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【第Ⅸ話】 失踪

 

「はあっ……はあっ……!」

 夜、暗闇に覆われた街。こっそりとブルドの店を抜け出した姫子は、冒険者ギルドの方へと必死に走っていた。ジークに会いたいという気持ちだけを胸にして。幸い、ブルドの店から冒険者ギルドへの道は遠くない。一度しか行き来したことのない姫子でも覚えられた。

 しかし、夜の街は姫子が想定しているよりも危険な世界だ。彼女が走り抜ける中、彼女を追いかける視線は全て悪意のそれ。姫子はこの世界に独りしかいない黒髪の少女なのだ。ジークがいるならまだしも、護衛もいないのでは奴隷商人や魔術師、または酔狂な者の餌でしかない。


「お嬢ちゃん、夜の相手でも探してんのかぁ!ヒャハハ!」

「私の所に来れば、裕福な暮らしをさせてやるぞ」

 その全ての声を、姫子は耳には入れなかった。ただひたすら、冒険者ギルドまで走る。


 冒険者ギルドの前に到着した姫子だったが、その光景は姫子を絶望させるものとなった。扉の前に張られているのは『ジーク・トーラス失踪。見つけた物は只ちに報告または拘束せよ。懸賞金金貨1000万』というジークの面相書きが書かれた張り紙だったのだ。姫子はその場に崩れて、ポロポロと涙をこぼした。自分のせいでこうなってしまった、二度とジークと会うことは出来ないと不安の気持ちが心を駆り立てる。


「——誰だっ!」

 扉が突然開き、そこにいたのはシルトだった。彼女は姫子に気付くと、彼女を強く抱きしめる。姫子もそれはシルトだと気づいたようだ。彼女の胸の中で泣きながら「ごめんなさい」と連呼し続けている。


 姫子が少し落ち着いて、シルトの膝元で眠りについた頃。ギルドの扉が開き、ブルドが息を荒げてやってきた。彼の表情は焦燥に溢れており、姫子の寝顔を見るやほっと胸を撫でおろす。


「ありがとな、ギルドの嬢ちゃん」

「……いいえ、私こそ申し訳ありません。ジークさんを……」

 二人は直接的な知り合いではない。初対面は、ブラドの店にジークの様子を聞きに来たシルトと出会ったのが始まりだ。そして今回、シルトとブラドはお互いに、ジークから共通の頼みごとをされていた。二人に姫子を守ってほしいという頼み事だ。つまり、ジークはこうなることをすでに予測していたのだ。なぜなら、王子は珍しいモノと美しいモノに目がない。もし冒険者ギルドに王子が来て、姫子を一目でも見かけようものなら、すぐに連れて行こうとするだろう、と。だからこそ頼んだのだ。この街で姫子を預けられるような信頼できる友人に。


「クソッ、あの馬鹿が……」

「同意ですね……しかし、まさか殿下があそこまでするとは……」

「……ジークとあの馬鹿王子は色々あったんだよ」

「色々……とは?」

「……すまねえ、今はまだ話せない。ジークに口止めされてんだ」

「ここまで来ると、ジークさんの口留めなんて効力がないと思いますけど……それに、今現在ジークさんは生存しているのかさえ分かりません。ギルド内には血の跡が一滴すらありませんでした。右ひざと胸を貫かれて、大量に出血していたジークさんの血痕も、ジークムンデ様によって両足を奪われたリューベ殿下の血痕もありませんでした」

 あの後、シルトが目覚める頃にはギルド内に冒険者しか残っていなかった。リューベ王子は城にいち早く戻ったのだろう。そしてギルドに衛兵をよこし、ジークの手配書を張らせたのだ。冒険者たちは不思議なことに、ジークムンデの事については覚えていなかった。きっとリューベ殿下の記憶も消えているのだろう。なぜなら、もしあの記憶を覚えていたとするなら、ジークに対してこのような処罰は下さないからだ。あれほどの絶望と恐怖を味わったのだ、確信だろうとシルトは考えている。


「……仕方がねえ、状況が状況だ。嬢ちゃん、ジークが1年前にあの竜と契約したことは、ギルドの嬢ちゃんも知ってんだよな?」

「ええ、冒険者ギルドの中では私しか知りません。その契約の場面を直接見ていましたから」

「じゃあその時、ヒメコの嬢ちゃんと同じくらいの子供もいなかったか?」

 ブラドは険しい顔でそう告げると、シルトは少し考えてから何かを思い出すように顔をがばっと上げた。


「あの、キロエ村に住んでいた少女の事ですか!?」

「そうだ、そしてそのキロエ村……その村は、第一王子リューベ・フォン・ミスタニア殿下様の領地でもある」

 その言葉だけで、彼女は全てを理解したのだろう。殿下が昼ほど、ジークに「子供を殺した」といっていた意味が。開いた口を手で押さえ、戦慄した表情を浮かべている。


「つまり、“そういうこと”だ。ジークは領民の少女を守れずに死なせてしまった……それを馬鹿王子は、ジークが殺したと言ってんだよ」

「そんな……彼女はあの時……」

「ん?あの時……?」

「……ブラドさん、その女の子はどうなったかジークさんから聞きましたか?」

「あぁ?だからいま“守れずに死なせてしまった”って言っただろ」

「……死んでいませんよ、その子」

「はぁ!?」


 ブラドは声を張り上げ、席を立った。シルトの膝元で寝ていた姫子が、目を擦りながら「あれぇ……」と寝ぼけて身体を起こしたのを、咄嗟にシルトが睡眠魔法で眠らせる。そして頬を膨らませたシルトに、ブラドはげんこつを食らった。


「あ……あなた……!ヒメコちゃんは魔法じゃなくて疲れて寝ていたんですよ……!」

「いてぇ……悪かった」

「少し待っててください、治療室のベッドで寝かせてきます」

 シルトは姫子を優しく抱きかかえて、治療室のベッドに横たわらせた。寝ている姫子の表情は悲しみに溢れており、シルトが部屋を後にしようとした瞬間「ジークさん……」と呟いた。


「それで、今のは一体どういう意味だ。冗談じゃねえんだろ」

 シルトが席に着くと、即座に話を始めようとするブルド。表情もかなりの動揺が見られる。


「その少女……1年前に亡くなったと思われているアリシアちゃんは生きています。どこかの村でひっそりと暮らしているそうですよ。その村の名前については知りませんが……」

「嘘だろ……つまり、ジークが勘違いをしているってことか?」

「……いいえ、きっとそうなるようになっているのでしょう。あの時、契約の場面を影から見ていたので、あまり声は聞こえませんでしたが……ジークさんが白銀の竜に少女の身体を抱きかかえながら必死に頭を下げているのを見ていました。あれが竜の儀式だと知っていれば、死んでも止めに行きましたね私」

「ああ、俺もその場にいたら止めてるな。ジークがそれを許さないだろうが」

「そうですね、ジークさんはきっと私達が止めても、竜の儀式を行うのでしょう。彼女の身体を救うためには必ず……」

「……やっと見えてきたぜ、嬢ちゃん。俺が聞いた話では、アリシアは酷い状態で発見され、ジークの目の前で息を引き取り、その後白銀の竜――ジークムンデと契約した、という話だったが……」

「しかし、私が見たのはジークムンデ様とジーク様が契約をする前に、アリシアちゃんの傷は癒えていた。そしてそのことを報告しにギルドへ戻ると、ギルドマスターがキロエ村にいることは危険だからと、どこかの村に移した。その管轄を任されているのが私達冒険者ギルド……」

「つまり、殿下の耳にさえ入らないほどの秘匿情報を、冒険者ギルドのお偉いさん方が持ってるってわけだ。アリシアの生存を知ってんのはその上の奴らと嬢ちゃんだけか?」

「多分……いえ、分かりません……」

「こりゃ、冒険者ギルドとジークムンデに何かあるってことじゃねえか……契約をした本人のジークには、アリシアを死んだと思い込ませているなんて、タチが悪いな」

「私はてっきり、ジークさんはアリシアちゃんが生存しているという事を知っていると思っていたのですが……」

「生きてるってことを知ってたらこんな街に引き籠ってはいねえよ。あいつはアリシアを誰よりも大事にしてた、本当の娘のようにな」

「……もしジークさんが無事に帰ってきたとして、アリシアちゃんの事を伝えた方がいいのでしょうか」

 二人の表情は想像以上に重いものとなっていた。ジークは昔、アリシアという少女を失った悲しみに耐えながら、ここまで生きてきたのだ。その過去を考えれば、いち早くジークにこの事実を伝えた方がいいのだろう。


「普通に考えれば……そうだが、後ろにはギルドとあの竜神がいるんだ。何が起こるか分からねえ。それに、姫子の嬢ちゃんの事もあるしな……」

「では、感づかれないようにジークさんに伝える……というのは?」

「難しいだろうな。ジークと契約しているジークムンデに伝わらないという保証がねえ」

「頭が痛くなりますね、本当に」

「今はとにかく、姫子の嬢ちゃんを守る事と、ジークの無事を祈るしかねえな……」


「……そうですね」


こんにちは、藤花しだれです。

ジークの過去と異なる真実、少しずつ明らかになってきましたね。

しかし、ジークは今どこで何をしているのでしょうか。

姫子ちゃんが不安な気持ちを抱えているのに、保護者失格ですね。


最近、少し書いてみたいと思っている小説のプロットがあるのですが、どうも趣味嗜好が変態路線街道つっばしりそうで怖いんですよね。

しかし、書きたい……ドロドロとした重すぎる恋愛を……

アラサー冒険者と女子中学生については、ちゃんと異世界モノとして続けていくので大丈夫です。途中から変態なんて出てきませんからね。少し前の話に出てきたジークは変態の道に足先を突っ込んでましたが。


それでは、また明日。

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