EP2 目覚めた先、そこは......*
<<転移>>
______第1日目 推定8月1日
ザサァァ ザザ~ン ザサァァ
ううっ
俺はザワザワと、いつもの朝の生活音とは違う何かで目が覚めた。
『なんだ? 夢 ? それとも朝なのか?』
まだはっきりとしない頭と眼で周りを見ると、視界がやけに広くて白く明るい。
手は砂を掴んでうつ伏せに倒れていたが、被っていたグレイキャップが、顔の下にズレ落ちて、呼吸に支障は無かった。
グレイキャップとは、超常現象、UFOと言えば欠かせないあの宇宙人の事だ。
そのキャップに描かれたグレイが、無表情でピースサインをしている、俺が通販で買ったお気に入りのキャップなのだ。
ユウガの頬を暖かい風が、羽根のように撫でていくと、次第に意識がはっきりとして来た。
「なんだこれ?」
掴んでいた砂に視線を移すと、砂は確かに存在している。サラサラとした感触が、これは夢なんかじゃないと、脳が答えを弾き出した。
「これは砂? 聞こえたのは波の音、ここは浜辺か? 俺は確か、裏飯神社の森に居た筈だけど、ここはどこだ.....?」
見上げれば太陽がサンサンと頭上で主張し、青く透き通った海がどこまでも続いていた。
水平線に島や陸地らしい物も、船らしい物も見えないが、ただただ青く美しい景色に、成すすべもなくボーっと佇んでしまった。
グレイキャップを被っていない為、太陽の熱がチリチリと頭を刺激して我に返った。そして頭上の太陽を見て、最後の記憶にあるオレンジ色の球体を思い出した。
「そ、そうだ。俺はあの光に包囲されて気を失った......それで目が覚めたらこの浜辺ってか!」
いつも転移や転生が、必ず身近に存在すると信じているユウガはピンときた。
「うぉぉ! これが噂の転移! ついに俺にもキタ キタァァア!」
感動の嵐が、いつの間にか涙と鼻水を呼び、両手はガッッポーズを決めていた。
ポーズを決めながら目に映ったのは、背の高い独特な形状の葉を持った木だった。
「あれは椰子か、椰子の木がある所を見るとここは南国。島か陸地の一部かまでは分らないが、とにかく俺は生きて転移したんだ!」
サバイバルの為に、夏休みに修行しているのだ。それが裏飯神社から、修行場所が南国の島らしい場所に変わっただけだと、即思考を切り替えられる俺は、結構神経が図太い。
「これがラノベの転移かぁ! どこの誰かは知らんけど、あのオレンジ色の球体の仕業だな、粋な計らいに感謝するよ。UFO Thank you!」
この時俺は、この先夏休みが終わってどうやって帰るかなんて、爪の先程も考えていなかった。
「転移って素晴らしい! 本当にあるんだな、ロハで南国ハワイに来たみたいだ」
時間は......と、俺は腕のOASIO ZーSHOCKを確認すると、午前11時30分だった。
「曜日も変化なしっと。つまり裏飯神社からここまで、時間経過は殆ど経っていないんだな。日本からハワイだって、こんなに超特急では来れない」
そして俺は暫し"ロダン"になった。
サバイバルにおいては、置かれた現状把握が大切だ。そして環境にすぐ順応すべくまず観察だ。
そう思い、俺はまず基本装備を確認する事にした。
ウェストポーチは無事、そのまま腰にある。
「よし!」
「シャークテックナイフと、VICTORIMOX の十徳ナイフ、100均のビニール合羽に軍手と腕のZーSHOCK、全てOKだ」
それに被っていたグレイキャップは、依然砂浜に転がっていたが、首に巻いていたヤキソバンタオルも健在である。
「何も失っている物はないな。ならばコレで生きていける!」
キュ キュ
靴が砂を噛むが、重くて歩きにくい。
取り合えず日陰に入って、サバイバル・ベースポイントを決めようと、砂浜から陸地へと足を運んだ。
忘れていたが、履いている靴は登山にも使える頑丈なショート・ブーツ。靴もサバイバルでは重要なアイテムの一つで、海水には浸かっていなかった。
そして日陰に入ってまた暫し考え込んだ。気分は名探偵ホームズ。
まずここが南国だとすると、食料はさっき目についた椰子の木にぶら下がっている青いココナッツがある。問題はあの高さと、殻をどう切るか割るかが難問なのだ。
熱帯植物が見える事から、ひょっとして野生のバナナもあるかもしれない。水はなんとか確保したい所だが......内部に湧き水とかないものか。
ココナッツに穴を開けて、ストローでチューチューと中のジュースを飲むのはどうだろう。あれは南の観光地で見かけた事があった。
「ん? 待てよ、十徳ナイフにはプラス・ドライバーが付いていたな、あれでシコシコすれば、穴は開くんじゃね?」
そうした知恵と発見は、後から気づくものだし、それは現場でやってみなければ分からない。それがサバイバル。
「十徳ナイフの選定を間違えたっぽい。リーマー付ってラインナップにあったっけ? それにしても十徳ナイフは便利だ。今度買う時は機能を良く考えなければ」
一日が24時間なのか、日の出と日の入りが日本とどの程度違うのか、確認する事はたくさんある。
「動き回って無駄に体力を消耗する訳にはいかない。ここからバナナの木は見えないものか」
と辺りを注意深く観察する。サバイバルの為に植物を研究して来た事がここで大いに役だった。
「おっ、あの葉の感じは......」
独特な葉を見失わないよう、10分ほど内部を掻き分けて、入っていくと
「ビンゴ!」
お目当ての野生のバナナの木が、ユウガに食べてくれと言わんばかりに実をつけていた。
「第一村人発見! さぁサバイバルナイフ君、君の初仕事だ」
自分より上の方に実を付けているが、取り出したサバイバルナイフで、下方のバナナ一房を切り離す。ここで欲を出して一度に大量に切り落とす必要はない。このバナナは逃げないのだ。バナナに足が生えて逃げ出したら、それはそれで怖いが。
「ズッシリと思いな。取り合えずバナナを確保出来たのは僥倖だ。バナナの葉は敷いて寝る事も出来るし調理にも使える。そのうち簡易なバラック小屋の屋根にもと、用途はたくさんあるのだ。これは有り難い」
バナナ一房と、葉2枚をズルズルと引きずりながら、砂浜と陸地の境に陣取った。
「今日はここで一晩過ごそう」
ZーSHOCKは午後2時を示していた。
昼飯は当然、さっき収穫したバナナだ。育ち盛りの高校生なので、3本がぺろりと俺の腹に収まった。
青いバナナだが、獲れたて新鮮バナナは種が大きいけど美味かった。水分はあると思うが、それだけでは足りない。
それにバナナは意外に低カロリーだったりする。3本食べても、茶碗1杯分のごはん並みのカロリーしかないのだ。
「一日に必要なカロリーが摂れないと、活動に支障が出る。むむむ」
椰子の木の下には、落下した実もあったので、新しそうな実を1個拾って来た。
「第二村人発見! いただきぃ!」
「この青い実を、シャークテックナイフか、十徳ナイフに格納してあるノコギリで、カット出来るかだ」
うまくカットすれば、中のココナッツ・ジュースがストロー無しで飲めるし、更に半分にカットして、内部のココナッッ脂もかき出して食える。
食べた後の殻は、食器代わりとして、コップや器に利用で出来るのだ。
「椰子の実は、捨てる所がない!」
「そう言えば南国の島の女性って、これをジャーブラにしてたよな。アロ~ハなんちゃって」
などと南国ビジョンを思い出しながら、慎重にノコギリを曳いていく。
ゴリゴリ
先端だけを切ろうとするのだが、抱えた椰子の実が滑るのと、のこ刃が70mmと短いので時間がかかる。
「他にもやる事はあるが、まずエネルギーチャージだ。このノコギリ ギーコ ギコは、今後のサバイバル・スタイルを確立する第一歩なのだ」
Lesson1 ノコギーコ
慎重に作業したお陰か、先端を切り落とす事に成功した。
「よっしゃぁぁ、ではココナッッツジュースを......香りもいい!」
コク コク
沢山ある訳ではないが、トロリとしたうす甘いスポーツドリンク? のような液体が体に染み込んでいく。聞いた話では大腸菌がいるとか言っていたが、そこは俺の胃酸で撃破殲滅するのだ。
ぷは~
「美味かったけど、これでは量が足りないのが大問題だな。スコールがあればその水を溜めて......しかしその溜める桶もない。これはまずいな」
ココナッツの脂は、殻の内側に白く固く付いているので、簡単には食べれない。これはナイフで削りながら食べる事にした。
「だけどバナナがあるのなら、南国フルーツを探せばあるんじゃね?」
俺は動ける内に、さっきのバナナの木の周辺を探してみた。
「またまた第三村人発見。ラノベ小説くらい都合がいい事に、今度はマンゴーだよ!」
果肉に水分を多量に含んでいる為、水分補給はマンゴーでなんとかなりそうだ。但し、マンゴーはうるし科なので、かぶれ易いのだ。収穫したら暫く熟すまで放置がいいだろう。
「そういう訳で、明日の朝食はバナナとココナッツ。これで決まりだ」
「さてと日没時間を確認したら、バナナの葉を下に敷き、もう一枚は布団代わりにして寝よう。流石に初日はクタクタだしな」
「日記に書いておきたいところだが、紙もペンもない。諦めよう」
______段々と夕日が沈む頃、我が愛しのZーSHOCKを確認すると午後6時40分だった。
「この時間って東京あたりと変わらないけど? だとすると明日の日の出は午前5時頃か。まぁ明日になれば分るけど」
これはユウガが、サバイバルを研究していた為に仕入れていた知識だ。
実際8月の南国ハワイと仮定すると、日の出が午前6時頃で日の入りが午後7時となる。
「なんだか眠くなって来たな。本格的に寝るとするか」
午後7時に就寝とは、いささか早いと思うが、周りはすっかり闇の帳が支配しているのだ。灯りなど何もないし、聞えるのは波の音と風だけ。今のユウガは眠るしか無いのだ。
......瞼を閉じると、夏休み前にクラスで最後に見た、あのクラスメイトの顔が浮かんだ。
「そう言えば、あの子......夏休みに入ってから全く顔を見ていないけど、今はどうしてるのかな? ま、いいか。俺には関係ない、ただのクラスメイトだし」
ムニャ
ユウガが、あの子を思い出す理由は腕時計だ。
あの子もユウガと同じ、色違いの赤いOASIO ZーSHOCKを腕にしていたのだ。
ユウガは、クラスメイトでありながら、あの子とは殆ど話をした事がない。
しかし視線が合うと、左手で綺麗な長い髪をかき上げて、さりげなく赤いOASIO ZーSHOCKを、俺に主張しているみたいに見えた。あれはきっと、あの子の癖なんだろうと思う。
「俺のはモスグリーンだけど、赤いOASIO ZーSHOCKを選ぶなんて、なんていいセンスしてるんだ」
『でもあの子、ひょっとしてサバイバルが好きなのかな......まさかな、全校生徒の______だぞ、そんなの有り得る筈がない』
もっこ
「......我が親愛なる息子よ、お前元気だな。おい! 煩悩退散 ! お前も大人しく寝るんだ」
Z Z Z
「寝たか、よし」
______「へ、ヘクチ」
『ユウガ くんは......どこに 居るの? 誰か 教えて』
「それにしても、俺をここに転移させてくれた責任者って、どこの誰なんたろう? なかなか出て来ないんだけど」