EP33 レイ最後のキッス
冒険者達があざ笑う、最弱モンスターはスライムだ。
しかし、3階層のスライムは別格であり、俺のナイフとシミター、レイのファイアーボール、ランのスタッフによる刺突が全く通用しないのだ。
無論、メーダの武器が魔弓であろうと、防御の厚い核までは届かない。
______「主、ここはチャントで御座る!」
「リーダー、あたし分かったわ! 見てて」
ランの持つスタッフ<ナビコマ>ちゃんは、主と認めたランに限って、ランの能力をブーストする。それは俺も承知しているけど、もう<ポイズン・スライム>が間近に迫っているのだ。悠長にしている場合では無かった。
ぐにゅあ ぐにゅり
体長が2mを越すスライムが4体。その緩慢な動作のお陰でなんとか身をかわす事は出来そうなのだが、横に並んで通路を塞がれたら、恐らく俺達は扉まで戻れたとしてもそこでツミだろう。固く閉ざれた扉が俺達を逃がさない。
それは3階層の扉が、強酸で歪に溶けていた事からも容易に推測出来た。以前にも閉じ込めらた冒険者が居た証拠であり、その冒険者達は恐らく生きては帰れなかっただろう。
スライムには、強酸と猛毒がある上に、亜種の麻痺や昏睡を食らえば、もはや俺達に打つ手はない。
ウネウネと小刻みに震えて、今にもそれぞれのスライムが粘液を発射する準備に入っている。
グニぃ グニ グニぃ
「駄目だラン早くしろ! ポイズンもパラライズも、粘液を発射する体勢だ! 逃げろ! ここは距離を稼いでからだ!」
俺の必死の叫びにも関わらず、ランが両手を組んで軽いリズムを口ずさんでいた。
ラ~♪
それが一気に加速して、アァ~♪に変わると異変が起きた。
これは!?
ビリビリビリと、鼓膜に響く音が次第に強くなっていくと同時に、先頭の<ポイズン・スライム>の鈍い動きが止まったのだ。
ラン?!
ラァアアアア~♪
ランが発する"ア~"が、ダンジョン内を反響して更に強くなっていった。
ビリビリビリ
空気が、水面に投げた石が作る波紋のように波打ち、力を伴って震えているのが分かる。
これは共振か?
「ユウ殿、レイ様、耳を塞ぐで御座るよ」
ナビコマちゃんは、メーダには警告する事はなく、共振がピークに達したのか、ランが叫んだ。
「ショォゥ ドゥ!!」
クワァァン
その瞬間、<ポイズン・スライム>のボディに、俺とレイのコンビネーションプレイでは破壊出来なかった、核に通じる穴がポッカリと開き<ポイズン・スライム>の青い核が露出した。
「ポイズンの核が見えるわ!」
そう叫んだのはメーダだった。
しかし俺とレイは、あっけに取られ攻撃するチャンスを逃してしまった。
!! やっちまった!
ユウ!
レイが<ユーラン>を手に、核を突き刺そうとした時には、せっかく露出した核までの穴が閉じてしまっていた。
はぁはぁ
ランが唱えた<ショォゥ ドゥ>は、ランの肺と体に大きな負担をかけた。このスキルは、長くはチャントが出来ないらしい。
ランが作った折角のチャンスを、俺は無駄にしてしまった。
「糞、うまくいけば、ポイズンだけは倒せていたのに!」
今更悔しがっても遅い。ポイズンとパラライズが目の前ま迫っているのだ。
ぐにゅり ぐにゅり
チィ
「レイとラン、槍とスタッフを構えて!」
すると今度はメーダがチャントを始めた。
ラ~♪ アぁぁぁ~♪
「ショオウ ドゥ!!」
「ショオウ ドゥ!!」
ドオァ ドォア
メーダのチャントは長かった。ポイズンとパラライズの2体に交互にチャントすると、2体の青い核が露になった。
連発でこの威力、明らかにメーダのチャントが上回っていた。
「今だ、レイとラン、核を突け!」
はい!
はぁはぁ! はたしも やるぅ
ザスゥ ドスゥ
核を直接突かれれば、LV7 のスライムであろうと、最弱スライムとなんら変わりは無かった。
ドロドロゥゥゥ
見る間に融けていく氷のように、スライム2体はその形を崩していく。
「離れろ!」
まだ強酸の<キング・ゼリー>と<スリープ・スライム>が残っているのだ。
ヴヴヴ
<スリープ・スライム>が先制の粘液を射出した。
ビュ ビュ ヌチャ ビチャ
チャントを唱え、更に無理やりナビコマちゃんを突き出して、呼吸が整わず動けないランが狙われた。
強化スペシャル・バニースーツのフォース・フィールドは、20%から30%まで強化されているが、粘液のような液体には防刃効果は通用しない。
ベチョ ベチョ
ランはもろに、<スリープ・スライム>の昏睡粘液を浴びる事になってしまった。
グラァァ~ パタン
即効性の粘液で、昏睡したランが地に倒れこんだ。
トドメとばかりに、<キング・ゼリー>が強酸を射出しようとランに接近して来る。まるでスライムのコンビネーションプレイだ。
スライムの連携は、最後は<キング・ゼリー>の強酸で、獲物を溶かして捕食するように思えた。
「ランがやられる! しかし助けに入れば、俺もレイもメーダも道連れになる。どうしたらいい!」
ついに<キング・ゼリー>の溶解粘液の一部が、動けないランを捉えてしまった。
ジュ シュウゥゥ
強化スペシャル・バニースーツのフォース・フィールドが、粘液の侵食を少しばかり防いではいるが、スーツの胸部が溶け始めた。
昏睡状態のランは、今の自分がどうなっているのか分かってはいない。このまま溶かされていっても、気づく事がないまま、わずか齢15の命を終えてしまうだろう。
「ラァーン!!」
涙を堪えた俺が、いくら叫んでもランには届かない。
ZZZ
深い眠りについたランは、半裸で絶対絶命の危機を迎えてしまった。
「計画が......仕方が無い。こうなったら、あたしも無理をしなければ!」
メーダが再度チャントを始めた。時間がない上に粘液が、今度はレイと俺にも届きそうだ。
俺とレイが、ランとメーダの周りを駆け、酸と昏睡粘液の射出を牽制して動きまわる。
ラ~♪ アぁぁぁ~♪
「ショォウ ドゥ!!」
「ショォウ ドゥ!!」
2匹のスライムに穴は開いたが、先頭は<スリープ・スライム>、レイはまだ陽動の最中で、刺突出来るのは1匹が限度だ。
「俺はシミターではなく、シャークテックナイフを<スリープ・スライム>目掛けて投げ込んだ。
シヤッ 当たれ!
かなりの集中力が必要だが、<Ultra Soul>とレイの魔女の加護のアシストなのだろうか、見事に<スリープ・スライム>の核に命中、青い核を粉砕した。
ドロドロゥゥゥ
「ユウはぁ、はたし <バスター・ボイス>=BV 使い過ぎたの もう 動けなひ」
はぁはぁ
今度は、メーダもランと同じように息も絶え絶えになっている。
パタン
「糞、残るは俺とレイだけか! だけどもう駄目だ、攻撃手段がない」
もう駄目だと観念した時、人は自分の過去の思い出を走馬灯のように見るらしい。
『見える 俺がレイと 仲睦まじく......』
刹那とは思えない程、見えた刻は永かった。
「俺達はここで終わる......もう日本には帰れない」
「ユウガ......」
チュゥ
レイ最後のキッスが、死の恐怖を忘れさせてくれる。




