EP4 クラスメイトの気になるアイツ *
<<転移>>
______第3日目 推定8月3日
ユウガの目が覚めたのは、太陽がすっかり舞上った午前7時40分だった。
「おあぁっ! いかん遅刻じゃ! 遅刻。亀代め、何で俺を......」
と言いかけて、はたと異世界サバイバル真っ最中である事を思い出した。
「日本なら、今頃朝飯をかき込んでからクソをし、ケッターマシンに跨る寸前だった」
「待て待て落ち着け、寝坊しようが慌てる必要がない。ここは天下無敵の異世界なんだから」
ユウガの自宅から高校までは、ケッターマシン時速30kmキープ走行で約20分の距離にある。息は切れるが、我ながら体力があると感心してしまう。
通常なら午前8時10分には、学校の校門にゴールを決めている時間なのだ。
この時間はまだ登校ピークの少し前に当たるが、俺は定期バスの如く正確に、この時間に学校に現れるのがマイルール。
はぁはぁと息をきらして教室に入ろうとすると、必ずクラスメイトのアイツが、横すべり式ドアに立っている。
「ボンジ......おはよう......」
「う、ああ......おはようボンジ......??」
たどたどしい話し方をする彼女と話すのは、一日でたったそれだけ。後は殆ど会話をした事がないメイトのアイツだ。
『おかしいな、他のメイトとは確か......普通にしゃべってたんだが』
しかし流石に彼女を知らない学生は、全校生徒を探しても、誰ひとり存在しないと断言出来るだろう。
何しろアイツは、母親がフランス人で父親が日本人のハーフなのだ。瞳はオッドアイ。ブロンド系ロングヘアーが美しくて、俺の想像だけどスリーサイズは85-65-85か! スタイルはグンバツ。極め付けは、アイドルが裸足で逃げ出す程の美少女なのだ。それに頭脳も優秀とくれば、将来はモデル、女優、女子アナでも何でもイケるだろう。
「将来が超有望な、そんなメイトなアイツだ」
「アイツと言えば、夏休み前の水泳のある体育授業は凄かったな。他のクラスの男子生徒が、腹が痛いの、頭が痛いのと言って授業をエスケイプして、プールサイドに集まっていたからな。ちょっとしたアイドルライブだったぞ。そればかりではない、近所のハゲたおっさんまでもが、ゴキブリ・ホイホイみたいに吸い寄せられていたな」
「それになんだよ、止めに来た筈の他クラスの教師までが、一緒になって鼻の下を伸ばしていたぞ。何なんだよアイツは。俺には関係ないけどさ......」
そんなメイト、アイツが毎朝教室の中で同じ時間、同じ場所に立っていて、俺と「ボンジ......おはよー」を言うだけなのだ。
「夏休みが明けたら、アイツはまた朝の教室で立っているんだろうな。ケッターマシンで息を切らした俺に、ポンジュースはいかが? って毎日聞いてたのか? アイツの家庭の事は何も知らん。変わったメイト、アイツだ」
「なーる、そうか! ひょっとして愛媛県に農家の親戚とかが居たりして?」
そんなアイツの事を、今日も思い出している訳だけど、アイツも夏休みだ。
「今頃は、母親の母国フランスにでも旅行してるんじゃないのか? ハーフだからな」
______「へ、ヘクチ」
「あらまぁ レイちゃん、夏風邪なの? それじゃ バカンスに行けないわよ」
「......いいの ママ わたし......」
その俺のメイト、レイ(アイツ)はどこへも行かず日本に居て、レイは風の噂で知っていた。
ユウガが日々、ありがた神社でサバイバルの修行をしている事を。そして夏休み全ての日程を、宿題も何もかも放り投げて、裏飯神社で新たなる修行をしていると聞きつけていたのだ。
噂を聞きつけてからのレイは、我慢出来ずにユウガの自宅を訪ね、母亀代にユウガの居所を聞いたのだ。
初めてレイを見た亀代は、腰を抜かして驚いた。突然ハーフの美少女が、我が家の玄関に降臨したのだから。
「鶴吉! あ、あんた大変よ、ちょっと玄関に大至急よ!」
「なんだ亀代、宝くじの300円でも当たったのか?」
「宝くじなんて、屁のつっぱりにもならない大事件なの!」
ほへぇ~!!
父鶴吉も天変地異級の驚きを隠せなかったが、立ち話も無粋とばかりに、レイを居間に案内したのだ。
「まぁまぁ、クラスメイトのレイさんですか、それでうちのユウガとはどんなご関係でしょう?......もじもじ」
「亀代、お前がもじもじしてどうする!」
「初めましてレイさん。これからは私の事はお義父さんと......」
スパーン
亀代の手には、緑色をした便所スリッパが握られていた。
「あんた、それは今言ってはいけないお約束なの」
鶴吉と亀代の中では、既にユウガの嫁に決定していたのだ。
キン コン カ~ン らしい。
「ユウガとハーフの嫁か、孫はクォーターになるのか、なぁ亀代」
......それはさて置き、我が高校ナンバーワンと言うより、全世界で通用する美少女レイなら、当然ストーカーみたいな存在が沸いて出て来る。
休日に俺の家を訪ねるレイを、密かに尾行する影があった。
『くっ、あの女』
______あ~さて、妙に気になるアイツだったが、今日のメインディッシュは小屋作りだ。しかし肝心な事が欠落している事に気づいてしまった。
それは"火"だ。
確かに太陽が出ていれば、十徳ナイフの小型ルーペで火は起こせる。
午後から焚火を夜まで燃やし続けるのは、資源の無駄遣いに繋がるのだ。乾燥した流木がゴロゴロしている訳ではないので、焚火は調理する時だけに限りたい。
「うーむ、風にも強いGippoのオイルライターがあれば良かったな。しかしそれは俺にとって反則技の何者でもない。却下だ」
火の問題は後々考えるとして、今日は小屋を作る事に専念すると決めた。今のところ、スコールはなかった。濡れネズミになる前に、早急に小屋を作った方がいろいろと便利なのだ。
昼間のスコールなら、素っ裸になってシャワーと洒落込めるし、太陽の熱で体はすぐに乾く。
「しかし、スコールはいつ来るか分からんし」
長所もあれば欠点もある。それは人間と同じだ。
バナナのストックと真水、椰子の実はある。ここは気分を集中して小屋づくりを始める事にしたのだった。
小屋は砂浜と内陸に入る境の、割と固い砂地に決めた。
水平は取れないが、内陸に頭を向け、足は海方向に向けて寝るのだ。流木や集めた木を弦で縛って、足を乗せて寝れば、なんとなくリクライニングの椅子で寝ているように錯覚出来る。
「錯覚も思い込みも、精神をリラックス出来るのなら、サバイバルで生き残るには必要なのだ」
こうして四隅に支柱を立てて、バナナの葉に弦を通して乗せただけの簡易住居が完成した。使った名も知らない弦は結構柔軟で、ロープワークもなんとか役に立ったのだ。
「問題は強度だな。一応要所はトラス構造にしたし、風で飛ばされたら、またその時に考えよう。ペグとロープがあれば、更に丈夫に出来たのにな。まぁ"無い物ねだり"は止めよう」
緻密に考えるより、風に流される柳のように、ゆらゆらと柔軟に考えた方がいいのだ。
食事はバナナばかりでカロリー不足だし、疲労も早く来る為、早々に仕事を切り上げて、早めの晩飯を摂る事にした。
だんだん米が恋しくなってきたが、そこは我慢するしかない。
晩飯はお馴染みのバナナと、椰子の実の白い脂分だけだ。
「自然薯とかが見つかれば、火を起こしてバナナの葉で包んで蒸し焼きもいいな、おっと、ひょっとしたら天然のコーヒーの実なんかもあったりして」
今はバナナを他の食材に脳内変換して、いつものように腹に入れるだけだ。
コーヒーは豆をミルしたり、ドリップしたりで道具がいろいろ必要になる。そう簡単にはいかないが、これは漢の夢とロマンだ。
<<転移>>
______第4日目 推定8月4日
夜露や風を凌げるようになり、睡眠がより深く取れるようになったのは有り難い。
日の出と共に起きて、日没で眠る。火の問題が解決すれば、眠る時間はもっと短くなる。
今日もいつもの定食、バナナと椰子の実だ。それに椰子の殻に入れた真水に、海水を混ぜたスポーツドリンクの3品セットとなる。もう少しマンゴーが熟せば、トッピングが増えて朝食が賑やかになるのだが、もう少し我慢だ。
マンゴーは小まめに収穫したので、ストックは30個くらいある。一日1個を食べる予定で、ビタミンの摂取に期待が出来るのだ。
小屋はなんとか完成したが、問題はカロリー不足だ。今日からまた歩測を開始しながら、食料探しの一日が始まる。
今日のメニューは、ここのベースポイントから更に時計周りに歩くのだが、もう少し距離を延ばしてみたい。
「今日は5000歩にして、2km歩いてみようか。帰るとまた2kmで計4kmだな」
距離を延ばさないのは、日差しもあるし、水筒がないから歩く距離を制限している為だ。
2kmポイントと3kmポイントに石を積んで、それぞれに2個と3個の石を置いた。
今日はここで帰ろうとすると、遠くに銅色に光る何かが目に入った。
「あの銅色は......」
ここからブロンズ色まで、2kmくらいあるか。障害物が何もないので、割と近くに感じるが、行くか止めるか、ユウガは思案した。
「水分補給のアテがない以上、無理は禁物だ」
ユウガは、ここは大人しく帰る事にした。
また2km歩いてベースポイントの小屋まで戻ると、早速水分を補給して休憩タイムだ。
「あのブロンズの光が気になる。しかし距離が延びれば延びるほど歩測は困難になるから水筒は必須だな。うーむどうしたものか」
初めに歩測でマップを作ろうと考えたものの、とんだ落とし穴に嵌まり込んでしまった。
「バナナのストックも底をついて来たし、明日は旧起点ポイントに戻ろう」
そう考えると、今日のメニューはここで終了となった。
「あのブロンズの光が何なのか、あれが何かの役に立たなければ、俺のサバイバル生活に何の利点もない。ただの光るオブジェだ」
晩飯までには、まだ時間がある。
ユウガは、また内陸に向けて探索を続ける事にしたが、熱帯植物が生い茂り、なかなか進めないのだ。体力を消耗しないよう、ここでも小屋に戻る判断を優先した。
「ふぃ~、今日はこの位にして、もう休もう」
どかっと腰を下ろすと、途端に睡魔が襲って来た。やはり体は疲れているのだ。ユウガは暫く仮眠を取り、晩飯を食べるなりまた眠りについたのだった。
______「......ユウガ どこ 居る の ?」
「! 今、誰か俺を呼んだような?」
『むぅ、なんて強い想いなのさ。彼の為に....組み込んじゃおうかなぁ.....それにしてもモテモテじゃんよ。チッ、あたし嫉妬しちゃうし』