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【第Ⅳ話】 代償

【第Ⅳ話 代償】


 ——あれから、どのくらい時間が経ったのだろう。ジークと別れた姫子は、ただ森の中をさまよっていた。ダンジョンが存在する魔獣の森は空も覆うような森で囲まれており、この世界に来たばかりの者は迷い続けてしまう。だからこそこの森には、依頼を受けた冒険者しか入らない。しかしその例外も存在する。


「どこ……?」


 辺りをキョロキョロと見回すが、目に入るのは野太いシダラナの木と沢山の雑草。地面は太陽光が入りにくいせいなのか、湿っていてぬかるみに足が沈んでしまう。


「やっぱり、ジークさんと一緒に——」


 姫子はすぐにその言葉を撤回するかのように、首をブンブンと振った。もう戻ることは出来ない、姫子にとってそれは定めであり、ジークをこれ以上巻き込んでしまうのは嫌だという拒絶でもあった。

 しかし彼女は冒険者ではない。この森は一度迷ってしまえば二度と出ることのできない魔獣の森。このままでは、モンスターに襲われて肉を食いちぎられるか、衰弱して倒れてしまう。


「ど、どうしよう……きゃあっ!!」


 雷が鳴り響き、姫子は頭を押さえしゃがみ込む。先程まで晴れていたはずなのに、今は暗雲に覆われて更に森は薄暗くなってしまった。


「うぅ……雷は苦手なのにぃ……」

「——おっ?」

 足音と共に聞こえたその声は、大人の男だった。ジークとは年齢も異なる若い青年だが、姫子にとっては知らない男であるため恐怖の対象でしかない。顎が震え、目から涙が滲み出る。姫子は怯え、腰を抜かしてしまった。


「ボルン様、いかがされたのですか?」

「いやぁ、こんなところに珍しいのがいるんだよ」

 男は二人。ボルン様と呼ばれた男は貴族の様だ。金色に光る鎧を身にまとい、腰には宝石の埋め込まれた短剣を装備している。もう一人の老人は執事だろう。こんな森の中、しわ一つのない礼服を着こなしながら歩いている点は不可思議な点だが。


「お嬢ちゃん、怖くねえから安心しな」

 ボルンは姫子にじりじりと近づくが、姫子は腰をついたまま「いや……」と囁きながら下がる。その様子を見て執事は溜息をついた。

「ボルン伯爵、そんなに睨みを聞かせたのでは怖がってしまわれますぞ」

「はぁ?どこが睨んでんだよ、俺は笑ってんだ」

「それが笑顔なのでしたらボルン様は魔族王ですな、さすがでございます」

「あぁ!?」

 ボルンは執事を睨みつけているが、執事は薄い笑顔を浮かべながらホッホッと胸を膨らませている。面白いのだろうか……姫子はそう思い、クスッと吹いてしまった。


「おっ?笑ったなこいつ」

「ええ、きっと魔族王の力ですな」

「一応聞くが、アルは俺の執事だよな……?」

「はい、私はボルン様の忠実な下辺でございます」

「下辺って……」

 姫子はその光景を見ながら笑っていた。あまりにも主と従者のやりとりではないのがツボに入ったのか、先程までの怯えは消えている。


「あーあー、もうやめだ。で、お前。こんな森の中一人でどうしたんだ?」

 ボルンは顎を指先で摩りながら聞いた。


「……あ……その……」

 姫子は思うように声が出なかった。しかし、彼女は一つだけ気づいたことがあった。それは自分が、笑えるようになった事。彼女は不幸せな事ばかりが起きてしまって、笑うことなんてできなかったのだ。それがジークと出会って、彼女は少しだけ雰囲気も柔らかくなった。ジークの事を思い出し、姫子は涙を浮かべた。


「なっ!?」

「これはこれは、ボルン様。まさかいたいけな少女を泣かしてしまわれるとは……」

「ちっ、違う!俺は何もしてない!なっ……してないよな?」

「うわぁ、最低でございますねボルン様」

 顔を真っ青にしながらあたふたとしているボルンに、口を手で隠しながら静かに笑っている執事。


「ち……違うんです……」

「お、おお!どうしたんだ!」

「その……昨日お世話になった人を……思い出して……」

「世話になった人?そうか、寂しいのか!」

「寂しい……?」

「違うのか?そいつのこと思い出して泣いちまうなんて、大好きな証拠じゃねえか」

「大好き……」

「おっほぉ、ボルン様くっさぁ」

「てめえぇぇぇ!!!!!!」

 ボルンは顔を真っ赤にしながら執事に殴りかかっているが、執事は赤子の手をひねる様に攻撃を避けながら鼻で笑っていた。


「「ブォォォォォォォォォッ!」」

 しかし、その喜劇も一つの咆哮ですぐさま止められた。ボルンと執事のふざけていた表情は瞬く間に真剣なものとなり、姫子を囲むように背を向けている。


「今のは何だ、アル」

「ボルン様、これは少しまずいかもしれませんな」

 二人の顔には焦りがみられ、その表情を見て姫子も震え始めるボルンとアルは何かを察したのか、直剣を構えた。しかし間に合わなかった。


「ぐっ!」

 二人は瞬く間に吹き飛ばされて、木に叩きつけられる。そして姫子の目の前には、自分の身体の数十倍はあるだろう巨大な熊が立っていた。毛並みは青黒く、その眼光は狙った獲物を恐怖させ動きを止める魔力が備わっている。


「あれは……ナイトベアか?」

「さ、左様でございますな……」

 木に叩きつけられた衝撃で動けなくなった二人。そして姫子も腰を抜かしてしまい動けなくなってしまっている。ナイトベアはその様子をまるで理解したかのように口角を上げた。そして震えている姫子を手で掴み上げる。


「いっ……」

 ナイトベアの手は姫子の身長をとうに超えている。指先に生えている鋭い爪が姫子の背中に食い込み、血が滲みだす。痛みに耐えながら姫子も暴れるが、彼女の力ではどうすることも出来なかった。


「ヤバッ……いな……これ……」

 ボルンは立ち上がろうとするが、先程の衝撃で肋骨が折れてしまい、呼吸が上手く出来なくなっていた。ボルンは執事に目を向けるが、執事はそれよりもひどく、木の枝が腰から腹部を貫いていた。


「グルルゥ……」

「あがっ……あぁっ……」

 姫子の身体はメリメリと悲鳴を上げ、口を開いたまま泡を吹いている。姫子はどうにか身体を動かそうとするが、痛みと恐怖で動けず、そのまま気を失ってしまう。

 その瞬間。


「「ジークムンデ!!!」」

 声とともに降り立ったのは、白髪の少年だった。身体からは薄白い光が漏れるようで、ボルンは一瞬神だと勘違いしてしまう。しかし背後に立っているもう一人の男を見ると、すぐに目の色が変わった。


「あ、あなたはっ……!」

「黙っていろ、ボルンムッド」

 その男の名はジーク・トーラス。ボルンにとっては子供の頃から剣を教えてくれた師匠である。ここ最近、ギルドには顔を出さなかったことが心配だったボルンは、ジークとパーティを組んでいた冒険者たちに聞いて魔獣の森まで来たのだ。確かに目の前にジークはいた。無事な様子でもある。しかし師匠だった頃のジークとは少し様子が違った。

 ジークはボルンに睨みを利かせ黙らせる。そして白髪の少年の前に自分の手を差し出した。


「ねえジーク、こいつを殺せばいいの?」

「ああ、頼む。そしてヒメコの治療もしてくれ……代償はこの左腕一本でいいだろう」

「う、腕一本もくれるの!?やったー!そしたらサービスでそこの青年も治療してあげよう!」

 白髪の少年は飛び跳ねながら喜んでいる。まるでその様子は村に住んでいる元気な少年と変わらない。しかし、この身体から感じる悍ましい殺気にボルンは震えていた。


「じ……ジーク殿……?」

「……早くしろジークムンデ。ヒメコが苦しそうだ、早くそいつを殺せ」

「分かったよぉ」

 ジークムンデはナイトベアの前に立ち、指をパチンと鳴らす。すると悲鳴を上げることもなく、ナイトベアの身体は粒子ほどに砕け飛んだ。手から落ちた姫子をジークは抱え込む。その光景を見ながら、ボルンは驚愕していた。ナイトベアはAランクでもパーティを組んで必死にならなければ倒せないほど強力なモンスターだ。厄介な魔眼はこれまで沢山の冒険者を苦しめてきた。しかしボルンの目前で起きたのは、少年が指を鳴らしただけで弾けて消えたという事実だ。Aランクの冒険者であるボルンには、見たことのない神業。


「はーい、おしまい。さあジーク!その腕を頂戴っ!」

「待て、先にヒメコからだ」

「ぶー、ケチ」

 姫子の状態は危険だった。背中に出来た裂傷は深く、血が溢れだしている。呼吸も弱くなり血色は悪い。これではジークの回復魔法でも助けることは出来ない。しかしジークムンデは違う。


「はい、もう痛くないよぉー」

 ジークムンデは空に向けて指を鳴らす。円状の光がボルンとアル、姫子を包み込んだ。傷は『癒える』のではなく、まるで灰が風で飛んでしまう様に消えていったのだ。ボルンはその光景を見てさらに驚愕する。


「こ、これは……ジーク殿っ!これは一体っ!」

「ボルンムッド、もう少し黙っていろ。あとで説明する」

 ボルンは立ち上がろうとするが、ジークの言葉によってそれをやめた。ボルンにとってのジークは師匠だ。逆らえるはずも無い。


「ねえねえジーク、まだー?」

「分かっている」

 ジークは左腕の袖を上げ、肘当たりを固く結んだ。白髪の少年は目を光らせながらじりじりと近づいていき、ジークの腕を舐める。


「んん~!美味しすぎるよぉ~!」

「早くしろ、ヒメコが目を覚ます」

「大丈夫だよぉ、だってボクがちゃんと眠りの術もかけたから!」

「危険なモノじゃないだろうな」

「ぜ~んぜん、だって君の大事なモノなんでしょ?だったら僕にとっても玩具は大事にしなきゃね?」

 ボルンはその会話の意味が理解できなかった。どうして彼はジーク殿の腕を舐めて喜んでいるのか、そして彼女……ヒメコのことを知っているのか。疑問が疑問を呼んでいる、どれほど考えても分からない。しかし、次の光景を見て彼の頭は真っ白になった。


「じゃ、イタダキマァス」

 白髪の少年、ジークムンデはそこにいなかった。いや、正確には姿が変わっていた。黒い肌に白く伸びた二つの大角、さらりとした白髪は怪しい藍色に光り、紅色の虹彩は光を灯して、耳元まで口は避けている。そしてその姿はまるで——

 ジークムンデはその大きな口を限界まで開き、バクンとジークの左腕を包み込んだ。そしてゆっくりと噛み砕き、恍惚な表情を浮かべて倒れる。飲み込んだ瞬間、ピクピクと身体を痙攣させ「あぁっ……」と口から漏らしたジークムンデ。

 ——ジークの腕からはまだ、血が噴き出していなかった。しかし、それは「腕が無くなったことに腕が気付かなかった」だけだ。瞬く間に血が溢れだし、ジークは苦悶の表情で悲鳴を上げた。そして溢れだすジークの血泉に塗れながらジークムンデは快感に悶えていた。それを見ていたボルンは、気持ちが悪くなり嘔吐する。この光景は地獄だ。喜ぶモノと狂うモノ、しかもレベルが違う。人間の度を越えている、と。


「あはっ、アハハッ……ジークぅ、やっぱ君は最高だよぉ」

「ち……血を止め……っ……」

「あ、そっか。人間はすぐには血が止まらないんだったね、ごめんにっ」

 いつの間にか姿を戻していたジークムンデが指を鳴らすと、吹き出した血が逆流するように傷口に戻り始めた。そして最後の一滴が戻りきったことを確認するように肉と皮膚がふさいでいく。


「はぁっ……た、助かる……」

「いいよいいよ、お礼なんて。だって君とボクの契約なんだからっ」

「お、お前っ!ジーク殿に何をしたッ!ジーク殿もどうされたのです!そ、そいつはまるで……」

「なんかこいつウルサイなぁ……ねえジーク。こいつ殺す?」

 動揺したボルンに対して、指を鳴らし黙らせる。騒がしくなった男を黙らせるのは簡単だ、声が出ないようにすればいい。それが一番簡易的に止める方法だと、ジークムンデは理解している。


「やめろジークムンデ、俺とジークムンデの記憶を消去して、この森から出すだけでいい」

「相変わらず甘いなぁ、ジーク“師匠”はっ」

「黙れ、今はヒメコを休ませるのが優先だ」

「はーい」

「ジ……殿……な……ぜっ……」

「……すまない、ボルン」


 ジークムンデは指を鳴らす。ボルンはぐるりと白目を向き、アルと共に森から消えていった――



こんにちは、藤花しだれです。

ジークムンデ、最強すぎますね。ボルンの気持ちになって悍ましく感じました。

しかしジークとジークムンデ、どんな関係なのでしょうか。

気になって朝も眠れません。


初めて、物語に星をつけてもらいました。

ブックマークもしていただき、ありがとうございます。

これほど嬉しいことはありません。

これからも没落した『“アラサー冒険者”が、異世界転生してきた不幸な“女子中学生”をダンジョンで拾ってきました……。』を何卒、よろしくお願いいたします。


それでは、また明日。

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