EP3 歩測! 気分は伊能忠敬なのさ......そしてあの子もまた *
<<転移>>
______第2日目 推定8月2日
俺は夜中? に目を覚まし夜空を見上げた。
ZーSHOCKのバックライトを点灯して時間を確認すると、我が相棒は午前2時を告げていた。
「すげぇ! 夜空が宝石のように光り輝く星で埋め尽くされている! こんなのハッブル望遠鏡が捉えた写真と、何もかもがクリソツじゃねぇか!」
などと写真でしか見られない鮮やかな星空に、感動の嵐が身を包む事で暫し時間を忘れてしまった。
しかし南国と言えど、夜は冷え込んで来る。
こういう時は、持って来た100均のビニール合羽がモノを言うのだ。着ればウィンドブレーカーにもなるし、保温に役に立ってしまう。
冷えたのか、ちょうど息子が尿意を主張して来たので、星明かりだけを頼りに立ち上がった。
ヨッコラセット
ジョロ ジョ ピチョ
解放感はあるけど、水分補給が少ない為か、出が悪く量も少ない上に切れが悪い。
「息子よ、もう少しの辛抱だ」
何の辛抱だかは意味不明だが、天体観測ではよく夜中に起きて観測をしたものだ。そんな癖が手伝ってか、今日も自然に目が覚めてしまったのだ。
「おかしい、あの星は何だろ? 星座が全く確認出来ないぞ」
夜空には、ユウガが天体観測で覚えた星座が、ことごとく存在しないのだ。
「そうか、ここは地球じゃない異世界。俺は異世界に転移したんだ! それなら納得出来る」
切り替えの早さがユウガの長所だ。そうでなければ、サバイバル生活初日で、普通の高校生なら「なんの罰ゲームだよ」とガン泣きしている事だろう。
「地球じゃない異世界の、地球によく似た南国の島? 大陸? それは分からんが、明日は食料調達を兼ねて、歩いて簡易マップを作製してみるか」
そう考えたのは、まず相棒ZーSHOCKにはコンパスが付いている。
「こいつは頼りになるな」
そして、サバイバルに必要な知識として、自分の体をメジャー代わりにする事は基本である。
両手を広げれは、それは俺の身長とイコール、つまり177㎝、そして俺の足は26㎝、歩幅は体力消耗を考え、控えめに歩いて約40㎝だ。普段なら45㎝から50㎝になる。明日からテクテク歩きながら、島なら一回り、大陸の一部ならkm単位でマーカーポイントを石で積み上げておくという寸法なのだ。
「ダンジョン後略にマップは必須。サバイバルにだって、マップがあるのと無いのでは天地程の差があり、無駄が省ける事になるからね」
______ユウガはこう考えた。
まず今寝ている所を起点とし、ZーSHOCKで東西南北を確認、惑星なら異世界であろうと地磁気はある。と思う。
進行方向の方角をまた確認して、1km単位で石を積み上げる。俺の歩幅でざっと2500歩の距離だ。
木の枝でも流木でもなんでも構わないが、石の個数でkmを表示していくのだ。
「明日の目標は、一個目の1kmポイントを作る事だ」
体力の消費を考えて、毎日少しずつ繰り返せば、なんとなくマップらしい物が出来る筈。
このユウガの方法には一つ欠点があったが、まだそれに気づいていなかった。
江戸時代、日本では伊能忠敬が日本の海岸線を測量して、初の地図を完成させている。
それをサバイバルで行いたいのだが、ソロでは無理だし測量器具もない。
「伊能さんは導線法と、やはり歩測を利用したらしい。俺はソロだから歩測が主体で、正確な海岸線なんて出せる訳がないし、出さなくてもOK」
ぶつぶつ
相手も居ないのに、ぶつくさ言いながらまた眠りに入るが、予測した日の出まで後2時間くらいある。
「仕方がない。精神統一してから寝るか」
俺はまた寝ようとするが、日の出が気になってなかなか寝付けない。
あーだこーだと、考えながらも心は不思議と軽やかだった。
「今の時間なら、あの子はまだ熟睡してるか。きっと綺麗で可愛い部屋なんだろうな」
「うん? どう言う事だ? なんでまたあの子が出て来るんだよ」
ユウガが一人眠ろうとすると、決まって出て来るのは、髪をかき上げて俺と色違いの赤いZーSHOCKを見せる......あの子の面影だった。
『どうして俺は......』
______午前5時過ぎ
太陽の赤とオレンジ色が、水平線を浮かび上がらせて頭をもたげて来た。
「正真正銘のサバイバル2日目の朝だ」
太陽はあっと言う間に全貌が現れ、もう水平線の上に浮かんでいる。
俺は海水で顔を洗って、うがいもした。
「やはり、しょっぺぇ。さて、バナナを食べて出発だ」
明るい時間に予定をこなし、日が暮れると同時にその日の活動を終了する原始生活。夜、むやみに動いても意味がないのだ。
現在自分の居る場所に、流木でエックスを作って重しに石を置き、北の方角に石を並べて置いた。
「風や波で飛ばされ動く可能性はあるが、起点ポイントだから何度でも作れる」
「木づちでもあればな」
そしてユウガは時計回りに歩き出した。
「海岸沿いに歩くのだから、砂浜に落ちている物と、内陸の植物を観察しながら、2500歩の第一歩を歩き出したのだ。
「水、水を早く確保しなきゃ......」
遠目に椰子の木は沢山あった。
「真水が無理なら、海水を飲む事も頭の隅に入れて置こう」
喉が渇くが、やっと1kmポイントに到着した。
「ここまでは、特に何もなかった」
また起点ポイントに戻る為、休憩を兼ねて茂みの中に足を踏み入れた。
「マンゴーはまだ熟していないし、何かこう、サクッと食べれて水分のある果物とか無い物かねぇ」
「そうだスイカだ。スイカなら水分がたっぷりあるし、保存もある程度効く。はん! そんなうまい話はないな......スイカは野菜だったっけ?」
自問自答って意味は無いが、孤独を紛らわすには仕方のない事だろう。
携帯食料としてバナナ1本がウエストバッグに入っているが、流石に少し飽きて来ている。
チョロ チョロ
「うっ? 出の悪い俺のションベンみたいな音がする」
「これはもしかして、水 ?」
はっとして地面を見ると、なんと湧き水がチョロチョロと流れているではないか。
それはあっと言う間に砂に吸い込まれていく。
「うわっ 勿体ない」
俺はその源流はどこかと、更に内部へと足を進めた。
「ここだ! あった! 湧水だ!」
起点から僅かに1km地点で、真水をゲット出来たのだ。これは正に生死の分岐点だった。
「いける! 水さへあれば毎日バナナでも死ぬ事はない。それに湧水と海水をミックスして飲めば、塩分の補給も出来る。即席のスポーツドリンク これはイケそうだ」
ちなみに、俺の被っているグレイキャップ、これは防水仕様で内側に水を溜めても漏れない、簡易バケツにもなるサバイバルキャップなのだ。
「ふふ、俺の持ち物に死角は無いのだ」
湧水の発見は、この日最大の収穫であり、これで歩測作業も1kmではなく、一日2kmでも可能となった事を意味している。
「素晴らしい発見だよ。これなら、ここを起点に変更しよう」
サバイバルは、現場の状況に素早く対応してこそ真価を発揮する。
「うまい! ひんやりしてうまい! 」
異世界に来てから、初めて飲む水は格別だった。
最初に設定した起点ポイントから、残りのバナナとマンゴーを取りに戻ると、本日は3kmを歩いた事になる。
戻ったユウガは、地面に枝で地図を描いた。
「ここを起点として逆回り1km地点の内陸にバナナの木とマンゴー。現在、湧水のあるこの地点をベースにして、シンプル住居を作れば、食と住はなんとか揃ったな」
「もう焦る事はない。拾った椰子の実をナイフで加工して、食器を作りながら椰子脂を取り出せば、石鹸代わりにも使える。食べて良し、ひょっとしたら脂でろうそくなんか......作れるんじゃね?」
なたね油と糸は、江戸時代までは明かりとして暮らしに溶け込んで使われてきたのだ。
「椰子脂だって、その気になりゃ......使えるといいな」
この発想はユウガには無かったが、あるものは何でも利用しなければと言うサバイバル精神から閃いたのだ。実際パーム油を利用した蝋燭は、高級品として好評なのだ。
だんだんと生活の知恵が、ユウガの行動に比例して発見、増えていった。
「真水にバナナとマンゴー、椰子の実の利用と海水。そして夜の明かりの確保! これは大きいぞ」
大きな安堵は、精神をリラックスさせ、更なる良いアイデアへと誘ってくれる。
「そうそう、もう拠点ベースはここに決定して、バナナの葉で小屋もどきを作ろう。家があるってのはいいもんだし、どんな家でも主になった気分になるからな」
そうと決めたら、もうバナナのある旧ベースポイントへは戻らず、内陸へ向かって柱となる木を探す事にした。砂浜には大き目の白い流木も点在しているので、これも利用させてもらう。固定には弦を、これまたサバイバルで覚えたロープワークを駆使するのだ。
「すごいじゃん俺、サバイバルの知識が、スンゲェ役に立っている。でも湧水の発見がなかったら、挫折してたかもな俺」
ジャングルのような内陸で、道に迷わないようマーキングをしながら、弦と太めの木を十徳ナイフの70mmノコギリで確保した。
「これで骨組はなんとかなりそうだ」
「明日、バナナと、葉を取りに戻って、早速我が家づくりだな」
もうサバイバル生活というより、少年が秘密基地を楽しんで作っているような気分だ。ユウガの口から、ふんふんと鼻歌までが出ている。
「湧水があるから、たまには臭くなったパーカーも洗えるしな、もう言う事はないよ」
「住居用材料の確保で体力も落ちているから、今日はここまで。無理は禁物だからな」
ゴロンと横になると、うとうとし始めるユウガだった。
しかし、ご機嫌なユウガには、一つ忘れてはならない物がある。
それは "火" だ。
疲労が重なっていたのか、ユウガはそのまま翌日の朝まで眠り続けた。
______「ユウガ くん どこ? 私の 赤いZーSHOCK 教えて お願い」
「おやおや? この強い思いの波動は......あの少年への......ふふっ、これは好都合ですかねぇ」