EP1 宇宙のスピリチュアル探究者とサバイバル *
<<転移前>>
日本時間 夏休みを目前にした7月のある日。
普段どおりの午後7時。天の星が俺に囁くように語り掛けて来る。
「来てる、今だ!」
いい加減な印を適当に結ぶと、俺は独自開発した呪文を唱えた。
「我はここに焼き立ての鰯を添えて願いたもう......ベントラ ベントラ ヒュ~ドロ ハァ~ッ!」
最後は両手を宇宙に向けて、ハメハメ波のポーズをとり、集中した気を一気に解き放った。それが俺の禁断のスピリチュアル交信"便波~(べんは~)"なのだ。
便波~が終わると、ハメハメ波ポーズを解除して寄って来た野良猫を、しっしと追い払うのも修行シーケンスの一環だ。
「昨日はししゃもで、今日は鰯。明日は何かな?」
「......あなた、今晩のおかずの鰯がまた一匹足りないのよ、まさかもう食べたの? 昨日はししゃもだったのよ」
「俺はな亀代、酒の肴を酒無しでは食わん主義なのだ。魚だけにな」
はっはっは。
「そ、そうだったわ私とした事が。おかしいわね......」
俺はいわゆる超常現象と、サバイバルに夢中な高校2年生。名前は夢野、夢野優雅だ。
夜ともなれば、我が家の2階にあるベランダは、俺の瞑想と宇宙意識が一体となる神聖な場に変わる。宇宙の叡智に触れる為に、俺は毎晩こうしてスピリチュアル交信を続けているのだ。
そんな俺は、県内の高校に通うごくありふれた高校生だと思うけど、通称、ヘンテコリン星のユウガと呼ばれている。別に気にしちゃいない。
俺は学校が終われば長居は無用とばかりに、自転車で時速30kmをキープして即帰宅するのも日課となっている。
シャカシャカと、ユウガが搔き回すケッターマシンが遠ざかっていく。
シャー チリン チリン
「ユウガ......もう帰っちゃった」
「何してんの? もう帰ろうよ」
「うん......」
趣味がサバイバルと超常現象という特殊性の為、高校の倶楽部活動にまず部室が存在しない。その二つの趣味はアウトドアが主体で、部室内でゴニョゴニョ活動するには限界がある。
どの道、同志が居ない優雅にとって、帰宅部と化して早くサバイバル本を読み漁り、ナイフの使い方やロープワークの習得、夜はビグゼン望遠鏡やNekon双眼鏡をベランダに持ち込んで、"便波~(べんはー)"を唱えたいのだから。
ユウガには確信めいた信念があった。
将来平凡なサラリーマンになる事より、大切な何かをユウガは見つけていたのだ。それがヘンテコリン星のユウガと呼ばれようが、天上天下唯我独尊の俺でいいし、それがいい。
______「お父さん、ユウガったら、また宿題もせずベントラ、ベントラって、ご近所さんからも変な目で見られているのよ。注意してあげてくださいな」
それに対して我が父、鶴吉は俺に肯定的で理解がある。
「人生に、こういう生き方でないと駄目という事はないんだ。変な目で見らると言うのは、その人が今までの常識に囚われているせいだ。だから亀代、やらせておけばいい」
「でも......鶴吉、あなた」
とまぁ、父上は俺に味方してくれるのは嬉しい。
母亀代が心配するのは、それでちゃんと生活が出来て、嫁さんの来てがあるのかどうかなのだろう。
母の判断基準は、まず生活能力なのだ。
「本当に困った子......いったい誰に似たんでしょうかねぇ」
「嫁さんが来なけりゃ、一生独身でも上等ってもんさ、男一匹、なんとでもなりますから。仮に嫁が来たとしても、名前が竹とか、梅とか......竹子に梅子じゃないのか? 親が鶴と亀だからな。出会いの運命なんて、もう決まっているのかもな」
「へ、ヘクチ」
「風邪なの?」
さて俺がサバイバルに夢中なのは、逆境の自然の中でいかに生き残るかにある。サバイバルに興味を持ち、サバイバルナイフ一本とロープワーク、野生の食用植物、昆虫、動物の生態、宇宙、気象その他知識を吸収するのは、他の何よりもとても有意義に思えるのだ。
______興味を持った発端は、9.11の同時多発テロだ。それまで幸せに暮らしていた数千人の人々が、あっと言う間にその命を奪われたあの恐るべき事件だ。
「なんて理不尽な!」
小学校低学年で、俺はそのテロ事件を知った時、怒りを覚えたものだ。
人間はいつどこで、どんな風に命を落とすかは分らない。
例えば日本を毎年襲う台風や頻発する地震もある。飛行機も船もいつトラブルか分からない。
そんな事態に遭遇し、万一命が助かったのなら、そこで必要になるのは、緊急の生命維持の知識があるのかないのかに掛かっている。生き残る為のサバイバル術が無ければ、折角助かった命が無駄になるのだと俺は固く信じている。
その為に俺が今するべき事、備える事とは......
健全なる精神は健全なる体に宿るとか。スピリチュアル交信で精神を昇華し鍛え、屈強な体を獲得する事だ。
「その為のケッターマシンであり、時速30kmキープ帰宅なのさ。精神はスピリチュアル交信で鍛練を休まず、怠惰とは無縁の宇宙と一体化した精神力を得るのだ」
更に素人でも緊急時の医学知識が必要になる。俺は大学の医学関係を目指すつもりは無い。自慢じゃないが、そもそも、そんなハイ・スペックな頭脳を持ち合わせていないからだ。
思いつくのは、人工呼吸と心臓マッサージだが、未だに実践した事はない。
「これは今後の課題だな。相手がいないし。マウストゥマウスは必須なんだけど」
思わず不純な想像をしてしまうのは、青春の象徴だ。
「ええぃ煩悩退散!!」
「待てよ、俺の頭がもし良かったら......本当に医大を目指してたかもな......いかん! 108の煩悩が早くも俺を挑発している、俺は試されているのか!」
頬をバンパンと叩き、手首の数珠で煩悩を退散させ、更に意識を集中していつもの修行メニューに入るのだ。
その独自開発修行メニューとは。
休日ともなれば、近くにある"ありがた神社"で、真冬でも自作のさらしフンドシ一つで滝に打たれて精神集中し、その後に印を結んで"スペース・マインド"を感じる修行をするのだ。
印は適当だったりするが、形ではないのだ......。
帰りには植物、動物、昆虫の生態を観察し、生命の神秘に驚愕する。これを繰り返すと、最近では、自然とスペース・マインドと自分が一体化する感覚を覚えていくのを感じるようになった。
ちなみに観察用には、いつもポケットに入れている小さな十徳ナイフVICTORIMOXの虫眼鏡を使う。常に持っているアイテムだけで乗り切る。自分で何も無い状況に身を置く事、サバイバルにはこの実践に近い繰り返しが大切なのだ。
VICTORIMOXは、中学生時代、金の無い俺には高かった。けれどサバイバルには必要不可欠なアイテムだ。正月のお年玉や、なにやらを動員して、当時やっと手に入れた一品だ。
そして待望の夏休みはもうすぐだ。
約30日の間、堂々と早朝から毎日の修行の日々を満喫できるのだ。
取り合えず7月末までは、いつものありがた神社でウォーミングアップ修行だ。
母亀代は、呆れてもはや我関せずの境地なのか、無言で出かける俺を見送るようになった。父鶴吉は、サバイバル技術や自然観察は、実に有意義な研究課題だと褒めてくれるのが嬉しい。
「焼きそばUFOは食える。しかしUFOでは飯は食えんが、大地に目を向けるのは大いに結構」だと。
「やはり鶴吉も、遠回しに嫁が来て欲しいんだな」
超常現象は中学生の時、学校帰りの夕方の西の空に、オレンジ色に輝く球体を目撃した事から始まる。それは時々同じ時間にユウガの前に現れた。
「なんだ? 誰も気づいていないのか? それにしても何で俺だけ?」
取り出したスマホで、証拠写真や動画を撮影しようとしたが、一度も映った事が無い。それからと言うもの、撮影しても無駄だと思い、俺はスマホ撮影を諦めた。俺には昔、そんな事があったのだ。
さてさて、いよいよ明日8月1日から精神修行とサバイバル実践を始める。修行場へはケッターマシンで、約一時間の距離にある"ありがた神社"とは別の神社の森の中だ。そして頼りになる自分のサバイバルアイテムはコレだ。
確認の為に、俺はテーブルにアイテムを並べた。
注意しなければならないのは、外には絶対に持って出てはいけない。父鶴吉が、趣味の観賞用にと買った刃渡り20センチのナイフだ。
ナイフは警察官に職質された時、言い訳出来るように厳重に包み込んであるけど、普通はすんなり、はい、そうですかとはならないだろう。当然、父からもそこは厳重に念を押されている。
父鶴吉は、若い頃キャンパーで、自分でもナイフを使っていた経験上、高校生の俺がサバイバルの為ならと、貸し与えてくれたのだ。そこは息子の俺を信用してくれているのだ。
(※18歳未満は、購入出来ない)
+++++++++++++++++ VICTORIMOX 十徳ナイフ
(※刃渡り6センチ以下所持可)
ありがた神社に修行に出る時は、この2つのアイテムとOASIO (オアジオ) Z-SHOCK ソーラー時計を必ず身に着けている。自然災害や突然の事故、修行中に異世界へ突然トリップなんて事も、昨今のこのご時世ならあり得るからだ。
ラノベの異世界転移、転生の小説は、アレは作者の真実の体験を元に書かれていると俺は確信している。
「異世界転移 転生は存在する!」
親が聞いたら馬鹿げた話だろうが、俺は極めて冷静、沈着に判断しているのだ。
テーブルの上には、サバイバル三種の神器が鎮座した。
これが俺の考えたサバイバル用必須アイテム3点だ。今回、この3つが俺の強い味方となってくれる。但し、雨天や夜の冷えに備えて、100均のビニール合羽を持っていく事にした。俺のポリシーに早くも反してしまったが、ポケットにすっぽり入るし、これは大目に見て欲しいところだ。
当然ながらスマホもNG、これもサバイバルの俺のポリシーに反する。
「だけど100均のLEDライトや、ラジオくらいなら......、駄目だダメダメ、どこまで自分を甘やかせるつもりだ!」
自分の心の弱さを恥じ、決意を新たにするのだった。
しかし面倒なのは、警察官に見つかったら、サバイバルな理由はなかなか納得してくれないだろう。いや全く信じて貰えないと思うし、神社って結構警察のパトロールが来るんだよね。
さて、最低限の装備でサバイバル。つまりテントもなければ水筒や食料もないという厳しい縛りの中で、果たして生きて行けるのかという心配はある。
「無謀かもしれんけど、やると決めた以上やるしかない! それが男だ」
そう心に刻み込み、暫くは離れ離れになる寝床に潜り込み、明日をじっと待つ俺だ。
「明日から野宿だぞ、フンドシ締めていかにゃ!」
日本時間
8月1日 午前9時
「母ちゃん、父上、修行に行って来る。暫くは向こうで暮らすから心配は無用で」
ウェストバッグに三種の神器の内の2つ、軍手、パーカー上下、グレイキャップを被り、首にはヤキソバンのタオルを巻いて、勢いよくケッターマシンに跨ると、ペダルを踏み込んで出ていった。
「大丈夫なの、あなた。あの子、荷物が何もないのよ」
「裏飯神社の森だろ、近くにコンビニもあるし大丈夫さ、三日もしないうちに帰って来るから」
ハハハ
両親はこの時、気楽に考えていた。金さへ持っていれば飯は買える。どうせ神社の軒下で野宿するんだろうし、神社なら水もトイレも社務所もある。人は常に居るし、警察のパトロールも来るから問題はないと。
実は父鶴吉は、警察の取り調べがあった時に備えて、親の承諾書を持たせていた。"息子は夏休みの研究で、サバイバル生活をしている"という文面で、ご丁寧に署名と捺印までしてある。親として、その位はしておかないと不味いと思ったのだろう。
結構放任主義の両親だが、相手が高校生男子ともなれば、親はこの位寛容でいてもらいたい。若い世代の親なら、普通は「止めなさい! 許しません!」となる。
「ありがたや、ありがたや」
念仏のように「ありがたや」を唱えながら、ユウガはペダルをこぎ続け、午前10時過ぎには裏飯神社の駐輪場に到着した。割と近すぎる修行場だ。
カチャ
ケッターマシンに鍵を掛けると、人が余り入らない神社の奥へと進んで行った。明るいから進めるが、夜を過ごす場所を確保し、ついでに食料も探さねばならない。
「この時期はまずキノコだな。他にはフキ、ぜんまい、ドクダミなどと、探せばいろいろ出て来る」
どれも茹でてあく抜きすれば、まぁ食べれる。
ユウガは、普段食用になる植物の研究をしている為、山や森には結構食用になるキノコが生えている事を知っている。
これが秋なら、栗とか野生の柿とかがありそうなものだが、今は夏だ。
日中なら、開けた安全な場所で虫眼鏡で火を起こし、火で炙って食べる。
「醤油も塩もなし! これがサバイバル! ここからだ。ここから俺の修行が始まる!」
森の奥に入って10分程度だろうか。
パァァ
「うっ」
上空にオレンジ色を感じて上を見上げた途端、眩しいビーム状の何かがユウガを捉えた。
「こ、これは! あの時の UFOか?」
......
ユウガはそこで意識を手放した。