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【第Ⅱ話】 怯える少女

 

 野宿をする際に何も持っていないのは、死を意味するようなものだ。最低限必要なものは、常に持ち歩かねばならない。ジークは新人冒険者に、最低限のルールを記し、冒険に必要な20の心得『ビギナーズ』を新人冒険者に伝え続けてきた。冒険者は常に死と隣り合わせであり、必ずしも練ってきた作戦が上手くいくとはならない。いつ何時、危険が訪れるかは分からないのだ。だからこそ、危険なモンスターが現れやすい夜の暗闇こそ、気をつけないといけない。


 必要なのは『着火石』『マジックテント』『結界用魔清石』『非常食』『魔法水筒』 そして『ショートナイフ』必ずこの5点は常備していなければ生きていけないも同然だ。

 まず『着火石』これはよく火属性の魔法士がやらかす問題だ。魔法を使うには、必ず魔力を消費するのがこの世界の常識だ。どんな魔法士でも、魔力値が枯渇した『魔力枯れ』になってしまえば、魔法が一定時間使えなくなってしまう。その点、着火石があれば火が起こせるし、もし深い傷を負って出血が酷い時に傷を焼くことも出来る。これは痛いのであまりしたくないが。

 次に『マジックテント』だ。持ち運ぶときは白いキューブとして手軽に運ぶことが出来て、使用する際はキューブを軽い衝撃を与えることで、4人まで眠ること広さを持つテントが展開される。

 そして、モンスターを寄せ付けない『結界用魔清石』があれば、そうそうモンスターは襲ってこない。寝ている時に襲われてしまえば、どんな冒険者でも簡単に命を失うだろう。

 『非常食』は……説明しなくてもいいだろう。人は食べないと動けなくなる、以上。

 次に『魔法水筒』水の魔石が底に取り付けられていて、蓋を開けると水が補充される仕組みになっている。しかし魔石の大きさによって補充され続ける量なども決まってくるから、あまりに小さな魔石だと困ってしまうだろう。

 最後に必要なもの、それは『ショートナイフ』だ。刃渡りは成年男子の掌ほどしかないが、野宿の全てにおいて必要になる。獣を狩ったのなら切り分けを。襲われて武器を奪われてしまった時のために。様々な理由があり、必ず必要なのだ。


「……ごちそうさまでした」

 ジークは食器に着いた汚れを魔法水筒で洗いながら、星空を眺めていた。足を引っ張り、パーティをクビになった今日。これほど歳を取ったと自覚するのは、2度目である。ちなみに最初は、息切れの速さだった。

 しかしここまで来ると、悲しさよりも呆れる方が多くなってくるのだ。仕方ない、次は頑張ろうと胸の中で自分を鼓舞する。そして少しの酒を口に運んで、眠りについた。


「いっ……いやぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!」

 外から聞こえた悲鳴に、ジークは飛び起きる。何事かと思いマジックテントから出ると、その悲鳴がダンジョンの中から聞こえてくることが分かった。テントの脇に置いていた直剣を取り、すぐさまジークはダンジョンの中に走っていった——




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 ——ここは、どこ……?目を覚ますと、辺り一面がレンガに囲まれていた。薄暗い松明の光に照らされ、その空間は静まり返っている。少女は目を擦り、頬を強く抓る……原始的な方法であるが、これは現実か夢なのか理解するのは難しかった。

 肌に感じる生暖かい風、嗅いだことのない古い匂い、そして自分が先程死んだのにもかかわらず、心臓は確かに動いている。


「地獄……とかじゃないですよね」

 彼女の呟いた声は、空間内に響き渡った。背筋がゾクゾクと寒気を感じ始める。ここはどこなのか、どうして自分はここにいるのかを理解するために、彼女はゆっくりと歩を進める。少し歩いてみると、地面に光る何かを見つけた。


「石……?」

 それは綺麗な紫色の石だった。透けている中に怪しい光を放つ石。こんな石は初めて見た。少女がその石に興味を惹かれていると、先程まで水音すら聞こえなかった空間に、背後から重い足音が響き渡った。

 少女はゆっくりと振り返った。しかし何もいない。あるのは微かな光に照らされた薄暗い道。しばらく見ていると、赤い2つの点がゆらりと線を引いていることに気が付く。恐怖。その光の正体が分かるわけでもないのに、本能的に身体が後ずさりをする。


「グルルルゥ……」

 その正体はすぐに分かった。黒の毛色を纏い、禍々しい姿をした狼だ。少女はあまりの恐怖に、悲鳴を上げて走り出した。


「ガァァァァァァッ!」

「いっ……いやぁぁぁぁぁあぁぁあ!!!」

 しかし少女の走る速度は遅く、狼はすぐに追いついてしまう。そして少女の背中に噛みつき、衝撃で少女は倒れてしまった。


「いやっ!離してっ!」

 狼の口は大きく開き、今にも首を噛みちぎろうとしてくる。少女は必死に血まみれになった腕で庇いながら、周りに何かないかと探そうとしていた。しかし、周りには何も落ちてなどいなかった。

 少女の手は振りほどかれ、今にも死の覚悟を持った瞬間。


「スラストブレードッ!」

 瞳に移ったのは、一瞬の銀光によって吹き飛ばされていく狼の姿。そして、顔から腰までが切り裂かれて、地面に力なく倒れている。


「だ、大丈夫かい!」

 少女は何が起こったのか分からず、きょとんとした表情で死体を見続けている。右手側に誰かがいて、必死に肩を揺すっていることにも気が付かずに。

 そして少女は、身体の力がすべて抜け、ゆっくりと気を失った。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「これは、どうしたものか……」

 ジークは焚火の前で、頭を押さえながら嘆いた。その理由は一目瞭然。テントでスヤスヤと寝ている、見たことのない姿をした女の子だ。まず、この世界に黒色をした髪を持つ人間はいない。どんなに黒に近い髪色だとしてもそれは紫や藍色をしている。しかし彼女は違う。完全な黒髪で、光を照らしても深淵のようだった。次に来ている服。貴族の令嬢が着るような質の良い服を着ているのだ、首元に藍色の布を施した純白のシャツに、胸辺りには赤いリボン。そして首元と同じ布の色をした膝元までのスカート。ドレスというには見たことのないデザインをしており、上下が分裂したドレスなど聞いたことが無い。

 そして一番の疑問はダンジョンにいたことだ。見たところ、彼女はまだ10歳ぐらいだと思えるほど、幼い容姿をしている。もしかしたらまだ7歳ぐらいかもしれない。それほど、彼女の容姿は幼いのだ。だからこそ、ダンジョンで一人、こんな夜遅くにいるのはいくらなんでもおかしすぎる。昼からこのダンジョンに潜り、出た後もずっと入り口にいたのに、ジークが見逃すはずはない。

 しかし彼女はダンジョンの中で、シャドウウルフに襲われて生きていた。少女の腕は奴に噛まれて骨が見えるほど抉れ、体中に打撲の痣があったのだ。特に腹部は酷かった。集中的に同じ場所を攻撃されていた、またはぶつけていたのかもしれないが、内臓が破裂していてもおかしくないような痣が出来ていたのだ。こんな少女がなぜ……ジークはただ、頭を悩ませるばかりだった。


「……あ……あ」

 起きたのか、とジークはテントに駆け寄り、ゆっくりとカーテンを開いた。すると彼女はジークの顔を見た瞬間、目を見開き、過呼吸を起こし始めた。ジークが近づこうと距離を縮めるが、彼女はテントの壁になっているところまで後ずさり、うめき声をあげながら頭の両側に拳を置き、ガタガタと震えていた。


「す、すまない。怯えさせてしまったね」

 ジークはテントの外に出て、そこから彼女と意思疎通を図ることにした。しかしあんなに怯えてしまっては仕方がない、時間を置くしかないのか。と頭を横に振った。

 20分ほど経ち、彼女の荒くなった呼吸は一定の速度に戻り始めた。ジークは外側から、あまり刺激をしないように「こんばんは」と発した。しかし彼女はうなってしまって、どうすることも出来ない。

「これじゃ、理性を失った獣人と同じだな……」

 仕方がない……か。ジークはテント全体に「ルームバリア」と固定結界の魔法を静かに唱えた。これは外から誰も侵入することのできない魔法だ。中からは出ることが出来るが、その際は術者に何らかの通知が行くようになっている。

 そして次に「スリープ」と唱えた。これは眠りの魔法で、落ちぶれたジークのランクでも最低5時間ほどは深い眠りにつくことが出来るだろう。とにかく、いま彼女に必要なのは休むことだ。睡眠を取れば、人は脳を休ませることが出来るから、きっと緊張も解けていくだろう。そう信じながら、ジークは焚火の近くで眠りにつくのだった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 朝、身体に小さな衝撃が走りジークは目を覚ました。ルームバリアの通知だろう。ゆっくりとテントに目を向けると、カーテンからこちらを覗く少女の姿があった。昨日はあれほど怯えていたが、少しは落ち着いたようだ。ジークは一つあくびをして、彼女に向かってほほ笑んだ。すると彼女はピクッと身体を跳ねらせ、カーテンの後ろに隠れてしまった。


「あらら、まだダメか」

 ジークはバックパックに入った『食糧袋』の中からパンとミルク、フラワービーの蜜を取り出した。そして着火石で焚火に火をつけ、パンに軽い焦げ目がつくほどに温める。食糧袋は便利なアイテムの一つで、中に入った材料を常に新鮮に保つ魔法が掛けられている。ミルクを鍋で温めながら、パンに蜜を塗るとふんわりとした甘い香りが漂った。

「ウィンド」とジークは風の魔法を唱え、テントに香りを漂わせる。すると、甘い香りに釣られたのか少女がひょこっと顔を出した。鼻を上に向けて匂いを嗅いでいるその姿は、母のご飯を待つ子供そのままだ。


「食べるかい?」

「……」

 ジークは目を合わせないように、そっと呟いた。しかし少女からの反応は無く、ただこちらを見つめているだけだ。これじゃあ埒が明かないと考えたジークは、皿に蜜を塗ったパンと温めたミルクの入ったカップをテントの近くに寄せる。


「ほら、早く食べないと冷めてしまうよ」

「…………いいん、ですか?」

 初めて意思疎通が取れた喜びで、つい立ち上がって彼女に目線を向ける。案の定、少女はカーテンの裏に隠れてしまったが、ジークが「ごめん、つい」と笑いながら呟くと、少女は上目でこちらを見上げた。


「とにかく今はお食べ、お腹がすいただろう?」

「…………はぃ」

 彼女はテントのカーテンから腕を出し、皿に手を伸ばす。良かった、腕の傷は完全に治っているようだ。そして彼女は指先で皿を寄せて、パンの上に塗っていた蜜をぺろりと舐めた。次の瞬間——


「あまー!!!」

 突然の大声で、ジークは腰を抜かしてしまう。しかしそんなジークには目もくれず、彼女はパンを必死に口へ放り込んでいた。のどに詰まってしまったのか、胸をとんとんと叩き、ホットミルクを流し込む。先程温めたミルクは大層熱かった事だろう、舌を出してフーフーと悲鳴を上げているのが可愛らしい。

 ジークは残ったパンを口に運ぶ。やはりフラワービーの蜜は適度に甘く、とても満足できる代物だ。フラワービーはその名の通り、花から蜜を採集し、巣に溜め込む。巣事態を食べる風習があると聞くが、どのような味がするのだろうか。つい、よだれが垂れてしまいそうになる。


 食事を終えて彼女に視線を向ける。少し物足りなかったのだろうか、空になった皿をじーっと長めながら、何やら難しい顔をしている。ジークがクスリと笑ってみると、彼女はこちらを見て頬を少し赤くした。おお、と関心をするジーク。ここまで心を開いてくれるとは……さすがは甘味である。


「あ、あの」

「もしかして足りなかったのかい?」

「いえ、その……」

 彼女は皿とカップを持ち上げ、こちらに恐る恐る近づいてくる。そして、ジークの皿にそれらを重ね、素早くテントの前に立ってジークと距離を取った。ジークはつい苦笑を浮かべてしまい、その様子が彼女にも取れたようだ。しかし、次の場面は予想していなかった。

 彼女は膝をつき、まるで平伏するように頭を地にこすりつけた。



「ご、ご飯。美味しかったです。あの、私……」

「き、君っ!」

 ジークは驚愕し、つい大きな声で駆け寄ってしまった。彼女はその声に反応するかのように身体を震わせる。


「あ、ああのっ、怒らせたな……らっ、あやまっ、まっ」

 ジークはその様子を見て正気に戻った。ジークはすぐに彼女から距離を取り、頭を下げて黙り込む。静かになったのを不審に思ったのか、彼女は頭を上げた。そして、ジークの姿を見て飛び出した。


「ごめっ、ごめんなさいっ。あ、あなたにっ、あやまらっ」

「いや、僕が悪かった」

「お、おねがいしまっ、あたっ、あげてっ」

 急に声を出してしまったから、きっと身体がついていけてないのだろう。彼女の言葉は焦りながら息を出すだけで、吸い込むことが出来ず過呼吸のようになっている。ジークは唇を噛みしめ、深く後悔を感じていた。このまま頭を下げ続けるのもいいが、彼女が心配だ。そう思い、ジークは顔を上げる。


「っ……!」


 彼女の顔を見た瞬間、ジークは固まった。彼女は顔を真っ赤にして、必死に声を出していたのだろう。呼吸がとても荒くなって苦しいだろうに、彼女はひたすら謝っていた。いたたまれない気持ちが胸から溢れだし、今すぐにでもこの少女を抱きしめたくなる。頭を撫でて、君は悪くないよと伝えたくなる。それほど彼女が、可哀そうな女の子に見えてしまうのが、とても辛かった。


「ごめっ、ごめんなさい!ごめんっ、なさい!」

「大丈夫」

 ジークは彼女の右手にそっと手を重ねる。そして小さく呟いた瞬間、緑色の暖かい光がジーク達の手を包み込んだ。


「こ……これ……」

「これは新緑魔法と言ってね、人を温めてくれる魔法なんだ」

「しん……」

「君を怖がらせてしまったから、そのお詫びに」

 初めて、彼女の瞳を見た。長い前髪で隠れてしまったから、表情もあまり読み取れなかった。


「綺麗だ……」

 つい、口から出てしまう。彼女の瞳は赤い宝石のような輝きを放っていた。艶のある黒い長髪、煌びやかな輝きを放つガーネットの瞳に、子供にしてはそばかす一つ無いきめ細やかな白い肌。まるで、宝箱を見ているような気持ちになってしまった。こんなに美しい女の子が、どうしてあれほどまで酷い目に会っていたのか。

 これは、調べるしかなさそうだ。


「あ、あの……」

「ああ、すまない」

 ジークが手を放そうとするが、少女はグッと力を入れて握りしめた。ジークは眉を上げ、ぽかんとした表情を見せる。


「ご、ごめんなさい」

「いや、離さなくていいなら是非、握っててほしい」

「……あの」

「なんだい?」

「おっ、おっ、おにゃまっ!」

「おにゃま?」

 彼女は顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。しかし首をブンブンと横に振り、覚悟を決めたようにこちらを見上げた。



「——お名前を、教えてください!」


こんにちは、藤花しだれです。

いやあ、ついに二人が出会い、そして朝ごはんを食べました。

彼女が怯えているシーンなんかは、こっちまで手を差し伸べたくなるほど辛くなったものです。


ちなみに、皆さんは蜂蜜はお好きですか?

私はあまり食べたことが無くて、高校生の頃に一度、母に食べさせて下さいと相談したことがあるんです。

そしたら何て言ったと思います?


「ダメ、またおちんちんにつけて遊ぶから」


鼻で笑ってましたね、とてつもなく憎たらしい母です。

しかしまあ……無垢ですから仕方ないんですよ子供って。子供ですから。

今はちゃんとしたのを使ってますから!!!

それでは、また明日。

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