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【第Ⅲ話】 自己紹介

 

 焚火を囲むように、ジークと彼女は腰を下ろした。彼女はまだ慣れていないのか、それとも男の近くに座るのが怖いのか、こちらをチラチラと見ている。こちらが目を合わせようとすると、首が折れるのではと思ってしまうほどの勢いで視線を逸らしてしまう。さて、どうしたものか。彼女とはまた出会ったばかりで、昨夜は色々な事がありすぎた。彼女の姿や出身地なども謎のままで、見たところ男が苦手、または人間が苦手なのだろう。昨日の様子から彼女は、俺に対して深すぎるほどの畏怖を抱えていた。もしかすると奴隷、という線もあり得るが……いや、分からないな。何も分からない。


「それでは……」

 ジークは彼女に目を合わせないように、彼女のおでこ辺りを見つめる。そして優しく微笑むと、自分の紹介を始めた。


「俺の名前はジーク・トーラス、非力なおじさん冒険者だよ」

「じ、ジーク……さん……」

 彼女は頬に手を当てると、小さな声で「かっこいい……」と呟いた。ジークの耳には届いていないのか、そのまま紹介を進めるジーク。


「うーん、どこから説明しようか……」

「ゆ、ゆっくりで……お願いします」

「……そうだね」


 ジークはこの世界について、様々なことを彼女に話した。この世界は3つの大陸と6つの大国が存在し、『人間』や、獣の耳や尻尾と卓越した身体能力を持つ『獣人』、そして『悪魔』と『モンスター』という者たちがいる。そして冒険者という職業は、この国に住む人間や獣人から依頼されたクエストを、達成し金を貰うことだと。ほかにも様々な話をしたが、正直子供には耐えられないだろうと思っていた……。


「す、すごいです……」

「そうかい?興味を持ってくれて嬉しいよ」

「なんか、おとぎ話で読んだような世界に来てしまったんですね……」

「……」

 ジークは俯いて、表情を歪めた。今、彼女は『来てしまった』と言っていた。つまり彼女は——


「じ、じじ……ジークさんっ」

「すまない、考え事をしていたよ」

「こ、こちらこそすみません……」

「……どうして、謝るんだい?」

 彼女は何かがあると、常に頭を下げる。まるで誰かにそうしてきたかのようで、とてもじゃないが気分が悪くなる。彼女にこんなことをさせているのがもし人間……いや、魔族だとしても俺は……。


「さて、俺の紹介はいったん終わろうかな」

「……」

「どうしたんだい?」

 彼女はジークの話が終わると、とても憂鬱な表情を浮かべていた。


「……紹介するのは、終わりにするかい?」

 しかし、ジークの言葉に立ち上がり、彼女は「イヤです……」とだけ呟いた。 「すこし、待っていてね」とジークはバックパックから食糧袋を取り出し、中から袋詰めされた『宝石糖』を取り出した。そして彼女に差し出し、喜んでくれるだろうと期待をしていたのだが……。


「うっ……ううぅぅ……」

「ど、どうしたんだい!?」

「ひぐっ……うぅ……」

「な、何か嫌なことがあったのかい?それだったらすぐに——」

「ち、ちがっ……うです……」

 彼女の瞳からはボロボロと涙が溢れ落ち、スカートの裾を強く握りしめている。ジークは、ただ彼女を見ていることしかできない。このまま彼女に踏み入るのが正解なのか、それとも何も知らない事が正解なのか。彼には分からないのだ、彼には信頼できる仲間などいないのだから。


「わ、私は……」

「……やはり、もうやめ——」

「——お父さんを殺して、この場所に来ました」

 ……ジークは、言葉を詰まらせた。何も出てこない、というのが正解なのかもしれない。鼓動が速くなって、彼女の目を見れなくなってしまった。今、俺はどんな顔をしているのだろう。彼女は、どんな表情を浮かべているのだろう。駄目だ、しっかりと向き合わなければ……頼む、動いてくれ。頼むから——


「……最低ですよね、私」

 彼女は、すべてを諦めたような表情を浮かべていた。美しい瞳は光を失くし、流れ落ちていた涙は枯れている。ジークの手は震え、彼女に手を差し出そうとするが、上手く力が入らない。


「……私、姫子って言います。東雲姫子です」

「ヒメコ……」

「私は、嫌われていました。誰からも愛されませんでした。」

「ヒメコ……?」

「友人も親戚も家族もみんなみんな、誰からも愛してもらえなかったんですよ。私のせい……なんですけどね」

「お、おい……ヒメコ!」

「母は知らない男の人といなくなりました。兄は1年前、私の目の前で亡くなりました。父は——」

 ジークの身体は無意識に動き、姫子を強く抱きしめていた。どうしてこんなことをしたのか分からない。けれどこのままでは、姫子はまた戻ってしまう。昨夜のように、誰も信じることのできない絶望に。

 姫子はジークを突き放そうと、必死に藻掻いている。ジークの肩を押しのけようと手を伸ばそうとするが、ジークはさらに強く抱きしめて、彼女の動きを止めた。


「いやっ、離してっ!離してっ!!」

「ダメだ!このままでは、ヒメコは……」

「気持ち悪い!触らないで!やめてよ!」


 姫子は更に藻掻き始める。そして姫子の右手はジークの身体からすり抜け、暴れた勢いでジークの右まぶたを引っ掻いた。深く切れたのか、ドロドロとジークの血が流れていき、眼球に染み渡って真っ赤に染まる。それでもジークは、姫子を抱きしめ続けた。強く、もう二度と離さないように、大事に。姫子は叫びながら、必死に藻掻いていたが、ジークの血に染まった光景を目の辺りにした瞬間、瞬きもせずに口を開いたまま、戦慄した表情を見せた。


「あ……ああっ……ごっ……ジークさ……ごめっ……!!!!!」

「謝らなくていいんだ。大丈夫、大丈夫だよ。痛くない、ヒメコのせいじゃない」

 ジークは姫子の頭を優しく撫でる。先程まで緊張で硬くなっていた姫子の身体の力が、するりと抜けていくのが分かった。それからは、ただ泣いている姫子の頭を撫で続けた。言葉は交わさず、ただ姫子を抱きしめる。そして姫子も、力強くジークの背中を掴んで、これまでの苦しみを涙で溢れさせた。

 そして、姫子が胸の中で安心して眠りにつくまで、ジークはただ優しく抱きしめるのだった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 姫子が眠りにつき、陽は落ちた頃。ジークは治療した右目を摩りながら、姫子が話した内容について考えを巡らせていた。ジークはこれでも沢山の人を見てきた。だからこそ、彼女の事については多少の理解が出来た。

 彼女は元の世界で『虐待』を受けていた。その相手は、姫子が殺してしまった父親だろう。あの痣といい、姫子の人に対する恐怖心といい、今まで姫子にどれだけ酷いことを行っていたのか、想像するだけでも腹の中でふつふつと怒りが溢れだす。ジークは拳を握りしめ、地面に向かって叩きつけた。拳はつぶれ、血が滲みだしていく。きっと骨も折れているだろう。しかし、冷静になるためには痛みが必要だ。ここで取り乱す様では、父親と同じだと思われてしまう。ジークは唇を噛みしめ、深く息を吸う。

 姫子の過去や、この世界の住人ではなかったことについては、今は知らなくていい。名前と笑顔さえあれば、姫子はこの世界でもう一度やり直せる。絶対に強要してはいけない、必ず姫子の意思を尊重する。俺が……ジークリッヒ・ヴァン・アストラルが、命にかけても彼女を守り、育てると誓おう。

 姫子がこれから、幸せな生活を送るために。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 明朝、座りながら眠りについたジークに近寄る姫子。姫子は下からジークの顔を覗き込み、昨日の傷を確認した。ジークは回復魔法を使わずに、包帯を巻いて処置をしていた。姫子は、すやすやと眠るジークの頭に小さな手を置いて、優しく撫でる。そして何度も「ごめんなさい」と囁いていた。少しして、ギュッとジークを抱きしめながら、姫子は微笑んだ。


「——さよなら、ジークさん」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ジークは目を覚ました。まぶたを開こうとするが、怪我のこともあって上手く視界が定まらない。テントの方に目を向けると、多少ぼやけてはいるがカーテンが閉まっていることを確認できた。姫子はまだ眠っているのだろう。しかし、そろそろ日も傾いてしまう。お腹もすかせているだろう。ジークは首を横に振り、ほほをパチンと叩いた。そしてテントの下に行き、カーテンの前で中にいる姫子に話しかける。


「ヒメコ、起きているかい?」


「……まだ寝ているのかい?お腹は空いてはいないかい?」


「…………ヒメコ?」


「……ヒメコ、昨日はごめん。ヒメコに辛い思いをさせてしまった」


「……これからは、ヒメコの過去には触れないようにする」


「……だからヒメコ」


「ヒメコ?」

 おかしい、寝息一つ音がしない。しかし勝手に入ってしまえば、彼女はまた怯えてしまうかもしれない。どうすればいい、この場合姫子が起きるまで待っているか……いや、もし姫子が倒れていたりでもしたら……仕方ない。


「ヒメコ、少しだけ開けるよ……?」

 カーテンをめくると、そこには姫子に渡したランタンと丁寧に畳まれた毛布が置かれていた。暗いテント内から冷たい空気が頬を撫で、冷や汗がとまらない。姫子はどこに行った?トイレか?いや、テントを出れば結界魔法が……


「結界魔法が切れているだとッ!!!!」

 ジークはテントの壁に拳を叩きつけ、怒号を上げた。そして飛び出すように外に出ると、空高く手をカザした。



「「ジークムンデ!俺に力を貸せッ!!!!!」」


こんにちは、藤花しだれです。

姫子ちゃんの壊れていく表情を想像するだけで、胃薬が必要になってしまいました。

ジークと姫子、これからどうなるんでしょうか。

見つかってくれるといいんですが……。


そういえば、昨夜は久しぶりに高校の友人達と飲み会をしたのですが、とてもじゃないくらい酔っぱらってしまいました。

その場に『彼』と『彼女』もいたので、酔っぱらった勢いで完成した小説を読んでもらいました。

否定されて笑われてしまうかなと思っていたのですが、すごい!と言って褒めてくれましたね。

とても“優しい”友人が出来て、私は幸せです。


それでは、また明日。

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