【第Ⅰ話】 没落した冒険者、不幸な女子中学生。
——ジーク・トーラスは冒険者である。
命を代償にダンジョンへ潜り、死と隣り合わせでモンスターを狩る。そしてドロップした魔石を冒険者ギルドで換金し、その日の食にありつく。これが冒険者という職業だ。
幸いにも、ジークには武芸の才能があった。子供の時から育まれた才能は開花し、ギルド内でも有数のAランク冒険者として生きていた。
Aランクになった冒険者は、二つ名を与えられる。冒険者のスキルや戦い方、風貌などで二つ名は与えられ、冒険譚として後世まで語り継がれるものだ。
そして、ジークにも二つ名が与えられた。
Aランク冒険者のジーク・トーラス、かつての二つ名は【戦慄の豪鬼】
ジークはとても穏やかで能天気な性格の持ち主だ。才能を持ちながら、低ランクの誰も受けたがらない依頼も率先して受けている。新人冒険者には戦い方を教え、初めての依頼には必ずついていく。楽観的な考え方でありながらも、必ず正しい結果を持ってくるのだ。そんな彼の二つ名が【戦慄の豪鬼】となったのは、彼が死に直面した際の覇気溢れる戦い方からである。生にしがみ付き、どんな敵でも確実に殺す鬼のような様は、冒険者たちを震わせていた。
それもまた、過去の話であるが。
先程、彼はパーティからクビを告げられた。しかもダンジョンの入り口で。
「ジークさん、あんたもうだめだよ……」
「正直足手まといっていうか?」
「もういやっ!ジークさん臭いしっ!」
彼はジーク・トーラス。今年で28歳になるAランク冒険者……ではなく、元Aランク冒険者である。ミノタウロス討伐依頼の真っ最中、ダンジョン内のスライムに足を引っかけて転び、腰を痛めてしまった。
ジークは20歳のパーティリーダーである少年に背負われ、17歳の魔法少女と21歳の盗賊少年に身を守られ、愚痴を吐かれ続けた。そして今に至る。
「悪かった悪かった、次からは気を付けるから……」
「気を付けるも何も、これで依頼は失敗じゃねえか。もうこれ以上は無理だ」
「そうよ、もうおじさんなんだから」
「臭いんですっ!本当に臭いんですっ!」
「ちゃんとお風呂入ってきたんだけどなぁ」
「「「……さようなら、ジークさん!」」」
なんとも悲しい話である。
「ま、待ってぇ……」
数分後、腰の痛みも引いていき、ゆっくりと立ち上がったジークは、周りを見渡した。しかし彼らがいる訳も無く……
「はぁ……最低だわ俺……」と呟くことしか出来なかった。モンスターが絶対に寄り付かなくなる『魔清石』を持っているから、まだ安心ではあるが、さすがに日も沈んできていたため、ジークはダンジョン前で野宿をすることに決めたのだった。
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私はもう、生きていける気がしない——少女は虚ろげにため息をつき、渋谷駅の電子版を眺めていた。
彼女は東雲姫子。私立白浜女子大学付属中学校に通う中学2年生。彼女は深い悩みを抱えていた。それは死すら覚悟するほどの悩みであり、誰にも救ってもらえない苦しみだった。
私は、家族にも友人にも愛されない悲しい女の子だ。母はパート先のオーナーと不倫して家を出ていった。父は酒に溺れ、私が母に似ているからと言って暴力を振るう。兄は目の前で車に轢かれて、ぐちゃぐちゃになって死んでしまった。友人には裏切られ、毎日虐められる学校生活——なんて救いのない物語なのだろう。どうして神様は、私を助けてくれないのだろう。
毎日、私はそればかりを考えて生きている。死にたい、死にたいと常に望みながらも、刃物を持つと手が震え、高所に立つと足が震える弱虫な身体だった。
今日もまた、家に帰ると父がいる。扉を開けた瞬間、髪を引っ張られて汚れたリビングに連れていかれた。ビール缶を蹴り飛ばし、笑いながら父は腹を殴る。お前なんか死ねばいい、あの女と同じだと叫ぶ。荒くなった鼻息から、吐きそうになるほどのお酒の匂いがする。
でも仕方がない。私が母に似ているから、父は殴るのだ。この男の汚い所は、決して顔を殴らない事。顔さえ殴らなければ、バレないとでも思っているのだろうか。
「……あ?なんで叫ばねえんだよ?」
父は殴る度、私の嗚咽を聞いて愉しんでいた。嘲笑し、苦笑し、あまつさえ性的興奮を覚えている気色の悪い男だった。
だからもう、何も感じない。感じていないふりをしていた。
「おい、死んだのか?」
目を閉じ、呼吸を止める。こうすれば動かなくなったと思って、離れていくだろう。
——そう思っていた。
「はぁ……ま、いっか」
カチャカチャと金属の音。そして布擦れの音がして彼女は恐る恐る目を開けた。
「起きてんじゃぁぁぁん!!」
「いやぁあぁぁああああ!」
父は私の目の前で笑っていた。服を引きちぎられ、無理やり脱がされる。首を絞められ、力が入らなくなっていく。この男は父じゃない。娘を無理やり犯そうとする獣だった。怖い、気持ちが悪い、触らないで。
「オラッ!暴れんな!」
「やめっ……いやっ……!」
私は必死に抵抗した。男の腕に爪を立て、力が緩んだ瞬間に手を払う。男のバランスは崩れ、後ろに倒れこんだ。逃げよう、今のうちに。
「だっ……誰かぁっ!」
「おまっ!」
男は少女の足首を掴み、軽々と持ち上げた。そして床に強く叩きつけ、少女が痙攣して動けなくなっていることを確認し、台所から包丁を取り出して、少女の頬に当てる。
「なぁ……お前、何してくれてんの?」
男は少女の顎を持ち上げ、包丁を当てる力を強めた。薄く切り込みが入り、赤黒い液体が包丁を伝って地面に滴り落ちる。少女の力は抜けていき、だらりと腕が垂れてしまう。
しかし、少女は床に落ちていたビール瓶を手に掴み、男の頭に叩きつけた。そして叫びをあげて倒れた男が持っていた包丁を拾い上げる。
「あぁぁぁぁああぁぁっ!!おまっ、おまええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
脳震盪を起こした男は、血まみれに頭を押さえながら這いつくばっている。少女はその哀れな背中を眺めて、クスリと笑った。
「ばいばい、お父さん」
少女は勢いをつけて父親に飛び乗り、喉元に包丁を押し込んだ。飛び散る血液が少女の頬にかすり、まるで涙を流しているようにも見えたそれは、狂気の沙汰であると共に、彼女に唯一訪れた救いの瞬間でもあった。
男はやがて動かなくなり、少女は空に向かって嗤った。そして、包丁を心臓の部分に当てて、ゆっくりと力を入れた。
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『これは、決して不幸で悲しい物語ではない。
弱くなってしまった冒険者と不幸な中学生が出会い、ともに旅をして、二人が幸せになるはずの物語である——』
こんにちは、藤花しだれです。
ずっと書きたかったおじさんと中学生の物語です。
アラサーの冒険者であり、元エリートのおじさん。
酷すぎるほどの過去を持つ、不幸な女子中学生。
こんなにシリアスな展開を序盤で目にするのは、自分でも書いててゾッとしましたね。
ちなみに僕はまだ20代ですから。アラサーじゃないですから。
誤字脱字、その他おかしい部分などあると思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは、また明日。