また食料を探しながら歩いていた。
「狸ばばぁ(ジョセフィーヌ)の話では、内陸に入らずに、こうして浜辺を歩いているだけなら、モンスターに出会わないと解釈出来るね」
「ユウガ 安心して 食料 探しましょ」
「と言ってもね、俺もこの道は何度も歩いているけど、何もなかったんだ」
このまま帰れば、またバナナ定食が待っている。男としてレイには、もっとマシな食事を用意したいと思うのだ。
そう思って歩いていると、レイは海ばかりを見ていた。
「レイ、ここは異世界だけど、一応南国の島なんだから、海の幸は期待できないよ。沖に出るなりして、潜ればなにか見つかるかもしれないけどさ」
暫く歩いてベースポイントに戻り、休憩タイムだ。
二人でチンピラモンスターをどう倒すか、作戦を立てる事にしたのだ。
「レイ、最初はスライムとかゴブリンのような、弱小モンスターに絞ろう。どんなモンスターが出るかは出たとこ勝負。初戦はベースポイントから内陸に向かって300mまででどうよ?」
300mと言うのは、モンスターから逃げる時、全力で逃げ切れる体力を考えての事だ。それはモンスターが、砂浜までは追って来ないと推測したからだが、間違っているかも知れない。
体力がHP10の並丼の俺が、レイの足を引っ張る丼臭い訳にはいかない。
「ユウガ それで いく わたし アスリート 」
「相手が一匹以上、もしくは強そうだったら、即退却。基本、モンスターは一匹で様子を見る。一匹なら俺がナイフで威嚇。隙を見てレイのファイアーボールで攻撃だ。接近戦が可能な相手なら、俺はナイフで戦う」
「ユウガ ムリ しない」
わかってる。
「まず、レベル1がどれ位で上がるかだな。1でも上がれば戦いが楽になる筈だ。今のままでは、俺はトーシロー以下だし」
「わたし どうしたら」
カロリー不足なのに、無駄に鍛錬をしたら、それこそ体力が減ってしまう。今は体力を温存してレベルアップ1を目指せばいいのだ。
「ユウガ! カロリー 増やす わたし 漁に 出る」
「何を言っているんだよレイ、船も道具もないのに漁は無理だよ」
もう1時間もすれば日没が近い。どうやって漁をするのか知らないが、時間がないのだ。
「いいの わたし 任せる」
とレイが言うと、海に向かって歩き出した。
トレッキングブーツとニーハイソックスを脱いで、膝まで海水に浸かった所で、レイが両手を海に突っ込んだ。
『ゴクリ レイの生足ええなぁ~ 眼福、眼福』
その目の前の眼福が、ユウガに惚れているとは知らず、この男はいろいろな意味で幸せ者だ。
10秒くらいそうしていただろうか、やがてレイが振り向くと、両手に大きな貝が2個乗っていた。
「どうしたんだよこれ! 大粒のホタテ貝じゃないか?」
「これ わたし ファイアーボール 焼くの きっと 塩味 効いて おいしい わたし は とっても フルーティ 」
「最後の意味が分からん」
採れたて新鮮なホタテ貝を、南国の島で食う。そんな贅沢が出来るとは、俺はまるで思っていなかった。
2個のホタテ貝に向け、両手の平からファイアーボールを放つレイ。
「あのね ユウガ わたし スキル "無い物ねだり" なの。ホタテ2個で4ポイント ファイアーボール 二発で4ポイント 残り2ポイント」
「レイ、おま、そんな便利なスキルまで貰ってるのかよ。何もない俺が馬鹿みたいじゃないか」
「Non 何も なくても ユウガは ユウガ」
ジュゥゥ
「はい 焼けた ユウガ あ~ん」
「俺、赤ちゃんかよ??」
もぐもぐ
「美味い!!」
ホタテの貝は皿にもなる。今度は焼けたホタテから出た、熱くて旨味たっぷりの貝汁をすすって飲み込んだ。
ズズっ
「かぁ~、塩味がほんのり効いてて、とっても美味いよレイ」
ほにゃん
『これも 内助の功 隠し味』
「ああ、こんなに美味いホタテを食べりゃ、明日の初戦もイケそうだな」
『あん......イクに イケナイ この わたし 明日こそ 初戦 ユウガと わたし』 レイ心の俳句
空腹にまずい物は無い。しかも高級食材ホタテには、栄養も十分ある。
レイは食器皿にも使うつもりで、ホタテをチョイスしたのだそうだ。
「ユウガ それ 理由 二つ目」
「何言ってるのレイ?」
「......Non 内緒 の 事」
「また内緒の事って......よく使うよねレイは」
「それにしてもスキル "ない物ねだり" ってスゲエ。それって欲しい物が何でも手に入るって事だよな」
笑顔の俺に対して、レイの表情は硬かった。
「ひとつ 2ポイント せいぜい 食材 武器とか 必要な物 3桁以上 なんでもじゃ ない」
ほへ~?
「うん それに リキャストタイム 24時間 この間 モンスター 出たら わたし 役に たたない」
「じゃ明日の初戦、レイは残り2ポイント、つまりファイアーボール一発分って事?」
「ユ、ユ、ユウガ イッパツ それも いい」
「俺が元気になっても、レイのMPに余裕が無くなった。明日は無理しないで確実にいこう」
「うん 別の事 がんばる ユウガ」
??
明後日にはレイのMPは全回復する。それなら初戦は明後日に変更してもいい。俺は、明日は様子見程度でいこうと決めた。
美味しいホタテで、腹の虫が満足すると、次は睡魔がやって来る。
俺とレイは、早めに睡眠をとる事にした。無論、明日の初戦に備えてだ。
「おやすみレイ」
「ユウガ 腕枕 明日こそ ショセン」
「レイって、何言ってんの?」
「ユウガ やっぱり バカ」
「なんだよレイ、バカ バカって......そりゃ俺は馬鹿だけどさ」
「じゃぁ ユウガ 超 鈍感」
「おまえ何だか 変だよ」
ふにゃぁ
『! ユウガが お、おまえって それ 超 嬉しい!』
怒ったりスネたり、途端に笑顔になったりと、忙しいレイだった。